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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第75章 ソラの旅路 土に還る編

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第1639話 受け継がれし意思 ――急転――

 カイトやカルサ達がソラ達の救出に本格的に動き出した一方、その頃。ソラはというと異空間の中でおよそ36ヶ月もの月日が経過していた。そんな彼はブロンザイト指示の下に少し前に起きたC棟での武装蜂起をきっかけとして脱出の為の計画を本格化させており、今はその第一段階となる回復薬の確保へ向けて動いていた。

 そうしてその第一段階がひとまず完了したとほぼ同時。彼の下へ駆け込んできたトリンからもたらされた情報により、ソラは彼とコンラートと共に精錬所へと駆け出した。が、当然であるが今は作業中だ。彼らが駆け出して早々、巡回の兵士達に見付かる事となる。


「おい、こら! お前ら、何をやっている! 勝手に持ち場を離れるな!」

「「っ!」」


 まぁ、こればかりは咄嗟の事と言うしかない。それ故に兵士達に見付かってしまったようだ。そんな怒声で、ソラもコンラートも咄嗟に持ち場を離れてしまった事を理解した。とはいえ、だ。ここらは流石にコンラートは慣れていた。


「……ソラ。俺にひとまず任せろ。後、すまん。少しお前には申し訳ない事をするが……この場を切り抜ける為にも、少し力貸してくれ」

「……いや、今は良いよ。お師匠さんの方が重要だ」


 こういう状況において、ソラは何か良策は思い浮かばなかった。それに対してコンラートは何か思い浮かんでいたらしい。ソラはコンラートにすべてを任せる事にする。

 というわけで、二人は駆け足でこちらにやって来る兵士達に対して、その場で立ち止まって無抵抗の姿勢を見せる。ここで下手に動いて捕らえられたり、懲罰室送りにされても厄介だ。動いてしまったのは仕方がない。なら、ここからリカバリをするしかない。


「貴様ら、どういうつもりだ?」

「お前、コンラートと……そっちのは確かソラだったな。どういうつもりだ」


 やはり持ち場を離れて駆け出したからだろう。兵士達は脱走を警戒しているらしかった。何時でも武器に手を掛けれる様に準備していた。そんな彼らに、コンラートが問いかける。


「ウチの班員が血を吐いて倒れたって聞いた。事実か? あんな老いぼれでもウチの重要な班員だ。心配でつい、な」

「うん……?」


 コンラートの問いかけに、兵士達が僅かに眉を動かした。ソラからは見えなかったが、実は彼の手は腰に付けた小袋に伸びており、中の魔石を僅かに覗かせていたのである。

 賄賂の申し出だった。コンラートはやって来ていた兵士達が賄賂を受け取る類の兵士である事を即座に見て取ると、賄賂で解決する事にしたのである。


「……あー。少し待て。確かにお前らは優良な奴らだからな。班員が減ると俺達も困る。調べてやろう」

「すいやせんね」


 コンラートが賄賂の姿勢を覗かせたのを見て、兵士の一人が僅かに口角を上げて他の二人に目配せする。それに、他の二人もまた一旦停止の姿勢を見せた。そうして通信機を使ってブロンザイトの事を問いかけた彼は、一つ頷いた。


「……ああ、そうらしいな。今は部屋に戻されたらしい」

「そうですか……すいやせん、ウチの班員が」

「いや、そういう事なら、お前らも心配だろう。A棟一班については、今日はこの後は班員の看病をして良いぞ。俺達が取り計らっておこう」

「へい、ありがとうございます」


 やはりここら、賄賂がまかり通っている場所という所だろう。みなまで言うな、とばかりに兵士達は許可を出す。そうして、コンラートはその場に魔金属の欠片の中でも一際大きな物を二つ、更にはソラに手で示して、彼にも大きな魔石の欠片を一つその場に落とさせる。コンラートが二つなのはトリンの分も含んでいるからだ。更には丁度人数分でもある。これで大丈夫だろう、と判断したのである。


「おい、何か落ちたぞ」

「あぁ、すいやせん。クズなんで、そのままで大丈夫でさぁ」

「そうか。なら、俺達が処分しておいても大丈夫だな」

「へい、すいやせん」


 どうやら兵士達はコンラートとソラが自分達の思う以上の大きさの魔石を寄越してくれたからだろう。僅かに喜色の色を濃くしていた。ここらの者たちは賄賂に対しては、従順なのだ。これなら後々面倒事にならないだろう。

 脱出計画に遅れが出てしまうが、今はそれよりブロンザイトだ。彼こそ、計画の要だ。ソラ達では脱出に向けた計画を立てられない。いや、立てられたとて、それが大丈夫とは言い切れない。彼の方が重要だった。


「良し……じゃあ、不安だろう。もう行って良いぞ。あぁ、他の奴らには見付からない様にな」

「へい」


 その場に立ち止まりソラ達三人を見送る姿勢を見せた兵士達に頭を下げ、コンラートはソラとトリンに頷いた。そうして、三人は他の兵士達に見付からない様に密かに、しかし急ぎ足でA棟へと向かう事にする。その道中、コンラートは苦い顔でソラへと小さく頭を下げた。


「すまん、ソラ。勝手に……丁度ノルマ分を回収出来た所だったろう」

「いや……しゃーねぇだろ」


 コンラートの謝罪にソラが首を振る。先にも言われていたが、ブロンザイトが優先だ。この判断は仕方がないと言えた。と、そんなソラがトリンへと問いかけた。


「そう言えば、トリン。お前、どうやってお師匠さんが倒れたって聞いたんだ?」

「……精錬所に居る内通者だよ。お爺ちゃん、ここ暫く体調が悪かったから……倒れたら即座に連絡が入る様にしてもらってたんだ」

「いつの間に……」


 流石は賢者の弟子、という所だろう。後にトリンが言っていた事であるが、彼は彼で賄賂を使って兵士達に人脈を作っていたらしい。特に彼は精錬所と採掘場を行き来している。

 なので兵士達に会う事は多く、精錬所の兵士と採掘場の兵士の両方にコネを作って、万が一の場合には連絡をくれる様に頼んでいたらしかった。今回はそのルートから連絡が入ったらしい。


「僕は僕で色々としてたから」

「そうか……そうだ。コンラートさん」

「なんだ?」

「俺、一旦ラフィタの所行ってきて回復薬交換してくる。その間、お師匠さん頼んで良いか?」

「そうか……そうだな。すまん、頼む」


 トリンいわく、ブロンザイトが血を吐いて倒れたというのだ。そして先の兵士に聞いてもそうだという。この原因が何かはわからないが、回復薬は必要だろう。回復薬は万能薬ではないが、ある程度持ち直させる事は出来る。対症療法にしかならないが、それでもやらないよりマシだろう。というわけで、ソラは二人と別れ、ラフィタが居るだろう倉庫へと向かう事にする。


「よぉ、ソラ。来ると思ってたぜ」

「は、早いな、あんた……」

「こんな場所だからな。お得意様の情報は常に仕入れてんだ」

「あんた商人やれよ……」


 なんでこんな所で兵士やってんだ。訳知り顔で回復薬を前に出したラフィタに、ソラは只々ため息を吐いた。なお、ラフィタの所属は補給部隊だそうだ。なので彼は常にA棟内に居るのであった。


「で、当然だが物々交換だ。そっちのを見せてもらおうか」

「はぁ……こいつでどうだ?」


 ソラはラフィタの言葉にため息を吐きつつも、脱出の為に回収した魔石の一つをラフィタへと手渡す。それを見て、彼が目を見開いた。


「ほぉ……お前、よくこんな大物持ってたな」

「何時こんな事があるかわからなかったからな。万が一、って回収してたんだ」

「抜け目ない奴だなぁ……」

「お前が言うかよ……」


 感心した様に頷いて魔石を懐に入れたラフィタの言葉に、ソラがため息混じりに肩を落とす。とはいえ、これで用事は終わりだ。


「ま、そりゃ良い。これなら十分だ。さっさと行ってやりな……あぁ、今の時間なら、右階段の奴がサボってる。そっちから行きな」

「サンキュ」


 どうやら比較的懇意にしていたからだろう。ラフィタのアドバイスにソラは一つ礼を言って、その場を後にする事にする。そうして彼の助言通りA棟右側の階段を通って、自分の部屋に帰り着いた。


「……ああ、ソラか」

「コンラートさん……お師匠さんは?」

「とりあえず、汚れた衣服だけは取り替えられてたらしくてな。今は寝てる」

「容態は?」

「ひとまず、なんとかって所だ」


 小声のソラに同じく小声のコンラートが現状を教えてやる。そんな彼に、ソラは先程ラフィタからもらった回復薬を差し出した。


「これ、ラフィタから手に入れた回復薬だ。何時ものより品質は良い」

「そうか……トリン。こいつを水差しに入れてくれ」

「うん……ソラ、有り難う」

「いや、気にすんな」


 トリンの感謝にソラは首を振る。兎にも角にも、ブロンザイトの容態の方が重要だ。そうして、トリンはソラから受け取った回復薬を水差しに入れる。


「……で、どうなんだ?」

「……」


 ソラの問いかけに、トリンは首を振る。そうして、暫くの後に彼が口を開いた。


「……多分、肺とかの気管支系をやられてるんだと思う。なるべく早めに外の医者に見せたい所だけど……」

「……」


 元々ブロンザイトは老体だ。そこに来て、この劣悪な環境である。逆に言えば地球で三年近くも保っている事が十分に凄いと言い切れた。が、それも限界に近づきつつあった、と言う所だろう。そんなトリンに、ソラが問いかけた。


「とりあえず、回復薬で保たせられるか?」

「それは、なんとか……吐血は基本、どこかの血管が切れたとかだから。更に言うと回復薬には一時的に肉体を万全に整える力もある。なんとか一時的な小康状態には持ち込めるはずだよ」

「そうか……」


 とりあえず、ひとまず安心は安心らしい。ソラは胸を撫で下ろす。と、そんな事を話し合っていると、うめき声が上がった。


「う……うぅ……」

「お爺ちゃん」

「「お師匠さん」」


 うめき声を上げたブロンザイトに、三人が駆け寄った。そうして少しの後に、ブロンザイトが目を覚ます。


「ここは……」

「部屋だよ。お爺ちゃん、血を吐いて倒れたんだ」

「そうか……お主らは?」

「僕らは……」


 ブロンザイトの問いかけに、トリンがひとまずの状況を告げる。そうして現状を語られた後、ブロンザイトは一つ頷いた。


「そうか……三人共、すまんのう。ソラ、回復薬。恩に着る」

「いえ……俺も弟子ですから。このぐらいはさせて下さいよ」


 話にくい、と上体を上げたブロンザイトの感謝に、ソラは笑って首を振る。そうして、そのまま彼は問いかけた。


「で、今のお体の方は……」

「まぁ、悪くはない。すまんのう。無理をしておったつもりはなかったが……儂は儂が思う以上に老いておったか」

「あはは」


 気軽げに笑ったブロンザイトに、ソラもまた笑みを浮かべる。そうしてそれなら、とトリンがブロンザイトを横たえた。


「とりあえず、お爺ちゃん。今は無理をせずに横になっておいた方が良いよ。ご飯についてはこっちで手配するから、心配しないで」

「すまんのう……しばし、休む」

「うん」


 トリンの言葉に頷いたブロンザイトは横になり、差し出された水差しから回復薬を口にする。そうしてそんな事をしていると、気付けば終業時間となり食事の時間となっていた。


「じゃあ、とりあえず行ってくるね。グスタヴさんにも状況を伝えないと」

「うむ」


 グスタヴは少し離れた所で別の班の班員と共に仕事をしていた為、まだ現状を知らない。見逃されたのは三人だけだ。というわけで、戻った彼にこの事を教える必要があった。というわけで、トリンがブロンザイトの食事を手配し、コンラートがグスタヴに状況の説明に向かう事となる。そうして残ったのは、ソラとブロンザイトだけだ。


「そう言えば、ソラ」

「なんですか?」

「うむ……お主にお主の相棒の解呪のやり方を教えておらぬ事を思い出してのう。儂がやろうとも思ったが、無理はせん方が良いじゃろうとのう」

「あ、そうですね……でも、今じゃない方が良いんじゃ……」


 どうやらブロンザイトは自身が倒れた事もあり、無理はしない方が良いと思ったらしい。ソラへとイヤリングの封印の解呪のやり方を教える事にしたようだ。


「いや、今じゃから、じゃ。おそらく明日も普通に動く事になろう。なら、今出来る時に教えておかねばならん」

「そんな……不吉な事を言わないで下さいよ」

「馬鹿者。儂の下で学んだのなら、最悪は想定せぬか。最悪を想定してこそ、一流の戦略家じゃ。どれだけ怖かろうと、どれだけ辛かろうと、現実だけは見据えよ。お主は儂の所で何を学んでおった」

「……はい」


 僅かに強い口調のブロンザイトにたしなめられ、ソラが不承不承ながらもその言葉に応ずる。と、そんな彼に一転、ブロンザイトが笑いかけた。


「何、それに別に魔術を行使するわけではない。確か紙とペンがあったな? あれを取ってくれんか」

「あ、そういう……わかりました」


 そもそも今教えられた所で魔術は使えないのだ。紙に書き記してソラにそれを覚えさせる、というだけらしかった。というわけで、ソラはこれまたラフィタから密かに入手した紙とペンを取りに、部屋の端に向かう。そこにはコンラートらが作った隠しスペースがあり、こういった物を隠しておけるのであった。そうして離れたソラを見ながら、ブロンザイトが小さく、口を開いた。


「やはり、こうなったか……」


 どこか穏やかな目で、ブロンザイトは自分の胸を見る。そこにあるのは、己のコア。ブロンザイトに似た黒茶色のコアだ。


「……申し訳ない、カイト殿。おそらく、儂の想定通りであれば御身はもう動いておられよう。が、どうにもならぬ事もある。儂の賭けは外れたようじゃ。お会い出来るのは、また三百年後になりますかのう」


 小さく、朗らかに笑いながらブロンザイトがカイトへと謝罪する。彼ほどの賢者だ。この後の展開も、全てわかったらしかった。そうして彼は未来へと希望を繋ぐ為、脱出の為の最後の策を打つ事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1640話『受け継がれし意思』

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