第1637話 受け継がれし意思 ――流転――
ミニエーラ公国の強制労働施設に収容され、そこで輝鉄鉱の採掘を行わされていたソラ。そんな中彼はブロンザイトより様々な事を学びながらなんとか生き延びていたわけであるが、そんなある日の事。彼は唐突な鐘の音で目を覚ます事となる。
それはC棟で起きた反乱を告げる鐘の音で、それを受けてゆっくりとだが彼らも脱出に向けての作戦を練り始めていた。その、一方。この強制労働施設を取り仕切るヒューイらは半月に一度となるミニエーラ公国公都ミニエーラでの会議に出席していた。
「では、すでに反乱は鎮圧済みと」
「ええ、陛下。滞りなく鎮圧しております」
「……そうか。ならば良い」
ミニエーラ公王はヒューイの返答に一度横のアビエルを見た後、彼が小さく頷いたのを見て頷いた。基本的にミニエーラ公王もヒューイは愚鈍で暗愚な人物と思っている。なので基本的にあまり信頼はせずに、アビエルの反応を窺う事が多かった。
「で、陛下……鎮圧は出来たのですが……」
「分かっている。人手が足りぬというのであろう」
ヒューイの言葉を遮って、ミニエーラ公王が胡乱げに告げる。この程度がわからぬほど、彼とて暗愚ではない。というわけで、反乱の報告が入った時点で対策は考えていた。
「人手については、追ってこちらから送らせる。一週間ほど待て」
「ありがとうございます」
「うむ……が、重ねて言うが、反乱は起こさせるな。芽は摘め」
「当然でございます。あの事件の後、巡回の兵士を増して巡回させております」
ミニエーラ公王の苦言に、ヒューイは深々と頭を下げる。相手はこの国の王様だ。揉み手揉み手でゴマをすっていた。
「そうか……まぁ、そちもあの異空間の中で疲れておろう。後はアビエルから聞く故、お主はミニエーラの地でしばしゆっくりと休むが良い」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」
ヒューイはミニエーラ公王の言葉に笑顔を見せて、その場を辞する。そうして彼が去ったのを見届けて、ミニエーラ公王が盛大にため息を吐いた。
「はぁ……あれは愚鈍でならんな」
「かと……」
心底失望した、という様子のミニエーラ公王の言葉に、アビエルもまた深くため息を吐いた。当たり前であるが、彼が部屋を出された理由は休め、というわけではない。単に居ると邪魔だから出て行け、と体よく厄介払いさせられただけに過ぎないのである。
「で、反乱については?」
「は……それについてはヒューイの申した通り、きちんと鎮圧出来てございます」
「そうか。お主が言うのであれば、確かなのであろう」
基本的にミニエーラ公王もアビエルの報告であれば信用に値する、とは思っていた。何度か述べられていたが、彼は有能は有能なのだ。それについてはしっかり実績に基づいたもので、それを信頼しないほどミニエーラ公王は暗愚ではない。
「で……この反乱、儂が見るに起きた物ではなく起こさせた物と見るが」
「はい……前にB棟で起きた反乱の件、覚えておいででしょうか」
「あれか」
当然であるが、アビエルはヒューイが隠したと思っているB棟での反乱の件についてもしっかりと報告していた。これについてはまだ対処も可能と判断していたので、ミニエーラ公王もとりあえずは叱責はせずに放置していただけだ。
というより、何度か言われていたがヒューイはトカゲのしっぽだ。どうせ最後には使い捨てるだけの存在だ。そんな防げなかった物で責任を取らせるより、後で全部を引っかぶせて切った方が遥かに良かった。
「はい……あの件にて調査を続けておりまして、教国の者が主導した形跡が見受けられました」
「ほう……やはり軍に属する者という所か」
「はい……それでこれを機に一掃してしまおうと思いまして、C棟にて反乱を。案の定、釣れました」
「なるほど……で、ついでにあれには人員の補給の提案をさせよう、と」
「はい」
我が意を得たり。そんな様子で、ミニエーラ公王の言葉にアビエルは笑って頭を下げた。ここらはブロンザイトの見通した通り、と言える。
どうにせよ納期の遅れを取り戻す為には、人員の補給は必須と言える。これはミニエーラ公王としても当然の帰結だ。が、それをアビエルが提案したりすれば、折角ヒューイが隠したつもりになっている事をばらしている様なものだ。であるので、自分で提案させる事にしたのであった。
「ということは……A棟でもいずれ反乱を起こさせるつもりか?」
「はい……が、流石にこれ以上の反乱となりますと、陛下の許可も頂きたく」
「良い。許可する。予め言っていたのであれば、人員補給の手配もたやすい事だ」
ミニエーラ公王はアビエルの求めに対して、一つ頷いて許可を出す。先に彼も述べていたが、反乱の芽を潰す事は重要だ。それをしようというのだから、許可を下ろさぬはずがなかった。と、そんな彼はふと気になって問いかけた。
「そういえば……捕らえた者共はどうしておる」
「は……どうせなのでB棟での反乱について何か聞けぬか、と思い今は取り調べをさせている最中です」
「そうか……前の様にはするな、と言明せよ」
「すでにきつく言い含めております。当人はかなり不満げでしたが……」
グスタヴいわく、拷問が趣味という奴だ。殺さない様に手加減しろ、ときつく言われた事に不満を抱いているらしかった。それを聞いて、ミニエーラ公王は深くため息を吐いた。
「やれやれ……その、アルドであったか? 目に余るようであれば、それも労働に落としても構わんぞ」
「はい……ですが、あれはあれで役に立つのです」
「ふむ?」
「ああいう輩であればこそ、あれを恐れて囚人達も大人しくなるのですよ。一人ぐらいは居た方が、統治に役に立つ」
「なるほど、道理か」
アビエルの言葉に、ミニエーラ公王は思わず苦笑する。言っている事は正しい。外道の荒くれ者だからこそ、威圧効果は抜群だ。抑止力としては使えたのである。
「とはいえ、再度になるがやりすぎぬ様に手綱はしっかりと握っておけ」
「わかっております。それ故、奴には見回りは決して命じません。下手に人員を傷付けられても手に負えませんので……」
「ならば良い」
きちんと手綱が握れているのであれば、ミニエーラ公王としても問題はなかった。困るのは情報を手に入れる前に殺される事と、勝手な趣味で人手を減らされる事だからだ。それ以外については興味はなかった。というわけで、この話はこれでおしまい、とばかりにミニエーラ公王は話を戻す。
「それで、A棟でも反乱を起こすという事であったな。何か方策があるか?」
「は……実は一つ気になる者達がおりまして」
「ほう……先には反乱の兆しは無いと言っていたのではなかったか」
「はい。動きは見せておりません」
当然といえば当然であるが、A棟では今はまだ反乱の兆しは何も無い。脱出を目指すソラ達も今はまだ雌伏の時と何ら一切動きは見せていなかった。が、だからと言って注目されないかというと、話は別だ。
「申せ」
「は……A棟の一班の者共はどうやら、かなり統率が取れた者共という話」
「む……? 確かA棟の一班というと……前にお主が申しておった採掘場を探っておった者がおる所ではなかったか」
どうやら、ミニエーラ公王はコンラート達の事を聞き及んでいたらしい。まぁ、確かに調べようとしている者が居るのだ。それを報告しないというのは、普通に考えてあり得ないだろう。
「はい……以前のB棟の反乱の後、奴らが徒党を組む事を危惧し別の所に分けたのですが……」
「そう、申しておったな。それが何故そんな事に」
「は……どうやら、捕らえた者の中に一人厄介な者が紛れ込んでいた模様」
訝しむミニエーラ公王の問いかけに、アビエルはそのまま調べた限りを報告する。そうしてそれを聞いて、流石のミニエーラ公王も驚きを隠せなかった。
「なんと! むぅ……それはまことか?」
「はい……調べられた限り、そうとしか」
「むぅ……」
アビエルの明言に、ミニエーラ公王は非常に苦い顔で一つ唸った。当然だが、ブロンザイトは最近名前が出たばかりの人物ではない。長年の実績があり、小国と言えども一国の長であれば知っていなければならない名だ。
「拙い事になったぞ……これを他国に知られると、何を言われるかわからん」
賢者を不法に捕らえた上、強制労働施設で働かせているのだ。しかも悪い事に、相手は勇者カイトとの繋がりもある。勇者カイトは居ない事になっているとはいえ、彼の家であるマクダウェル家は健在だ。であれば、これは皇国の介入を許しかねない案件だった。
「ヒューイにはなんと言っている?」
「まだ、伝えておりません。愚かな行動をされても困ります故……」
「そうか……」
助かった。ミニエーラ公王はヒューイが知らない事に胸を撫で下ろす。もし勝手に判断されて迂闊に行動されてしまえば、下手をすると最悪の事態になりかねない。
この最悪の事態、というのはブロンザイトを殺す事ではない。ここの事が他国に知られる事だ。当然であるが、あの強制労働施設の事は他国には秘密だ。皇国も教国も把握していない事になっている。そのために必要なら賢者であれど殺すが、それを判断するのはヒューイの様な愚鈍な者ではなく、ミニエーラ公王が判断すべきだった。
「むぅ……何時だ? 何時、入れた」
「先のC棟の首謀者と同時です。調べた所によると、同じ隊に居た模様」
「あの時か……あれの名が大きすぎたか……」
ミニエーラ公王は自身の指示が迂闊だった事を理解し、再び苦い顔で頭を抱える。あの当時はソラが聞いていた通り、丁度反乱が起きた後すぐだ。その前には大規模な重大事故が起きており、人手不足だった。
それを知っている彼はヒューイの人手の追加要請に許可を下し、何かと理由を付けて人手を集めさせていた。そしてそれ故、調査が甘くブロンザイトも紛れ込んでしまったという事だろう。
「どうするか……」
ミニエーラ公王は頭を抱えながら、思考を巡らせる。当然であるが、いまさらブロンザイトを外に出すわけにはいかない。ミニエーラ公王はブロンザイトとは会った事はないが、彼の人柄は伝え聞いている。こういう不正を見逃す人物ではない。しかも伝手が厄介過ぎる。下手に皇国が動く事になる事態だけは、避けねばならなかった。
「アビエル。何か良策は無いか?」
「……」
ミニエーラ公王の問いかけに、アビエルは沈黙する。ここら、面倒としか言えない所だ。殺すのも問題だし、殺さないのも問題だ。かといって外に出すわけにもいかない。そうして暫くの後に、ミニエーラ公王は口を開いた。
「……賢者ブロンザイトが居る事は誰が知っている」
「おそらく、同班の者は知っているかと思われます。弟子が一人居る、というのは公知の事実。その者が共に居る以上、知らぬ道理はありません」
ミニエーラ公王の問いかけを受け、アビエルは調査している限りを報告する。これは実は、予め決めていた事でもあった。基本的にソラは弟子として扱っているが、安易にそれを口外しない事にさせていたのだ。
もし弟子と告げる場合は、ブロンザイトが相手をきちんと把握した上で告げるとしていたらしい。万が一にも今回の様な事が起きた場合、ソラを警戒させない為だった。策の一つ、というわけだ。
「いや、それは良い。これだけの時間が経過している。知らぬはずがない。私が知りたいのは、外だ。外で誰が知っている」
「それは現在調査中です」
ここで彼らにとって頭が痛かったのは、ブロンザイトは流浪の者である事だろう。カイト達でさえ、行方は掴めないのだ。知っているとなれば後は情報屋ギルドだろうが、彼らとて情報屋ギルドの総元締めがヴィクトル商会である事は知っている。そこに情報を求めれば、その時点でマクダウェル家に伝わる事は明白だろう。
「うぅむ……急ぎ、誰が知っているか調べよ」
「かしこまりました……その者達の処遇については?」
「……まだ、答えは出せぬ。とりあえずどの程度を把握しておるかを知らねばならん」
ミニエーラ公王は頭を抱えながら、アビエルへと指示を出す。現状、あまりに不確かな事が多すぎる。動くには情報が欲しい所であった。そうして、事態は俄にソラ達をも巻き込んで、進み始める事となるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
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