第1633話 閑話 受け継がれし意思 ――裏にて――
ミニエーラ公国のどこかにある輝鉄鉱の秘密採掘場。ある種の強制労働施設であるそこにソラが捕らえられて、およそ半年の月日が流れていた。といっても、この半年は外の半年ではない。中での半年だ。外ではまだ、半月ほどの月日しか流れていなかった。
「……」
とはいえ、だ。流石に半月もの間ソラからの連絡が途絶えたのだ。曲がりなりにもサブマスターだ。その行方不明とあって冒険部は騒然となっていて、この日遂に会議が開かれる事になっていた。
「で、天音。何か情報は?」
「一応、情報屋からの情報はあった」
冒険部上層部に加え、三年生の一部の人員――藤堂や綾崎ら部長達――を加えた会議にて三年生の一人が出した問いかけにカイトがソラがミニエーラ公国に捕らえられるまでの足跡を語る。
「ということはやっぱり、王都ミニエーラを出た後、どこかに消えたわけか」
「という事になる」
一通りを語った後、カイトは改めての確認に一つ頷いた。まぁ、半月も掛かったのには理由がある。ソラは最後のあの瞬間、カイトに向けた報告書を書き終えていた。
ここからどこに向かうかは書かれていなかったが、最低一週間程度は報告が遅れる事は元々織り込み済みだ。なので誰もが今回は長くなっているのだろうと判断したのである。が、そこから一週間何も無く、遂にこの日会議が開かれる事になった、というわけであった。
「どこか、とか語られてなかったのか?」
「……何も」
やはり由利はソラと恋人だからだろう。非常に心配そうで、かなり気落ちしている様子だった。横には魅衣が一緒で、ここ暫くは常に彼女がナナミと由利の二人を支えている状況だった。
そんな由利の言葉にはやはり覇気は無く、ただ小さく答えて首を振るだけだった。そんな由利の言葉に誰もが僅かな沈黙を得た後、瞬が気を取り直して問いかけた。
「カイト。王都を出た、とは確かな情報なのか?」
「ミニエーラ公国からの正式な返答だ……ユニオンから送られてきた手紙の消印も、ミニエーラ支部の物だ」
瞬の問いかけにカイトは改めてはっきりと明言する。さて、ここで一つ疑問が出るだろう。そもそもソラは王都ミニエーラにはたどり着いていないのに、何故王都ミニエーラから手紙が出されているのか、と。その答えは、簡単だ。
ミニエーラ公国はソラの荷物をチェックした際、その手紙を発見。偽装の為に王都のユニオン支部にてマクスウェル支部へと送信させていたのである。
そしてこの事が指し示す事は、非常に大きい。中間報告書は当人しか出せない規則だ。なのに、出せた。つまりミニエーラ公国の王都支部もこの不正に関与――と言っても流石に組織全体ではないだろうが――している、という事だった。
「……どうする?」
「……」
三年生の一人の問いかけに、カイトが沈黙する。どうする。この意味は、明らかだ。探しに行くか否か。探しに行かないのなら、彼は死んだと見做すのか。簡単に判断出来る事では決して無かった。カイトがしなければならない判断と言えるだろう。
「……捜索はするさ。もちろんな。が、現状少し情報が欲しい」
「どういう事だ?」
カイトに対して瞬が問いかける。捜索はする、という彼の言葉はいかにも彼らしい。そしてこの判断については、誰もが同意する所だ。故に反対意見は一切出ない。
「ソラはバイエに戻らず、そのまま王都ミニエーラへ向かったというのがミニエーラからの報告だ。が……バイエに戻らない、という事が些か信じられん」
「「「っ」」」
カイトが指摘した事の真意を理解して、全員が思わず顔を顰めた。これが意味する事は、一つだ。
「まさか……ミニエーラを信じていないんですの?」
「……ああ」
瑞樹の問いかけに、カイトは僅かに間を空けた後にはっきりと頷いた。当たり前だが、彼ほどの人物だ。国家の暗部がどれだけの物かを知らないはずがない。それに巻き込まれたのでは、と危惧しないはずがなかった。
「迂闊に乗り込めば、ソラの二の舞になる可能性がある。確実に救うのであれば、しっかり準備してこちらも後ろ盾を手に入れる必要がある」
「「「……」」」
後ろ盾を手に入れる必要がある。それはつまり、カイトは最悪はミニエーラ公国との一戦さえ睨んでいるという事だ。それ故、そのあまりの重大さに全員が口を閉ざした。そうして蔓延した重苦しい雰囲気に、カイトが口を開いた。
「……全員、今日の会議については引き続き対応を練るという事で通達してくれ。ただし、中身についてはまだ出さない様に頼む。この場に揃っている面子には、その理由がしっかり理解出来ているものだと思う。では、閉会としたいんだが……冒険部上層部は引き続き、対応を話し合いたい。次はまた、一週間後だ。この場の面々はなるべく、長期の遠征には出ずに何時でも動ける体制を整えてもらいたい」
「「「……」」」
重苦しい雰囲気のまま、カイトの言葉だけを聞き届けて上層部以外の面子が去っていく。そうして暫くして残ったのは、カイト率いる冒険部上層部だけとなった。
「……で、カイト。本当の所はどうなんだ?」
カイトの正体を知る者だけが残された場で、瞬が改めて問いかける。この場に居るのは全員がカイトの本当の実力を知っている者だけだ。故に、何を語っても問題にはならない。というわけで、カイトは今まで浮かべていた眉間のシワを僅かに緩めた。
「まぁ、結論から言えば……ソラは無事だ。それについてはオレと情報屋ギルドが保証しよう。今も常に情報屋ギルドにソラの安否を探らせている。最新の情報じゃ、ピンピンして武術の稽古してるらしいぜ?」
「っ!」
あいつもあいつでへこたれないなー。そんな風に笑うカイトの言葉を聞いて、由利が顔を上げる。そうして、彼女が身を乗り出して問いかけた。
「それで、今ソラはどうなってるの!?」
「ソラは今、ミニエーラ公国にて捕まっているらしい」
当たり前であるが、カイトである。情報屋ギルドの総元締めと懇意にしていてある意味情報屋ギルドさえ彼の下部組織と言える彼にとって、この程度の情報を手に入れる事は造作もない事だった。
「捕まって……それで、何時行くの?」
「……まぁ、仕方がないか」
身を乗り出してソラの救援にやる気を見せる由利に、カイトは少し笑って頷いた。心配で仕方がないのだろう。カイトも何度となく経験したのだ。仕方がない。が、流石に焦って彼女の身に何かがあれば、その時はソラの側が悔やんでも悔やみきれないだろう。故に、カイトは魅衣に視線を送って彼女を座らせる。
「取り敢えず、落ち着け。行くのは、今から半月後だ。さっきも言ったが、相手はミニエーラ公国……この間のマリーシア王国の様に、どこかの貴族が不正をしているとは違う。正真正銘の国家が相手だ。まともに戦って良い相手じゃない」
カイトは改めて、ソラの救出作戦について実行を明言する。これについては彼は絶対に動かさないし、皇帝レオンハルトが止めようと決行するつもりだ。無論、これについては彼はすでに皇帝レオンハルトに対して根回しは終わらせている。問題は出ない。
「お前なら、本当に一国を相手にしてしまえそうだがな」
「やれるさ。もちろんな……最悪はオレ一人でもやる予定だ」
「プランCどころかプランZの最終手段だけどねー」
瞬の言葉に笑ったカイトは改めてはっきりソラを見捨てない事を明言し、その言葉にユリィが笑って同意する。一人でもやる予定、とは言ったがそこはカイトである。こういう場合に勝手に乗り込んでいくのが彼率いるマクダウェル家、そして『無冠の部隊』である。
特に後者なぞ喜んで参戦するだろう。これこそ『無冠の部隊』の本懐である、と。カイトが一人で乗り込む時点でその他で問題が大発生というそれどころの事態ではない、という状況だった。
「まぁな……実は、アルとルーファウスの二人が暫く離れているのは、その事もあってな」
「そうだったの?」
カイトの言葉に、由利が目を開いた。実のところ、この二人は一週間ほど前から冒険部を頻繁に留守にしていた。それは全て、ソラの救出作戦の為だった。
「あぁ……」
由利の問いかけに頷いたカイトは、改めて気を取り直す。そうして、彼は一同に向けて今回の作戦とこの事件の真実を語る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1634話『受け継がれし意志』




