第1632話 受け継がれし意思 ――再会――
ミニエーラ公国の謀略により、輝鉄鉱と呼ばれる特殊な魔金属の採掘場へと連れて来られたソラ。彼は強制労働施設にてコンラートという男の下で、採掘の作業員として働かされる事となっていた。
そんな彼はコンラートの指導の下、取り敢えずここでの作業内容を教え込まれる事になる。そこで更にここでの生き方の一つ。輝鉄鉱以外の魔金属のくすね方を教わった彼であったが、そんな作業を続ける事半日。そこで唐突に鐘の音が響き渡る事となった。
「ん?」
「あぁ、昼の合図だ。と言っても、今はB棟の奴からだな」
「飯もバラバラなのか」
「接触されると困るからな」
ソラの言葉にコンラートが事もなげに頷いた。先にも言われていたが、現在鉱山の兵士達は特に他の建屋での接触を警戒しているという。見回りもかなりの頻度となっていた。というわけで大人しく作業を続けるソラであったが、ついでなので問いかけてみる事にした。
「そういや……この作業は何時までなんだ?」
「あぁ、仕事時間か。そりゃ、大切だな……基本的には朝の8時30分から18時までだ。魔術の補助も無しの採掘じゃ、それが限度だ。それ以上やっちまうと、今度は事故が多くなる。飯は基本は11時30分から13時まで。三十分ごとに交代制だ」
「休憩は?」
「んなもんねぇよ」
僅かに冗談めかしたソラの問いかけに、コンラートは笑いながらそう返す。実働時間は9時間と言うと日本の就業規則を鑑みれば案外良心的に思えるが、実際には採掘という危険かつ重労働なのだ。
しかも、休憩は昼の三十分だけという状況だ。どう考えてもこれ以上やれば身体が保たないだろう。あまりバカスカと死なれても、人員の補給が何よりしにくい。
特にここは外より時間経過が早いのだ。供給は限られる以上、あまり無理をされて死なれて困るのはミニエーラ公国側だ。これが限度だったのだろう。
「そういや、よ」
「なんだ?」
「飯で思ったんだが……ここの飯ってどうやって手に入れてるんだ? 外の一ヶ月がここじゃ一年だろ? 外からの輸送で間に合うのかよ」
「あぁ、それか。これは俺も兵士から聞いたんだが……ここのどこかに畑があるんだとよ。そこで作ってるらしい」
「らしい? ここで作ってるのに?」
今までは精錬所にせよ何にせよ、場所は分かっていたのだ。にも関わらず畑の場所だけはわからないのだという。それに、ソラは思わず首を傾げた。とはいえ、一方のコンラートはそんな彼に肩を落とした。
「あのな……まともに食える場所じゃねぇんだぞ」
「あ、あー……盗もうってやつが出るわけか」
「そういうこった。おそらく、この異空間の外れの方にでかい畑があるんだろ。兵士の大半も知らされてねぇんだとよ。曰く、こことは別の建屋があってそこの奴らが作らされてるんじゃないか、だそうだ」
「なるほどな……」
確かに、それなら納得だ。ここはある種のアーコロジーというわけなのだろう。とはいえ、正しい判断とは言えるだろう。往来が増えれば増えるほど、情報の漏洩の可能性は高くなる。
そんな中、やはり外との往来で最も多くなるのは食料の運送だ。こればかりは死なせない為にも、定期的に運送するしかない。これを無くせれば、情報の漏洩の恐れを減らせるのである。と、そんな事を話しながら作業をしていると、あっという間に三十分が経過したらしい。再び鐘の音が響き渡った。
「お……良し。おーい! 作業は終わりだ! 飯に行くぞ! ソラ。お前も付いてこい。ここで唯一の癒やしとなる飯の時間だ」
「おーう」
やっと休憩か。ソラはそれに安堵して、ため息を吐いた。そうして、彼は昼食をあまり期待せずに食べに行く事にするのだった。
さて、案の定といえば案の定な質素な昼食の後、ソラは再度採掘作業に戻る事になる。そんな彼はひとまずは事故もなく満足に仕事を終わらせると、自身が目覚めたA棟へと戻る事となっていた。
「う……あぁ……つ、疲れた……」
やはりいくら鍛えているといっても、まだ一日目かつ精神的にプレッシャーの多い状況だ。ソラは部屋に帰り着くなり、ベッドへと倒れ伏していた。
「あぁ、ソラ! そのまま寝たらベッドが土だらけになるよ!」
「あいつ……ソラ相手なら普通に話せるのな」
「らしいな」
倒れ込んだソラを慌てて揺さぶり起こすトリンを見ながら、コンラートとグスタヴの二人が意外そうに語り合う。と、そんな所に、ブロンザイトの声が響いた。
「おぉ、ソラ。目を覚ましてお……らんか」
「お師匠さん!?」
ブロンザイトの声を聞くなり、ソラが思わず跳ね起きる。そうして彼が入り口の方を見てみれば、そこには自分達と同じ様に質素な服を着せられたブロンザイトが立っていた。
「無事だったんですね!」
「うむ。お主も一日を乗り切った様子じゃのう」
嬉しげに笑うソラに、ブロンザイトもまた微笑んで頷いた。と、そうして駆け寄ってソラは彼にも細かい殴打の跡がある事に、気が付いた。
「これは……っ」
「ソラ。怒ってくれるのは嬉しいが、今はその拳を下ろせ。今は、何もできんよ」
「ですが……」
優しくソラを諭すブロンザイトであるが、彼はどう見ても老体だ。それを殴る事の出来る兵士達には、ソラは思わず怒りを抱かずにはいられなかった。だがそんな彼に、ブロンザイトは気軽げに笑った。
「なぁに。一千年近くも生きておると、こういう事は何度かあった。実のところ、カイト殿と出会ったのも似たような場でのう。お主よりは慣れておるよ。トリンの奴とも……二度ぐらいは捕まったかのう」
「五回は捕まってるよ……」
「は、はぁ……」
現状、ある意味では絶体絶命にも近い。その状況でこうも気軽げに冗談を言われては、ソラとしてもなんとも言えなかった。というわけで、ブロンザイトの言葉に肩を落としたトリンが一応の所明言した。
「ある意味、僕らも慣れてるからね」
「ふぉふぉ……まぁ、そういうわけでのう。こういう場では、儂らの方が先輩と言えよう」
「はぁ……」
そんなもので良いのだろうか。ある意味慣れているからか気軽げな二人に、ソラは怒りを忘れる。というわけで、改めて気を取り直したソラはブロンザイトへと問いかけた。
「で……これからどうするんです?」
「そうじゃのう……まぁ、暫くは待ちしかあるまい。流石に儂も現状、どうなっておるかわからぬ。お主には辛い思いをさせてしまうやもしれんが……」
「いえ……こっちに来た時点で、ある程度の覚悟はしてましたから」
ブロンザイトの言葉に対して、ソラは僅かに気落ちしながらも首を振る。彼としても由利やナナミ、カイト達に会えない事は辛い。が、それでも彼には確信があった。
「つっても、あいつならなんとかしてくれるでしょうから……まぁ、なんとか生き延びないとな、と」
「うむ。その意気じゃ」
この様子なら大丈夫か。そう判断したブロンザイトは一つ笑うと、部屋に用意されていた椅子に腰掛ける。と、そうしてソラはこの部屋をきちんと見ていない事に気が付いた。
「そういや……この部屋は後誰が居るんだ?」
「これで全部だ。俺、グスタヴ、お前達三人」
「そうなのか?」
「ああ……前には居たんだがな……さっき言った事件で俺達二人以外は全員B棟行きだ」
ソラの問いかけに、コンラートが首を振る。なお、彼の所から二人移動させられたのは、コンラートの指揮能力を警戒されての事らしい。元々彼はランクAの冒険者らしく、指揮の手腕等はソラ以上らしい。
これ幸いと今まで彼と一緒に居た者たちを別々にさせて、なおかつ老人を一人入れる事でもし万が一反抗された場合の戦力を削いでしまおう、という判断だった。グスタヴが残されたのは、流石に全員別にすると作業効率が落ちるから、という事だった。
「ま、その代わりベッドはどれでも使え。俺とグスタヴの奴は奥二つ使ってるからな」
「更に言うと、シャワーも楽だ。悪い事だけじゃねぇぜ」
コンラートの言葉に続けて、椅子に腰掛けたグスタヴが笑う。そんな彼はソラが朝出会った兵士から受け取ったらしい酒を飲んでいた。
「ここでも酒、飲めるのかよ……」
「あっはははは。地獄の沙汰も金次第、って奴だ。ま、流石に新聞は手に入れられねぇんだがな」
「どして?」
「外の情報を手に入れられては、暴動の原因となるからじゃよ」
首を傾げたソラに、ブロンザイトが何時もの如く教えてくれる。そうして、彼の解説が始まった。
「さて……ソラ。お主、暴動を起こそうと思う場合、何に注意を払う」
「え……えっと……」
ブロンザイトの問いかけにソラは自分が暴動を起こすのなら、と考えてみる。すると、一つの事が理解出来た。
「あ、外と呼応して事件を起こす事、でしょうか」
「うむ。少々本筋からは外れるが……それは重要な事じゃ。となると、当然外となんとかして連絡を取ろうと思うじゃろう。そういう時、新聞は有用なツールの一つと言える。例えば、広告欄も使えるじゃろう」
ソラの問いかけにブロンザイトは一つ頷く。エネフィアでも地球と同じく新聞の広告欄があり、新聞社によっては個人での掲載も可能となっている。ではそこにもし、予め決めていた符丁を混ぜ込んでいれば、簡単に中へと情報を送る事が出来るのだ。
「広告欄だけではない。他にも外で治安が悪化した等の情報があれば、必然としてここの兵士達も外に動員される事もあろう。それを狙いすまし、事を起こす事も出来るのじゃ」
「ですね……」
いくら隠されている場所と言っても、全体的に見ればここもまたミニエーラ公国の施設には違いない。となると、外で問題が起きてしまうとここの兵士も増員として送られる可能性が無いでもない。であれば、その隙を狙われない様にする必要もあるだろう。
「他にも……」
「なるほど……」
ブロンザイトの解説を、ソラは胸に刻み込んでいく。幸か不幸かここでは時間は外より遥かにあるのだ。ソラの学ぶという側面から見れば、ここは彼にとって何より有り難い空間だった。無論、メリットよりデメリットの方が大きすぎてソラも御免こうむるが。
「というわけで、じゃ。おそらくここで横流しをしておる者達も新聞は持ち込めんじゃろう」
「なるほど……兵士達の動揺を抑える為にも、ですか……」
「うむ。無論、先にも言った通り兵士達が飽きるという側面もあるじゃろうしのう。この様な場では新聞を読む様な兵士の数も少なかろう」
なにせここでは外より遥かに早く時間が進むというのだ。日刊紙であれば昨日見た内容がそのまま掲載されているだけで、殆ど変わらない。仕入れる意味が無い、という所なのだろう。と、そんな様子に呆気に取られていたコンラートが思わず、と言った具合で口を挟んだ。
「あ、あの……す、少し良いですか?」
「うむ?」
「ん?」
何か急に謙ったコンラートに、三人が訝しむ。三人なのはグスタヴはこういう真面目な話題には興味が無いのか、先にシャワーを浴びてくるとの事であった。
「昨日から気になってたんですが……もしかしてブロンザイトってのはあの、ブロンザイトですか?」
「どのブロンザイトかは知らぬが……珠族のブロンザイトであれば、おそらく儂しかおるまい」
「こ、これは……失礼しました。お噂はかねがね聞いてました。昨日は偉そうな態度を取ってしまい申し訳ありません」
どうやら、流石はランクAの冒険者という所なのだろう。コンラートもまたブロンザイトの名を知っていたようだ。とはいえ、そんな彼もまさかこんな所に連れて来られた老人がそのブロンザイトとは思ってもいなかったらしい。が、今の一幕を見ては流石に彼もそうだろう、と思ったようだ。今までの無礼を詫び、頭を下げていた。
「いやいや、構わぬよ。儂なぞここでは些か知恵の回る老人に過ぎんからのう」
「いえ……それでもまさか賢者ブロンザイト殿とは……失礼しました」
「むぅ……別に気にする事もないんじゃが」
「はぁ……」
本当にどうでも良さげなブロンザイトに対して、コンラートは毒気を抜かれる。と、そんな彼は更に暫くソラ達の勉強を聞いていたのであるが、その最中にブロンザイトが口を開いた。
「コンラートとやら。どうせなら、共に学ぶか?」
「よ、よろしいのですか?」
「うむ……そうじゃのう。どうせなら、取引とはいかぬか」
「なんでしょう」
「ソラに武術の稽古を付けてやってくれ。今後、ここを脱する際にはこやつの腕っぷしは必ず必要になろう。見た所お主の腕は悪くはあるまい。なら、二人で協力する事になろう」
「なるほど……そういう事でしたら、喜んで」
ブロンザイトの求めに、コンラートは快諾を示した。彼としてもここから出たいのは一緒だ。その際にソラの腕は有用だろう。その上で、自分までブロンザイトから学べるのだ。一切損は無かった。こうして、三人は更にコンラートを仲間に加え、暫くの月日を過ごす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1633話『受け継がれし意志』




