第1631話 受け継がれし意思 ――採掘場での生活――
ミニエーラ公国のどこかにある、輝鉄鉱という特殊な魔金属を採掘する採掘場に捕らえられる事になったソラ。彼はそこでなんとかトリンと再会を果たす事に成功する。
そんな彼であったが、その後兵士達に目を付けられてはならない、と一旦トリンと別れ、自分が所属しているらしいA棟一班の班長というコンラートなる男から仕事を教わる事になっていた。
「で、ここでの仕事だが……さっきも言った通り、俺達の仕事は輝鉄鉱の含まれている鉱石を採掘する事だ。精錬と加工はまた別の奴の仕事だな」
ツルハシを片手に岩壁の前に立ったコンラートはソラへと改めて仕事内容の解説を行う。そんな彼はソラを少しだけ横に退けると、おもむろに壁にツルハシを打ち付けた。
「おら……よっ!」
どうやらここらの岩壁はさほど固いわけではないらしい。コンラートが気合を入れてツルハシを打ち付けると、それだけである程度の岩壁がこぼれ落ちた。
「良し……えーっと……これだ」
岩壁を打ち崩したコンラートは一度屈むと、崩した岩石の中から手頃な石を一つ引っ掴む。
「ほらよ」
「おっと……なんだよ、これ」
「黒い石、見えないか?」
「へ?」
ひっつかんだ石を投げ渡されたソラは、改めてその投げ渡された石を観察する。そうして断面を見てみると、確かに僅かだが黒い石が含まれている事に気が付いた。
「それが、輝鉄鉱の鉱石らしい。と言っても微量は微量。こんな量じゃあどうにもならねぇ。これを集めて精錬して、輝鉄鉱のインゴットにするわけだ」
「へー……」
コンラートの説明にソラは興味深げに頷いた。この時のソラは知る由もない事であるが、この輝鉄鉱の鉱石の見た目はもっと大きければ鉄鉱石に似ているらしい。
「本当ならちょっと魔力を通せば淡く光るんだが……流石にこいつがある状況じゃあな」
コンラートはそう言いながら、首輪を引っ張って笑う。本来、魔力による補助さえあればこの程度の首輪なぞ造作もなく外す事が出来る。が、この首輪自体が吸魔石で出来ているのだ。それも望めない。
「まぁ、話を進めるか。で、こうやって採掘した石は……おい! ここに置いてた輪車どこやった!」
「あっちの端っこに置いてます!」
「ああ、あれか! わりぃな!」
コンラートの問いかけに、少し離れた所から声が返ってくる。それにコンラートがそちらへ向かい、荷運び用の一輪車を持ってくる。
「で、崩した石はこいつに入れて……付いてこい」
「あ、おう」
崩した岩壁を一輪車の荷台に入れたコンラートの指示に従って、ソラは再び歩き始める。そうして再び先にトリンと再会した所にまでたどり着いた。
「ここに基本的にトロッコが並んでる。それにこうやって適当に積み込んで、終わりだ。基本、この一輪車は二人一組で使う。今日はお前さんは俺と、ってわけだな」
どうやらこの作業の繰り返しというわけなのだろう。なお、今回はソラへの説明という事で満杯になる前に来たが、非効率的なのでいつもは満杯にしてかららしい。そうしてそれを聞いて、ソラが改めて確認する。
「わかった。取り敢えずはツルハシで壁削って、台車で運ぶ。んで、トロッコに乗せれば良いんだな?」
「ああ。後はトリン達運送班が精錬所に運んで、精錬してくれる」
「精錬もやるのか?」
「手が足りないからな」
やれやれ、とコンラートが肩を竦める。そうして戻り始めた彼の背を追って戻りながら、ふと気が付いた事を問いかけてみた。
「そういえば……さっき、えっと……グスタヴ? だっけ。あの人も言ってたんだけど、手が足りないって何があったんだ?」
「あぁ、それか……あんの馬鹿野郎……いらねぇ事言いやがって……まぁ、俺に聞いただけまだマシか……」
どうやら、これは本来聞いてはならない類の話だったらしい。コンラートはソラの問いかけにぐったりと肩を落とした。そうして、彼は少しだけソラを手招きした。
「……このまま俺の横で作業やれ。そこで教えてやる」
「お、おう……」
兎にも角にも見張りに聞かれると拙い話らしい。コンラートはそう言うと、再び先ほどの岩壁まで歩いていく。そうして、おもむろにツルハシを振り始めた。その横で、ソラも見よう見まねで取り敢えずツルハシを振るう。
「……で?」
「……もうちょい待て。さっき集まって話してただろ? あれで、何人かがこっち見てるからな。監視が引いたら、俺から話してやる」
「おう」
取り敢えず、監視のある所では語れないらしい。ソラは取り敢えず動く為にも、今は情報が大切と素直に従う事にした。そうして、一時間ほど。監視の兵士達が散っていき、後にコンラートいわくいつもと同じ状況となった。
「……行ったな? 作業はそのままで聞け」
「お、おう……」
やはり初めての採掘作業だからだろう。ソラはかなり疲れた様子だったが、若い事と冒険者として鍛えている事もあり話は出来た。そうして、そんな彼へとコンラートが語り始めた。
「……暴動だよ。この間、暴動が起きたんだよ」
「暴動?」
「当然だろ? ここに居る奴の大半が真っ当な方法で連れて来られたわけじゃねぇ。大体半分は借金取りに追われて、残り半分はお前や俺みたいに国軍のクソどもにハメられて、ここに来てる」
「……」
これについては、ソラもなんとなくであるが理解していた。そもそも彼自身、ミニエーラ公国においては一切不法行為を行っていない。
よしんば何か刑法に違反する行為をしていたとて、問答無用にここに連れてこられる事はないだろう。まずユニオンの建前、ギルドに連絡が入る事になるし、日本人である事を鑑みて最終的な保護責任者となる天桜学園と皇国にも連絡が入るはずだ。
「詳しい事は俺も知らねぇ。暴動を起こしたのは、B棟の奴らだからな」
「B棟の奴とは話してないのか?」
「そこが、ここの奴らの上手い所だ。ここら一帯の採掘作業員は全員、A棟の奴だ。B棟は逆。C棟はあっち……異なる棟で接触しない様に見張られてる」
「徒党を組むのを恐れてるってわけか」
「そういうこった」
ソラの言葉に、コンラートもまた頷いた。ここら、相手の方が一枚上手という所だろう。相手の方が戦力としては圧倒的に上なのだ。しかし数としては当然、ここで働かされている者の方が多い。
となると、もし全ての棟が一斉に蜂起すれば何割かは逃げられる可能性は高かった。下手を打つと、逆に兵士達側が制圧される可能性もある。元冒険者も多い。何時かは鎮圧出来るだろうが、流石に手こずる事は考えるまでもない。とはいえ、だ。一つの棟ぐらいなら、武装した兵士達で十分制圧出来るだろう。
「奴ら、一応表向きは俺達には何事も無かった様に振る舞ってるけどな。流石にあんだけの大騒ぎになってりゃ、誰でも分かる。兵士の中には、隠す事も無い奴さえ居るぐらいだ」
「それで、か……」
「そういうこった。その兵士達が間抜けで助かったな。グスタヴのバカもバカだがな」
やれやれ。コンラートはグスタヴに対して盛大にため息を吐いた。どうやら、本来は語らない方が良いというのは事実らしい。それに、ソラが問いかけた。
「なんで隠してるんだ? B棟の奴らを見せしめにも出来ただろ」
「俺達に、じゃねぇよ。上にだ。これは俺も噂で聞いたんだが……どうにも、どこかの組織の奴が入り込んでたらしくてな。そいつが扇動したんじゃないか、って話らしい」
「それがどうして、上に知られたくないんだ?」
「鉱山長の失態になるから、だろう。ちょいと前にC棟の管理エリアで崩落事故が起きて、大量に増員も欠けたからな。ここで工作員に入り込まれての暴動、なんぞ確実に奴の首が飛ぶ。下手に増員を求める事も出来ねぇんだよ」
「なるほどな」
言われれば、納得出来た。ここは非合法な採掘場だが、運営しているのはミニエーラ公国だ。となると、いくら非合法でも国による何らかの査察はあると考えて良いだろう。
そこでもし暴動が起きて生産が落ちた事を知られれば、鉱山長の失態となる事は請け合いだ。クズと言われる鉱山長が隠そうとしても不思議はなかった。そしてそれなら、さっきの兵士とグスタヴのやり取りも納得が出来る。そしてもう一つ、ソラは見抜いていた。
「まぁ、それなら安心は安心か」
「ん?」
「いや、それなら他の所に無茶な事はさせてない、って事なんだろ? 他に無茶させればそれだけで暴動あって人減りました、って言ってる様なもんだからな。なら、無茶な事はさせられない……だろ?」
「……」
不思議そうに首を傾げたコンラートに対して、ソラが己の見立てを語る。そうしてそれを語られたコンラートは目を丸くして、その後、豪快に笑った。
「あっははは! お前さん、意外とやるじゃねぇか。頭が回らねぇかと思えば、意外と頭が回る。ちぃったぁ見直したぜ」
「おい」
「あははは……なるほど。まぁ、確かにちょっとは使えそうか」
まだまだ至らぬ点は多いものの、少なくとも雑多な元冒険者よりは使い物になる。コンラートはソラに対してそう判断したらしい。
「そうだ。その通りだ。少なくとも、見た目だけは平常運転だが……鉱山長は苛立っててな。兵士共もそれに合わせて苛立ってる。それだけで自分達が答え言ってる様なもんだ」
くくく、と楽しげにコンラートは笑う。これについては、ソラもそうだと思うだけだ。もし本当に隠したいのなら、全てを何時も通りと思わせるべきなのだ。それが出来ていない時点で、ここの強制労働施設の運営は二流どころか三流以下としか言い得なかった。
「鉱山長は自分の保身に拘り過ぎたってわけか」
「そういう事だな。事件を隠そう隠そうとしちまって、逆に自縄自縛に陥ってやがる。諦めて上に言えば良いもんを、配置換えだなんだ、でB棟に他の二つから人を送ってなんとかしようとしてやがるわけだ。納期に遅れる方が問題になるだろうに。まー、ここの時間が歪んでるおかげで、露呈するまでになんとか出来る、とでも思ってやがるんだろう。実際にゃ、精錬の時間とかあって増員しないと間に合うわけねぇのによ」
楽しげなコンラートはソラの言葉を認めながら、ツルハシを振るう。どうやらソラの事を気に入ったようだ。と、そんな笑いながらツルハシを振るう彼の横でツルハシをなんとか振るうソラであったが、崩した岩壁の欠片の中に何か光り輝く物を見付けた。
「……ん?」
「どうした?」
「いや……なんだ、これ」
ひとまずツルハシを振るう手を止めて腰を屈めたソラは首を傾げたコンラートを横目に輝く何かを手に取った。それは僅かに白色に近い感じだったが、同時に淡い光を放っている様にも見受けられた。
「お……魔法銀の鉱石か……良し。丁度良い。今なら誰も見てないな。くすね方を教えてやる」
コンラートは一度周囲を見回した後、今なら行けると判断したらしい。いくら見張りが居るから、と言っても常に全員を見張れるわけではない。どうしても見ていないタイミングがあり、今なら行けると思ったようだ。
「ひとまず、それについてはそのまま自分で分かる所に置いて、一旦その上に他の岩乗っけとけ」
「おう」
「良し……取り敢えずは作業を続けるぞ」
どうやら今すぐに回収する、というわけではないらしい。ソラは素直にコンラートの指示に従って、やり方とやらを習う事にする。そうして少しの間採掘を続け、ある程度の岩が削れた所でコンラートが告げた。
「良し。このぐらいで良いだろ。さっきの魔法銀、覚えてるな?」
「ああ」
「良し……なら、それを器用に退けながら今掘った輝鉄鉱を台車に乗せろ。その際、見張りの兵士の動きにはしっかり注意しておけよ」
「おう」
コンラートの指示に従って、ソラは自分が掘った輝鉄鉱を一輪車へと積み込んでいく。そうしてあと一回で全部を積み込めるかな、という程度になった所で、コンラートが再び口を開いた。
「良し……今なら大丈夫だな。魔法銀を握ったまま、輝鉄鉱を運び込め。わかってると思うが、魔法銀は積むなよ」
「おう」
コンラートの指示通り、ソラは作業を進めていく。そうして自分が抱えていた輝鉄鉱を全てトロッコの荷台に積み込んだ所で、コンラートが三度口を開いた。
「良し……ズボンのポケットに魔法銀を入れちまえ。今ならトロッコが影になってて、監視の奴らにも見られねぇ」
「え……だ、大丈夫なのか?」
「奴ら、一人一人しっかりとは見てねぇよ。まぁ、それに。後で小物入れに入れ替えるしな。取り敢えず今は、ってわけだ。それについては今回はお前の入隊祝いって事でくれてやるよ」
「お、おう……」
肩を竦めたコンラートに、取り敢えずソラは確保した魔法銀をポケットに突っ込んでおく。
「そういや、このトロッコはどうするんだ?」
「それはトリンの様な奴が勝手に持っててくれる事になってる。俺達は何も考えずにあれに輝鉄鉱を入れるだけだ」
再び岩壁に戻って採掘作業を開始したコンラートに、ソラも並ぶ。兎にも角にも今はブロンザイトの無事を確認出来るまで、大人しくしなければならないだろう。というわけで、ソラはもう暫くは採掘作業を大人しく行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1632話『受け継がれし意志』




