第1630話 受け継がれし意思 ――労働――
ミニエーラ公国の策略により、輝鉄鉱という特殊な魔金属が採掘されるという強制労働施設に連れて来られたソラ。彼は目を覚ますと、周囲にブロンザイトとトリンの二人が居ない事を知る。
そんな彼は二人の代わりとばかりに部屋に居たグスタヴという男に従って、強制労働施設の中を案内されていた。そうしてこの強制労働施設を取り仕切る者たちの顔を拝見した彼は、その後採掘場へと向かう事になっていた。
「ここが、採掘場……まぁ、改めて説明する必要もねぇか」
「……」
「さっさと行くぞ。立ち止まって何か良い事なんてねぇからな」
ソラの顔に苛立ちとも憤慨とも取れる色が浮かび上がる。まぁ、これは想像したままの強制労働施設で良い。兵士達は粗野だし、扱いもまともではない。
と、そうして一旦は立ち止まった二人であるが、即座に歩き始める事にする。ここで立ち止まっていても面倒を巻き起こすだけだ。そして案の定、面倒は向こうからやって来た。
「おい、お前ら! ここで何をやっている!」
「はぁ……」
「ん? お前、一班のグスタヴか。ここで何をやっている。一班は作業中だろう」
どうやら、やって来た兵士はグスタヴを見知っていたらしい。訝しげに問いかけていた。それに、グスタヴも片手を挙げて挨拶する。
「ああ、あんたか。おはようさん。ボスの命令で、この新入りをここまで連れてきたんだよ」
「新入り?」
「あんたもここに居るだから、この首輪で分かるだろ? こいつには既定値以上盛られたらしくてな。目覚めるのが遅かったんだ」
「なるほどな。そう言えば、B棟の奴にも一人デカイ首輪付きが居るって話聞いたな」
どうやら、グスタヴの言葉で見張りの兵士は納得したらしい。僅かに憐れみの色を目に浮かべてソラを見ていた。というわけで、彼は特に叱責する事もなく通してくれた。どうやら彼はまだこの場では比較的まともと言い得る部類の兵士らしい。
「お前の所のボスなら、今日もいつもの場所だ。行くならさっさと行けよ。俺以外に見付かると面倒だぜ?」
「あいよ。ま、また頼むわ」
「あはは。あいよ」
グスタヴは見張りの兵士の言葉に笑いながら後ろ手に手を振って、その場を歩き去る。それにソラも続く事になるのだが、その道中でグスタヴが口を開いた。
「あいつはまぁ、ここらじゃ悪くない奴だ。肥溜めの中じゃまだ、まともだな」
「そうなのか?」
「さっきはここはゴミ溜めって言ったが、全員がクズってわけでもなくてな。長く居ると、何人か兵士にも顔見知りも出来るんだよ。ああいう風に便宜図ってくれる様な、な」
ソラの問いかけにグスタヴが僅かに笑う。そうして、彼が少し教えてくれた。
「ここで採掘されるのは主には輝鉄鉱だが……それ以外にも魔石やら他の魔金属やらが稀に採掘されてな。それをくすねてあいつに持ち込めば、取引してくれるんだよ」
「取引?」
「物資の横流しやってんだよ。魔石も魔金属もグラム単位で取引がされてるからな。こぶし大でもあれば、十分に小遣い稼ぎになる。ってわけで、奴からしてみれば俺達はお得意様だ。死なれるのは奴としても困るんだよ。自分の為にも、ってわけだ。覚えておいて損はねぇぞ」
「良いのかよ……」
道理で対応が良かったわけか。ソラはグスタヴから語られた先の兵士の裏の顔に、思わず肩を落とす。とはいえ、そんな彼にグスタヴが笑いかけた。
「おいおい。こんな肥溜めで生きていくには、それなりの方策は必要だぜ? ああいう輩の力を借りるのは当然だ。それに、奴は上にも賄賂を渡してるからな。上手く立ち回って生きてるよ。ああいうのに取り入っておけば、他の兵士達からも殴られないで済む事も多い。大半の奴がそういう奴のおこぼれにあずかってるからな」
「なるほど……」
案外抜け目ない性格なのか。ソラは先の見張りの兵士について、そう思う事にする。と、そんな彼にグスタヴが改めて明言する。
「ま、それでも奴はまぁ、性格としてはまだまともだ。色々と便宜図ってくれるしな」
「賄賂で?」
「そう、賄賂でな。が、分かるだろ? それがここでは何より重要だ。ここじゃ病欠も怪我も一切認められねぇ……が、ああいう奴らに媚び売っておけば、サボっても見逃してもらえる。それを怠った奴から、ここじゃ死んでいく。お前の前の奴とかな」
「なるほどな……」
それがどれだけ重要なのか、笑うグスタヴに言われないでもソラも理解出来た。怪我や病気になれば当然、まともに動けない。そしてこんな劣悪な環境だ。病が建屋全体に蔓延したのなら兎も角、数人ならお構いなしに動くだろう事は自明の理だ。
であれば、確実に病気になっても働かされる。そんな時、彼らの様な相手が居れば密かに便宜を図ってもらって、休む事も出来るのだ。それだけで、明日へ命を繋げる。取引をしてくれる、というのであれば上手くやれば薬だって貰えるだろう。脱出の取っ掛かりにだってなってくれた。
「一つ、聞いておいて良いか?」
「なんだ?」
「どうやって、くすねれば良いんだ?」
「ほぉ……いいね」
少し笑う様なソラの言葉に、グスタヴが少しだけ眉を上げる。冗談で言っている素振りがない。これが分かっているのなら、十分ここで生きていけるだろう。しかも協調性も悪くない。彼はそう思ったらしい。
「教えてやる……といっても、そのためにもお前をウチのボスに会わせないとな」
「おう」
グスタヴの言葉に従って、ソラは暫く歩き続ける。そうして暫く歩いた先で、思わぬ人物と再会した。
「トリン!?」
「ソラ! 目が覚めたんだね!」
「ああ! 良かった! お前、無事だったのか!」
自分と同じくボロボロな衣服かつ何度か殴られてはいたものの、なんとか無事だったトリンの姿を見てソラが喜色を浮かべる。そうして僅かな再会が果たされた所で、彼と一緒に居た大男が口を開いた。
「お前が、新入りか」
「ボス。新入り、連れて来たぜ」
「おう。お前はさっさと作業に入れ。今日は5班で欠員が出てるそうでな。そっちと一緒だ」
「あいよ……で、こいつは多分分かる類の奴だ。そこらも仕込んでやってくれ」
「ほぉ……」
グスタヴの言葉に、ボスと呼ばれた大男が僅かに上機嫌に頷いた。そんな彼を見てみると、その首にはソラの物より大きな首輪が取り付けられていた。
威圧感と良い、風格と良い。確実にソラよりも格上の存在だろう。冒険者として見れば、ランクAは確実だろう。というわけで、そんな彼の指示に従ってグスタヴが去っていった後、ボスとやらが口を開いた。
「小僧。お前、名前は?」
「……ソラ・天城だ」
「……変わった名前だな」
ソラから語られた名前に、ボスが僅かに首を傾げる。まぁ、エネシア大陸では東方の中津国を除いて地球で言えば西洋風の名前が主流なのだ。こんな名前ならそうもなろう。とはいえ、ソラとてそれ故、まともに答える事はなかった。
「中津国の出身なんだよ。こいつとお師匠さんと一緒にミニエーラに来て、こんな所に連れて来られた」
「なるほどな……そりゃ、ご愁傷さま。俺はコンラート。お前とそこの小僧。お前と一緒に連れて来られた爺さんが所属してるA棟一班の班長をやってる男だ。本当ならもう一人居るはず……だったんだが。死んじまって、今は一人欠員だな」
コンラート。そう名乗った男はソラへと豪快に笑いかける。そんな彼をソラは改めてしっかりと確認する事にした。背丈はおよそ2メートル前後。体躯はかなり筋肉質かつ大柄で、カルサにも負けていない。
髪は赤く、目も同じく赤かったがどちらかと言えば赤銅色に近い。やはり場所が場所だからか無精髭だらけかつ髪はボサボサ。うざったいのか後ろで括っていた。
とはいえ、顔立ちについてはそういった点を整えても美丈夫とは言い難いだろう。酒場で豪快に飲む冒険者、というのが一番似合いそうな大男だった。
「さて……まぁ、流石にお前ももう現状ぐらいは理解出来てるだろう。お前にしてもらう仕事はまずは、採掘だ。ツルハシで崖を崩して、それをトロッコに乗せる。で、そっちの小僧が押して精錬所に持っていくわけだ」
「精錬所?」
「なんだ。グスタヴの奴、教え忘れてたのか」
首を傾げたソラに、コンラートが笑う。そんな彼が改めて教えてくれた。
「流石にお前も建屋が4つあるぐらいは、見たら分かるよな?」
「ああ」
「実はあの中央建屋の裏から繋がる所に、精錬所があってな。お前と一緒に連れて来られた爺さんはあっちに居る。まぁ、あんな爺さんじゃ力仕事が無理だからな。そういう様な奴とか、所長が気に入らなかった女はあっちに入れられてんだよ」
「あっちに、お師匠さんが……」
どうやらいくら強制労働施設といっても、無茶はさせないらしい。特にここでは魔術も魔力による身体補助も使えない。それ故、身体能力に合わせて仕事は割り振られているらしかった。下手に無茶をさせても作業効率が落ちるからだろう。そうして中央建屋を睨む様に見るソラに、コンラートが更に教えてくれた。
「基本的にトロッコはこの線路を通って運ばれる。トリンの小僧がやってるのは、そのトロッコの操縦だ」
「やってるのは……そういえば、トリン。お前は何時目覚めたんだ?」
「僕は昨日だよ」
「お前はどうやら睡眠薬を相当量使われたらしくてな。昨日一日は眠りっぱなしだったぜ。ま、俺はまる二日だって話だからお前さんはまだ良い方だろうさ」
トリンの言葉に続けて、コンラートが笑いながら昨日の事を語る。どうやら、ソラは知らぬ間に一日眠っていたらしい。そんな彼が、ふと思い出した。
「そう言えば、他の人は?」
「他の人は……ごめん。わかんない。僕らが目を覚ました時には、三人だけだったから……」
ソラの問いかけに、トリンが申し訳なさそうに首を振る。あの時、討伐隊には彼ら三人以外にも七人冒険者が居た。そのうち三人はバイエの北の村に用事があるという事で別れたが、残りの面子については全員揃って飛空艇に乗っていた。そちらについても一緒に捕らえられたと考えて良いのだろうが、それ故に気になる所であった。そんな所に、コンラートが口を挟んだ。
「まぁ、おそらく分けられたんだろう。お前らがどんな関係かは奴らも知らねぇだろう。が、それでも調書は取ったって話なんだから、少しはわかってるはずだ」
「? じゃあ、なんで俺達は一緒なんだよ」
「「……」」
ソラの疑問にトリンは言い難そうに顔を顰め、一方のコンラートは僅かに鼻白む。コンラートが鼻白んだのは、自分が思うより知恵が回っていなかったからだ。少し買い被りすぎた、というわけなのだろう。そんな彼が教えてやるか、と口を開く直前、トリンが先に口を開いた。
「……もし万が一の時の、僕らへの見せしめだよ。僕ら三人の中で一番体力が無くて、そして最も痛めつけやすいのは……誰だと思う?」
「っ!」
問われ、ソラも即座に気が付いた。考えるまでもない。魔術を無しにすると誰が三人の中で一番弱いか、と言うと言うまでもなくブロンザイトだ。魔力による補助無しでは流石の彼もトリンより弱い。
それに対して、ソラは一番強いと言っても良いだろう。その彼を直接的に痛めつけた所で効果は薄い。トリンも若いがゆえに効果は薄い方と言えるだろう。では、ブロンザイトは。そう問われた時、誰もが答えなぞわかっていた。
「……暫くは、大人しくしてないとダメか」
「……うん」
悔しげなソラに対して、トリンもまた正直に頷いた。現状、迂闊な事は出来ない。もし万が一迂闊な事をすればそれだけでブロンザイトに被害が及ぶかもしれないのだ。合流出来るまで、大人しくしておくのが最良だった。と、そんな所に唐突に怒声が飛び込んできた。
「おい、貴様ら! そこで何をやっている!」
「っ……じゃあ、僕はこれで」
「おう……呼び止めて悪かったな」
「いえ……」
トリン自身が語った様に、現状兵士に目を付けられて良い事は何も無い。故に見張りの兵士達がやってくるのを横目に、その対処をコンラートに任せて作業に戻る。その一方、残った二人の所には兵士がやって来ていた。
「コンラート。何をしていた」
「単にこいつに作業内容を説明してただけだ」
「こいつ……? 誰だ、こいつは」
「今日入った新入りだよ。今日一人来るって話あっただろ。どっかのバカがやりすぎて人手足りねぇ、若くて力ある奴寄越せ、て言ったじゃねぇか。その補充だ。まさかあのひょろいのと爺さんだけでなんとかなるわけねぇだろう」
鞭を片手に高圧的な兵士に対して、コンラートはどこかあしらう様に胡乱げに肩を竦める。そうして数度のやり取りの後、兵士は納得したのか去っていった。
「はぁ……わりぃな、話の腰を折っちまって」
「いや、良いんだけどよ……」
「詳しい話は仕事しながらにするか……こいよ。色々と教えてやる。そこから適当にツルハシ持って付いてこい」
「お、おう」
どうやらこれ以上話だけをしていても兵士達に訝しまられると思ったようだ。コンラートは立ち上がると、ツルハシを片手に歩き始める。そうして、ソラもまた彼に続いて歩いていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1631話『受け継がれし意志』




