第1629話 受け継がれし意思 ――強制労働施設――
ミニエーラ公国北部の温泉街バイエ。そこの更に北にある村で起きた魔物の襲撃事件の対処を行ったソラ。彼はその際協力を受けたミニエーラ公国軍の飛空艇に乗ってバイエへと戻る事になっていた。そんな彼であったが、その道中。何者かに睡眠薬を盛られ、どこともしれない場所で目覚める事となる。
そんな彼に声を掛けたのは、グスタヴと名乗る男だった。彼はソラがミニエーラ公国によって捕らえられたと語り、更に現状を教えるべくソラを案内していた。
「だーら、言ったろ? 鉱山長の命令でこいつの案内させられてるって。サボってるわけじゃねぇよ」
「ふんっ……」
非常に胡乱げなグスタヴの言葉に、完全武装した兵士の一人が鼻息荒く吐いて捨てる。少し案内されて、ソラも理解していた。ここはどうやら、非合法に運営されている施設らしい。作業環境は劣悪の一言。
ここを管理している者達も真っ当とは言い難い者たちばかりだ。そんな彼らはグスタヴがソラを連れているのを見るや、問答無用に殴り掛かるのもよくある事だった。今は幸い口で呼び止められただけだ。
「まぁ、良い。さっさと行け」
「あいあい……おい、行くぞ」
「……おう」
やはり何度か理不尽に殴られたからだろう。元々の性根もあり、ソラはかなり苛立っている様子だった。そんな彼の顔を見て、兵士の一人がおもむろにソラへと殴り掛かる。
「ぐっ!」
「なんだぁ? その面は。文句あるって顔だなぁ」
「っ」
「おい、小僧! やめろ!」
ニタニタといやらしい笑みを浮かべた兵士を睨みつけたソラに対して、グスタヴが声を荒げて制止する。そしてそんな彼は一転、兵士を睨みつける。
「あんたも、そこらへんにしておいてやってくれ。こいつはまだ新入りだ。躾は俺がしろ、って命令だ……躾の出来てない新入りをここで痛めつけて仕事できませんってなったら、確実にこの話は上に行くぞ。今期の納品、結構拙いってんだろ? ウチの班長いわく、こいつは結構な有望株らしいぜ。あんたらだって新入り痛めつけて、鉱山長怒らせたくはないだろ?」
「「「っ」」」
鉱山長。何者かはわからないが、時折来る理不尽な対応に対してグスタヴがこの名を出せば、途端に兵士達は顔をしかめて手を止めた。そして今回もまた、そうだった。
「ちっ……さっさと行け」
「あいよ……小僧、立てるな?」
「……おう……ぺっ」
ソラはグスタヴの手を借りながら、血を吐き捨てる。どうやら口を切ったらしい。そうして立ち上がる瞬間、グスタヴがソラの耳元で小声で語った。
「あんま、奴らを苛立たせんな。お前、あの爺さんの知り合いだろ?」
「……だからなんだよ」
「お前が暴れて怪我する程度じゃ良い。あの爺さんにまで迷惑掛かんぞ。こいつらは、そういうクズだ」
「っ」
迂闊だった。グスタヴに指摘され、ソラはまだブロンザイトどころかトリンにも再会できていない事を思い出し、顔を顰める。現状、あの二人がどうなっているかも不明なのだ。それなのに兵士達を怒らせてもしあの二人に危害が加えられれば、ソラは悔やんでも悔やみきれなかった。
「今は我慢しろ」
「……ああ」
不承不承ではあるが、ソラはグスタヴの言葉に従う事にする。その後、彼は何度か兵士達に理不尽に殴られたりしながらも、なんとか怒りを宥めながら建屋の中を移動して外に出た。そうして彼が見たのは、どこかの山々に囲まれた採掘場だった。
「ここは……」
「ミニエーラ公国秘密採掘場。見れば、ってか見なくてもわかっただろうが、奴隷一歩手前の扱いで働かせてる所だ」
「……」
グスタヴの言葉を聞きながら、ソラは周囲を見回す。聞こえるのは、採掘を行う音と苦悶の声。そして、鞭の音。建物の中もそうだが、明らかに真っ当な作業環境とは言いがたかった。
「……強制労働施設ってわけか」
「そういう所だな。で、俺達が居たのはA棟。後ろのこれ。あっちのが順番にB棟、C棟。俺達と同じく、連れてこられた『労働者』が居る場所だな」
ソラの言葉に応じたグスタヴは、後ろ手に今まで二人が居た建屋を指差して、三つある建物の内左右の建物を指差した。どちらもA棟からは少しの距離があり、迂闊に接触は出来そうにない。そうして、彼は最後に真ん中の建屋を指差した。
「で、あっちが中央管理建屋。さっきのクズ共が屯してる建屋」
「物々しいな」
「当然だろ?」
ソラの見たままといえば見たままの言葉に、グスタヴが笑う。ここは強制労働施設というのだ。であれば、脱走は一番警戒していると思われる。
「さて……お前さんがショックを受ける前に教えておいてやる。助けを期待してるのなら、お生憎様だ」
「なんでだよ」
「ここは、異空間なんだよ。それも最悪の、な」
「異空間? 最悪?」
異空間。それは世界に隣接して創られている空間だ。言ってしまえば冥界等と似ている。とはいえ、その特性については色々とあり、一概に異空間と言っても全てが一緒というわけではなかった。故にソラには最悪という理由が理解出来ず、首を傾げるばかりだ。
「ああ。異空間……ここはな。外と時間経過が少し異なってるんだよ」
「なっ……ど、どれぐらいなんだ?」
こういう場合、やはり一番頼りになるのはカイトだ。彼が自分を見捨てるとは、思えない。その彼からの救援があるだろう、という見込みは生きていく上で重要な希望となり得る。
が、かつてティナがそうであった様に、いくら彼でも時間が狂っていると救援が出来る様になるまで時間が掛かってしまう事がある。故に僅かに顔を青ざめたソラは、少し恐る恐るという具合にグスタヴに問いかけていた。
「大体、外での一ヶ月でここの一年だそうだ。ここの奴ら、空間に干渉する術を見付けたらしくてな。最大まで狂わせやがった」
「なぁ……」
まさかの返答に、ソラが思わず言葉を失った。カイトがどれだけ早く動けるかはわからないが、少なくとも一日二日でなんとかなるとは思えない。
まず居なくなった事を把握するまで、最低数日。しかも悪いのは、報告書の送付をしてまだ少ししか経過していない、という所だ。カイトが気付くまで最低でも外で一週間は必要だろう。
そこから自分達の居場所等を把握して、と考えれば、ここで数ヶ月は待つ必要があるという事だろう。そうして、そんな事を理解して言葉を失ったソラに対して、グスタヴは少しの間待った後に口を開いた。
「……まぁ、お前の気持ちもわから無いでもない。俺ももうここに来て何年になるか思い出せねぇからなぁ……」
「……」
「まぁ、そりゃ今はどうでも良い。取り敢えず、ここでお前が何をするべきか、ってのを教えるのが今の俺の仕事だ。まぁ、見りゃわかると思うが、基本的にお前ってか、お前と俺がやるのは採掘だ。ここらの地層は掘れば簡単に輝鉄鉱が出るって場所らしくてな。取り敢えずツルハシを振って輝鉄鉱の含まれる土を採掘。それを運ぶ奴に渡せば、それで完了だ」
ショックを受けているらしいソラへと、グスタヴが取り敢えずの現状を告げる。ここらのショックを受けるのはグスタヴも仕方がないと思っていた。他ならぬ彼自身もそうだったからだ。
そうして、暫く。ショックを受けて立ち直れない様子のソラを横に立ち直るのを待っていたグスタヴであったが、そんな彼が口を開いた。
「っと……クズの親玉が出てきやがった。小僧、立て」
「……あ?」
「あんまでかい声出せないから、小声で教えてやる。さっき教えてやった中央建屋。見ろ。密かにな」
「……」
グスタヴの言葉に、ソラが密かに流し見る。そこに居たのは、小太りの男だ。年齢はおよそ50前後。横にはソラと同じく質素な服の女性が数人侍っていた。いや、侍っているというより、強引に従わされているというのが正しいだろう。そんな様子にソラは顔を顰めながら、グスタヴに問いかける。
「……誰だ?」
「ここの鉱山長だ。この肥溜め最大のクズ。強い奴にへりくだって、弱い奴に強いっていうキングオブ小物だ」
「さっき、兵士達が全員あいつの名前で止まってなかったか?」
嫌悪感しか出さないグスタヴの言葉に、ソラはしかめっ面で問いかける。先程まで粗野な兵士達の何人もが彼の名で止まっていたのだ。だというのに、ソラからしても小物にしか見えなかった。
「チクリ魔なんだよ、あいつ。ちょっとでも気に入らないと上にある事ない事密告して、即座に強制労働行きだ。特に今はちょいと問題があって、採掘がトラブったばかりでな。人手がどれだけあっても足りやしねぇらしい。兵士共も何時自分がこっちに落ちるかって戦々恐々ってわけだ」
「なーる……そりゃ、クズだ」
とどのつまりあの鉱山長その人を恐れているのではなく、その彼の持つ権力を恐れているに過ぎないのだろう。グスタヴの言う通り、小物の中の小物としか言い得ない典型的な小悪人だった。
「まぁ、あのクソはどうでも良い。基本、頭も力も無い小物だ。お飾りや万が一の場合のトカゲのしっぽ。そしてそれも理解出来てないアホ……お前が知っておくべきなのは、あの横だ。と言っても、女じゃなくて、だが」
「横……」
グスタヴの言葉に、ソラは改めて鉱山長の横を見る。そうして見えたのは、更に数人の兵士と一人の文官が一緒だという所だ。
「あっちの一人高そうな服を着てるのが、あの鉱山長のお目付け役。この採掘場の副管理者。副鉱山長。あっちはガチで切れ者だ。まぁ、鉱山長の好き勝手を放置してるあたり、こいつもクズはクズだがな。少なくともまともにここが回ってるのは、あれの手腕が大きいだろう」
「なるほど……」
確かに、眼光は鉱山長とは比べ物にならないほどに鋭い。しかも女達ではなく兵士達は揃って彼に従っている様子だ。ソラは実質的にこの採掘場を動かしているのがこの男だと把握する。そうして副鉱山長を見たソラは、次いで彼に付き従っている面子を見る。
「……あの大男は?」
「……やっぱ、冒険者か」
「なんだよ」
「一番やばい奴に最初に目が行くってのがな」
ソラの問いかけにグスタヴが僅かに笑う。ソラとしても一番危険そうだ、と思ったのでそう問いかけたが、どうやら案の定だったらしい。
「あれはアルドって奴だ……気を付けろよ。お前がウチの班に来る前に居た奴の半数を、奴が拷問の末に殺してる。おそらくここでの死因の内、栄養失調やらを除けば一番があれだろうな」
「っ……」
明らかに真っ当じゃないだろうな。そう思っていたソラであったが、想定以上の返答に思わず顔を顰める。
「鉱山長がクズだとするのなら、あいつはクソ中のクソ。人が苦しむ様が一番好きだって変態だ」
「……」
ラエリアで戦ったデンゼルなる貴族とどっちがクズだろうな。ソラはグスタヴの言葉にそう思う。そんな彼は改めて、しっかりとアルドとやらを観察する。
体躯はソラやグスタヴより二回りほど大きく、確実に2メートルはあるだろう。筋骨隆々で、手には小さめのハンマーがあった。とはいえ、トゲが付いている為、明らかに採掘用とは思えない。
「鞭じゃねぇのかよ」
「はっ……大方、誰かをぶっ殺した後って所なんだろうぜ。前にウチの班長が言ってたんだが、あいつはトドメは頭をあのハンマーで思いっきりぶん殴るのが好きなんだとよ。前に頭が潰れる時の音が堪らない、つってたのは俺も聞いたな」
「良い趣味してるぜ」
「笑えない冗談だ」
小声で呟いたソラに対して、グスタヴは盛大に顔を顰めながら言外に同意する。
「まぁ、それ以外も全員揃ってクズはクズだが……一番クズなのはこのアルドと鉱山長の二人だろうな。来いよ。重要な奴はひとまず全員教えた。次はウチの班長を紹介するぜ」
「……おう」
グスタヴの言葉にソラは頷いて、僅かに中央建屋へ戻ろうとしていた鉱山長一党を睨みつけた後にその後ろへ続く事にする。そうして、彼は班長とやらに会いに採掘場へと降りていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1630話『受け継がれし意志』




