第1613話 ミニエーラ公国 ――山中の戦い――
ソラはラグナ連邦での大捕物を終えて、湯治と皇国とは違う物を見る目的でミニエーラ公国と呼ばれる小国を訪れていた。そんな彼は北部にあるロツと呼ばれる国際空港に到着すると、一泊してバイエという温泉街を目指して出発していた。そうして、出発から二日。宿場町を一つ越えた彼らは、バイエまで後少しという所で魔物の群れに遭遇していた。
「良し! そこの黒髪の小僧! そのまま堪えてろよ!」
「おう!」
冒険者の一人の言葉に、ソラはこちらにのしかかろうとする熊に似た魔物を全力で押し返すべく力を込める。やはり国際空港にして、有数の武器の生産地という所だろう。バイエに向かうのも冒険者が多く、腕利きも少なくない。
故にソラはアタッカーとなる必要はなく、彼の本職となるタンク役を務めるだけで良かった。そうして、彼が食い止める熊に似た魔物の胴体に、光の線が走った。どうやら強い魔物らしく胴体が両断されたという事はないが、それでもダメージは受けているらしい。足に込められていた力が軽くなっていた。
「上、思いっきり上げて!」
「あいよ! <<風よ>>!」
更に続いた声掛けに、ソラは加護の力を展開して一気に力を込める。そうして、思いっきり魔物を上へと吹き飛ばす。
「はぁああああ! <<炎帝の拳>>!」
ソラの打ち上げた熊型の魔物に向けて、魔術師が巨大な炎の拳を生み出して一気に消し飛ばす。ソラはそれを確認する事なく、更に別の魔物へと向き直った。と、そんな彼の背後に、また別の冒険者が割り込んだ。
「っと」
「っと、すんません」
「良いってこった」
後ろで響いた剣戟の音で、ソラはどうやら背後に魔物が回り込んでいた事を理解する。そうして背後を防いでもらった彼は、一気に前へ向けてタックルを仕掛けた。
「おぉおおおおお!」
強烈なタックルでまた別の熊型の魔物へと駆け出した彼は、魔物の側面に一気に突っ込んだ。そうしてその出力を活かして敵をわずかに浮かせると、そのまま跳び上がる。
「行くぜ! <<超重撃>>!」
上空に跳び上がったソラは空中で敵を下にすると、そのまま<<超重撃>>という技を使用。一気に急降下する。
これは本来は空中で使用する事で急降下して敵へと襲いかかる技なのだが、それを利用して一気に地面へと叩きつけたのだ。そうして、熊型の魔物は轟音と土煙を上げて地面へとめり込んだ。
「上出来だ! トドメは任せろ!」
「うっす!」
この魔物と戦っていた槍を使う冒険者が跳び上がって、ソラへと声を掛ける。そんな彼は声掛けに合わせて思いっきり弓なりに槍を振りかぶると、思いっきり地面にめり込んだ魔物へと投げつけた。
「ふぅ……」
轟音を上げて叩きつけられた槍を見ながら、ソラが一息つく。ここらの魔物は平均的にランクCという所で、冒険部の遠征隊であれば中々に厳しい所も多かった。が、今回はやはり腕利きの冒険者も多かった為、苦戦はしていなかった。そんな堅調な戦いを続けるソラへと、再び声が掛けられた。
「おい、そこの黒髪の若いの! ちょっと手を貸してくれ!」
「うっす!」
「良し! 二人で一気に崖の向こうまでぶっ飛ばすぞ!」
「うっす!」
ソラは自身と同じく重鎧を着込んだ壮年の冒険者の言葉に一つ頷くと、先程までの熊型の魔物を更に一回り巨大にした魔物を食い止める彼の横まで駆け抜ける。この彼が相手にしている魔物が、今回彼らが遭遇した魔物の群れの長の様子だ。ランクも先程の熊型の魔物より一つ上で、戦闘力も数段上だった。
「良し! 合わせろ!」
「うっす! おぉおおおおお!」
「おぉおおおお!」
ソラは壮年の冒険者と息を合わせて、一気に力を込める。そうして二人のタックルで、魔物の群れの長が思いっきり吹き飛ばされた。が、後少しで崖という所で、魔物の群れの長はなんとか地面に爪を立てて踏みとどまった。
「ちぃ! 少し当たりが弱かったか!」
「すんません!」
「いや、俺が力が弱かった! 気にすんな!」
壮年の冒険者の苦い顔に対して謝罪したソラに、逆に彼は首を振って慰めを送る。出力だけで見れば、この場で一番高いのはソラらしい。
それ故に彼の申し出だったが、逆にそれ故にわずかに足並みが揃わなかったようだ。と、その一方で魔物の群れの長は体勢を立て直すと、お返しとばかりに一気に猛烈なタックルを二人に仕掛ける。
「っ! 小僧! こらえろ! 直進されると馬車に一直線だ!」
「おう!」
しっかりと地面を踏みしめた壮年の冒険者の助言に、ソラもまたしっかりと地面を踏みしめる。そうしてそんな二人へと、群れの長が激突した。
「「ぐっ!」」
大型トラックがぶつかったかの様な衝撃がソラへと襲いかかる。実際、この魔物の群れの長は地球でも最も危険な熊と名高いグリズリーより二回り程度も大きく、太古の昔に存在していたとされるショートフェイスベアという熊の一種にも近かった。
その大きさたるや、なんと4メートルにも達した――グリズリーで大きくても3メートル強――らしい。もしショートフェイスベアを魔物にすれば、こうなったかもしれない。後のソラはそう告げるほどの巨躯だった。
「ぐぅうううう!」
「おぉおおおお!」
片や経験によって蓄えられた技術で。片や若さを活かした力で。自分達の持てる全てを出した二人の冒険者と、魔物の群れの長との間で押し合いが行われる。が、流石に堪えきれる物ではなかったらしい。わずかに二人が滑ったのをきっかけとして、一気に押され始めた。
「「っ!」」
拙い。一気に押され始めた自分達に、二人が顔を顰める。が、彼らは二人だけではなかった。故にその瞬間。魔物の群れの長に向けて地面から光の鎖が伸びてきた。それは魔物の群れの長を雁字搦めに絡め取り、二人と共にそれ以上の侵攻を食い止める。
「間に合った!」
「良し、俺達四人でこいつは抑える! 今の内に一気にやってくれ!」
魔法陣を展開した二人の魔術師が周囲の冒険者達へと一斉に号令を掛ける。どうやら大半の魔物の討伐が終わっていたらしい。魔術師二人が地面へと罠を仕込んでいたらしく、偶然魔物の群れの長はその上を通過したのだろう。慌てて起動した様子があった。
「良し! 今の内に一気に仕留めるぞ!」
「おう! 最後のトドメは俺に任せろ!」
「「「おぉおおおお!」」」
ソラ達が四人掛かりで抑え込む魔物の群れの長へ向けて、身の丈ほどの大剣を持つ冒険者を除いた冒険者達が一斉に襲いかかる。それは魔物の群れの長を滅多斬にし、またその身を多種多様な魔術にさらしていく。
「良し! 行けるぜ! 小僧、おっさん! どきな!」
障壁は打ち砕かれ、血みどろになった魔物を大剣を持つ冒険者がしっかりと見据える。そうして、彼が地面を蹴って大剣を大きく振り上げた。
が、その直撃の直前。後一歩で最後のトドメの一撃が放たれるというタイミング。大剣を持つ冒険者が全力で振るえる様に、ソラと壮年の冒険者が離れた瞬間だ。今まで瀕死だった魔物の群れの長が、唐突に莫大な力を身に纏う。
『GYAAAAAAAAA!』
「「「!?」」」
唐突に猛烈な圧力を放った魔物の群れの長に、冒険者達が揃って慄いた。手負いの魔物がこれほどの圧力を放てるとは。誰もがそう思わされたほどの圧力だった。と、そうして硬直したソラへと、トリンの声が響いた。
「っ! ソラ! 危ない!」
「っ!」
既の所で、ソラが気を取り直す。そして、その直後。彼が居た方向へと魔物の群れの長が猛烈なタックルを繰り出して、そのまま崖下へと消えていった。
「「「……」」」
苦し紛れの一撃を放って、結果の自滅か。崖下に消えた魔物の群れの長に対して、ただただ冒険者一同が呆然とそう考えた。そうして、誰もがどこか締まらない決着にモヤモヤした物を抱えながらも、気を抜いた。
「ふぅ……」
「なんとか、か……おう、小僧。お疲れ」
「あ、うっす」
自身と共に魔物の群れの長を食い止めていた壮年の冒険者のねぎらいに、ソラが一つ頭を下げる。そうしてそんな彼は顔を上げると、ひとまず竜車に戻る間に壮年の冒険者へと口を開いた。
「あいつ、やりそこねましたね」
「ま、しょうがねぇ。俺達も大半が本調子じゃねぇしな」
ソラの言葉に壮年の冒険者も僅かに苦い物を感じつつも、仕方がないと諦めている様子だった。本調子じゃない、という言葉から察するに、彼も湯治に向かう途中だったのだろう。
「まぁ、それでも。あれだけダメージを受けてりゃ、問題は無いだろう。落下で死ぬ様なタマじゃあないだろうが……それでも、軽い怪我じゃない。血の匂いに引き寄せられた魔物の餌食になるのが、関の山だな」
「そうっすかね?」
「だろう。流石にここらの山も甘くはない。特に、あっちの山はな」
ソラの問いかけに、壮年の冒険者は崖から見える高い山を見る。今彼らが居る場所もそこそこの高度で、なおかつ標高も高い。が、そんな山より二回りは大きい山が、そこにはあった。
ラグナ連邦でブロンザイトが迂回する、と言っていた山だ。比較的強い魔物の群れに襲われたのはそこに近かったからだが、それ故に手負いの魔物が生きていられるほど、甘い場所でも無いらしかった。
「まぁ、数日生き延びられりゃ御の字。運が悪けりゃ、俺達の負わせた怪我で数時間後には死んでる……気にすんな」
「うっす」
間近で見ていたソラもまた、魔物の群れの長の手傷が決して軽くない事は理解していた。であれば、問題はないか。そう考えた彼は特に気にしない事にして、竜車へと乗り込んだ。そうして自席に戻った彼は、とりあえずトリンへと礼を述べる。
「トリン、助かった」
「いや、良いよ。にしても、危なかったね。まさかあのタイミングで逃れられるなんて……」
どうやらトリンからしても、あの魔物があのタイミングでイタチの最後っ屁の様に逃れるとは思っていなかったようだ。彼の顔にも僅かな驚きが滲んでいた。そんな二人に対して、ブロンザイトもまた一つ頷いた。
「ふむ……ランク平均よりも些か強い魔物じゃったのじゃろう。所詮、魔物のランク分けなぞ儂らが経験から平均値を推測し、そう分けているだけに過ぎぬ。あの魔物は冒険者ユニオンでの表記はランクBじゃが……うむ。A程度には至っておりそうじゃったのう」
ここら、やはり魔物も生き物という所なのだろう。育ってきた環境等で性能が異なってくる事はままあった。どうやら、今回の個体もその一例と考えて良さそうだった。と、そんな事を話し合っていると竜車が再出発した。
「ふぅ……取り敢えず後一回ぐらいですかね」
「そんな所、じゃろう。ソラよ、武器の調整は?」
「ああ、今回は剣はそんなに使ってないんで……それに、こいつは攻撃には使いませんからね」
ソラはブロンザイトの問いかけに腰の片手剣をとんとん、と叩いた。この片手剣は所詮は代用品。本来の武器を使わない為に持っているだけのお飾りにも等しい。敢えて言えば、防御用の剣と言って良い。なので基本攻撃は他の冒険者にまかせていて、今回の戦いでは敵を一度も切り裂いていなかった。
「そうか。であれば、問題はあるまいな……む? ソラ、腕を見てみよ」
「あれ?」
ブロンザイトの指摘を受けて、ソラは自分の腕に切り裂かれた跡がある事に気がついた。血はそこまで流れていないので、気付かなかったのだろう。そんな様子を見て、ブロンザイトが僅かに顔をしかめた。
「ふむ……鎧で覆われておった腕が切り裂かれておるのう……ふむ……」
「お爺ちゃん。取り敢えず考えるより前に手当しないと」
「そうじゃのう。と、言ってもソラ。後ろに行って治療薬を使って来ると良い」
「あ、はい」
ブロンザイトの指示を受け、ソラが再び立ち上がる。そうして、彼は馬車の後部、ライサの所へと向かう事にする。といっても用事があるのは彼女にではなく、その近くにある水道だ。怪我の治療をする前に、傷口を洗い流しておこうというだけだ。
「っ」
「ああ、ソラ。怪我かい?」
「ああ、ライサさん。うっす……ちょっと貫通されたらしくて」
「貫通? 鎧の修復材ならあるけど……買うかい?」
怪我の治療を始めたソラに、ライサが床に広げていた部材の一つを指し示す。この旅路の中で何度か彼女から回復薬を買う事があり、話をしていたらしい。知り合いと言える程度にはなっていた。と、そんな彼女にソラが首を振った。
「いや、そういうわけじゃないんっすよ」
「? 鎧に傷がないのに、腕に傷が?」
「うっす……どうにも、そうらしいんっす」
「へー……」
やはり相手は魔物だ。なので時としてこういう道理にそぐわぬ事も起きる事があった。それを、長い間旅をしていたライサは知っていたようだ。特に驚いてはいなかった。
「うーん……それなら少し警戒した方が良いかな」
「何がっすか?」
「ああ、そういやあんたには話してないっけ。私もバイエで降りてね。連絡が入って、ちょっと近くの村まで来て欲しいって言われてるんだ。で、なら逃げた群れのボスと遭遇するかも、ってね」
「あー……まぁ、あの手傷なら生きてる事は無いとは思うんっすけど……そうっすね。気をつけるのは重要かと」
ライサの言葉にソラは道理を見て、一つ頷いた。どうやら彼女もソラより前に来た冒険者達から話を聞いていたのだろう。流石にあの怪我で生き残るとは思えないが、それでも油断は禁物だ。大丈夫と高を括るよりよいだろう。と、そうして傷口を洗い流して回復薬の入ったサイドポーチに手を伸ばしたソラへと、ライサが笑いかけた。
「で、ソラ。あんたの怪我だと、下級か」
「うっす。新しいの、一つ」
「あいよ。じゃ、こっちで領収書とか作っておくからさっさと手当しちまってくれ」
「うっす」
作業に取り掛かったライサの言葉を受けて、ソラは回復薬を掛けて包帯を巻く作業に入る。そうして、ソラは怪我の治療を終えると、ライサへと代金を支払って再び自分の席へと戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1614話『ミニエーラ公国』




