第1605話 賢者と共に ――幕間・終了――
賢者ブロンザイトと共にラグナ連邦に蔓延る地下組織の掃討作戦に参加していたソラ。彼は行動を共にしていたラグナ連邦大統領府直属の特殊部隊の隊員達の支援の為、魔導機に乗り込んで戦っていた。
というわけで地下組織の保有する大型魔導鎧の討伐を終了させた彼であったが、一休みしたのも束の間、組織のボスが乗っていると思われる飛空艇の捕縛を行う事となる。そうして<<無冠の部隊>>のオペレーターの指示に従って飛翔機をバンカーで破壊した彼はその後、ラグナ連邦の軍本隊がボスを確保するのを見守っていた。
『お、出てきたな。<<黒き湖の底>>。ラグナ連邦地下組織の大ボスだ』
「あれが……」
ソラはオペレーターの言葉を聞いて、魔導機のモニターに表示されている軍の兵士達に連行されている壮年の男を拡大する。年の頃合いとしてはおよそ40代半ば。灰褐色の髪を短く切り揃えた大柄な男だった。そんな男に、オペレーターはどこか苦笑した様に声を上げた。
『流石は大体三百年続いた組織のボス。捕まるにしても威風堂々か。そろそろ俺達だと気付いてるだろうに、堂々としてやがる』
「大戦の頃からあったんっすか?」
『正確には俺達の終わらせた大戦の後の混乱期に、って所だな。復興の最中に闇市を取り仕切る様ってたのが、あの組織の発端だ』
「なるほど……」
言われてみれば納得出来る話だった。やはり混乱期には色々と腐敗や不正がまかり通るもので、その当時の役人が色々と首根っこを掴まれた結果逆らえなくなり、その彼が上に行くに従って不正が拡大。組織も大きくなっていったそうだ。
「で、その役人が上に行くに従って組織が拡大って所っすかね」
『そんな所だな。総大将が現役の頃にゃ、まだ木っ端の組織だった。総大将もこの組織の話を聞いて、大いに驚いていたよ』
「そうなんっすか?」
『当時の頭と総大将は知り合いなんだよ。だからまぁ、その面でも総大将は見過ごせないらしくてな。なんか色々と聞いてるらしくてな。引導を渡す、ってわけだ』
ソラに語るオペレーターの言葉は、どこか寂しげだった。後にカイトが語ってくれた事であったが、どうやらこの当時のボスは今の様な不法と不正を取り仕切る組織というより、闇市で市民の為に働く任侠団体の頭の様な人だったらしい。
当時は物資が困窮していた時代だ。闇市等がどうしても存在しており、暴利を貪ろうとする者達を取り仕切っていたそうだ。それ故、当時のラグナ連邦も下手に暴動が起きるより、と彼らによる統率を認めたそうだ。一部の地方政府の役人も彼の世話になっており、人柄としても信頼出来ると判断されたのであった。
『ま、それでも……そいつが見てりゃ、多分今の現状の方を嘆いただろうからな。あの人は一本の筋が通った任侠モンだったらしい。公的な立場としては、俺達とは決して相容れない間柄だったが……総大将は秘密裏に会いに行って、酒飲んでたらしいぜ。やっこさんもその時はえらく丁寧に出迎えてくれたそうでな。一度総大将が称賛してたのを、覚えてるな』
「……」
カイトが称賛した。その言葉で、ソラはこの組織の初代は人格者だったのだろうと理解した。それが、三百年後の今は腐敗の頂点となる。<<無冠の部隊>>の者達の中でも腕利きが来たのも、それが理由なのかもしれなかった。
「でもそんな人がなんで腐敗に?」
『さぁなぁ……総大将が帰る数年前に、その頭は民衆を守って深手を負って、死んじまってな。俺はその戦いにゃ参加してなかったが……総大将が看取ってな。二代目は地元住民に頼まれた総大将が特例という事で立ち会って、息子さんが継いだんだが……その次の次の四代目の就任でちょっとゴタゴタがあったそうだ』
「ゴタゴタ?」
『四代目つったろ? 二代目も短命は短命だったんだが、この次の三代目が跡目決める前に急死してな。若くして初代にも勝るって噂の優秀な奴だったらしいんだが……そいつの急死だ。跡目争いが起きたらしい。その頃にゃすでに総大将は地球に帰還。皇子殿下とかも丁度皇帝に就任やらで色々とゴタゴタしててな。俺らも大半が総大将帰ってくるまで地元帰るかー、って帰った後だった。俺も流石に一度ぐらいおふくろに顔見せに地元帰っか、って事で帰ってたからな。詳しくは知らねぇんだ』
これもよくある話といえば、よくある話だ。優秀だった本家筋の当主が唐突に居なくなり、跡目相続で揉めに揉める。そしてそういう時に活躍するのは、ずる賢く生きる者だ。
そういう奴が当主になった結果、カイト達の知る様な任侠団体がマフィアに近い組織となり、闇市の取り仕切りを認めた事等を使い脅迫。組織の規模を拡大して今に至る、というわけなのだろう。
「マクダウェル家には何もなかったんっすか?」
『言ったろ? 初代が出来た頭だったって。総大将と懇意にしてたのを知るのは、初代の頭とその側近だけだ。自分達が表沙汰に出来ない立場ってのを分かってて、写真も一切遺してないらしい。会ってたのもお互い名乗らず、単なる一市民として飲み屋で偶然を装ったそうだ。街の住人達も写真を遺さないよう、目を光らせてたそうだ』
「はー……」
つまりはこの可能性を見通していた、ってことか。ソラは初代の頭首の思慮深さに、感心した様にため息を零した。が、それ故にこそ彼らのこの地下組織へ掛ける心情というものが理解出来た。
「にしても、そんな奴らの子孫が、ねぇ……」
『直系じゃねぇよ。直系の子孫だったら、総大将が乗り込んで説教かますからな』
「あはは」
確かに。ソラはオペレーターの言葉に思わず笑った。どうやら先の四代目就任の折りに直系の子孫は後見人として立った従兄弟筋の者に操られ、禅譲という形で五代目を後見人の息子に譲らされたそうだ。
直系の子孫達が今も生きているのか、そして生きているのなら今はどこで何をしているのかは、カイト達も把握していないらしい。
『ま、お前がガキこさえても安心はしとけ。万が一の時は総大将が引導を渡してくれるからよ』
「おっかない話しないでくださいよ」
『お? その顔だと予定あんのか?』
「っ!」
オペレーターの茶化す様な言葉に、ソラは顔を真っ赤にして返答に困る事になる。イエスはイエスだ。当然だが恋人が居て若いのだから、そういう事はしてないわけがない。そして近くにカイトが居て、事ある事に子供がどうだ、という話をしているのだ。それを聞く彼が意識していないわけがない。
が、それを素直に言えるほど、彼はカイトの様に場馴れしていなかった。そうして暫くの間、オペレーターの笑い声が響き渡る事になるのだった。
さて、大捕物から数時間。ソラは輸送艇に魔導機を搬送すると、戦闘を終えたオーアらと合流。地下組織の本拠地に居た者達の逮捕を軍に任せ、ヴォダへと帰還していた。
「ふぅ……」
「ソラ。改めてになるが、ご苦労じゃったのう」
「あ、はい。まぁ、俺としても稀な経験が出来てよかったですよ」
ブロンザイトのねぎらいに、ソラが背筋を正して頭を下げた。色々と疲れはしたが、ひとまずこれで大捕物は完全に終了。どうやら大統領府は地下組織の本部摘発をマスコミに生中継させていた様子で、マスコミ各社はこの話題でもちきりだった。
「にしても……凄いニュースですね。どの局もこればっかりで……」
「まぁ、当然じゃろう。さて、ソラ。疲れておる所じゃが……何故マスコミに流したか。その理由を聞いておこうかのう」
「理由?」
ソラとブロンザイトはホテルの一室に備え付けられているテレビを見ながら、その意図を考える。すでに敵の主戦力は壊滅しているし、地下組織もトップが捕まった事は知っている。
更に言えば<<無冠の部隊>>が来ていた事も理解していた。最後のこの一つがダメ押しになったらしく、今は続々と投降しているとの事だった。故にマスコミ各社も比較的安全と判断して、元冒険者によって構成される戦場カメラマンを送り込んでいた。
「……」
なんだろうか。ソラはブロンザイトの問いかけを受けて、マスコミ各社が同行している理由を考える。そうしてまず考えたのは、マスコミが居る理由だ。
(マスコミが居るって事は、報道されるって事だよな……ってことは、これは大統領の政治的な得点になるって事か)
ソラがまず考えたのは、これだ。地下組織を撲滅出来たという事は間違いなく政治的に見て得点だろう。特にそれが有名であればあるほど、市民にも好印象だ。その点で言えば地下組織の総元締めとも言えるこの組織を叩き潰せたのは、現在の政府中枢にとってこれ以上無い得点だ。
(他には何かないか……?)
更に、ソラは何があるかと考える。今考えた事は少し考えれば、誰でも分かる事だ。なら、それ以外には無いか。それを学ぶ為にここに居るのだ。これで終わりとするわけには、いかなかった。と、そんな考えるソラに、ブロンザイトが少し楽しげに問いかけた。
「何か一つも出ぬか?」
「いえ、一つは出たんですけど……」
「うむ。ではそれを聞こう」
ブロンザイトに促され、ソラは先程自分が考えたこの作戦における大統領のメリットを口にする。そしてそれを聞いて、ブロンザイトが一つ頷いた。
「うむ。正解じゃ。これは大統領にとって良き得点となってくれるじゃろう」
「ふぅ……」
これは順当と言えば順当な正解だが、それでも正解してソラは胸を撫で下ろす。が、そこで彼は一転首を振った。
「でも、これ以外はまだ……」
「いや? それで良い。何も答えが二つ三つあるとは言っておらんからのう」
「へ?」
くすくすと楽しげに笑うブロンザイトに、ソラが呆気にとられる。そうして、ブロンザイトが教えてくれた。
「いつ何時でも複数の意味があると考えるのは、良い事じゃ。が、時として考え過ぎて動きが鈍くなる事もあろう。今回、儂が声を掛けるまでお主は五分もの時間を思慮に掛けた。お主、戦場で指揮をしながらそれだけの時間を掛けられるか?」
「あ……」
「無理じゃろう? 故にどれだけ相手の意図が見えずとも、ある程度で区切りを付けねばならん。勿論、考える事は重要じゃ。故に一つ答えを出した時点で儂に語り、その間に何があるかと考えねばならん。全部を考えてから動くでは遅い時もある。それを理解しておけ」
「はい」
ブロンザイトの言葉をソラはしっかりと胸に刻み込む。まだ今回の様に立ち止まって考えられる時は良いが、何時も何時でもそうではないのだ。それを学ばせる。ここでのブロンザイトの意図はそこにあった。
「ま、今回の場合は無論、それ以外にも経済活動の健全化等もあるがのう。ここらはあくまでも副次的で良かろう。メインは、先の政治的な理由が大きいのう」
「え?」
「なんじゃ、気付いておらんかったのか」
「す、すいません……」
わずかに驚いた様子のブロンザイトの問いかけに、ソラが恥ずかしげに頭を下げる。これも考えれば分かるが、やはり地下組織に金が流れればその分、健全な経済活動は阻害される。そんなソラに、ブロンザイトは困った様な顔を浮かべた。
「お主は筋が良いか悪いか分からんのう」
「すいません……」
「あぁ、良い良い。気にせんで……まぁ、ついでじゃ。どこに次に行くか、考えるかのう」
しょげ返るソラにブロンザイトは笑い、次にどこに行くか考える事にする。そうして、それにソラも一緒に考える事にして、暫くの間は時間を潰す事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1606話『賢者と共に』




