第1604話 賢者と共に ――幕間・6――
ラグナ連邦に蔓延る地下組織の掃討作戦。これに指揮官として参加していたブロンザイトに従って作戦に参加する事になったソラは、ブロンザイトへの助力としてカイトが差し向けた<<無冠の部隊>>と合流。<<無冠の部隊>>が保有する魔導機にパイロットとして搭乗していた。
そうして地下組織の本拠地へ侵攻するオーアら<<無冠の部隊>>の一部隊員達やラグナ連邦の特殊部隊達の支援をするべく地下組織が保有する大型魔導鎧との交戦を行う事になったわけであるが、それも魔導機という圧倒的な性能を保有する機体であった為、順当に勝利を得られていた。
「ふぅ……これで、全部だな」
ソラは残る最後の一機が倒れ伏したのを見て、胸を撫で下ろす。戦闘時間としては、着陸から正味で十分から十五分足らず。何時もの戦闘より少し短いという程度だ。
が、やはり魔導機の運用という事で何時も以上には疲れていた。と、そんな彼へと<<無冠の部隊>>のオペレーターが通信を開いた。
『おう、お疲れ。とりあえず中に冷蔵庫あるから、回復薬でも飲んどけ』
「あ、どもっす」
冷蔵庫まであるのかよ。ソラは笑いながら、オペレーターから教えられた場所にある小さなスイッチを押して見る。すると、壁がわずかに動いて中が見える様になった。
「い、色々とあるな……」
『ウチの総大将が色々と好きな物が多いからな。ま、俺らもそのおこぼれに預かってるんで文句はねぇわ』
てかあんたらも絶対に調子乗って入れまくってるだろうな。ソラはそう思いながら、適当に回復薬を選んで引っ掴む。別に回復薬の味にこだわりは無いらしい。と、そうして回復薬を飲みながら、彼は問いかけた。
「そういや、ここから俺はどうすりゃ良いんっすか?」
『あ? ああ、お前? お前そのままそこで待ってりゃ良いぞ』
「良いんっすか?」
『俺ら負けると思うか?』
「……無いっすね」
オペレーターの問いかけにソラは呆気に取られ、あり得ないと判断する。カイトが今回増援として差し向けたのは、オーアや技術班の面子を除けば武闘派だ。敵本拠地の制圧も彼らが主力として動いている。
まぁ、わかりやすく言えば。ラカムやレイナード――この二人ではないが――らが来ていると思えば良い。オーアを足手まといと言う様な奴らだ。何がどうあったら彼らが負けるのか、とその準備運動に参加させてもらったソラは素直に疑問だった。
『だろう? で、オーアも中に入ってるからコントロール・ルームにたどり着けばこっちの勝ち。後は俺に繋いでくれりゃ、全部丸裸にしてやるさ』
「……」
やっぱりチート軍団だよなぁ。ソラはオペレーターの軽い言葉を聞きながら、素直にそう思う。まぁ、他ならぬ彼の親友その人が率いている部隊だと思えば、素直に納得も出来た。
「ふぅ……」
じゃあ、これで今回は本当に終わりかな。ソラはそう安堵して、コクピットの中で腰を下ろす。リンクについてはすでにオペレーターが切ってくれているので、魔導機は立ったままだ。
「おー……やっぱすっげー……」
回復薬をちびちびと飲みながらソラが見るのは、圧倒的な戦闘力で地下組織の本拠地を制圧していく<<無冠の部隊>>の戦闘員達だ。
何故坑道の中の彼らが見えるのかというと、それは非常に簡単だ。彼らが外壁を軽くぶっ壊して突入したからである。こんな常識はずれの行動をされては誰も呆気に取られるしかない。隊列も準備も何もあったものではなく、一気に蹴散らされていた。
なお、ぶっ壊しているのは外壁だけでなく、面倒なので通路の壁も思いっきり壊して進んでいた。元々廃棄された坑道なので、問題無いらしい。ラグナ連邦にもきちんと許可を取っている。
そしてそんな馬鹿げた方法で一直線に進むのだ。あっという間に敵本拠地の最深部へとたどり着いたらしい。オーアの声が外部マイクから響いてきた。
『おーう。あたしー。ポップコーン野郎、聞こえっかー』
『おーう。終わったかー?』
『終わってなかったら話してないねー。そっち繋げるから受信しろよー』
『おーう』
飛空艇の外部マイクと敵本拠地の外部マイクを使って、オペレーターとオーアが会話を行う。と、そんな会話を聞いていたソラへとオペレーターが声を掛けた。
『おーう、ソラー』
「ちょ! 外部マイクになってるっすよ!?」
『あ? あー、これで良し。聞こえるか?』
ソラのツッコミで外部マイクから通信機での通話に切り替えたオペレーターが、彼へと問いかける。それに、ソラはため息を吐いた。
「うっす……なんっすか?」
『今からちょっと敵基地のコントロール乗っ取るから、お前のオペレートから離れる。自分の周辺は自分で見張れ』
「了解っす」
まぁ、基地のコントロール室を制圧したから、と何でもかんでも出来るわけではないだろう。それぐらいソラにもわかった。なのでオペレーターの言葉にソラはモニターに表示されているセンサー類を拡大表示しておく。そうして、その一方でオペレーターは超高速でコンソールをタップして、敵基地の乗っ取りを開始していた。
「なんだろーなー……この圧倒的じゃないか、我が軍は状態……」
敵にとっては悪夢でしかないんだろうけどな。ソラは圧倒的な戦闘力で敵の本拠地を制圧していく<<無冠の部隊>>の戦闘員達を見ながらそう思う。
というより、いっそ自分達が<<無冠の部隊>>だと言ってやれば良いのに、とソラは思わないでもない。と、そんな事を考えていたからだろう。再び通信が入ってきた。
『ソラ、聞こえる?』
「ん? トリンか。どした?」
『いや、オペレーターさんがハッキングに入ったからね。軍の艦隊がそろそろ来そうだから、その連絡だよ』
「ああ、そういう……」
確かにソラもセンサー類を見ているが、やはり性能であれば飛空艇の方が高い。更にはこれは元々計画されていた事でもある。わかっているのなら、情報共有は重要だろう。
「で、そっちどうよ?」
『こっちも暇だよ。なにせ動いてるのが<<無冠の部隊>>だからね。彼らは経験値が高すぎて、僕じゃ手が出せないよ。一人一人が常に最善を判断して動けるから……』
「あはは」
トリンの苦笑混じりのどこか冗談めかした言葉に、ソラは思わず笑う。とはいえ、これは事実だ。現在のトリンでは<<無冠の部隊>>を指揮する事は出来ない。戦場では彼らの判断の方が早いし、トリンより数手先まで読んでいるからだ。
「ってことは、今は暇って事か?」
『さっき言ったよ』
「じゃあ、聞きたい事あるんだけど、良いか?」
『うん、何?』
ソラの問いかけにトリンが一つ頷いた。それに、ソラは先程得た何故名乗らないのか、という疑問を伝える。これに、トリンはなるほど、と頷いた。
『ああ、そういう事。まぁ、これは簡単だよ。ぶっちゃければ、初手だと特に意味がないからね』
「意味が無い?」
『そ。だって普通、自分達は<<無冠の部隊>>だ、って言って信じると思う?』
「……普通は信じないよな」
信じないじゃなくて信じたくない、が正確なんだけどね。トリンはソラの言葉にそう訂正しておく。正真正銘の世界最強をトップとした、世界最強の部隊だ。それが目の前に居る、というのは悪人達にしてみれば悪夢としか言い様がない。故の、信じられないではなく信じたくない。
『そういうわけで、ある程度信じられる土壌を作らないとダメなわけ』
「それなら、何時もこんな風になるのか?」
『何時もはって……何時もはカイトさんが居るでしょ。それで信じられないとか言えないでしょ』
「あー……」
なるほど。ソラはトリンのツッコミに思わず納得して頷いた。カイト、いや、正確には勇者カイトはあまりに有名だ。今でこそ正体がばれない様に勇者としての力を使って戦わないが、彼が正体を隠す事を厭わなくなれば、スタイル・チェンジを使って戦う。
その上、大精霊達の力も隠さないで良いのだ。丁度この少し前に彼がフランクール領での戦いで行った戦い方になる。大精霊の力をスイッチして戦えるのなぞ、この世にカイトただ一人だ。誰かが言う必要もなく、その場に居る部下達は全て<<無冠の部隊>>だと分かることだろう。
『まぁ、今回はそれ以外にもあんまり敵に逃げられたくないっていう話もあるね。軍が来る前に戦意喪失されても困るし』
「なるほど……」
色々と考えてるもんだ。ソラはトリンの解説を聞いて、大凡<<無冠の部隊>>と名乗らない理由に納得する。と、そんな話をしている二人の間に、オペレーターが割り込んだ。
『っと、ソラ。勉強中悪いな。ちょっとお前さんに仕事出来そうだ』
「なんっすか?」
『どうにも敵の首領が乗った飛空艇が隔壁ぶっ飛ばして逃げようとしてるっぽくてな。流石に物理的に壊されりゃ、どうにもなんねぇわ』
「逃げられたんっすか?」
僅かな驚きをソラは顔に浮かべ、問いかける。<<無冠の部隊>>が攻め込んで逃げられたのだ。中々に素早い動きと称賛出来た。
『らしい。どうやら司令室から直接逃げれるルートがあったっぽくてな。センサー無かったんで検査するまで時間掛かったわ』
「どうやって見付けたんっすか?」
『あん? センサーの一部区間に検出しないエリアが、ってことはそこを空白として浮かべりゃ自然道になるだろ。後は壁の中かそれとも隠し通路か、ってのは魔眼使って見りゃわかる』
「な、なるほど……」
てかこの短時間でそこまでやってんっすね。ソラはもう呆れを隠せなくなってきていた。これで彼は敵の本拠地の乗っ取りを行いながらなのだ。しかも、これで物凄いのは彼単独でやっているという事だろう。とはいえ、そういうことなら、とソラは立ち上がった。
「とりあえず了解っす。こっちで捕まえりゃ良いんっすね?」
『ああ。中の奴らがやっても良いんだがな。出来りゃ生きて捕まえたいって、ラグナ連邦のお偉いさんが言っててなぁ。ほら、ウチの奴らだと面倒になると飛空艇撃墜しちまうだろ? 別にウチ主導の作戦ならそれでも良いんだがな。今回はお呼ばれだからそうしておいてやるか、ってわけ』
「う、うっす」
なんで魔導機に乗る自分より、生身の奴らの方が危険度高いんだろう。ソラ――とオペレーターの横のトリン――は頬を引き攣らせる。と、そんな事をしている間に再び魔導機が起動して、ソラの鎧にリンクする。
『良し。これでまた動ける。で、今度は飛翔機のリミッターを解除してる。飛べるんだが……まぁ、飛ばない方向でなるべく進めたい』
「俺、飛び方しらないんっすけど」
『だから、飛ばない方向で終わらせたいって言ってんだろ』
ソラの言葉にオペレーターは尤もな事を言う。現在まで、ソラは自分の意思で飛んだ事は一度もない。飛空術なぞ習得の見込みも無いのだ。基本的に魔導機での飛翔は飛翔機付きの魔導鎧と一緒、と言われていても、それを使った事もない。それはオペレーターも知っていた。が、使う可能性がある以上、対策は考えていた。
『とりあえず、万が一の場合はただお前は前に向けてダッシュするイメージでスラスターを使え。後はこっちで軌道修正してやる。お前はただ真っ直ぐ飛ぶ。それで良い』
「はぁ……」
とりあえず全身に魔力を漲らせれば良いのか。ソラはオペレーターの言葉をそう噛み砕いて理解しておく。と、そんな話をしている間に、地下組織のボスの乗る小型の飛空艇が地下の格納庫へ繋がる隔壁を吹き飛ばした。
『来たな。行け』
「うっす!」
オペレーターの指示を受けて、ソラがゆっくりと速度を上げる飛空艇へと突進する。そうして、数秒後。最高速度であれば勝る飛空艇であっても、先に準備が出来ていた魔導機の速度には勝てなかった。ソラの操る魔導機の貫手が飛空艇の後部に突き刺さった。
『上出来……じゃねぇ!』
「なんっすか!?」
唐突に声を荒げたオペレーターに、ソラが慌てて問いかける。
『もう一隻来る! そっちが本命だ!』
「っ! ぐっ!?」
慌てて先程自分が上を通り過ぎた地下格納庫へ続く隔壁を見たソラは、そこに一隻の飛空艇が逆側に飛翔しようとしているのを確認する。が、その瞬間だ。彼が捕まえていた小型の飛空艇が爆発した。
『おい、ソラ! 無事か!?』
「つぅー……な、なんとか大丈夫っす!」
オペレーターの声にソラはしかめっ面を浮かべながらも頭を振って、気を取り直す。が、その間にも地下組織のボスの乗る飛空艇は加速を始めていた。
『ソラ! 全力で飛べ! 後はこっちでなんとかしてやる!』
「了解!」
ソラはオペレーターの言葉に了承を示すと、一気に全力で総身に力を漲らせる。そうして魔導機の各所に取り付けられた飛翔機が火を吹いて、背面に取り付けられた飛翔機から虹色のフレアが巻き散らかされる。
「ぐっ!」
魔導機の最大出力での加速に、ソラはわずかに顔を顰める。が、その分出力は高く、離れつつあった飛空艇に一気に追いついていく。
『っ! 急げ! 追いつかれるぞ!』
『これで最大です!』
飛空艇の中で、地下組織のボスとその側近達が慌てふためく。そうして後少しで追いつくと言う所で、オペレーターが口を開いた。
『ソラ! 右腕にあるある兵器の封印を解いてやった! お前さんなら、使えるはずだ! ターゲットはこっちで指示する! そこを狙い撃て!』
「っ!」
送られてきた武装の情報に、ソラが目を見開く。が、その顔は次の一瞬で笑みに変わった。なにせこれには彼も一家言あったからだ。
「俺の得意技! 行くぜ! バンカー!」
ソラは笑いながら腕を突き出して、右腕に取り付けられていたバンカーを起動。オペレーターの指示した飛翔機を狙い撃つ。そうして、ソラの一撃を受けた飛空艇は飛翔機を損傷した事で一気に速度を落とし、オペレーターの連絡を受けて回り込んでいた軍の飛空艇に取り囲まれる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1605話『賢者と共に』




