第1603話 賢者と共に ――幕間・5――
ラグナ連邦に蔓延る地下組織の掃討の為、カイトの指示で増援としてやって来たオーアら<<無冠の部隊>>の面々。彼女らと共にその掃討作戦に加わっていたブロンザイトに従って、ソラもまた掃討作戦に参加する事になっていた。
そんな彼は幾つかの事情から、<<無冠の部隊>>が保有する量産型の魔導機に乗り込み、地下組織が保有する大型魔導鎧との交戦を行う事となる。と、その少し前の事だ。輸送艇の中の魔導機の中で出陣を待っていたソラは、送られてくる映像を見ていた。
「……なんっすか、ここ」
『んー。三百年前に廃棄された坑道跡、らしいね』
ソラの問いかけにオーアがラグナ連邦から送られてきた情報を見る。やはり三百年前の大戦では色々と破壊されたわけで、費用対効果の側面から復旧される事なく廃棄された場所というのは幾つか存在していた。ここはその一つ、というわけなのだろう。
「にしちゃ、色々と増設されてる気が……」
『だからそこを乗っ取って活用したんだろ? 居住性とか色々と確保されてる様子だけど』
「よくこれで見付からないんっすね」
『いや、本拠地の場所は定期的に変えてるらしいよ。だから今までのさばってるわけだし』
「生き残るには生き残るなりの理由が、ってわけっすか……」
オーアの情報を聞いて、ソラはなるほど、と納得する。色々と改修してはいるが、基本的に敵の拠点はそこまで大規模な改修を行っている様には見えない。と、そんな彼の見ている前で、僅かな人の出入りが見えた。
「ん?」
『どうやら、あそこらへんに秘密の出入り口があるんだろうね。あの規模だ。飛空艇を格納する為の地下格納庫もあるだろうさ。無論、大型魔導鎧を入れとく為のもね』
「氷山の一角、と」
『そんな所だろうね……っと、どうやら気付いたらしいね。ほら、見てみな』
オーアはそう言うと、ソラのモニターの映像を一部拡大する。男が一人、こちらに向けて双眼鏡を向けている様子だった。
『さぁ、そろそろあんたを下ろすよ。あたしらもそれに合わせて降りるけどね』
「うっす」
ソラは少しの緊張を宥めながら、一つ頷いた。ここからは実戦、しかも初めての魔導機による戦闘だ。何時もとは違う感覚があった。そうして、輸送艇のハッチが開いてゆっくりと魔導機が降下を開始する。
『着地まではオートでやってくれる。妙な動きはするなよ』
「うっす」
魔導機が降下を始めて暫く。十秒ほどの時間を掛けて、魔導機が地面へと着陸する。それに合わせてオーアらを筆頭にした地上部隊が揚陸艇や各々の方法で降下した。
「さて……」
とりあえず、ソラは自分がやる事を改めて思い返す。と言っても、やる事は簡単だ。ラグナ連邦の特殊部隊を守りながら、大型魔導鎧を相手にすれば良い。と言っても特殊部隊とて経験はソラより豊富で、腕も確かだ。なので普通に戦えば良いという事だった。
『おーう。小僧、聞こえるかー?』
「あ、うっす」
『こっからは俺がオペレートを引き継いだ。ま、基本事態が急変する以外で何かやるわけじゃないから、適当に戦えや』
「うーっす」
ソラはオペレートを引き継いだ<<無冠の部隊>>のオペレーターの言葉に、気軽に頷いた。やはり鎧の開発だ実験体だ、と持ちつ持たれつとしていると<<無冠の部隊>>の隊員達ともそこそこ親しい付き合いになる。なので軽い感じだった。
「さってと……」
ソラは一度、乾いた唇を舌で舐める。どうやら緊張しているらしい。ソラはそれを自分で把握する。
「まぁ、当然だよな……すぅ……はぁ……」
落ち着け。やる事は何時もと一緒だ。ソラは深呼吸しながら、自分に言い聞かせる。大型魔導鎧との戦いなぞ、カイトを除けば誰一人として冒険部では経験していない事だ。緊張するのは仕方がない。そうして、彼の見ている前で大型魔導鎧が三体現れた。
『ほー。三体も持ってんのか。維持費持ってんなー』
「やっぱ大型って高いんっすか?」
『高いぞ? まぁ、お前さんら地球人からすりゃ、安いんだろうけどな』
「?」
ソラは<<無冠の部隊>>のオペレーターの言葉に首を傾げる。なお、これについてはソラは説明を貰えなかったが、魔術による修繕が可能なので部品の取り替えの必要が少ない為、という事らしい。と、いうわけで何故なんだろう、と考えているソラの一方、オペレーターはすでに作業を行っていた。
『さて……ほいよ。データベース検索完了。モニターに敵の情報を表示してやる』
「へ?」
『どした?』
「い、いえ……」
早すぎねぇか。ソラは内心の仰天を隠しながら、モニターに表示される情報を確認する。
『敵のベースはラグナ連邦で現在一般的に使われている大型魔導鎧の一世代前のだな。型落ち品が流れたか。性能としてはお前の乗る魔導機より数段下。まともに戦えば負けは無いな。どうやら、腕利きの冒険者が乗ってるってわけでもないらしい。ま、高位の冒険者だからって大型使えるわけでもねぇんだから、当然か』
「……」
だからなんで分かるんだよ。ソラは内心でツッコミを入れる。なお、オペレーターに言わせれば魔力保有量とその洗練具合を比較させりゃわかんだろ、という事なのだが、そんなものこんな遠くかつシールドされている大型魔導鎧のコクピットを見て分かるか、というのがソラの言葉である。やはり<<無冠の部隊>>は総じて何らかの化物揃いだった。
「……そういや、なんかボリボリ言ってるんっすけど、何かあったんっすか?」
『ん? ああ、俺が単にポップコーン食ってるだけだ。あ、オーアに言うなよ。あいつ、オペレート席でポップコーン食うと煩いんだよな』
「……」
それは多分ポップコーンのカスが落ちるからじゃないかな。ソラは内心のツッコミを既の所で飲み下す。そしてこの後は怒られるんだろうな、と思うので言わない事にした。
それに何より、この状況でポップコーンを食べながら自身より遥かに上の見立てを行うのだ。彼らにとってこの程度は朝飯前にしかならない、とよくわかった。
『ま、お前のオペレートはきちんとやってやるから安心しろ。手抜いてガキ死なせると飯が不味い』
「は、はぁ……」
まぁ、少なくとも自分よりは上だから、問題は無さそうか。ソラはいい加減に見えて自分よりも遥かに上の力を持つオペレーターの言葉に素直に従う事にする。
『さて……見えると思うが、相手は基本的な武装は統一されてる。量産性とか考えると当然だな』
声に合わせて、モニターにオペレーターが拡大した映像が表示される。敵の三体の全てが、主兵装はソラと同じ片手剣と盾。更には腰の部分に魔銃がある。魔銃はやはりまだ普及していないが、大型魔導鎧用の魔銃は大国は開発出来ていたらしい。
やはり兵器の小型化と携行兵器化は難しいらしい。しかしそれ故に大型魔導鎧用のライフル型魔銃であれば比較的古くからあるらしく、現代であれば大抵の国の大型魔導鎧は保有しているという事だった。
「さっき新規開発とかしてるって聞いたんっすけど」
『武器はそこまでしてないんだろ。ベースの機体の性能がラグナ連邦の公式記録より少し上がってる。世代的に見れば、4.3世代って所か。連邦が飛翔機を搭載出来た最初のモデルだな。ま、それでもウチの飛翔機に比べりゃおもちゃだおもちゃ。無いも一緒だ。気にすんな』
「うっす」
そもそもソラが乗るのは、大型魔導鎧とは世代どころか設計思想から異なる魔導機だ。性能は技術大国として知られる皇国の次世代機をも数世代分上回る。量産性さえ確保すれば、大型魔導鎧に取って代わる。そう言われる魔導機が旧世代の大型魔導鎧に負ける道理がない。故に、ソラは一つ気合を入れ直す。
『お……良い気合だな。良し。じゃあ、行って来い』
「うっす!」
オペレーターの許可を受け、ソラはゆっくりと動き出す敵の大型魔導鎧をしっかりと見据える。そうして、その動きが緩慢なのを把握すると試しに走ってみる事にした。
『!?』
凄い。ソラは拡大された映像に映し出される敵のパイロットの驚いた顔を見ながら、圧倒的な性能差を理解する。相手の動きはこちら側からすれば、緩慢というしかない。相手が一歩進む内に、ソラは二歩進めた。それだけの差があった。
「おぉおおおお!」
ソラは雄叫びを上げながら、一番真ん中の大型魔導鎧へと突撃する。それに、敵は盾を前に突き出し、剣を後ろに引いた。盾で防いで、カウンターを決めるつもりなのだろう。
それに対して、ソラもまた盾を前に突き出して剣を後ろにしていた。相手と構えは同じ。が、こちらは盾で敵の防御を打ち崩し、姿勢を崩して一気に斬り伏せるつもりだ。そうして、数瞬の後。両者の盾が激突する。
「っ!」
がぁん、という大質量の金属同士がぶつかり合う音が響き渡り、衝撃がソラの腕に伝わってくる。そうして、僅かな間力の拮抗が生まれて押し合いが起きた。が、その瞬間。ソラは一気に全身に力を込めた。
「おぉおおおおお!」
『!?』
急激に増した魔導機の出力に、敵パイロットが驚きを浮かべる。パイロットの行動を魔導機や大型魔導鎧に伝える伝達系は、世代が新しくなればなるほど高速化する。
故にこの点については圧倒的に魔導機の方が有利で、敵が次の行動を大型魔導鎧にさせるよりも遥かに早く魔導機はソラの動きを読み取っていた。そうして、数瞬早く魔導機の出力が上昇した事で敵は大きく後ろに押し込まれ、体勢を崩す事となる。
「おし!」
体勢を崩した敵を見て、ソラは獰猛な笑みを浮かべる。流石に練度であれば敵の方に分があるらしく倒れる事にはならなかったが、それはそれで好都合だ。故にソラは追撃に入ろうとしたが、その直前で彼の前に盾が割り込んできた。
「っ!」
コクピット内に鳴り響いたアラートを聞いて、ソラは左右の敵大型魔導鎧が動いた事を理解する。魔導機のあまりの性能に敵は棒立ちになってしまっていたが、練度であれば敵が上なのだ。故にソラは自分が初心者である事を鑑みて、バックステップでその場を飛び退いた。
『やはり速い!』
『軍の新型か!?』
「追っては……来ないな」
どうやら見たことのない機体に、敵は警戒しているらしい。バックステップで逃げたソラを追う事なく、体勢を崩した仲間の援護を優先していた。と、そんな彼は自分から見て左側の魔導機の横に、超巨大なハンマーが現れたのを目視する。
「ん?」
『あ、左やるってよ』
「マジすか」
このハンマーが誰の物なのか、というのは改めて考えるまでもない。こんな超巨大なハンマーを魔導鎧も無く振るうのは、エネフィア広しと言えども数少ない。そしてこの場では一人だけ。オーアである。
故にソラはただただ左側の大型魔導鎧のパイロットを哀れに思うだけだった。そうして、小柄なドワーフの少女によって轟音が鳴り響き、大型魔導鎧がぶっ飛ばされた。
「うっわー……」
何度もバウンドしながら吹き飛ばされた大型魔導鎧を見ながら、ソラは頬を引き攣らせる。それはまだ相手を知るソラだから、この程度で良いのだ。相手はこの非常識極まりない現象に、何がなんだかわからないだろう。
敵の本拠地――更にはラグナ連邦の特殊部隊の隊員達――を含めて決して短くない沈黙が蔓延したのも、無理はなかった。が、その非常識を常識と考える者達からすると、この程度は驚く必要も無い事だったらしい。
『おーう。何呆けてる。別に生身で大型魔導鎧ぶっ飛ばすなんぞ普通だろ。さっさとぼさっと突っ立ってる残りやれよ』
「う、うっす!」
普通じゃねぇよ。内心でそう叫びながら、ソラはあまりの事態に呆然となる残る二機の内、立ったままの一機に突撃していく。それに敵も気を取り直したが、わずかに遅かった。ソラの突き出した盾に衝突し、そのまま一機に押し込まれていく。
「おぉおおおお!」
雄叫びを上げながら、ソラは起き上がろうとする最初の一機からこの一機を引き離す。先程トドメをさせなかったのは、邪魔が入ったからだ。相手の性能を見てソラもしっかり理解したが、魔導機の性能は敵の大型魔導鎧の性能と比べ物にならない。
距離を取って一対一になってしまえば、余裕で勝てた。が、その道中に敵もなんとか体勢を立て直し、全身の飛翔機に火を入れてなんとか拮抗状態を創り出した。
『お。やるじゃねぇか……おい、ソラ。ちょっと疲れるが、気張れよ』
「へ?」
『!?』
オペレーターが言うや否や、ソラの身体にさらなる倦怠感が襲いかかる。そうして、今まで閉ざされていた飛翔用の飛翔機への回路が開かれて、魔導機の出力が一気に増した。
「ちょ! いきなりなんすか!?」
『そのまま一気に押し切ってやれ。敵の後ろ、見たらわかんだろ?』
「なーる……おぉおおおお!」
にやり、と笑っただろうオペレーターの言葉の意図を理解して、ソラは一気に総身に力を漲らせて突撃する。そうして、わずかに動いたのをきっかけとして一気に再度ソラが押し込んだ。
「おら!」
どぉん、という轟音と共に、敵の大型魔導鎧が敵の本拠地の外壁に激突。地面に大きくめり込んだ。そしてその隙を逃すほど、ソラとて甘くもないし、経験を積んでいないわけでもない。故に彼は貫手を作ると、それを一気に敵のコクピットへと突き立てた。
「……」
『殺ったのか?』
「いや、コクピットの周り潰しただけっす」
ソラはそう言うと、突き立てた右手を引っこ抜く。それに合わせて敵のコクピットも抜き取られ、大型魔導鎧は完全に動きを停止した。どうやらパイロットは衝撃で気絶していた様子で、そちらも動く事はなかった。
『ま、上出来か。さて、残りは一機だが……』
ソラはオペレーターの声を聞きながら、残る一機を観察する。どうやら、こちらが相当強いと理解したらしい。まぁ、性能はこちらが圧倒的なのだ。迂闊に攻め込んで勝てる道理はどこにも存在していない。
『ま、これに負ける事は無いな。後はお前の好きに戦いな。もしさっきみたいに飛翔機のリミッターを解除してほしけりゃ、俺に言え。解除してやる。オーアとかにゃ怒られるが……ま、ログ消しゃ問題ない』
「うっす」
オペレーターの言葉にソラは笑う。これで良いのか、とは思うが、これで良いのだろう。そうして、ソラは改めて最後の一機に向かい合い、しっかりと堅調な戦いを行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1604話『賢者と共に』




