第1602話 賢者と共に ――幕間・4――
ラグナ連邦に存在するという巨大地下組織。その末端と言えるヴォダ市の市長や中央の役人の捕縛をきっかけとした大捕物が開始されたわけであるが、その中にソラも含まれていた。そんな彼はオーアの命令により、地下組織が保有するという大型魔導鎧に対抗する為、<<無冠の部隊>>保有の魔導機に乗せられる事になっていた。
「うおぉおおおお。やっべー……」
「すげぇ、だろ?」
「うっす! マジこれ使って良いんっすか!?」
自らの背後で笑うオーアに、ソラが満面の笑みで問いかける。なんだかんだ言いながらも、これは見た目巨大ロボットである。それに乗れるとなれば、やはり興奮するのだろう。
「ああ、存分に使いな。まぁ、量産品でワンオフに比べれば性能は落ちてる奴だが……あたしらが色々と見繕ってきちんと調整はしてやってる。更に、あんたに合わせた調整もしてるからね。幸い、相手は大型魔導鎧。順当にやれば、負けはない」
相手はマルセロの様に飼い殺しにした冒険者の伝手や所有物を解析して独自に大型魔導鎧の開発を行っているという事だが、それはあくまでも地下組織が独自開発している程度だ。
正規の軍の様に大規模な施設を持っているわけではないだろう。となると、独自開発が出来ると言ってもさほどではないと思われる。旧型の魔導鎧がベースなら、相手がよほどの熟練でもなければ魔導機が負ける可能性は無いだろう。
「さて……魔導機の扱い方だが、基本的にはその中で普通に戦えば良いよ」
「へー……」
ソラは改めて魔導機のコクピットの中を観察する。基本的にはカイトの魔導機と同じ形状だが、やはりこれは量産機。例えばカイトの魔導機の様な外装パーツは存在していない。
なのでリミッター解除のスイッチも無ければ、あの外装パーツを展開する為のスイッチもない。無論、複座機でも無いので少しこじんまりとした様子だ。あくまでも最低限の機能しか備わっていない。
「ま、総大将のみたいに馬鹿出来る性能は無いけど、その分しっかりとした安定感はある。お前さんが使うには丁度よいだろ」
「そういや、何時も思ってたんっすけど……カイトの魔導機。あれはどんなのなんっすか?」
「ん? ああ、総大将のか。あれはワンオフの試験機……いや、正確には技術検証を行う為の採算性度外視の試作機っていう側面が強いからね。あれは別枠。専用機を作る為の試作機、ってなるんだが……」
思い返せば色々と可怪しいもんだ。オーアはソラの問いかけにそう笑う。一応、現実としても量産機の方が優れた性能を有する場合は多々ある。
「ティナから話聞いた事あるけど、あんた。量産機と試作機の差って分かるかい?」
「? 基本量産機の方が性能高いんっすよね? なんかアニメだと試作機の方が性能高い様に描かれますけど」
「ジャパニメーションの話は知らないけどね。まぁ、それはそれぞれの場合によりけり、と言って良いさ。基本、試作品ってのはどんな不具合が出るかわからないから取り敢えずお試しで作ってみようって物で、技術的な検証は終わった後に作られる。ま、実際に動く上での不具合を検証する為の物ってわけだ」
これが、俗にいう量産機の方が性能が高いって意味。オーアは自身も量産機の製作に携わる者故の事を語る。とはいえ、これとは別にもう一つ、試作機はあった。
「それに対して総大将のは技術的な検証を行う為の試験機だ。まぁ、わかりやすく言っちまえば新しい機能作ってみたからそれを実機に乗せて実験しちまおう、ってわけだね。この場合、往々にしてスペックは量産機より高くなる。コストや安全性、使い勝手の観点から制式採用されない機能も搭載されるからね」
「試作量産型と実験機って事っすか?」
「お、意外と知ってるね。そう考えて良いね。だから、試作量産型の方は量産機より性能が落ちる。実験機は量産機に搭載されない機能を有する分、無駄に性能が高い。まぁ、本当は私ら本職は大将の奴は試作機って言うより実験機って言う方が良いんだがねぇ……」
オーアは技術屋として、自分達が曖昧にしている言葉の本質を考えて苦笑する。ここら、誰が言い始めたかは知らないがどちらも試作機や試作品と言ってしまっている。もっと厳密な性格の奴ならしっかりと使い分けるのだろうが、彼女らは面倒なのでどちらも試作機と言ってしまっていた。
実際、カイトの場合はそれも間違いではない。彼の専用機を作る為の試作を行っている機体だ。それについでなので、と面白がって色々な新技術を搭載してしまっているだけだ。
「いや、そこらは良いね。とりあえず、そういうわけで総大将の魔導機は性能が無駄に高いんだ。笑えるのは総大将の場合、機体の性能が無駄に高くても、総大将の無駄に高いスペックの所為でそれに追いつけない、って話なんだが……」
「あ、あははは……」
流石は、世界最強の男という所なのだろう。試作機を作っても作っても彼の性能に対応出来る機体が出来ないらしい。とはいえ、それはオーアら技術班も分かっている。なので実験機を作っているわけだ。
「さて……ま、そういうわけでこいつは量産型。あんたらみたいな普通の性能を持つ奴が使う奴だ。なんで総大将のみたいな馬鹿げた性能は無い代わり、ある程度の信頼性がある。お前さんみたいな初心者にゃ丁度よい。実際、魔導機は操縦性に関して言えば大型魔導鎧より随分と高いからね」
「へー……」
「さ、論より証拠だ。その中心に立ってな。後の起動はこっちが外からやってやる」
「うっす」
ソラはオーアの指示に従うと、彼女が出ていってハッチが閉じられ、わずかに暗くなったコクピットの中心に移動する。そしてそれを受けて、コクピットが起動した。
「へー……自動で起動すんのか」
今はただコクピットが起動しただけだ。なのでソラには大した負荷は掛かっておらず、かなり楽な様子だった。とはいえ、それもここまでだ。その次の瞬間には各種のシステムが起動して、負荷が掛かった。
「っ」
『良し。全システム起動……ソラ、問題は?』
「結構キツイんっすね」
『そりゃ、魔導機だからね。とはいえ、あんたでも一時間ぐらいなら戦闘は出来る。今回はあたしらが前面に出るから、そこまで全力は出さないで良いよ』
「うっす」
オーアの言葉にソラは頷くと、ひとまずモニターに表示される状況を観察する。見えたのは飛空艇の格納庫と、近くのコンソールを叩くオーアの姿、数人の<<無冠の部隊>>技術班――こちらは飛空艇の運用の為の人員――の面々の姿だ。それを観察しながら、ソラは少しの間待つ事にする。そうして、暫く。再びオーアから通信が入った。
『ソラ。聞こえるね?』
「うっす」
『調整は終わった。後はそのまま普通に戦闘すれば良いよ。何か小難しい事は考えず、普通にね』
「はぁ……あ、武器とかどうなってるんっすか?」
『武器は基本、あんたが使う片手剣と盾を持たせてる。皇国の制式採用品だから、あんたでも使えるはずだ。それ以外にも魔導機の制式採用って事で魔銃も持ってるが……』
オーアはそう言うと、モニター上に魔銃の格納ユニットを表示させる。丁度両腰の辺りに拳銃型の魔銃があるらしい。
『まぁ、慣れない物は使うな。一応、制式採用品だから付けてるだけ。あんた、魔銃は使った事無いだろ?』
「まぁ、少し触った程度っすね」
『なら、やめときな。一応、あるから教えとくけどね』
今の所ソラとしても魔銃を使う事は無いだろうな、とは思っている。が、あるのを分かっているのとわからないのとでは話が別だ。なのでオーアも情報として提供したし、ソラもあくまでも情報として受け取っておいた。
『で、更に言うと魔導機には基本装備として飛翔機が装備されてる。これについては、まぁ……お前さんが今使える物じゃない。やり方もわかんないだろ?』
「教えてくれるんっすか?」
『教えてやっても良いけど、無理だからやめときな。各種のスラスターには全身で魔力を放てば通せる様にしてやるが、飛翔機にはこっちから魔力が通らない様にしてる。総大将とかアルフォンスの小僧とかは簡単にやってるように見えるが……小器用な総大将は兎も角、小僧はあれでも一年以上の研修とか練習とかやってる』
「了解っす」
まぁ、ソラも流石にそこまでは高望みはしなかったらしい。今回は飛翔機の使用は諦めることにする。そうして、彼はそのままオーアの調整と軽い注意事項を教わる事にするのだった。
さて、ソラがオーアから魔導機の使い方を学んでいた一方その頃。地下組織の本部は大騒動の真っ最中だった。
「ちっ。ここもアウトか」
「軍の動きが早い。かなり本気と見て良い」
「フェンテスが捕まったのが痛い。中央からの情報が無い」
「軍に残ってる奴からの情報は?」
やはり自分達に繋がる重要人物が捕まったのだ。組織の幹部達は大慌てで対応を練っていた。そしてそれにはこれもまた含まれていた。
「ボス。本拠地の移転はどうしますか?」
「次の場所はもう確保している。後は俺達の移動だけだ。資料や物資の搬送を急がせろ」
「はい」
組織のボスは内心の焦りや怒りをなんとか抑制しながら、移転の手はずを進めていた。流石にヴォダ市の市長の逮捕にを聞いた当初大いに怒り、政府への報復を考えていたが、中央の役人が捕らえられた事を知って即座に報復から情報の抹消へと動いていた。
ここら、流石は大組織のボスという所だろう。怒りや感情に流れされは危険である事を彼は知っていた。故に怒りを宥めながら、先に自分達の保身に動いていた。とはいえ、怒りが消えたわけではない。なのでかなり苛立たしげで、時に八つ当たりの様に部下を殺す事もあった。
「ちっ……フェンテスのバカが情報を露呈する前に、さっさと移動しねぇと……」
組織のボスが呟いた。フェンテス、というのは中央の役人の名だ。元々組織の構成員で、中央の役人となったのはその後の事だ。組織が送り込んだスパイと考えて良い。
忠誠心はあると考えているし、今までも何度も便宜を図ってくれている。が、それでもいつまでもしゃべらないとは思っていない。彼はラグナ連邦という大国を甘くみてはいなかった。寝返るのは時間の問題。そう理解して、軍の内通者達に命じて消しに行ったが失敗したという事だった。
「おい、飛空艇の用意はどうなってやがる!」
「へ、へい! 後二時間で出来ます!」
「一時間でやれ! 急げ! 軍の奴らが何時来ても可怪しくねぇぞ!」
ここら、やはり大組織故の問題が出たと言うしかない。確かに大組織故に色々と出来るわけだが、逆に大組織故にその動きは緩慢で、本拠地の移転にもかなりの時間が必要だった。
更には彼は自分がいの一番に逃げられない事を知っていた。自分が先に逃げれば後の面子は統率を失い、簡単に裏切る。ここは軍ではない。犯罪者達の集まりだ。今後の組織の運営を考えるのなら、トップの移動はなるべく最後でなければならなかった。故に、彼は自分が逃げられない事への焦りを滲ませながら部下達のシリを蹴っ飛ばす。が、そんな最中の事だ。
「ボス! 飛空艇の艦隊がこっちに向かってます!」
「何!? 数は!?」
「えっと……五隻! 輸送艇が三隻に、後の二隻は中型の戦闘艇! 輸送艇の内一隻は物資輸送用の大型の物です!」
「ふぅ……」
肝が冷えた。組織のボスは部下からの報告を聞いて、安堵を滲ませる。ここはラグナ連邦でも有数の地下組織の本部だ。伊達に構成員数万人と言われるだけはなく、ランクA級の冒険者も多数抱えている。そんな巡回の艦隊程度で落とせる場所はない。故に彼は一瞬だけ掻いた冷や汗を拭い、即座に指示を出した。
「それだと巡回の艦隊だ。何時も通りだ。焦るな。外の奴らは即座に隠れる様に言え。後、作業もなるべく静かにな」
「へい」
ボスの指示に部下達は一斉にその指示を伝達していく。そうして、本拠地の中が僅かな静寂に満たされた。そんな中にボスの指示が更に飛ぶ。
「軍に残ってる奴に情報を送らせ続けろ。本隊が動く前に逃げにゃならん」
「うっす。常に連絡は取ってます」
「良し……」
後はこの巡回の艦隊がどこかに行けば、なんとかなるか。ボスはなんとか組織始まって以来のピンチが凌げそうな現状に、僅かな落ち着きを取り戻す。が、その次の瞬間、彼らは大いに慌てふためく事となる。
「!? ボス! 輸送艇が開いて、大型魔導鎧が!」
「何!? 何機だ!?」
「数は……一!」
「は?」
思わずボスが呆気に取られたのは、仕方がない事だろう。確かにこちらが大型魔導鎧を持っている以上、軍とて大型魔導鎧を用意するのは当然の事だ。それ故に今まで手出しがされなかったという側面もある。こちらの軍事力が大きいから、迂闊に攻め入れなかったのだ。
しかも内通者が居る為、作戦を立てても簡単に露呈する。だというのに、今回の敵は一機。この時点で中央の役人が本拠地の場所をバラしたと考えて良いが、あまりに常道から外れていた。故に、彼はこの判断を下した。
「っ! 冒険者か! 連邦め! 斥候として大型持ちを雇いやがったか! どこのだ!」
「調べます!」
「それと一緒に、こっちも大型を出せ! 軍の本隊もすぐに来る! 荷物はこの際置いていけ!」
一切の情報は掴めなかったが、冒険者と思しき者が来たのだ。であれば、軍の本隊が来るのも目前。そう判断したボスの言葉に、本拠地が一気に慌ただしく動き出す。そうして、それに合わせてゆっくりと本拠地の地下の隔壁が開き、大型魔導鎧が出陣するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1603話『賢者と共に』




