第1600話 賢者と共に ――幕間・2――
地下組織の構成員であったヴォダ市の市長らの捕縛から数日。ソラはブロンザイトの護衛と共に、治安回復に努めていた。そんな中、彼は今回の一件の調書を取りたい、という公安警察の依頼を受けて数日ぶりに警察署にやって来ていた。そうして出迎えてくれたニクラスと共にマルセロへの面会を行ったソラは、その後は警察での調書に協力していた。
「なるほど……では、民宿の一件で彼の腕に疑問を持った、と」
「はい……やっぱり、あの強殺犯はかなりの腕が見えましたから……あの不意打ちを軽く避けられるのは可怪しいんじゃないか、と。となると、元冒険者じゃないかな、と」
「わかりました……それで、戦闘についてですが……」
ソラは調書を取る公安警察の警官の問いかけに正直に答えていく。と言っても、流石に戦闘の所に入った所で幾つかは答えていない。冒険者にとって戦い方は飯のタネだ。それをバカ正直に答えてくれるとは向こうも思っていないし、そこらを詳しく知りたいわけでもない。
「なるほど……わかりました。ご協力ありがとうございます」
「いえ、お役に立てれば幸いです」
頭を下げた公安警察の警官に、ソラもまた一つ頭を下げる。そうしてひとまず警察が知りたい事は知れた、という事でソラはその場を後にして、再びエマニュエルの課が持つ部屋へとやって来ていた。
「あ、終わった?」
「うーっす。おつかれ」
「あ、おう……で、ニクラスさん。終わりました」
どうやらソラが調書を取っている間にフロランが来ていたらしい。片手を挙げて何時も通りの様子で出迎えてくれていた。
「そっかー。まぁ、俺達は特にしてる事も無いから、君も好きに帰って良いよ」
「うっす……で、フロラン。お前また遅刻かよ」
「あー。いや、ぶっちゃけると今は遅刻でも問題なくてよ」
ソラの言葉にフロランが苦笑気味に笑う。それに、ソラが首を傾げた。
「? どういう事なんだ?」
「あはは……まぁ、当然なんだけどロサーノが居たからね。全員に内通者の疑惑が掛けられているんだ。で、白と判断されるまではここで待機を命ぜられていてね。それに、課長も居ないからね」
「コレットさんは良いんっすか?」
「彼女はマクダウェル家が身元の保証をしてね。匿名のタレコミもあって、公安もさっさと解放さ。皇国最大の貴族の一つと揉めたくないんでしょ」
ソラの言葉にニクラスもまたわずかに苦笑する。これについてはカイトが手を回したらしい。匿名のタレコミ、というのも情報屋からのタレコミだ。カイトとしてはこの案件が最後まで決着した段階で彼女をマクスウェルに呼び寄せるつもりで、準備が長引かない様に手を回したとの事であった。と、そんな話をした所で、ソラはふと思うことがあった。
「へー……そういえば、コレットさんで思い出した。二人はどうするんっすか?」
「あー……」
「?」
唐突に嫌そうな顔をしたニクラスにソラが訝しむ。と、その一方でフロランは普通に教えてくれた。
「俺はそのままこっちかなぁ。つっても、今後どうするかはまだ悩んでるんだけどよ……」
「ふーん……まぁ、もし何かあって仕事変えるとかなったら、手紙くれよ。こっちに来てお前に会いに行くとかになると探せなくなるしな」
「あはは。おう」
ソラの頼みにフロランは笑い、一つ頷いて応ずる。どうやらそこそこ親しくなれていたようだ。と、その会話が終わった事で、ニクラスも諦めた様に口を開く。
「俺は多分、首都に戻されるかなぁ……」
「そうなんっすか?」
「うん。君も知っての通り、俺達は基本中央のお偉いさんに嵌められてバラバラにされてね。今の所で良い、という奴は兎も角、戻りたいという奴は首都に戻してくれる事になるっぽいんだよね」
これは当然といえば当然で、ソラにしても当然としか思えない。なにせ彼らの人事は明らかに不当人事と言って良い。なら、それについてはきちんと補填があって然るべきだし、現状がある以上それを考慮されて然るべきだろう。
とはいえ、そういう事は中央に彼は自分の意思で戻るという事に違いない。なのに何故、嫌そうな顔なのか。ソラには分からなかった。
「? ってことは、戻るんっすか?」
「あはは。課長が貴様は私が目を離すとサボるから貴様も来い、ってね。残念ながら独り身でねー。こっちの生活、楽しかったんだけど……」
ニクラスは少し寂しげに、窓の外を眺める。この光景を眺められるのもあと何度、という所なのだろう。なお、彼の口ぶりからするとエマニュエルも首都に戻る事にするそうだ。元々彼もあちら出身らしく、元鞘に戻るという所らしい。と、そんな彼と共に首都へ戻るというニクラスにソラが問いかけた。
「じゃあ、こっちに残っても良いんじゃ……」
「こっちに残ると、今のこの課は俺が率いる事になるからね」
「そうなんっすか?」
「ああ。今回の一件で俺と課長は受けていた処分が不当と判断されて、そこらも補填される事になったからね。で、俺はそれに合わせて人事評価も見直されて、不当に減俸されていた分が一気に支払われるおまけ付きの昇進さ」
「あ、そりゃおめでとうございます」
「ありがとう。お金は欲しいからねー」
ソラの称賛にニクラスは笑って感謝を示す。当然としかソラには思えなかったが、それでもそうなったのなら一応の賛辞を述べるのが礼儀だろう。と、そうなると気になったのはエマニュエルの事だった。
「じゃあ、エマニュエルさんも?」
「ああ、うん。課長は元の部長の時の地位に一旦戻された上、更にその上で今回の一件で昇進だって。ただし、課長は身内の調査に対して情報屋にお金支払った事とかが問題視されて、減俸分は相殺って事になるらしい。公安もあるからね。流石にそっちぶっ飛ばしたのはどうしても、ってわけさ。流石にしょうがないから、処分は相殺と減俸一ヶ月だけだけどね」
ここらは先と同じく当然の措置だ。というわけでソラも納得していた。そしてその結果、ニクラスが昇進となった為、残った場合はこの課をそのまま引き継ぐ事になるらしかった。
「まぁ、そういうわけでね。今度はフロランは兎も角、結構真面目な人材も入れられそうでね。残った方が面倒でさー」
「あ、あらららら……」
ニクラスらしい結論を聞いて、ソラが思わずたたらを踏む。なるべく楽な方へ。彼らしい判断と言えるだろう。となると、この市に残るのはフロランぐらいらしい。と言っても、その彼もまたこの課に残るかどうかは微妙な所だそうだ。
「にしても、そうなるとフロランが一人残るって事か」
「あー。残るは残るだろうけど。そのままかは、どうだろうね?」
「「?」」
ソラの言葉にニクラスが口を開き、それに当人であるフロラン含めてソラが首をかしげる。
「今回、君もまたこの課の一員として事件に関わった者になるからね。確か今巡査だったよね?」
「うっす」
「多分、要らない事をしゃべらない様に巡査長に昇格させられると思うよ? 今回の一件には色々と面倒な事も多いし……しかも、ウチみたいな厄介な部署が中心になった、ってのはあまりよろしくなくてね。なら、実はそれを隠れ蓑にした将来有望な者たちを集めた特別な部署だ、と言った方が外聞が良いのさ」
「げっ……」
ニクラスの語る警察の内情の一端を聞いて、フロランが盛大に顔を顰める。ソラがタメ口を使っている様に、彼はエマニュエルやニクラスとは違い、日本で言えばノンキャリと呼ばれる側だ。
なのでかなり若く、その面もあっていい加減な所が多いわけだ。が、今回の一件で色々と学んだだろう、という事で相応の地位を与えれば少しは指導力等も身につく事だろう、と判断されたとの事であった。後は彼次第、という所だろう。
「ま、そこらはどうでも良いとして……そういうわけで俺も首都に戻る予定さ。何かあったら、あっちの警察署に来てよ」
「うっす」
兎にも角にも、ニクラスもまた首都に戻るという。であれば、もし会えるとしても随分と先になるのだろう。今の所ソラとしても冒険部としてもラグナ連邦の首都ラクスに行く予定は無い。相当先になる事が察せられた。と、そんなニクラスが問いかけた。
「で、君はどうするんだい?」
「あー……実はそこら、まだ決まってないんっすよね。今回は俺の事もあってお師匠さん曰く、この一件が一通り片付いたら次の所に行くか、って話ててくれてるんっすけど……まだ今回の一件が完全には終わってないから、今の内に考えれば良いだろうって」
「なるほどねー。ということは、他国もあり得るのかい?」
「らしいっすね。そこら一応お師匠さんも冒険者の登録証持ってるらしいんで……」
やはり旅をするとなると便利なのは冒険者登録証らしい。トリンもブロンザイトもこれを持っているらしかった。なので一応、二人もここでの公的な扱いは冒険者となっているらしい。ただ成した偉業が大きい為、賢者として敬われているのであった。
「にしても、今回の一件かぁ……どこまで片付ける事を終わりとみなせば良いんだろうね」
「さぁ……どうせなら最後まで見届けたい所ではあるんっすけどね……」
ニクラスのつぶやきにソラもまた応じてそう呟く。とはいえ、先にも述べられていた通り、ここからは警察の仕事ではない。なので見届ける事は出来なかった。と、そんな話をしていた所に、ソラの通信機が鳴り響いた。
「「ん?」」
「あ、すんません。タイマー鳴ったんで、戻ります」
「ああ、君の通信機か。そういえば、そんなのがあるって言ってたねー」
一応調書の時間は多めに見ていたが、それでも一日掛かるとはソラも思っていない。なのでこの後にも予定があり、それに遅れない様にタイマーをセットしていたそうだ。というわけで、ソラはニクラスとフロランと別れて、市庁舎へと戻る事にするのだった。
さて、一方その頃のブロンザイト。彼はというと、冒険者ユニオンの通信機を使ってカイトと連絡を取り合っていた。
『と、いうわけです。こちらの手配は抜かり無く進んでおります』
「そうですか……何から何まで、かたじけない」
『いえ。我らは本来、この様な事態を想定して設立しております。故の、無冠。全ての地位と全ての国境を無視して動く部隊。それが、我らです故』
「ですが今の御身には地位も立場もありますでしょうに」
『構いません。そのための地位と、そしてこの名です』
ブロンザイトの重ねての感謝に、カイトは笑って首を振る。すでにカイト自身が明言していたが、この一件はここでは終わらない。カイトと再会した当初のブロンザイトはここで終わらせ後はカイトに任せるつもりだったが、種々のやり取りの結果ブロンザイトも最後まで見届ける事になったのだ。
『すでにこちらより人員と物資は発っております。遠からず、合流出来るかと。ラグナ連邦も承知済み。軍部にしても彼らが動いた、というのは喧伝しやすい。問題は起きないでしょう』
「ありがとうございます」
『いえ……こちらこそ、ソラはご迷惑をおかけしてはおりませんでしょうか』
「ははは。良き子ではありませんか」
本題となる次への手配の話し合いを終えた二人は、次にソラについての話に入った。が、そのカイトの顔には、何時にない真剣さがあった。
『ありがとうございます……それで、ブロンザイト殿。次は、やはり?』
「ええ……おそらく、そうなるのではないかと思っております」
『……』
ブロンザイトの言葉に、カイトが沈痛な顔で目を伏せる。それに、ブロンザイトが朗らかに笑った。
「良いのです、これで。先にも申しましたが、ソラくんは良い子だ。あれを支えてくれるでしょう」
『……もしもの時は、私も支えます。これでも、貴方は私にとって伯父にあたるわけですからね』
「ありがとうございます。御身にそう言って頂ければ、儂も安心出来ます。無論、そうならねばそれが最良ですがのう」
笑ったカイトの言葉にブロンザイトもまた笑う。そうして、二人は更に種々のやり取りを行い、この後についての相談を終わらせて通信を切る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1601話『賢者と共に』




