第1598話 賢者と共に ――幕間・開幕――
ヴォダ市市長の捕縛に合わせて行われた大捕物。その事件の発生から明けて翌日。ソラはこの日からはブロンザイトの護衛として、市庁舎に入る事になっていた。と、そんな三人が市庁舎にたどり着いて入り口に入った所で、一人の壮年の男性が近付いてきた。
「ブロンザイト殿。お待ちしておりました」
「おぉ、ムルシア殿」
ムルシア。そう呼ばれた男性が差し出した手をブロンザイトが握る。彼はラグナ連邦の副大統領らしい。言うまでもない事であるが、昨日の大捕物はきちんと計画されていた物だ。
なので今日の朝一番の時点で彼が入れる様に予定が調整されており、ブロンザイトはその補佐としてやって来たのである。そうして、そんな彼に案内されて市長室へと向かう事になった。
「それで、市民の様子はどうでしょう」
「それでしたら、すでに平静を取り戻しております」
ブロンザイトの問いかけにムルシアが告げる。そうして、そんな現状の報告をしながら歩くこと少し。昨日ソラが叩き壊した市長室の扉の前にたどり着いた。
「こちらへ」
「ありがとうございます」
手ずから扉を開けたムルシアに通されて、ブロンザイトが部屋の中へと入る。そこは昨夜の内に魔術により修繕されており、もう使える様になっていた。
「ソラ、トリン。お主らは外で警戒を頼む。敵はすでに中央の伝手を潰されておる。どんな行動を取るか分からんからのう」
「「はい」」
修繕された市長室に入る直前、ブロンザイトがトリンとソラの二人に告げる。それを受けて、二人は扉の外で待機する事になった。その一方、ブロンザイトは部屋の中に入るとこちらも修復されていた応接用の椅子に腰掛け、ムルシアと話を始めていた。
「……ブロンザイト殿。昨夜、中央の収容所にも襲撃が」
「やはり……では」
「ええ。ご指示の通り、中央の収容所には偽物を」
単刀直入に切り出したムルシアは、苦い顔のブロンザイトに対して一つ頷いて作戦通りに進められた事を語る。当然の話であるが、地下組織も今回の大捕物で逮捕された四人を把握している。
この内、マルセロと警察署の副署長はまだ良い。マルセロは所詮は使いっ走り。副署長は署長の見張りだ。どちらも下っ端と言える。更に言えばヴォダ市の市長は組織の構成員というより、組織の構成員に賄賂を送って便宜を図って貰っていただけの小悪人だ。放置でも良い。
が、中央の役人はそうも言っていられない。彼は組織の幹部。犯罪行為の大半の隠蔽に力を使っていた。自分達の命脈を握っているも同然だ。早急な対処が必要だった。
「それを、上手く使って下さい。救助なぞ無い事はあれも承知しておるでしょう」
「はい……今は軍の飛空艇の中に」
「乗組員は?」
「内偵調査をきちんと行った者のみで。暗殺は無いでしょう」
ブロンザイトの問いかけにムルシアは中央の役人の現在の居場所を語る。ラグナ連邦政府からしてみればこの中央の役人は重要な証人だ。今は司法取引を持ちかけ、組織の情報を話させているとの事だった。
「そうですか……」
「それで、ブロンザイト殿。かの者達は?」
「ご安心を。かつての旧縁を頼りに、腕利きを頼んでおります。更には先の少年。彼も知己を得ております」
「そうですか……では、こちらで組織の本部の場所の割り出しを進めます」
「お願い致します。後は、彼らがやってくれるでしょう」
ムルシアの言葉にブロンザイトは一つ頷いた。確かに組織の幹部の一人を捕まえる事に成功はしたが、放置すればまた同じ事が起きるだけだ。であれば、これを好機到来として一気に始末した方が良かった。そうして、二人は更に種々のやり取りを行う。
「ふむ……そうなると、ここの役人も怪しいでしょう」
「ふむ……では、こちらにも調査を……」
やはり幹部格が捕らえられたのだ。組織と繋がっていただろう小悪人達が一斉に動きを見せており、裏切りも散見されている様子だった。
「わかりました。では、その様に」
「お願い致します」
種々の話し合いの後、ブロンザイトはムルシアへと一つ頭を下げる。ここで終わるつもりは毛頭ない。が、ここからは流石に警察の領分を大きく上回る。故に軍の管轄となり、ブロンザイトが協力する相手も軍になっていた。というわけで、ムルシアがそれへ言及する。
「ブロンザイト殿。軍の担当者がまたそちらへ挨拶に伺うと思います。その際に私もまた」
「かしこまりました。こちらは先方と歩調を合わせられる様、急ぎ話を取りまとめましょう」
「お願いします」
ブロンザイトはムルシアが再度頭を下げたのを受けて、立ち上がる。これでひとまず話し合いは終わりだった。そうして話し合いを終えた彼はその場を後にして、外のソラ達と合流する。
「待たせたのう……何か変わりは?」
「いえ、何も」
ブロンザイトの問いかけにソラはそのままを答える。実際、ヴォダ市の市庁舎は現在大統領府直属の軍の特殊部隊が封鎖しており、市庁舎としての機能は大凡他の建物で行っていた。市長と副署長が敵の内通者だった事を受けて、証拠がどこに隠されているかまだわからない、ということで完全封鎖になっていたのである。
「そうか……では、戻るとするかのう」
ソラの返答に一つ頷いたブロンザイトはそのままホテルへ向かい歩いていく事にする。と、その道中での事だ。ふとソラが問いかけた。
「そういえば、これからどうするんですか?」
「む?」
「いや、これで一応ここでの一件は終わりで、後は軍の仕事でしょうから……」
ソラの指摘は尤もだった。先にも述べていたが、ここからの仕事は全て軍の領分だ。故に警察に協力していたソラ達には出来る事は何も無い。無論、手を貸してくれという依頼があれば動けるが、それは何も聞いていなかった。そうして、彼は更に続ける。
「それに組織のアジトがどこにあるか、ってまだ分かってないんでしょう?」
「まぁ、そうじゃのう。遠からず、捕らえた市長や中央の役人に喋らせるじゃろうが……まだ暫くはかかろうな」
これについてはブロンザイトも確実とわかっている。確かに今は色々と手練手管を尽くして中央の役人からの情報提供を待っているが、それが一日二日で終わるとは思っていない。今はまだ詳しい話を聞いている段階だった。
「ふむ……まぁ、そうは言うてもじゃ。どちらにせよ数日はここで待つ。流石に荒らすだけ荒らしてはいさようなら、はのう」
「それは、まぁ……」
ブロンザイトの言う事はソラにも納得出来た。確かに自分達の動きが早かった事、軍が協力して市庁舎周辺に結界を展開した事で被害は抑えられているが、それでも完璧ではない。
まだ市庁舎周辺は立入禁止区域も多いし、市の中央付近では夜間外出禁止令も出ている。全てが元通りとはいかなかった。全域で外出禁止令が出ていないのは、政治的な判断らしい。今回の軍事行動による経済活動等への影響は軽微だ、と大統領府はしたいらしく、市庁舎付近のみに留められたそうだ。
「まぁ、そう言うてもよ。流石に市長選挙まで待つ事は無い。儂らはあくまでも手助けが出来るに過ぎん。それに、そんな手配等は国の方が遥かに上手いじゃろうからのう」
ブロンザイトはそう言って笑う。ここらは所詮彼らは個というだけの話だ。ソラにもそれはわかったので、それで納得した。と、なると気になったのはその次だ。
「じゃあ、次はどこに?」
「そういえば、確かにそうだね。お爺ちゃん。そろそろ次に行く所、考えないと、書類の手続きとかまたドタバタする事になるよ?」
「む……確かにそうじゃのう」
ソラの言葉に続けたトリンの言葉に、ブロンザイトは少し頭を悩ませる。
「ふむ……いっそ北へ向かい魔族領に入るのも良いやもしれん。ソラも魔族領には興味あるじゃろう?」
「はぁ……まぁ、見た事はないですけど。俺はどこでも大丈夫ですよ」
興味があるか、と言われれば興味が無いわけではない。が、絶対に行きたいというわけでもない。なのでソラとしてはどうでも良いといえば、どうでも良い話ではあった。
そもそも今回彼がブロンザイトらと行動を共にしている理由は考え方を学ぶ為だ。どこに行こうと学ぶ事は変わらない。南国だろうと北国だろうと、学ぶだけだった。
「むぅ……面白みの無い奴じゃのう」
「あはは。いや、でも行けるとなれば実際、俺からすればどこでも行きたいですし……」
「む? それは……そうなのやもしれんのう。ふむ。そう考えればお主の様な方が良いのかもしれん」
笑うソラの言葉を聞いて、ブロンザイトはそれも確かに、と目を見開いていた。彼も言われて思い出したが、ソラはこちらの人間ではない。異世界の存在だ。であれば、エネフィアの全てが彼にとって未知の場所と言える。
それこそ言ってしまえばラグナ連邦だってまだまだ行っていない土地が多い。どこでも良い、というのはある意味では正しい言葉と言えた。ということで、ブロンザイトは朗らかに笑いながら口を開いた。
「ふむ……まぁ、今決める必要は無いかのう。どうせ後一週間程度はここで留まる事になるからのう。お主も少し行きたい所でも見繕って見ると良い」
「……そうですね。本屋にでも行ってみます」
「うむ」
ソラの返答にブロンザイトも一つ頷いた。そうして、三人は連れ立ってホテルへと向かい、その日から数日掛けてヴォダの治安回復に務める事になるのだった。
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次回予告:第1599話『賢者と共に』




