第1595話 賢者と共に ――第一段階終了――
警察内部への内通者であったマルセロの捕縛に成功したソラ。彼は自身の一撃を受けて気絶したマルセロがコレットの手によって逮捕されるのを見届け、その身柄をエマニュエルへと引き渡す。
そうして内通者の件が片付いたのを受けてブロンザイトへと報告を入れたが、そこで彼と行動を共にしていたトリンから聞いたのは、市庁舎側にはすでに敵の兵隊がやって来ていて交戦中という事だった。
というわけで、トリンよりの要請を受けて市庁舎への増援に向かったソラであったが、その道中に何の障害も無しとは、ならなかった。
「ま、そりゃそうか」
おそらくマルセロが捕縛された、というのは敵も見ていただろう。確実にソラの実力も把握したのだと思われる。となると、どうするか。当然だが彼の足止めを行うにきまっている。故に市庁舎へと向かうべく屋根に登った彼は即座に敵の兵隊達によって包囲されていた。
「えーっと……一応、聞いておくんだがよ。って、問答無用かよ!?」
敵かどうか確認ぐらいはしておくか。そう思ったソラに対して、彼の背後に立っていた敵の一人が問答無用で斬りかかる。それに対して、ソラは裏拳気味に盾を叩き込んだ。
「「「!?」」」
「お前らの力量なら大体は分かる。完全武装のランクBの冒険者に勝てるとは、思うなよ?」
一瞬で彼方まで吹き飛ばされた仲間を見て、組織の兵隊達が目を見開いた。それに、ソラは獰猛に笑う。一応、殺さない様に手加減はしてやるつもりだ。
今回彼は警察の協力者として動いている。なるべく生かして捕らえるのが警察の方針だ。あまり殺しすぎて警察の評判を下げるのは、得策ではなかった。が、それと本気でやらないのは話が別だ。
「……」
「……」
気迫を漲らせるソラに対して、組織の兵隊達は頷きあう。勝つ必要はないし、そもそも彼らも勝てるとは思っていない。確かに裏社会に生きる者なので一般人よりも遥かに強いが、それでも冒険者でも壁越えを果たした様な者に勝てる道理はない。
勝てるのは組織でも腕利きと呼ばれる者ぐらいだ。こんな所で兵隊はやっていない。それでも並大抵であればランクBでも上位クラスの冒険者に勝てるか、というとかなり微妙と言える。故に、彼らは足止めが出来ればそれで良かった。
「「「おぉおおおお!」」」
雄叫びと共に、一斉に組織の兵隊達がソラへと襲いかかる。が、その攻撃は全て、ソラの生み出した半球状の障壁によって受け止められた。
「ぐっ……」
「おぉ……」
ぎぎぎ、と組織の兵隊達が全力でソラを抑え込む。そして流石にソラも十人ぐらいの男達から抑え込まれては、キツイものがあった。が、手が無いわけではないし、そもそもこの防ぎ方を選択したのは彼自身だ。故に対処もしっかりと考えた上だった。
「すぅ……おぉおおおおお!」
一つ深呼吸したソラが雄叫びを上げ、その総身に空色の光が宿る。このままちまちまと戦った所で時間が掛かるだけだ。それ故、彼は敢えて自身に全ての敵を集めたのである。そうして、雄叫びを上げた彼の総身から魔力の業風が迸り、敵を一斉に吹き飛ばした。
「まー、カイトとか先輩なら、<<戦場の雄叫び>>で一瞬で気絶とか出来るんだろうけどな。あれ、便利は便利だよなー。連発すると喉痛い、とか言ってたけど」
大きく吹き飛ばされていった敵の兵隊達を見ながら、ソラが呟いた。カイトと瞬といった<<戦場で吼えし者>>の出来る<<戦場の雄叫び>>であるが、これはどうやらソラには適性は無かったらしい。こればかりは適性の問題なので仕方がない。ソラも諦めていた。そんな彼であるが、一つ笑うと首を振って気を取り直した。
「っと、急がないとな」
単に敵を吹き飛ばしただけだ。じっとしていればまた敵が来る。故にソラは即座に屋根を蹴ってヴォダ中央にある市庁舎を目指していく。
そして流石に風の加護を持つ彼の速度だ。直線に移動する彼を包囲する事は出来ず、そして前に立ちふさがったとて、一度勢いに乗った彼のタックルを受けて吹き飛ばされていった。そうして、あっという間に市庁舎へとたどり着いた。
「っと」
「ソラ」
「おう。どうなってる? お師匠さんの姿も見えないけど……」
トリンの横に降り立ったソラは、別働隊らしい警官隊を指揮していた彼へと問いかける。別働隊はどうやら苦戦しているらしく、正門前から進めていなかった。
「お爺ちゃんは市庁舎の裏門側で警官隊の本隊と、増援に来た大統領直轄の軍の特殊部隊を率いてるよ。どうやら向こうも裏門が本命になる、って読んでたらしくてね。こっちは足止めの兵力で、あっちに主力が回ってるらしい。組織の腕利きも居るそうだよ」
「俺、そっちに向かわなくて大丈夫なのか?」
「うん」
裏門側が激戦区だというのだ。なら自分がそっちに向かった方が良いと思ったソラであったが、逆にトリンは笑って頷いていた。そうして、彼が教えてくれた。
「逆なんだ。実はこっちが本命」
「へ?」
「今回、実は正門側に陽動として僕が先に動いてたわけで、その後に本隊のお爺ちゃんが裏門から奇襲……が表向きの流れ。でも実は、敵にこっちの動きを悟られてた場合も考えててね。その場合はお爺ちゃんが逆に数を頼みにした陽動になって敵の大半を引き受け、こっちが本命になる様にしてたんだ。実はこっちは警官隊の服を来た軍の少数精鋭ってわけ」
「じゃあ、俺は」
「うん。君も主力の一人。頼める?」
「もち」
トリンの問いかけに、ソラは笑顔で頷いた。そうして、トリンが合図の閃光弾を打ち上げた。
「「「!?」」」
閃光弾を見て、場が一瞬だけ停滞する。が、元々これを理解していた軍の特殊部隊の隊員達が一気に押し始めた。
「なんだ!?」
「こいつら、いきなり!?」
「行け行け行け! 一気に押し切るぞ!」
「今までの鬱憤晴らしてやれ!」
唐突に今までとは段違いの力を発揮した隊員達に、組織の兵隊達が一気に浮足立つ。完全にブロンザイトの策に乗せられた形だった。そして浮足立ち全力が出せなくなった組織の兵隊達を見て、トリンが号令を下した。
「総員、パターンα!」
「「「!」」」
「「「!?」」」
トリンの号令と同時に軍の隊員達が跳び中心を空ける。その意図を読めぬほど、ソラは愚鈍ではなかった。
「ソラ!」
「おう! <<風よ>>! おまけの『リミットブレイク・ワンセカンド』! おりゃあああああ!」
「「「うぁあああああ!」」」
獰猛に笑ったソラはトリンの合図と共に、風の加護を纏ってがら空きになった敵陣の中央へと猛烈なタックルを仕掛ける。
ランクBの冒険者の全力のタックルだ。単なる足止めしか出来ない組織の兵隊達がどうにか出来るわけもなく、一気に組織の兵隊達は吹き飛んでいった。そしてそれを見て、トリンが一斉に指示を飛ばした。
「良し! 二番隊・三番隊は屋上を確保! 屋上の確保が完了後、二番隊はその場から周囲の警戒! 三番隊は四番隊・五番隊に合わせて裏門敵本隊を裏から強襲! 四番隊・五番隊は市庁舎を左右より迂回! 三番隊とタイミングを合わせ敵本陣を強襲してください! 六番隊は追ってやってくる警官隊と共に正門前を確保しておいてください!」
「「「了解!」」」
トリンの指示を受け、軍の隊員達が一斉に行動に入る。どうやら二番隊以降はスリーマンセルで動くらしい。それに対して唯一指示が出されなかった一番隊は五人だった。その内の一人がトリンの前へやって来た。
「トリン殿。一番隊、突入準備完了です」
「隊長さん……僕の護衛はこっちのソラが行います。市長の捕縛を優先してください」
「了解です。そちらもお気をつけて……おい、行くぞ! 突入だ!」
「「「おう!」」」
どうやら一番隊の隊長は正門で戦っていた小隊の隊長だったらしい。彼はトリンの指示を受けると隊員達に号令を掛けて、市庁舎へと突入していく。それを見ながら、トリンはソラへと頷きかけた。
「ソラ。僕らも中へ行くよ」
「おう……にしても、お前。普通に話せるのな」
「指揮の時だけね。流石に慣れたよ」
ソラの指摘にトリンが笑う。どうやら指揮をする時には意識が軍師としての物になるらしく、人見知りも鳴りを潜めるらしかった。
そうして、ソラはそんな彼と共に市庁舎の内部へと突入した。どうやら、職員達は何も知らされていなかったらしい。唐突に始まった戦闘にどこかに隠れていたり、慌てふためいていたりしていた。
こればかりは仕方がなかった。市役所の職員にも敵は混じっている。そして正規の手段では捕まえられないのだ。市長こそが敵である以上、予め教えるわけにはいかなかった。
「トリン。市長室は?」
「最上階。屋上はすでに確保してるから、逃げられないよ」
「おっしゃ。じゃあ、後は亀みたいに首を引っ込めてる市長捕まえるだけか」
「うん。隊長さんが右側から先行してくれてるはずだから、僕らは左から行こう」
「りょーかい」
トリンの指示を受け、ソラは彼を先導して市庁舎左側にある階段を目指して進んでいく。と、その道中での事だ。ヘッドセットに通信が入った。
『……ソラ。聞こえる?』
「コレットさん?」
『ん……こっちも市庁舎の外に着いた。正門前は課長が指揮してる。私がオペレートするわ』
「うっす」
どうやら色々とやっている内にエマニュエル達も市庁舎に着いたらしい。コレットは正門前に臨時で設置した警察のテントからソラのオペレートをしてくれる事になったらしかった。軍のオペレーターも居るそうだが、こちらの方が慣れているだろう、との事であった。
『とりあえず、先行してる軍の部隊からの報告。屋上の確保は完了。現在三番隊以降がタイミングを測っている所』
「そちらはそのままお願いします」
『りょ……よし。で、次。先行している一番隊が交戦を開始。手はず通り、陽動になるわ。でも敵が居ないはずがない……後、それと。私の次の職場からの連絡だけど』
どうやらコレットはヘッドハントを受ける事にしたらしい。とはいえ、なるべく聞かれない様に小声だった。ソラとしてもここで聞きたい情報ではなかったが、ここで切り出す以上は何らかの意図があっての事なのだろう。故にソラは黙って聞く事にした。
『内部に数人、手勢を仕込んだそうよ。彼らが先行して敵を食い止めてくれる、との事ね』
「……」
「うん。有り難く借りよう」
ソラの視線を受けたトリンが頷いた。折角のヴィクトル商会からの厚意だ。有り難く借りるだけである。まぁ、サリアとしてもカイトの機嫌を考えればソラが死ぬのは望んでいない。
この程度はカイトのご機嫌取りと考えれば、安い買い物と考えたのだろう。どうせ暗殺者ギルドは提携先だし、カイトとも懇意にしている。動かせたとて不思議はない。そうして、二人はコレットの次の職場が寄越した隠密の援護を借りながら、屋上へと一気に駆け上る。
「よし……ここだな」
ソラは扉の上の看板に市長室と書かれているのを確認して、トリンと頷きあう。そうして、扉を蹴破った。
「市長! 観念しやがれ!」
「ひぃいいいい!」
「居た!」
どうやら市長は可能な限りの物を置いて扉を封鎖していたらしいが、単にその程度で冒険者の蹴りが止められるはずがない。ソラが思いっきり扉を蹴破って怒鳴り声と共に入ってきたのを見て、思いっきり慌てふためいて四つん這いで逃げ惑っていた。そんな市長に向けて、ソラは大股に歩いていく。
「おい!」
「ひぃいいいい!」
大股で自身へと一気に距離を詰めるソラに対して、市長は引きつった悲鳴を上げながら四つん這いで更に逃げ惑う。そんな様子を見て、ソラが思わず声を荒げた。
「ちっ! みっともねぇ腹で四つん這いで逃げ回ってんじゃねぇよ! 豚か、てめぇは! いい加減諦めやがれ!」
扉はトリンが魔術で封鎖しているし、ソラはランクBの冒険者だ。でっぷりと太った腹が特徴的な市長ではどう足掻いても逃げられる見込みはなかった。そうして、市長はあっという間に部屋の隅っこに追い詰められた。
「おい」
「ひっ……」
隅っこに追い詰められた事にも気付いていないのか、四つん這いで壁に向けてその身を押し付ける様に逃げる様とする市長の真横に、ソラが片手剣を突き立てる。
刃引きはしているが先端は鋭く、魔力を通していれば床も貫ける。故に深々と突き刺さった片手剣を見て、市長が遂に動きを止めた。そうして、彼は大慌てでソラの方を向いて跪いた。
「た、頼む! 金ならいくらでもやる! 見逃してくれ!」
「……はぁ。アホかよ」
「お、お前は冒険者だろう!? 幾らだ!」
どうやらソラが冒険者であるのは見てわかったらしい。市長がソラへと再度金での解決を求める。が、それにソラが盛大にため息を吐いた。
「だーら、金は要らねぇよ。いや、要るけどさ」
「ほ、ほら! 必要だろう!? 金ならある! いくらでもくれてやるぞ!」
「そうじゃねぇ、っつってんだろ! 馬鹿か、てめぇは!」
「ぶべっ!」
何を勘違いしてるんだ、この男は。単に一般常識としての話として出しただけなのに、顔に喜色を浮かべて自らに縋り付いた市長を思わずソラが殴り飛ばす。それに、ソラがしまった、と口を開けた。あまりにバカバカし過ぎて、思わずやってしまったらしい。
「あ」
「あ、ソラ」
「あ、あはは……わり、つい。ま、まぁ、静かになったから……良くね?」
「はぁ……まぁ、抵抗されたから、という事にしておくよ。単に気絶してるだけだしね」
やっちゃったー、と恥ずかしげに頭を掻くソラに、トリンがため息混じりにそう告げる。まぁ、見様によってはソラが押し倒されそうになった、と見えなくもない。幸い見ていたのはトリン一人だし、殺気立っている現状なら咄嗟に反応しても仕方がない、と言い訳できると踏んだようだ。
こうしてソラとトリンはヴォダ市の市長の捕縛に成功し、それとほぼ時を同じくしてブロンザイトが指揮する軍の特殊部隊が組織の兵隊達の掃討と捕縛に成功し、ヴォダは平穏を取り戻すのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1596話『賢者と共に』




