第1587話 賢者と共に ――調査開始――
とある事件をきっかけとして行われた、ソラへの祝賀会。それに参加した彼は、その帰路でマルセロと共にコレットが謎の女性と共に高級レストランにて会食を行っている所を目撃する。
それを訝しんだ彼であったが、その時はマルセロの苦言によりホテルへと帰る事になってしまう。そうして、帰還後。今の一幕をブロンザイトへと報告していた。
「ふむ」
ソラより先程の一幕の報告を受けたブロンザイトは目を細め、その内容を考える。
「少なくとも、友人ではないと」
「はい……ただ、もしコレットが内通者ならあんな目立つ場所で誰かと会うか、とも思うんです」
「ふむ……その想定は正しいのう」
ソラの言葉にブロンザイトは一つ頷く。ソラとしてもあの相手が誰なのか、というのは気になる。特に現在、ソラ達が追っているのはエマニュエルの部下の中に居る獅子身中の虫。内通者だ。
そういう面で考えれば、部内で情報処理を一挙に引き受けている彼女は全ての情報を手に入れられる可能性はある。内通者であった場合、様々な情報を送れるという点においては最適だろう。
そして更には、彼女の仕事のやり方だ。彼女は自由な時間に来て自由な時間に帰っているという。なのでエマニュエルでさえ酷い時には数日顔を合わさないまま、という事もあるらしい。誰もが帰った後に来て誰もが来る前に帰る、という事も何度かあったそうだ。その面からエマニュエルが最も怪しいと考えていたのが、彼女だった。
「まぁ、彼女が内通者かどうかについては、一旦置いておく事にしよう。とはいえ、じゃ。会うかどうかの話については、それ故にこそ会うという事もある」
「? どういう事ですか?」
「壁に耳あり障子に目あり、というのであろう? であれば、壁が透けておれば相手は誰が自分達を見張っているかと知りやすい」
「っ」
ブロンザイトに言われ、ソラは思わず目を見開いて苦渋を滲ませる。内通者を探すのであれば本来、ソラはあそこで足を止めるべきではなかったのだ。
「ふむ……」
どうしたものか。コレットが内通者であれば、色々と面倒だ。が、ただ謎の相手と会っていたから内通者だと決めつける事は出来ない。少し調べてみる必要はあるだろう。
「ソラ。これを知っておるのは?」
「自分とマルセロさんだけです」
「ふむ……」
ソラの報告にブロンザイトが一つ唸り、暫く何かを考える。そうして考えが纏まったのか、ブロンザイトが口を開いた。
「ソラ。この件は他の者には黙っておく様に。そして少しお主と彼女のみになる時間を作る。その際、探りを入れよ」
「探り、ですか?」
「うむ……まぁ、話の持って行き方はそう考える必要はあるまい。実直に聞けば良い」
「……わかりました。出来るかどうかわからないけど、やってみます」
ブロンザイトの指示にソラが頷いた。そうして、彼はその後少しブロンザイトより助言を受けて、その日は眠りに就く事にするのだった。
明けて、翌日。ニクラス達が昨日の事件の追加調査の為に再び違法民泊に、エマニュエルはこの一件を受けて市庁舎へ、ブロンザイトとトリンはマクダウェル家との相談に向かった一方。ソラは一人警察署のエマニュエルの部署に残っていた。
「ふぅ……」
なんでこんな事をしているんだろう。そう思うソラは、昨日の大捕物での戦闘における報告書を書いていた。まぁ、そう言うは良いが、これは何時もやっている事と言えば何時もやっている事だ。それ故に彼は旅に出てまで書類仕事をしている現状に、ため息混じりだった。
「いや、必要だってのは分かるんだけどさぁ……なんで出てまでこれやってるんだろ……」
ぼけー、と疲れた手を休ませる為、手を止めたソラが呟いた。ここにもしカイトが居れば、確実に金貰う為だろ、とツッコミを入れてくれた事だろう。
先にも言われていたが、今回の一件は大凡警察に協力していたソラが懸賞金が掛けられた極悪人を捕縛した形だ。偶然ではあったものの、その事実がある以上は公的な書類としてきちんと報告書は出さねばならなかった。そういった書類があって初めて、懸賞金は支払われるのであった。
「……いっそ、誰かに頼みたい……」
疲れた手を何度か振って休ませたソラは再び書類に向き直る。さて、ここで一つ疑問になるだろう。この様な書類仕事はソラの様にまだ学がある者だから出来る事で、その学が無い者ならどうするか、と。
それは簡単だ。実はこういった書類を作る事を専門にしている専門家がおり、彼らに料金を払って頼むのである。まぁ、言ってしまえば代筆だ。
料金としても普通は良心的と言える値段で、貰える懸賞金に比べれば微々たるものだ。なので多くの冒険者達は彼らに代筆を頼み、自分では後は振込を待つだけにしている事が多かった。警察や軍にしてもわかりにくい文章より、専門家が書いた分の方が遥かに見やすい。
「……やろ」
と言っても当然だが、ソラはそんな者達に代筆を依頼していない。というわけで、自分でやるしかない。なので再びペンを執る。まぁ、これについては当然といえば当然の事で、警察としても早いウチに終わらせてくれた方が有り難かった。なのでソラはここに置き去り、というわけである。無論、この指示がブロンザイトによる物である以上、そこに理由がないわけではなかった。
「……」
とりあえず、書類についてはゆっくりで良い。ソラはブロンザイトの指示を思い出し、適度に手を止めていた。こういう書類仕事の場合、当然だが役に立つのはコレットだ。
そしてソラは冒険者で、地球での事なぞ敵は誰も知るまい。書類仕事に時間が掛かっても無理はない、と思っても不思議はない。なので彼女が来るまで適度に時間を潰せ、と言われていたのである。
「つっても、やる事無いんだよなぁ……」
まぁ、書類を書いているわけであるが、当然であるがこの場に残っているのはソラである。監視達も存在に気付かれる事を厭って、監視はしていない。
特に昨日の一件でソラは偶然や相手側に幾つかの事情はあったものの、軍と警察が手こずった犯罪者を圧倒的な力で捕縛してみせた。ソラの実力がただならぬ可能性を感じ、更に距離を取る様になっていた。というわけで、敢えて書類が不慣れな姿勢を見せる必要もなく、ぼけっとしている時間の方が長かった。
「ふぁー……」
というわけで、ソラは基本的には一人である事を良い事に数日前にニクラスと訪れた書店で買った雑誌等を読んでいた。
(確かここ当分は昼頃に来て夕方ぐらいに帰るって話だったよな……)
雑誌を読みながら、ソラはコレットについて思い出す。ここ暫く、コレットはどういうわけかこの時間帯に出勤しているらしい。基本的に昨日来たからとその次の日も同じ時間に来る事のない彼女であるが、ソラ達がヴォダに帰還して少しした頃から同じ時間帯に毎日出勤するそうであった。
「あんだけの時間で全部仕事出来るんだから、すごいよなぁ……」
コレットが敵かどうかはこの際置いておいて、ソラとしてもあの情報処理能力だけは凄いと思えた。そうして彼は一度、コレットの机を見てみる。
まぁ、そこは言ってしまえば子供の勉強机と一緒だ。というより、もしかしたら几帳面な子供の方がもっと片付いているかもしれない。机の上には雑誌や漫画が放置されているし、なんだったらお菓子の包み紙もそのままだ。
とはいえ、そんな中でも一際存在感を放っているのは、幾つものコンソールとその台数分以上のモニターだろう。どうやら来た当日は修理――理由はジュースを零したとの事――やそれに合わせて掃除に出していたらしく、本来の彼女は一人でこれだけの台数を操るらしい。間違いなく、オペレーターとしては天才と言ってよかった。
「ん?」
「ちゃ」
と、そんな事を考えていたからだろう。扉が開いて何時も通り気だるげなコレットが入ってきた。彼女はソラを見るなり軽く手を挙げて挨拶すると、そのまま自席へと座り、買ってきたらしいサンドイッチの包み紙を空けていた。
「課長達はー?」
「ニクラスさん達は昨日の事件で強盗犯の手がかりが無いか、民泊っす。お師匠さんとトリンは俺の地元に話。エマニュエルさんは確か……ああ、市庁舎らしいっすね」
「ふーん……よし。今日もぜっこうちょー」
ソラの返答を聞きながら、コレットは何時も通りの気の抜けた声でコンソールを起動させる。そうして総計六台のモニターが点灯し、三つのコンソールが動き出す。
どうやらこの機材類には愛着があるらしい。大切にしている様子だった。なお、モニターの内五個が彼女の私物、コンソールも二つは私物らしい。
「……」
ティナちゃんが居る。椅子にだらけた様子で腰掛けながら超高速でコンソールを操るコレットに、ソラは思わず頬を引き攣らせる。そのタイピング速度は間違いなく地球であれば十分当たりに数千という領域だろう。なお、そんな彼女が何をしているか、というと各機器の状態のチェックらしい。朝一番――と言っても昼だが――に彼女が何をするよりも前にするのが、これらしかった。
「……どしたの?」
「あ、いえ……なんでもないっす」
「ふーん……まぁ、良いけど」
どうやらあまりの速度にぼさっとしていたら、コレットに見ていた事が気付かれたらしい。ソラが慌てて顔を下げる。と、そんな彼女にふと、思い出した様に、ソラが問いかけた。
「そういえば、コレットさん」
「んー?」
「昨日、マルセロさんに誘われて飲みに行ったんっすけど」
「お土産でもあんのー?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
何時も通りのだらけきった様子の中にわずかに期待を覗かせたコレットの問いかけに、ソラが首を振る。それに、コレットが興味を無くした様にモニターに向かい直った。
「そ。で、何?」
「……あ、いえ。その帰り道に偶然コレットさんが女性と」
「っ!」
ソラの問いかけを最後まで聞く前に、コレットが目を見開いた。
「見たの?」
「え、あ、はい……」
この反応はソラからしても想定外だったらしい。コレットの問いかけにわずかに気圧されながらも、頷いた。もし敵なら見張りがどこかに居た筈だし、味方なら隠す必要もない。なので正直に答えて良いと言われていた。
「他には?」
「えっと、マルセロさんが」
「そ……それ、課長には黙ってなさい」
何時ものだらけた様子ではなく、わずかにドスの利いた声でコレットがソラへと告げる。それに、ソラは訝しみながらも、この場合の指示も受けていた為、迷う事はなかった。
「別に良いっすけど……なんか拙いんっすか?」
「拙い」
「え、あ、はぁ……」
あまりにはっきりと拙いと言われ、ソラは思わず呆気にとられる。隠すでもなくはっきり拙いというのだ。尚更、彼女が敵か味方か分からなかった。とはいえ、現状一番怪しいのも事実だ。故にソラはこれ以上突っ込むべきではない、と判断すると、この会話はそれで終わらせる事にした。
「……」
「……」
漂った気まずい雰囲気に、ソラもコレットもどちらも何も口を開く事はなかった。そうしている間にあっという間に時間は経過して、コレットが立ち上がる。
「? どうしたんっすか?」
「終わった。書類印刷してくるから」
「あ、はい」
気付けば、もう三時間と少しが経過していた。そうしてコレットが出ていって少し待っていると、やはり人の三分の一の時間で人の三倍働くというのは凄いらしい。大量の書類を抱えて戻ってきた。
「……え?」
「何?」
「それ……全部今の時間で?」
「別に……この程度普通だし」
自身では普通と言いながらも、コレット自身にもこれは凄いことという自負はあるらしい。少し恥ずかしげに頬を赤く染めていた。と、そんな彼女は恥ずかしいのか、書類をエマニュエルの机の上に置くとそのまま持ってきたカバンを手に取った。
「じゃ」
「え? あ、ちょ!」
「今日の仕事終わったし。課長に書類は置いといた、って言っといて」
慌てたソラに対して、コレットは言うだけ言うやそそくさと歩き去る。そうして、ソラはそのまま暫く残り、所定のサインを出して彼女が帰った事をエマニュエルとブロンザイトの二人に報せるのだった。
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次回予告:第1588話『賢者と共に』




