第1585話 賢者と共に ――ガサ入れ――
ソラがニクラスと共に宝石店への強盗事件の調査を開始して数日。酒場の店長からの情報提供を受け未届けの可能性が高い民泊を発見していた彼らは、更に裏取りを続けて件の民泊が未承認かつ未届けである確証を得ると、数日の内偵を経てガサ入れとなっていた。
「で、ソラ。お前さん、腕は確かなんだよな?」
「うっす。一応、向こうで冒険者やってたんで……」
今日のソラはエマニュエルの指示により、マルセロと組んで最前線での突入を行う事になっていた。どうやらこの民泊には冒険者が泊まる事もあるらしく、万が一誤解が生まれた場合、または違法と知りつつ泊まっている場合には抵抗される恐れがある。ソラの腕が有用だろうと判断されたのである。
「ま、それなら俺より強いか」
「いや、多分捕縛術だとマルセロさんの方が強いっすよ」
「そか?」
ソラの言葉にマルセロが笑う。まぁ、こんな呑気な事をしているのは、実際に踏み込むにあたりまだ準備が整っていないからだ。そうして、エマニュエルが手配した人員が違法民泊の周囲を包囲する。
『やぁ、二人共。聞こえてるかい?』
「ニクラスさんは外でしたっけ?」
『あはは。流石に俺は二人みたいに突っ込んでけないよ』
ソラの問いかけにニクラスが笑う。彼も警察学校を主席で卒業しているので腕っぷしは確かだが、やはり元軍人であるマルセロには劣る。なのでこの配置だった。そうして少し待っていると、警察の配備が終わったらしい。通信が入ってきた。
『……聞こえる?』
「ん? コレットか。お前にしちゃ早い出勤だな」
『今日は夕方に見たい番組があるのよ』
「お前らしいな……で?」
『配置は完了』
マルセロの問いかけに、どうやらオペレーターを引き継いだらしいコレットに答える。その返答を受けて、ソラとマルセロが頷きあった。
「どっちが前だ?」
「あ、俺行きますよ。盾持ってるんで……」
「あぁ、その袋は盾か」
マルセロはソラの背負う袋を見て、なるほど、と頷いた。やはり警察なのでメインは捕縛となる。なのでなるべくは殺さない様に戦う必要がある。
というわけで、ソラも装備は一応護身用に刃引きした片手剣を持ってきているが、メインの武器は盾にしていた。なお、マルセロは素手で戦うらしい。一応は手を傷付けない様に手袋は嵌めていた。
「なら、任せた」
「うっす」
マルセロの言葉を受けて、ソラは一歩前に出る。そしてそれを見た所で、コレットから連絡が入った。
『じゃ、スタート』
「き、気が抜けるな……」
「気にすんな……おい、ヴォダ市警だ!」
気落ちしたソラにマルセロが告げると、扉を蹴破って中へと突入する。
「あ、ちょっと! 礼状とか色々!」
「っと……おい、家主! 居んのは確認してんだ! 出てこい!」
マルセロが礼状を掲げながら、違法民泊の中で声を上げる。と、そんな彼の大声を聞いたからか、民泊の中が騒然となった。その反応は二つ。唐突に入ってきた警察の声に驚きを浮かべ、何事かと出て来る客と、ここが違法と知るが故に大慌てで逃げようとする客達だ。そして後者の中に、違法民泊の家主が混じっていた。
「いやがったな! っ!」
「おぉおおおおお!」
「っと! あっぶねぇな!」
家主を追いかけようとしたマルセロが、咄嗟にバックステップで振り下ろされた片手剣を回避するした直後。その攻撃を見てソラが前に出て、取り出した盾を前にして一気に片手剣を振り下ろした男にタックルを仕掛ける。
「マルセロさん!」
「おう! 悪いな!」
片手剣を振るってきた男を壁に押し付けて押さえ込みながら声を上げたソラに感謝を告げると、マルセロが家主を追って一気に奥へ向けて進んでいく。その一方、ソラは暴れる男をなんとか大人しくさせようと試みていた。
「っ! あばれんな!」
「離せ! お前も殺してやる!」
「っ! あっぶね!」
暴れた挙げ句魔術を使用しようとした男から、ソラは危険を感じて距離を取る。そうしてソラが距離を取った事で自由になった男は、魔術の兆候を消失させて血走った目で片手剣を構えた。
「ふぅー! ふぅー! 殺す殺す殺す殺す殺す……俺は捕まらない……殺せ殺せ殺せ……邪魔するな……もっともっと欲しい……」
「っ……どうしてもやるってのか……?」
ブツブツと何かを呟きながら殺気立つ男に、ソラは苛立ちをわずかに露わにする。が、やるというのなら、仕方がない。先程の不意打ちを見てわかったが、この男は生半可な力で勝てる相手ではない。故にソラも真剣に相対する事にした。
「はぁああああ!」
気勢を上げて襲いかかってきた男に対して、ソラは盾を前に突き出して、カウンター気味に蹴りを叩き込む。が、男は即座に地面を踏みしめて堪えると、強引に剣を突き出した。
「はぁ!」
「ぐっ!」
きぃん、という澄んだ音が鳴り響く。かなりの衝撃がソラの手に伝わりしかめっ面を浮かべたが、なんとかその場で耐えきった。そうして男の剣を防いだソラはそのまま一気に力押しに持ち込んで、一瞬だけ力を漲らせて押し込んだ。
「お前が、悪いんだからな! 手加減はしてやるけど、文句言うなよ!」
一気に壁際まで押し込みながら、ソラが吼える。そして壁際に押し付けた瞬間。ソラの盾に僅かな紫電が迸った。
「<<紫電盾>>!」
「ぎゃぁああああ!」
ソラの口決と同時に紫電が迸り、男が悲鳴を上げる。そうして、数秒後。男は何度か揺れた後に、どさりと倒れた。
「ふぅ……コレットさん。一人抵抗したので、気絶させました。多分、死んじゃいないかと。結構本気ではやったんで、本当に多分っすけど……」
『外の奴から入った報告はそれね。りょ。抵抗は確認してたから、問題無い』
「う、うっす……」
相変わらずやる気無いなー。ソラはコレットの気だるげな返答にわずかに頬を引き攣らせつつも、頷いた。その間にも他の所でも捕物が始まっていたり、事情がわからない客達はエマニュエルの動員した他の警察官から何事か、と事情の説明を受けていた。
「で、マルセロさんはどうなってます?」
『ああ、あいつならなんとか家主捕らえたらしいわ』
「そうっすか……で、こいつは?」
『そいつは今から人やる……はい、送った』
今回、ソラは捕物に参加していたが警察官ではないので手錠は掛けられない。なので誰かを待つ必要があったのだが、言っている間にフロランと共にニクラスがやって来た。
「やぁ、ソラくん。話は聞いたよ……そいつだね。うわー。白目向いて泡吹いてるよ……はい、これでオッケー。武器も没収。フロラン、外に出すの頼んで良い?」
「うぃーっす」
ニクラスは手早く暴れていた男へと手錠を掛けると、それをフロランへと引き渡す。当然だがこの手錠は吸魔石を使った物で、この男がもし目覚めてもなんとか出来た。勿論、武器も没収済みだ。と、そんな事をしていると、マルセロが片手で壮年の小柄な男を引きずってやって来た。
「おう! ソラ! 無事か!? ん?」
「ああ、マルセロ。丁度ソラくんに頼まれて、こいつに手錠掛けててね」
「おう、そうか。いや、ソラ。助かったぜ。おかげでこいつを手早く捕まえられた。おい、自分で立て!」
「ぎゃあ!」
ニクラスの言葉に頷いたマルセロはそう言って、家主を叩く。かなり力が込められており、家主はカエルの潰れた様な声を上げた。そんな彼に、ニクラスがため息を吐いた。
「マルセロ……この間それで減俸食らったんだから、やめときなよ」
「ん? おぉ、そういやそうだったな」
ニクラスの苦言にマルセロが頷き、そのまま家主を引きずって歩いていった。
「実は前にもあれやって、犯人を骨折させた事があってね。彼、力加減苦手なんだよ」
「俺もこの間腕折れるかと思ったなー」
「あ、あははは……」
ニクラスの言葉に腕を押さえる様に苦い顔になったフロランに、ソラが引きつった様に笑う。が、マルセロは力加減が苦手らしい。
そうして、ソラ達もまたマルセロに続いて外に出て、捕まえた犯罪者達や何も知らず巻き込まれた形の者達と共に警察署へと向かう事にするのだった。
違法民泊における大捕物から少し。ソラは警察署に帰還すると、エマニュエルの部署が保有する部屋へと戻っていた。と、そこに帰った時、彼らを出迎えたのはエマニュエル一人だった。というわけで、首を傾げたソラが問いかける。
「あれ? コレットさんは?」
「……」
「ソ、ソラ……しっ」
「? あ……」
「……まぁ、ご苦労だった。一旦休め」
じとー、と睨みつけられた視線とフロランの慌てての言葉で大凡を理解したソラが口を閉ざすと、エマニュエルの指示に従って部屋の端へ向かう。そこには同じく警察の手伝いを命ぜられたトリンが腰掛けて書類の整理を行っていた。
「お、お帰り、ソラ」
「あ、あはは……ただいまー」
今の一幕を見ていたからか半笑いのトリンに、ソラもまた半笑いで照れくさそうに帰還を告げる。なお、ブロンザイトはブロンザイトで少しこちらの伝手を当たるという事で、二人とは別行動を取っていた。
「お師匠さんはまた?」
「うん……どうしても最後の方でまだ色々と要るからね。そこの人手を用意するって」
やはり今回はラグナ連邦での事件だ。故にカイト達の助力と言っても人手には期待出来ない。故にこちらではこちらの伝手を頼るしかなく、ブロンザイトはそことの話し合いも必要だった。これについてはエマニュエルの手が期待出来ない為、ブロンザイトがなんとかする事になっていたのである。
と言っても勿論、これが敵にバレては問題だ。故に信頼出来る仲介人を通してやらねばならず、一度に全てを話し合える事はなかった。今日はその話し合いの日というわけだ。と、そうしてソラも書類仕事を手伝いながら待っていると、他の部署に呼ばれて出ていったニクラスが戻ってきた。
「課長! すごい事が分かりました!」
「む?」
「さっきマルセロに襲いかかったっていう男! あれ、どこかで見たと思ったら、一年前にヴォダを騒がせた押し入り強盗の指名手配犯です!」
「なんだと!? あの強殺事件のか!?」
ニクラスの報告にエマニュエルが目を見開いて立ち上がる。どうやらとんでもない事件の犯人だったらしい。
「はい! どうやら戻ってきてたみたいです!」
「そうか! ソラ、感謝する!」
「は、はぁ……」
どうやらマルセロに襲いかかった男は別件で指名手配していた殺人犯だったらしい。エマニュエルが顔に喜色を浮かべて、ソラへと頭を下げる。
とはいえ、一方のソラはそんな一年前の事件を知るわけもない。勿論、トリンも一年前の事件と言われても知らない。二人揃って首を傾げていた。というわけで、そんな二人に対して、ニクラスが少し興奮気味に教えてくれた。
「実は一年前、とある宝石店……今回とは別の宝石店に押し入り強盗が入ってね。どうやらそこで店主と出会ったらしいんだ。で、犯人はその一家を皆殺しにして、やって来た警官隊と戦闘。大捕物になったんだけど……その衝撃で地面が崩れて、下水道に逃げ込まれて街の外に逃げられてね」
「皆殺し……」
ニクラスから出された単語を聞いて、ソラの顔が歪む。それに、ニクラスの顔にも苦いものが浮かんでいた。
「うん……実は俺が呼ばれたのも、その大捕物に参加していたからでね。間近で見た事があったんだ。面取り……この犯人かどうか確認して欲しい、って話だったんだ」
「それで……」
なるほど。それでニクラスが呼ばれたわけか。ソラも納得して頷いた。そうして大凡を納得した彼は改めて口を開いた。
「まぁ、そんな犯人なら、捕らえられてよかったです」
「いや、君が居てくれなかったらまたどれだけの被害が出た事か……」
ニクラスはそう言うと、深くため息を吐いた。この時ソラは知る由もないが、実はデッド・オア・アライブで懸賞金が掛けられていたほどの極悪人だったらしい。
追っているのもそれ故に警察ではなく軍らしかった。それを警察が逮捕したのだ。警察の大手柄――というよりソラの――と言っても過言ではなかった。と、そんな話をしていると、マルセロが手を挙げた。
「課長! 今日は飲みに行って良いっすかね! ソラに一杯奢るべきじゃねぇか、と俺は思うんですよ!」
「おぉ! 良いっすね! 俺も行きます!」
「あー。それなら今回は俺も参加しようかな。あいつには痛い目に遭わされたからねー。愚痴の一つは言いたい」
「む……まぁ、今日ぐらいは良かろう。後のことは私に任せ、早めに帰れ」
自分達が飲みたいだけだろう、というのはエマニュエルも分かっているが、今回ソラが捕らえた相手は彼もまた知っている。故に一瞬は顔を顰めたものの、今回手柄を立てたソラを奢るのであれば、という条件付きで良しとしたようだ。と、そんな彼の言葉に、部下達が沸き立った。
「「「おっしゃー!」」」
「現金な奴らめ……おい、ニクラス! 本来ならこの様な場合は署から金一封が出るが、わかっての通り此度は出ん! 私が少し出してやる! 後で取りに来い!」
どうやらエマニュエルもこの犯人逮捕については喜んでいる様子だ。偉そうではあったものの、少しばかりの資金援助をしてくれる事になったらしい。と、そんな彼であったが、続けて声を荒げて明言する。
「ただし! 貴様ら明日遅刻なぞするなよ!」
「わーってますわーってます! ソラ! ってことで、ついて来いや!」
「え、あ、え!?」
唐突に自分を巻き込んで飲み会の流れになったエマニュエルの部下達に、ソラが困惑してトリンを見る。現状、彼はブロンザイトの監督下にある。勝手に飲み会に行っても良いか、と判断しかねたのだ。と、いうわけなのだが、これにトリンは半ば苦笑していた。
「行ってきなよ……実はここだけの話、お爺ちゃん下戸でさ。飲めないわけじゃないんだけど……そんなは飲めないんだ……居たら居たで遠慮して行きにくくなる。それに、せっかくエマニュエルさんも出してくれる、って言うからね。あまり遠慮するのも悪いよ。僕が残っておくから、君は行っといでよ」
トリンは少し笑いながら小声でソラへとブロンザイトの秘密を明かす。それに、ソラもどうするか少し悩んだものの、付き合いも大切かと思い判断した。
「……良いか?」
「うん……僕の方でお爺ちゃんには上手く執り成しておくよ。ただし、飲みすぎないようにね。僕じゃ迎え、行けないよ?」
「わり、頼む」
せっかくトリンが気を遣ってくれたのだ。なら、ここは素直に従うのが吉だろう。ソラはそう判断して半ば笑って頭を下げる。そうして、ソラはその日は就業後にエマニュエルの部下達と共に酒場に飲みに向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1586話『飲み会』




