第1573話 賢者と共に ――旅路の始まり――
カイト達が地球より送られてきた設計図に従い通信機の開発と改良を行っていた一方、その頃。彼らに見送られ、ブロンザイト、トリンの二人と共に飛空艇に乗り込んだソラ。
彼はひとまず数日を二人から色々な戦略を学びながら飛空艇で過ごすと、夕暮れと共にラグナ連邦の端にあるとある国際空港に降り立っていた。
「すっげー……なんか日本思い出した……」
やはり風土が変われば人も変わる。ラグナ連邦。連邦制の国だ。その国の建物はやはり、それにそぐう物だった。
「ラグナ連邦。大統領制の国だね。君が言っていたアメリカという国が一番近いかな」
ラグナ連邦の国際空港に降り立ったソラの横。同じく飛空挺から降り立ったトリンが笑う。
「来たこと、あるのか?」
「うん。三年……ぐらい前かな。丁度、今の時期に同じ理由でね」
「へー……」
まぁ、カイト曰く、ここでこの時期に流行る流行病はインフルエンザの様なものだと言っていた。なので季節柄のものなのだろう。ソラはそう理解した。と、そんな風にはじめてのラグナ連邦を興味深げに見ていたソラへと、声が掛けられた。
「ソラ。まだそこにおるな」
「あ、はい! なんですか?」
声を掛けたのはブロンザイトだ。故にソラは僅かに背筋を伸ばして、飛空挺へと向き直る。
「空港の検閲官と共に、出迎えの方が来られる。儂がその方の対応をする。トリンには検閲官の対応を任せておるが、お主もそれの補佐を」
「はい」
ブロンザイトの指示にソラは頷くと、同時に渡された限定的に腕輪の封印を解除する鍵を受け取った。力仕事がある場合に役に立てるように、という配慮だ。また、トリンの側でその言動を学べ、という事もであるのだろう。
「おし」
「おぉ、ブロンザイト殿。お待ちしておりました」
ソラが腕輪の封印を限定的に解除したとほぼ時同じく、空港の職員達をぞろぞろと引き連れた一人の恰幅の良い男性が現れた。彼は顔に親しげな笑みを浮かべながら、ブロンザイトへと手を差し出す。
「おぉ、これはエマニュエル殿。連絡は取っておりましたが……実際に顔を合わせるのは三年ぶりになりますか」
「そうですなぁ……そのぐらいになりますか」
どうやらブロンザイトはエマニュエルというらしい出迎えの男とは知り合いらしい。僅かに親しげに話し合う。と、そんな彼はトリンの横に見知らぬ少年がいる事に気が付くと、訝しげに問いかけた。
「……彼は?」
「彼が先頃お伝えした……」
「おぉ、君が。話は聞いているぞ」
「は、はぁ……」
エマニュエルはソラに向けて笑いかける。それに、ソラは曖昧な笑みで応ずるだけだ。まぁ、エマニュエルとしても特に返答は期待していない。故にそれに一つ頷いてブロンザイトに向き直る。
「それで、薬については?」
「格納庫にご用意しております」
「おぉ、そうですか……おい」
「はい」
エマニュエルの言外の指示を受け、空港の職員達の中でも一番上の者が頷いた。そしてそれを受けて、ブロンザイトもまたトリンに視線を向ける。
「あの二人に手伝いを命じております。適時、お申し付けを」
「おぉ、ありがとうございます。おい、彼らと共に作業を行え。割れ物だぞ。丁重に扱うように」
「はい……おい、作業に入るぞ」
エマニュエルの指示に空港の職員達が早速検閲に入るべく歩き出す。その後ろを、ソラとトリンもまた続いた。
「あのエマニュエル? なんか無茶苦茶偉そうだったな」
「あ、あはは……偉そうなのは彼の素だから……」
「あ、偉そうなのは否定しないのな」
「あ、あははは……」
ソラのツッコミにトリンは笑う。エマニュエルの見た目と性格からして、最も良い言葉は小悪人の悪代官だ。ソラが得た第一印象もそれだった。と、そんなソラにトリンが慌ててフォローを入れた。
「で、でもすごく優秀かつ良い人なのは事実だよ?」
「え? マジ?」
「うん。実際、細やかな指示は確かなものがあるし、今の地位は役不足で間違いないよ」
「へー……」
人は見かけによらぬもの。実際は有能らしいエマニュエルに、ソラはそんな言葉を思い出す。と、その一方のトリンも同じような事を思い出していた。
「まぁ、実際……」
彼があの地位にいるのは仕方がない側面もあるし、あの姿も仕方がないんだけど。トリンは三年前の事を思い出す。実は三年前に彼らが来た時にも、エマニュエルが応対に当たった。その際、色々と彼の性根やこの国で起きている事を知ったのだ。と、そんな彼にソラが首をかしげた。
「どした?」
「あ、ううん。なんでもないよ。ただ、エマニュエルさんは三年前に会った時と変わらないなぁって」
「あはは」
トリンの言葉にソラが笑う。と、そんな話をしているとあっという間に格納庫にたどり着いた。
「じゃあ、作業を開始します。何か注意事項はありますか?」
「あ……そう……ですね。取り敢えず冷蔵保存の物が大半ですので、温度だけは弄らない様に……」
「分かりました」
トリンの指示に空港の職員達が早速と作業を開始する。ここらについては向こうに一任するだけだ。というわけで、始まった作業を見ながらソラが問いかける。
「で、取り敢えず俺達は何すれば良いんだ?」
「特には何もしないよ。ただ待つだけ」
「そうなのか?」
「うん。でも誰も居ないのも問題。でしょ?」
「確かにな」
言われればソラも納得できた。空港の職員達が中抜きしても問題だ。そうはならないとは思うが、それでも今回は皇国より援助を貰ったのだ。監視は必要だろう。
(まぁ、実際にはエマニュエルさんの近くに居る監視の目を逸らす為でもあるんだけど……今はまだ言えないよね。目立つならそれを利用する。策の一つ)
トリンはソラに対してこの裏を伝えられない事を僅かに申し訳なく思う。が、流石に弟子入りして直ぐの彼に何でもかんでも教えられる訳ではないのだから、仕方がない。と、そんな風な事を考えていた彼へと、空港の職員の一人が声を掛けた。
「ああ、トリンさん。冷蔵用のコンテナの中に納品書がそのままあったのですが……どうしましょう」
「あ、頂きます。ありがとうございます」
トリンは事情を知る空港の職員より、密かに書類を受け取る。封筒には納品書と書かれており、体裁も様式も全てマクダウェル領で使われている物だ。その中に職員が密かに書類を入れていたのである。
「納品書、ねぇ……まぁ、こんだけありゃ不思議はないか」
「あはは……まぁ、ねぇ……まぁ、僕が貰ってもどうでも良いんだけどね」
トリンはそう言うと、敢えて偽装の為に入れられている納品書を一枚取り出した。そうしてそれをソラと見て、苦笑を交わし合う。
「どうするんだ?」
「まぁ、後でお爺ちゃんと話すよ。勝手に捨てるわけにもいかないし……」
「それもそうか」
「うん……これで良し、と」
トリンは封筒をしっかりとローブの内側にあるサイドポーチに仕舞っておく。と、それが終わったのを見計らい、ソラがトリンへと問いかけた。
「そういえば……これからどれぐらいの村を回る予定なんだ?」
「ああ、疫病?」
「ああ」
「どうだろう……」
三年前にトリンは来ていたわけで、その時にどの程度の流行が起きるか、というのは把握している。その時で根を絶つ事は出来ないと理解したエマニュエルから定期的に報告も送られており、今回はそれを基に行動する予定だった。
「取り敢えずエマニュエルさんも手配してくれてるから、僕らが行くのはそう多くはならないと思うよ。そこらについては今お爺ちゃんが話している所だし……」
「ああ、いや、そりゃ聞いてたよ。お前の見立てが知りたくてさ」
「ああ、そういう事?」
なるほど、とトリンは一つ頷いた。ここら、ソラの学ぼうという姿勢はトリンとしても好印象だ。なので彼は三年前の所感やここらの地理等を幾つも考えて、口を開いた。
「うーん……そうだね。多分多くても五つ。少なければ三つという所かな」
トリンが考えたのは、兎にも角にも薬を配らねばならない、という所だ。パンデミックはまだ起きていないが、何時起きるとも限らない。なるべく早めに配布したい、というのが正直な所だった。
そこらを考えると、人手は一人でも欲しい。が、そこらは実際に配布に動く者達との話し合いで決めねばならないだろう。なので推測という形だった。
「そうなのか?」
「うん。というのも……」
トリンはここら一帯を統括する地方都市――今居る街がそう――や、周辺の村の風土、魔物の特徴等、ソラの活動に必要な事をつぶさに語っていく。そうして、二人はここら一帯についてを話しながら検閲を見守る事にするのだった。
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次回予告:第1574話『賢者と共に』




