第1571話 地球との対話 ――再会――
ついに開始された天桜学園と地球との通信。天桜学園に設置された通信機の起動に成功したカイトは、日本政府の上層部に冒険部上層部として対談した後、改めて家族との話し合いとなる事になった。そうして少しモニターの前で待っていると、父の彩斗が現れた。
『あー……おう』
「あはは。久しぶり」
『おう。ティナちゃんも久しぶり』
どう話しかければ良いか、と悩んだらしい彩斗に、カイトは笑ってありきたりな言葉を投げかける。それにわずかに得ていた緊張が解れたのか、彩斗もまた頷いてティナへと告げる。それに、ティナもまた口を開いた。
「お久しぶりです」
『おう……で、そっちの女の子は……』
「あ、はじめまして。カナンです」
『お、おう……』
「うむ、余の友人じゃ」
『おぉ、そういう』
ティナの紹介を受けて、彩斗が何故この場に居るのかを理解する。こういう事もある、ということは彩斗も予め教えられており、ティナが連れてきたのも地球側でその実例として考えてもらう為でもあった。そうしてティナとの間で僅かな会話が持たれた所で、カイトが不思議そうに問いかけた。
「そういや、親父。お母さん達は」
『お、おう……えーっと、実はやな。あ! 一応言うとくけど、きちんと来とるぞ!』
「「「?」」」
何故か唐突に顔を赤らめ焦りだした彩斗に、カイト達三人が首を傾げる。一応よほどの事情がない限りこの場には家族全員が揃う事になる筈だった。
そして妹と弟の二人については、カイトはイクスフォスの妹を通して状況を確認している。来る事にもなっていた筈だ。そしてこの様子だとなにか問題が起きたわけでもないのだろう。この反応の理由は流石に天才と言われるティナにも、血を分けた家族であるカイトにも想像が出来なかった。
「お、おう……」
『えーっと……浬、海瑠』
『あ、うん』
『はーい』
どうやら来ているというのは事実らしい。浬と海瑠の二人が彩斗の声に返事する。そうして、二人が映った。
「……」
『『……』』
一瞬、兄妹の視線が交差する。そうしてカイトは時乃に頼み流れる時間を調整してもらい、通信機を介して二人へと念話を飛ばした。
『……よくやったな』
『……うん』
カイトのねぎらいに、浬が悲しげに頷いた。それに、カイトも頷いた。
『……話は聞いてる。すまないな、なにかをしてやれなくて』
『……大体は、わかってるから。お兄ちゃんがそんな万能じゃないって』
カイトの謝罪に浬は彼が知るよりわずかに大人びた顔で微笑んだ。地球で起きた事件から少し。彼女もいろいろと成長したという事なのだろう。
『そうか……海瑠。お前の事だ。気に病んでいるだろう』
『……』
カイトの言葉に海瑠は無言だった。が、それは何より雄弁な言葉でもあった。
『気にするな、とは言わん。だが、あまり焦るなよ。何より、お前が気に病む必要はない。力を与えなかったのは、オレの采配だからな。その責任は、オレが取るさ』
『……でも……』
『……わかってる。なんとか出来たんじゃないか。そんな後悔がつきまとってるんだろ? わからねぇさ、そんなもんは。お前が知ってるかはわからんが……この世にIFは無い。誰にも……それこそ神様にだってわからない。それに、さっきも言っただろ? これはオレの失策だ』
泣きそうな顔の海瑠に、カイトが微笑みかける。何があったのか、というのは彼も知っている。こうなるだろう、というのは分かっている。なので大丈夫な様にモルガンとヴィヴィアンも密かに一緒だった。その二人にカイトは頷きかける。
『モル、ヴィヴィ』
『うん』
『……うん』
カイトの言葉を受けて、ヴィヴィアンは彼の知る笑顔で、モルガンはわずかに悲しげに頷いた。
『……サルファ、という男の記憶の封印を解いてやってくれ。あいつの助力。それがあれば、海瑠は魔眼を完全に使える様になる』
『……良いんだね?』
『ああ……守れなくて悔しむより、よほど良いだろう……海瑠。覚悟は、良いんだな?』
『……うん』
カイトの問いかけに、海瑠ははっきりと頷いた。もう、後悔はしたくない。なら迷いはないという眼だった。
『……じゃあ、帰るまでは頼む。さ、あまり長引くと親父達に気付かれる』
『『うん』』
カイトは無念を抱えた弟妹達に向けて、何時もの様に微笑んだ。それに、二人も頷いた。この話は彩斗も母も知らない事。教えない、と決めたのだ。なら、何時も通りに戻らねばならなかった。そうして、時乃が歪めていた時の流れが元に戻る。
「二人共、元気か?」
『『うん』』
カイトの問いかけに、二人は何も知らぬ顔で頷いた。やはり一年の月日で力以外にも面の皮も厚くなったらしい。この程度の演技は出来る様子だった。
「で、母さんは?」
『え、えーっと……』
そう言えば今の一幕で完全に忘れてた。浬はカイトの問いかけに何時もの彼女の様子でどうするべきか悩んでいた。と、そんな彼女に更に声が入り込む。
『あはは。良いよ良いよ、そこまで気を使わなくて。よいしょっと』
「「……」」
ぱちくり。映り込んだカイトの母である綾音の姿に、カイトとティナの二人が完全に混乱へと叩き込まれる。そうして、二人は顔を見合わせた後、踵を返した。
「ティナー。悪いんだけどさー。魔眼暴走してるっぽいんだわ。ミカヤの所、行ってくる。後頼むわ」
「まぁ、待て。余もどうやら魔眼が暴走してる様子でのう。一緒に行こう。いや、リーシャの所の方が良いかもしれん」
「え、マスターもティナちゃんもいきなりどうしたの!?」
『ああ、ちょっと! お兄ちゃんもティナちゃんも! 現実逃避しないで! いや、わかるけどさ!』
これは自分の眼か頭が可怪しいんだ。そう判断したカイトとティナが二人して頭を抱え踵を返したのを見て、カナンと浬が声を荒げる。
なお、一方の彩斗と綾音の二人は気恥ずかしげで、海瑠はあはは、と頬を引きつらせていた。というわけで、カナンによって制止されたカイトとティナはその場で立ち止まって、カイトが頭を抱えながら問いかけた。
「いや、待て……一応、聞かせろ。親父、マジか? 冗談にしても笑えんぞ?」
『お、おう……あ、あははは……マジや。いや、すまん!』
カイトの問いかけに彩斗は非常に恥ずかしげに頷いて、そのまま勢いよく頭を下げる。そうして、遂にカイトが沸点を超えた様に声を荒げた。
「どう見ても母さん、妊娠してね!? 何があった!? マジで何があった!?」
と、いうわけらしい。まぁ、この二人をして茫然自失となる混乱するのも無理はない。現れた綾音のお腹は大きくなっており、明らかに妊娠していたのである。生まれるまでは後少しありそうだったが、それでも明らかにわかる程度ではあった。
『い、いやー! いろいろとあってな!? ちょいハッスルしてもうた!』
『えへへ。さーくんかっこよかったよー?』
『い、いやぁ! あははは!』
「惚気んな!」
デレッデレの彩斗と綾音に、カイトが再度声を荒げる。まぁ、幸いとして浮気とかではないのでカイトとしても良い事は良い事だが、流石にこれには彼もどう捉えて良いか全くわからなかった。
想定外も良い所で、如何に彼でも大混乱していても不思議ではない。そして混乱しているのは彼だけではない。彩斗もまた混乱している様子だった。
『な、何や。文句あるんか?』
「いや、ねーけどね!? てーか、年考えろや!」
『燃えちまったもんはしゃーないやろ! 授かりもんや、授かりもん!』
親子だなー。親子喧嘩を開始した彩斗とカイトを見ながら、カナンはそう思う。そうしてしばらくの後、頭を抱えたカイトが問いかけた。
「で?」
『で?』
「どっち。男、女?」
『あ、まだ分からん……のやったな?』
『あ、この間スカサハさんが女の子だってー』
『『『えぇ!?』』』
「全員初耳かよ……」
モニターの先で驚きを露わにした天音家一同に、カイトががっくりと肩を落とす。しかも情報源がスカサハなあたり、たちが悪かった。
『なんだ、文句でもあるか?』
「……」
居んのかよ。のそっと現れた――と言っても魔術で姿は隠していたが――スカサハに、カイトがジト目で抗議を告げる。基本的に地球の情報は彼女かイクスフォスの妹から聞いていた。そして今の綾音の言葉である。知っていた事は明白だろう。敢えて黙っていた、と考えるのが正しい。
『ま、良い事ではないか。ご父母は大切にせねばならん』
「……」
じとー。楽しげなスカサハにカイトはジト目の圧を強める。とはいえ、エネフィアに居る彼に地球に居る彼女をどうにかする事も出来ない。そして本気で殺しに行かない限り、数秒後に地面に倒れているのは彼だ。諦める事にした。
「はぁ。まぁ、良いわ……流石に出産予定日には帰れそうにない」
『そか……で、一応聞いとくけど。眼、大丈夫なんか?』
「単なる魔眼の暴走だ。専門家に専用の眼帯作ってもらったし、下手に力を使わなければ大丈夫とも言われてる」
彩斗の問いかけにカイトはため息混じりに改めて明言する。やはり息子がでかでかと眼帯を着けて現れたのだ。気にもなる。
『そうかぁ……まぁ、元気そうで何より、って所やな』
「こっちは元気すぎて頭がいてぇよ……」
何十ヶ月ぶりかに見た母の姿が妊婦姿なのだ。カイトはもうどう捉えて良いか分からず、非常に頭の痛い様子だった。
「にしてもこの歳でお兄ちゃんかよ……頭が……」
『あはは……まぁ、カイト』
「ん?」
『頼むから、この子には兄貴の話を訃報として語らせんなや』
頭を抱えるカイトへと、彩斗が真剣な眼で告げる。それに、カイトがわずかに笑った。
「おう……ま、なんとかするさ。こっちもこっちでいろいろとあるけどな」
『そか……あ、そや。ティナちゃんと出来ててもえぇんやで? 丁度帰ってくる頃にはベビー用品とか』
「うっせぇ、黙れ! 必要ねぇよ!」
楽しげにティナとの仲を茶化す彩斗に、カイトは言葉を遮って声を荒げる。と、そんな所にカナンが思わず、と言った具合に呟いた。
「そもそも一つで足りるんでしょうか……」
「まぁ、足りんのう……」
「二人共? 少し後でお話しようか?」
「ふぇ?」
「む? 足りんじゃろ?」
まぁ、文化風習の差を知らないカナンだ。この発言は仕方がない。が、ティナは帰還していたからか完全にこちらの常識に戻っている様子で、素で応じている様子だった。
「黙れ! 足りないならもっと足りなくしてやんぞ、ごらぁ!」
『『あはは』』
「はぁ……」
どうやら怒鳴りすぎて疲れたらしい。カイトは一つため息を吐いて、何時もよりかなりテンション低めで口を開いた。
「とりあえず親父。オレが言うセリフじゃねぇが、無茶はすんなよ」
『お前に言われたかないわ』
「で、母さん……えっと……とりあえず生まれたか名前決まったら連絡は頂戴。いろいろと伝手あるから、おもちゃぐらいならなんとか……出来ると思う」
『……うん!』
照れくさそうなカイトの言葉に、綾音が嬉しそうに頷いた。やはりこの歳で兄になると言われると気恥ずかしいものがあるのだろう。
「浬、海瑠……ま、母さんのフォローは、うん。任せる。あんま、心配は掛けんなよ。振り回せるのならオレの周辺を大いに振り回せ。母さんにだけは、迷惑掛けんな。以上」
「「う、うん」」
流石にこの状況では二人もどうすれば良いか分からなかったらしい。只々カイトの言葉に頷くだけだ。そうして、わずかながらに行われた家族との会話はあっという間に終わりを迎える事になるのだった。
天音一家プラス二名の通信の後。カイトは非常に疲れた顔で通信室を後にする。と、そんな彼の顔を見て、次となる桜が驚きを浮かべた。
「ど、どうしたんですか?」
「……」
「くくく。今は放っておいてやれ。ちょいとショックが大きすぎてのう」
じとー、とため息混じりのカイトに対して、ティナが楽しげにフォローを入れる。それに、桜も困惑気味だったが頷いた。
「は、はぁ……」
「ま、良い事ではないか。ご両親の仲が良くて」
「……」
じとー。楽しげに告げたティナにカイトがジト目で睨みつける。が、何かを言うだけの気力は無いのか、ため息を吐いて歩いていく。
「はぁ……この年になってまた妹か……あ、頭が……クズハあたりが嫉妬しそう……あー……どうしよ……」
「へ?」
「……はぁ……あー……地球と繋がったら母さん達守る方法とかも考えないと、とは思ってたが……あー……」
「あ、あはははは」
ため息を吐いて歩いていくカイトに、桜もようやく事情を理解して半笑いでその背を見送る。確かに彼女も自分がそうならこうなるだろう、と思ったらしい。そうして、そんなカイトは一人通信室から離れて学園の端っこで遠い目をして、この日一日は終わる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1572話『地球からのメッセージ』




