第1562話 地球からのメッセージ ――ミカヤ――
戦闘の影響で常には封じているという魔眼が暴走するという事態に見舞われたカイトは、リーシャの助言を受けて専用の魔眼封じの眼帯を作製出来る人物へと接触する事となっていた。
そんな彼が接触したのは、旧知の仲であるミカヤ・ララツという女性向けブランドの一流デザイナーを務める男性だった。そうしてミカヤがオーナーを務めるファッションブランドの店へ来たカイトは、その後事務所へと通されていた。
「にしても……貴方のアポイントが無いなんてねぇ……今日の予定、改めて見せて頂戴」
「はい、オーナー」
ミカヤの指示に事務所で合流した秘書の一人が今日一日の予定表を提示する。今の時間はその予定表によれば、新製品の開発に関わる会議となっていた。どうやら会議を抜け出して来た、というわけなのだろう。
「ふむ……」
「あ、あの、オーナー……」
「あら、どうしたの?」
予定を確認しているミカヤであったが、その最中に秘書の一人が僅かに青ざめた顔で挙手する。この様子だと彼女が何かを知っていると考えて間違いないのだろう。
「もしかして、そのー……その方、昨日の夕方ごろに今日のアポイントのあった方……ですか?」
「……どう?」
「ああ。そのぐらいにウチ通して書面でアポ入れた筈だ」
流石に冒険部のカイトが電話でアポイント、というわけにもいかなかった為、カイトはマクダウェル家を通して書面でアポイントを取っていた。
今回、冒険部の長が怪我をしている事はマクシミリアン家、フランクール家両家が知る所だ。助成金を出したい、という事で冒険部の長として動かねばならなかったのだ。そしてここらにカイトが手抜かりが無い事はミカヤもよく知っている。故に僅かに眦を上げて、問いかけた。
「貴方まさか……」
「い、いえ! オーナー確か昨日、明日アポを入れたいと言っている冒険者が居るけどどうしますか、と聞いたら思いっきりしかめっ面で無理に決まってんでしょって。大方秋と冬間違えてんでしょ、冬のその日なら大丈夫だからそう返しときなさい、って。今日の朝一番でその書面送付したので……」
「……あ」
思い出した。秘書の言葉にミカヤが盛大に頬を引きつらせる。そうして、ゆっくりと顔を向けた先に居たカイトが怒鳴った。
「ミスってんの、お前じゃねーかよ!」
「あ、あはははは! ご、ごめんなさいねー! 冒険者って言うから、まさか貴方とは思わなかったのよ! 貴方が冒険者って印象が無いのよねっ!」
「そもそもお前と出会った時、オレ冒険者だったっての!」
「い、いやぁ! 懐かしいわねー! あの頃の可愛らしい子が、今ではこんなイケメンに! 時が経つのって早いわねー!」
眦を上げたカイトに、ミカヤが冷や汗をかきながら笑ってジェスチャーで抑えて抑えて、と制止する。そうして、しばらくのじゃれ合いの後、カイトが落ち着いたのでミカヤが改めて明言した。
「で、一応言っておくと今後はこいつのアポイントなら全てに優先して入れなさい。逐一私の指示を仰がなくて良いわ。あ、流石に皇帝陛下とかサリアちゃんの応対ならそっち優先だけどもね」
「「「は?」」」
ミカヤの明言に秘書達が仰天する。ミカヤは世界的な有名人だ。皇室にも衣服を卸している。会いたいという相手は多い。そういった予定より優先しろ、と言うのである。驚くのも無理はない。
「この子、ウチのお得意様よ。この子が私の本業の客として来た時の営業利益が桁一つ変わるぐらいのお得意様」
「「「え?」」」
改めて言うまでもないが、ここ三百年カイトはこの店に来ていなかったのだ。なので知らないでも無理はなく、秘書達が訝しげに首を傾げる。それに、ミカヤも隠す事なく教えてくれた。
「ああ、最近は来てなかったのよ。でもまぁ、これからはまたお世話になってくれそうね」
「有り難くない話ではあるが……まぁ、お前とリーシャ達には世話になる未来しかないんだろうなー……あ、そうだ。もう一人常連候補紹介するかもしれん」
「あら、うれし。誰?」
「ウチの弟。これもまた厄介な魔眼持ちでなー。こっちはメガネになりそうだ」
「あらー」
ご愁傷様。ミカヤは楽しげにカイトの言葉に慰めを送る。こちらは先天性の中でもカイトとは違い生まれてから普通に発動していたらしく、今はかなり強化されているらしい。
そろそろ彼に与えた魔眼封じのメガネでは対応出来なくなる可能性があるかも、とスカサハが残しており、ついでなので次に来た時にでも持って帰って貰おうと考えていたのである。
「可能なら、そちらを優先してやって欲しいんだが……」
「流石にリーシャが許さないでしょう。クズハもアウラも、なんだったらティナも許さないわね。勿論、専門家の一人として私は怒鳴りましょう」
「だわな。オレもその判断は支持出来ん。単に兄貴としての心情として、だ」
ミカヤの苦言にカイトもまた肩を落として首を振る。コントロールされている魔眼と、暴走している魔眼だ。どちらの対処を優先するべきか、と言われると後者としか言えなかった。
そして勿論、これはカイトも分かっている。それを分かっている事はミカヤも分かっている。というわけで、ミカヤは本題に入る事にした。
「さて、じゃあ本題に入りましょう」
「ああ……リーシャの診断書だ」
「ふむ……」
ミカヤはメガネを取り出すと、カイトが差し出したリーシャの診断書を見る。その目は真剣で、先程までのお調子者な印象が一変していた。
「お前、相変わらずメガネするのな。伊達だろ?」
「今だに2.0ね。身だしなみ一つで、気分は変わるものよ。着崩せば気分も着崩され、整えば自然と心も整う。ファッションは決して疎かにしてはならないものよ」
ミカヤは診断書を読みながら、カイトの問いかけにそう述べる。そうしてしばらくの後。ミカヤが一つ頷いた。
「相も変わらず無茶ばかりするものね」
「それがお仕事なので」
「貴方が無茶をすると泣く子が多いんだから、いい加減落ち着いてあげなさいな。本来、貴方は立場上、後ろでふんぞり返っているのが正しいでしょうに」
「ま、それが正しい意見なんだろうがね」
ミカヤの苦言にカイトは素直に僅かな苦笑を浮かべる。ここら、ミカヤは案外手厳しい上に本質を突いた意見を述べる。こういう忌憚のない意見を述べてくれる相手は、カイトにとって得難い存在だ。故に重宝していた。
「嫌な話だ」
「聞いたわね。あの時代の再来……何度と無く勇者カイトが戦った相手の復活。悪夢ね」
ぎりっ、とミカヤの奥歯から僅かに音がする。彼にとっても色々と失った時代だったのだ。その原因が復活したとあっては、思う所があったのだろう。と、そんな所に秘書の一人が問いかけた。
「あの……もしかしてオーナーって<<無冠の部隊>>の隊員だったんですか?」
「「ん?」」
秘書の問いかけに二人が揃って顔を上げる。が、これにミカヤが笑いながら首を振った。
「違うわ。まぁ、<<無冠の部隊>>に知り合いは多いけどもね」
「じゃあ、その……」
「オレか? オレは<<無冠の部隊>>の隊員で間違いはないな」
「確かに、間違いじゃないわね」
間違いはない。そう嘯いたカイトに、ミカヤもまた笑ってそう嘯いた。総大将だろうと隊員である事には間違いない。間違いではないのである。
「まぁ、長い付き合いか」
「<<無冠の部隊>>が結成される前からの付き合いかしらね」
二人が出会ったのは、カイトがまだ堕龍を追って世界中を回っている時の事だ。その際、とある里でとある人物の依頼で彼に出会ったのである。
「あ、そうだ。そう言えば、鈴仙ちゃん元気?」
「元気、と言われりゃ元気は元気だな。呼んでも来てくれないけどな」
「あらら。警戒されてるかしら」
「おもちゃにしてやるからだろ?」
ミカヤの問いかけに答えたカイトは鈴仙を顕現させようにも非常に強力に拒否されているのを受け、楽しげに笑う。それに、ミカヤもまた残念そうだが少し楽しげだった。
「あら……似合うと思うのに」
「似合ったな。意外と気に入ってもいたらしいぜ? えっと……ここらに写真が……お?」
「あら……」
人型で顕現した鈴仙にカイトとミカヤが楽しげに笑って、一方の彼女は眦を上げていた。そんな彼女であるが、どこかミカヤに顔立ちが似ていた。とはいえ、はっきりと似ているとは言い得ず、似てるかな、という程度だ。
「出すな。潰すわよ」
「おう。出さない出さない」
「ええ、出す必要は無いわねー」
「?」
楽しげに鈴仙の言葉に同意したカイトとミカヤに、鈴仙は首を傾げる。が、ついにカイトが堪えきれなくなった。
「あっはははは! シルフィだな!? こんないたずらしでかすのは!」
「惜しいわぁ! これならモデル依頼したのに!」
堪えきれなくなって爆笑する二人に、鈴仙は己の姿を観察する。そして、自分の衣服がミカヤデザインの服――ただし鈴仙限定で作る可愛らしい物――である事に気が付いて、顔を真っ赤に染めた。
「……笑うな、クソ兄貴! ついでにあんたもいつまで笑ってんのよ!」
「とっ!」
「顔はダメよ!? モデルの仕事があるの!」
顔を真っ赤に染めた鈴仙に殴り掛かられ、カイトとミカヤが楽しげに回避する。兄貴。その言葉が示す意味は一つしか無い。一般的にミカヤという名かつ彼があまり経歴を話したがらないので知られていないが、実はミカヤは龍族だった。その異母妹が鈴仙だった、というわけである。
カイトが彼と知り合ったのも、元はと言えば鈴仙の依頼だった。そうしてしばらく主従と兄妹のじゃれ合いが交わされ、カイトが鈴仙を羽交い締めして終わる事となった。
「はぁ……はぁ……」
「どぅどぅ……流石ウチ一番のじゃじゃ馬娘……暴れると手が付けられん」
「あはは。楽しいわねー。こういう事、ウチはあまりしなかったし」
「……」
肩で息をしていた鈴仙であるが、一転して抵抗をやめて拗ねた様に口を尖らせる。こう言われては何かを言える事は無かったらしい。
「あの、オーナー? その方は……」
「ああ……まぁ、貴方達には良いかしら。私の妹よ。ちょっと故あってね。この子と一緒に居るのよ」
「妹……居たんですか?」
ミカヤの来歴はほとんど知られていない。おそらく詳細を知っているのは、マクスウェルではカイトとユリィ、後は彼の妻ぐらいなものだろう。ティナだって当人が隠している事を暴き立てる必要はない、と軽くは知っていても詳細は知らない。
「まぁ……色々とあったのよ」
「そうだなぁ……」
カイトとミカヤは大昔を思い出し、僅かに懐かしげに笑った。鈴仙の名を見ればわかるが、ミカヤという名は偽名だ。ララツというのも妻の姓。本名は里を出た際に捨てたそうだ。
「思えば長いものね。その子の依頼で貴方が来て……」
「あはは。最初聞いた時は驚いたもんだ。お前が腕利きの装具士だってな。しかも超一流だとはな」
「どうせなら好きな事をして生きよう、と思ってたらこんな所まで来ちゃってたのよねー」
「私だって兄貴がそんな性格なんて知らなかったわよ」
拗ねた様に口を尖らせた鈴仙もどうやら、その当時を思い出したらしい。まぁ、ミカヤが先に僅かに怒っていた理由なぞ言うまでもないだろう。彼女が殺されたからだ。
ある理由から実家と軋轢を抱え里を放逐されていたミカヤを唯一気にかけていたのが、彼女だった。それ故ミカヤもまた異母妹である鈴仙だけは気にかけており、その彼女に頼まれてミカヤに会いに行ったのが、カイトとミカヤとの出会いだった。
「なっつかしいな。お前にぶん殴られたんだっけ」
「あ、あれは貴方が悪いでしょ。あれはどう考えても、鈴仙ちゃんを襲ってる様にしか見えなかったわ」
「数カ月後には本当に襲われたけどもね」
「人聞き悪いな、おい……でも、ま。あの時のお前のドスの利いた声。凄かったなぁ」
「もうっ」
楽しげなカイトに、ミカヤは恥ずかしげにそっぽを向く。まぁ、そんなこんながあって結果、鈴仙はなんだかんだとカイトの使い魔に収まっているらしかった。で、その縁で彼もまたマクスウェルで店を出すに至ったのであった。そうして脱線した話は戻る事もなく、しばらく続く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1563話『地球からのメッセージ』




