第1560話 地球からのメッセージ ――勝利と手当て――
圧倒的な戦闘力を見せつけて召喚獣を片付けたカイト。彼は戦闘を終えると、流石にその場に腰を下ろした。
「ふぅ……流石に少し疲れたな」
「おつかれー。はい、スポーツドリンク」
「おう、サンキュ」
ユリィの差し出した水筒の蓋を開けて、カイトは中のスポーツドリンクを口にする。久しぶりに遊べたのだ。僅かに汗を掻いていた。まぁ、これは遊んだから汗を掻いたわけで、本気でやっていれば汗も掻かなかっただろう。相変わらず最強とは伊達ではなかった。
「にしてもマネージャーかよ」
「せんぱーい。あんまり女の子口説かないでくださいねー」
「あはは」
部活のマネージャーっぽく冗談を口にしたユリィに、カイトは笑う。そうして少し休憩した後、カイトは再び立ち上がった。
「さて……瑞樹」
『なんでしょう』
「無事か、とは問う必要も無いが……どんな調子だ?」
『それはこちらのセリフ……あら?』
どうやら瑞樹はカイトがいつの間にか戦闘を終えていた事に気付いていなかったらしい。まぁ、ユリィの支援というか隠蔽もあった。仕方がないといえば、仕方がないだろう。
「ああ、こっちはもう終わった。大本潰しゃ消えるかと思ったが……そうでもなかったか」
『いや、それよりあんた。その右目は?』
「んー。名誉の勲章?」
魅衣の問いかけにカイトは僅かに苦笑する。まぁ、あながち間違いでもないだろう。あれについては油断していようがいまいが一緒だ。
「ま、少しの間お前らを両目で見れないのはオレとしちゃ非常に無念だが……別に右目が潰れたわけでもなし。少しの辛抱だろう」
『……はぁ。カイトさんらしいですわね。で、現状ですが……あ、魅衣さん』
『はいよ』
カイトの返答に呆れた瑞樹は魅衣と共に異形の召喚獣が呼び寄せた異形の人形を掃討しながら、現状を報告する。どうやら異形の人形はそこまで強いわけでもないらしい。更にはカナンが加わった事もある。徐々に殲滅の速度は上がっているらしい。
『と、いう感じね』
「そうか。なら、オレも支援するか」
片目を封じた状態でも大本たる異形の召喚獣を圧倒したのだ。雑魚である異形の人形が無数に群れていた所で問題にもならない。更に言うと大群の掃討とは彼の得意分野だ。故に、彼は空中に浮遊するや無数の武器を創造して、一気に解き放った。
「ん?」
『あんまり無茶しない。この姿ならばれないでしょ』
「……サンキュ」
自身の意思とは別に顕現したレイア程度の大きさの女龍に、カイトは苦笑混じりに感謝を述べる。どうやら魔眼が暴走しながら色々とやる彼を見て、鈴仙が出て来たというわけなのだろう。こういう場合彼女の<<龍の咆哮>>は有用だ。そうして、カイトは鈴仙、ユリィと共に一気に異形の人形を掃討していくのだった。
さて、盗賊団との戦闘開始からおよそ一時間。その頃にはなんとか召喚された全ての生命体の掃討戦を終えていた。
「これで……最後! 瑞樹!」
「ええ! レイア! 最後はド派手にいきますわよ!」
レイアの背に跨った魅衣がつららの雨を降らせ、最後の数体を纏めて串刺しにして地面へと縫い付ける。そしてそんな彼女の声掛けに、瑞樹がレイアの上から大剣を魔導砲モードにしてレイアと共に砲撃を放った。それは逃れる事の出来ない異形の人形へと襲いかかり、一瞬にしてその姿を消し飛ばした。
「……これで終わり?」
「……かと」
魅衣の問いかけに瑞樹は周囲を見回しながら頷いた。とりあえず、これで終わりで良いのだろう。周囲ではこの戦闘に引き寄せられた魔物との戦闘が起きているが、周囲に展開した二つの貴族の軍の飛空艇による砲撃で、それももうすぐに終わるだろう。と、それを受けてカイトが全員へと通信を入れた。
「二人共、おつかれ。そして全員お疲れさま。カイトだ。まだ少し戦闘は続いているが……軍だけで十分だろう。一旦負傷者を収容するとの事だ。負傷者救護用の飛空艇がこちらに来る。可能なら天竜達で移送を手伝ってくれ」
『わかりましたわ……各員、散開してけが人の収容を』
カイトの指示を受け、瑞樹が竜騎士部隊へと指示を飛ばす。そうしてしばらくすると、二つの軍が合同で運用する事になった飛空艇が盆地中央に着陸する。
「ん? そこの貴方!」
「え? あ、はい?」
けが人の収容に力を貸していたカイトへと軍医が声を掛ける。それに、カイトが首をかしげたそんな軍医はカイトの目を見ており、急いでくる様に指示する。
「その怪我。ここで負ったものですね? けが人の収容よりまず自分の怪我の治療を優先してください」
「え、あ、いえ。これは……」
どう説明したものか。カイトの目の覆いを外そうとする軍医に対して、カイトは僅かに説明に苦労する。とはいえ、別に隠す必要があるわけでもない。故に彼は隠さず話す事にした。
「さっきの交戦で魔眼が暴走させられまして……拠点の方に主治医が居ますので、彼女に見てもらいます」
「魔眼の暴走? 魔眼封じの眼帯がありますよ」
「あ、それを一つ頂いて良いですか?」
「ええ」
魔眼の暴走というのは実は比較的起きている事で、軍では魔眼の暴走に備えた医療用の眼帯を常備している。勿論、その程度でカイトの魔眼を封ずる事は出来ないが、ここで長々と説教を食らいたいわけでもない。
というわけで、カイトは右目を閉じてユリィが応急処置として巻き付けた布を外した。これもこれで応急処置用だ。どちらが良いか、と言われるときちんと身に着ける仕組みになっている眼帯の方が良かった。
「はい、こちらが魔眼封じの眼帯です。拠点に帰還後、即座に主治医に見てもらってください」
「はい、ありがとうございます」
少なくとも頭に布がぎゅうぎゅうに巻き付いている感覚だけは無くなった。その一点についてはカイトとしても有り難い事で、それ故に本心からの礼を述べておく。そうして、彼は再びけが人の収容に手を貸す事にするのだった。
けが人の収容が開始されておよそ半日。その頃にはカイトはなんとかフランクール領の領主が治めるフランクールへとたどり着いていた。
何故か、というと今回の事態と討伐対象となっていた盗賊団の壊滅を鑑みて領主が直々にカイト達に礼を言いたいとの事だった。それだけ、あの盗賊団には苦労させられていたという事だったのだろう。
「今回は君達の活躍に感謝している。この事は必ず皇帝陛下へも報告しておこう」
「ありがとうございます」
「うむ」
カイトの返答にフランクール伯爵は一つ頷いた。彼は40代中頃の男性だった。そうして少しの社交的なやり取りと今回の活躍に対する特段の謝礼について僅かばかりの話し合いが持たれ、謝礼についてはマクシミリアン家と話し合って冒険部へと渡される事となる。
「にしても……素晴らしい腕前だったと聞く。その君をして、手傷を負わされたか」
「いえ……これは私が油断していたのが全て。熟練の冒険者であれば、無傷で討伐してみせたでしょう。まだまだというだけです」
「いや、未知なる相手との戦いにおいて、不可避の一撃はあるものだ。。そういう意味で言えば、あれだけの相手に片目で済ませた君は十分に素晴らしいと言って良いのだろう」
カイトの謙遜に対して、フランクール伯爵は称賛を返す。ここら流石にカイトが魔眼の暴走を受けた事は隠す事は出来なかった。そもそも眼帯をしているし、軍医からカイトの怪我は報告されている。
そしてこの怪我については自分の領民を守る為に負った傷だ。統治者たるフランクール伯爵としては最大限の称賛を送るのが筋だった。
「ありがとうございます。そう言って頂ければ、この目の疼きも納得出来ます」
「うむ……それで、その治療に必要な物があればぜひとも申し出たまえ。我が民を守るべく負った傷。その治癒は私の責務でもある」
「ありがとうございます」
重ねての名言にカイトは頭を下げる。そうして一頻りの称賛が終わった所で、次いでフランクール伯爵はロヘルを見た。今回、カイトの手を借りつつも異形の召喚獣が呼び寄せた異形の人形の大半は彼らが退治した。なのでその功労者の代表として、彼とジェイコブも呼ばれていたのである。
「それでロヘル少尉。貴官もよく隊を無事に帰還させた。隊員の大半が帰還出来たのは君の腕が確かだったからだろう」
「ありがとうございます」
「うむ。此度の任、まさかここまでの大事になるとは思っていなかったが……全てを盆地内にて仕留められたのはまことに幸運であった。盗まれた物資については失われた物も多かったが……よくぞ大半を取り戻した」
「はっ」
フランクール伯爵の称賛にロヘルが頭を下げる。盗まれた物資を全て回収する事はやはり出来なかった。あの異形の召喚獣が暴れたからだ。とはいえ、それでもカイトが本体を、ロヘル達が異形の人形を引き付けた事で、それでも大した被害も無く回収する事が出来ていた。
幸いな事に天桜学園の物資も無事だった。召喚術師は珍しい魔石の付いたネックレスをブームソン商会が手に入れた事を知っている。ついでなので何かに利用しよう、と思ったのか彼が首からぶら下げていてカナンが回収したのであった。大方、盗賊達には召喚のサポートに使えるとでも嘯いたのだろう。
「うむ……貴官らには一週間の休養を命ずる。療治の酒でも届けさせよう。ゆっくりと治療に専念すると良い。貴官もその足を早急に治療し、また我が軍にて働いてくれ」
「はっ! ありがとうございます!」
フランクール伯爵のねぎらいの言葉にロヘルが軍礼で応ずる。そんな彼はやはり戦いで浅くはない手傷を負っており、右足を負傷していた。それ以外にも顔には少し大きめの絆創膏が張られており、かなりの激闘があったのだと察せられた。それでも五体満足に帰還出来た分、彼も悪くない腕なのだろう。そうして今回の功労者達に対するねぎらいが終わった後、カイトは一晩休んだ後、マクスウェルへと帰還する事にするのだった。
さて、マクスウェルへと帰還したわけであるが、カイトはギルドホームに帰還するとそのままリーシャの所へと直行させられていた。というわけで彼女の診断を受けながら、カイトはやってきたティナと今回の旅路の話をしていた。
「なるほどのう。それは油断じゃったな」
「まぁな。距離を取るべきだった」
ティナの苦言にカイトもまたため息を返す。今回、あの距離だったから防げなかっただけだ。例えばティナの様に戦闘においては最低でも十数メートル、普通には数十メートル程度の距離を取っていれば、目を合わせた所で防御は可能だった。近接戦闘を主とするカイトに言っても詮無きことではあるが、それでも対処可能であるとわかっているのなら反省はするべきだろう。
「で、リーシャ。こやつの状況はどうじゃ?」
「……そうですね。あまりよろしくはありません。カイト様の魔眼は最上位の魔眼の一つ。常には使わない様ご自身が封印しているわけですが……今回は特殊な事情が相まって暴走してしまっている様子です」
ティナの問いかけを受けたリーシャがカイトの魔眼の診断結果を報告する。そんな彼女はカイトの魔眼専用の魔眼封じの眼帯の手配を行っていた。流石にカイトの魔眼になると、専門の製作者が必要だ。表向きの偽装を考えても診断書や許可証等を作る必要があった。
「ですので、魔眼についてはしばらく展開状態になってしまうでしょう」
「どの程度じゃ?」
「一ヶ月……いえ、二ヶ月は見繕うべきかと」
「大体、教国行きまでは取れそうにないか」
やっちまったか。カイトは現状を改めて見直して苦い顔だ。二ヶ月先には実は教国行きが決定しており、カイトは冒険部代表として教皇ユナルとの謁見が控えている。その場で怪我を見せたくはなかったのだが、こればかりは職業柄仕方がないと考えるべきだろう。
「そうですね……暴走が不安でしたら、私も同行致しますが」
「……そうだな。悪いが頼む。教国側にも怪我により主治医が同行する、と言えば問題は無いだろう」
今回、カイトの謁見だけは絶対となっている。教皇ユナルたっての希望らしい。なのでよほどの怪我ではない限りはカイトの同行は確定していたし、それなら医師の同行は認められるだろうと考えていた。暴走が怖いのは教国側も一緒だ。なら、慣れない医師より主治医が同行する方が向こうとしてもよほど良かった。
「わかりました。では、支度を」
「すまん」
「はい……はい、出来ました。では、こちらをお持ちください。必要はありませんが……」
「わーるい。じゃあ、ティナ。取り敢えずアポ取ったら、ちょっと行ってくる」
「うむー」
リーシャが手渡した診断書を受け取ったカイトは彼女に礼を述べると、次いでティナへと後事を託す。流石に怪我をして、周囲に迷惑が掛かるかもしれない状況だ。通信機の起動には立ち会わねばならない事を考えれば、即座に魔眼の対処をせねばならなかった。そうして、カイトは帰還してすぐではあったが、その翌日に冒険部の運営をティナに任せて専門家を訪ねる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1561話『地球からのメッセージ』




