第1558話 地球からのメッセージ ――対召喚獣――
時は戻り、現在。利用した盗賊団の大半を始末した召喚術師はというと、満面の笑みを浮かべていた。
「素晴らしい……素晴らしいぞ、この力!」
改めて言うまでもない事であるが、異界の存在を召喚したのはこの召喚術師だ。そしてカイトの見る限りでもコントロールは取れている。腕は確かな物と言って良いだろう。故にこの召喚術師はこの召喚獣の力がどの程度の物かを認識しており、まだ本気を出していない事はわかっていたのである。
「にしても、ふむ……噂には聞いていたが。まさかあそこまでの力を持つとはな」
「大丈夫なのか?」
「勿論だとも」
召喚術師は自分に寝返った盗賊の一人の問いかけに余裕の笑みで頷いた。彼らの視線の先には、カイトが立っていた。彼が何度と無く召喚獣の砲撃を防いでおり、先の召喚術師の言葉と合わせて盗賊達が召喚獣の実力に疑問を抱いても仕方がなかった。
「まぁ、見ておけ……さぁ、やれ」
召喚術師の意思を受け、ぽぅと杖の先端に取り付けた魔石が光り輝く。そうして召喚獣が吼えた。
『ゔぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
「「「っ……」」」
聞くに堪えないノイズにも似た声が放たれ、盗賊達が顔を顰める。が、どうやら召喚術師は所謂悦に入るという状況らしく、そんな声さえ心地よさげだった。が、その召喚獣の力は確かで、その次の瞬間には彼らにも異変が理解出来た。
「なんだ……?」
「何かが……居る?」
「ふふふ……この魔方陣からは出るなよ? 一息に餌になるだけだぞ? 奴らは常に空腹だからな」
召喚獣の雄叫びと共に周囲に満ちた漆黒のモヤを見て、盗賊達が僅かに背筋を凍らせる。その中には明らかに『何か』が潜んでいた。その『何か』を確認したいとは、盗賊達は毛ほども思えなかった。が、その一方のカイト達はというと、直視せざるを得ない。
「ロヘル少尉! 敵が来ます!」
「わかってる! 召喚獣、頼んで良いな!」
「ええ!」
逃げるわけにはいかない。何らかの存在を召喚した召喚獣にロヘルは撤退を取り止め、迎撃に打って出るべく隊列を大急ぎで整えていた。この相手がなにかわからないのだ。もしまかり間違ってこの盆地から外に出て被害が出たら、と思うと恐怖でしか無かった。
「ゾンビ、に似た何かと言うべきか」
「どうする? 私もあっちやる?」
「……」
どうした方が良いだろうか。ユリィの問いかけにカイトは僅かに思考する。モヤの中から現れたのは、人面瘡の様に身体中に口がある異形の人型。と言っても足で動くわけではないのか、足元には闇の水たまりが出来ていた。
身体そのものも闇に似た何かで構成されており、見様によっては邪神の眷属にも似ている。が、それとは全く別だろう。強さの程度も不明だ。あまりに未知の情報が多すぎる。そうして、しばらくの思考の後。カイトは首を振った。
「……いや、今回はキャンセルだ。こっちの支援を頼む。その代り……三葉。今すぐティナに連絡を入れて、魔導殻を転送させろ。盛大にやって良い。一葉と二葉は三葉の支援を」
『はーい。きちんと選別もやるよー』
『マスター。三葉の抑制はこちらで』
この状況だ。魔導殻を出さねば後手に回る可能性は十分にあり得る。というわけでティナよりの支援を受け取るべく一度離れた彼女らを横目に、カイトは更に指示を出す。
「任せる……ホタル。一旦お前も上空へ出てロヘル少尉達の支援を」
「はい、マスター。ガトリング砲の使用許可を」
「許可する。必要とあらばランチャー系も使用しろ」
「了解……作戦行動に入ります」
カイトの指示を受けたホタルが浮かび上がり、ガトリング砲を顕現させる。そうして、全ての手配を整えたカイトは改めて前を向いた。
「さて……相当余裕ぶっこいてる様子だが」
手配を整える間一切動きを見せなかった召喚獣を見据え、カイトは首を鳴らす。どうやらかなりの自信があるらしい。増援として異形の存在を呼び寄せてはいたものの、こちらに襲いかかって来る様子は一切無かった。
「オレとこいつの組み合わせでちょっとは楽しめる程度ではあるんだろうな?」
「さぁね……じゃあ、カイト。こっちは準備オッケー」
「よっしゃ」
自らの肩に腰掛けたユリィの返答にカイトは獰猛な笑みを浮かべる。そして召喚術師もまた、それを開戦の合図と見て取ったようだ。再び杖の先端の魔石が淡い光を放った。そうして、滑る様に人型が動き出し、召喚獣の口腔に強大な魔力の光が迸る。
「はぁ!」
だんっ、と地面を蹴って駆け出したカイトは一切の躊躇いなく召喚獣の放つ魔力のレーザーの中に突っ込んで、大剣の切っ先を前にして切り裂く様にして相殺する。
「おぉ、やるではないか。では、もう少し出力を上げる事にしよう」
「っ!」
突っ込んできたカイトに召喚術師は楽しげな笑みを浮かべ称賛を述べると、再度異形の召喚獣へと指示を出して口腔から放たれる光条の力を上げさせる。
そうして唐突に上がった力に対して、カイトは僅かに押し負けて地面を滑る。が、その彼の顔には笑みが浮かんでいた。そして、次の瞬間。召喚獣の顔面目掛けて斜めに極光が放たれる。
「ふぁいやー!」
「何!?」
ユリィにより放たれた魔力の放出により、召喚獣の顔が大きく打ち上げられる。そしてそれに合わせて魔力の放出の軌道が変わり、雲を切り裂いて遥か彼方へと飛んでいった。
「こちとら、今回は相棒と来てるんだよ!」
遮る物の無くなったカイトは再度地面を蹴って、一瞬で召喚獣へと肉薄する。そうして一切の容赦なく大剣で召喚獣の身体を切り裂いた。が、そうして返ってきた手応えに思わず目を見開いた。
「見事見事。まさかそこまでの腕とは思っていなかったぞ……おかげで第一の封印を解かなければならなかったではないか」
「ぐっ!」
楽しげに告げた召喚術師に対して、カイトは腕の拘束を解かれた召喚獣により総身を思い切り握りしめられていた。彼の斬撃の直前。召喚術師が拘束を解いて腕を自由にして、大剣を掴まれたのだ。そして一瞬の押し合いとなった瞬間、逆の手が彼へと襲いかかったのである。
「さて……このままオチビさんの目の前で握りつぶしてやるとしよう」
「っ……」
両腕で握りしめられ、カイトは僅かに苦悶の表情を浮かべる。どうやら、この召喚獣も相当な馬鹿力らしい。中々に本気でやらないと拘束から逃れられそうにはなかった。と、その次の瞬間だ。唐突に魔力の光条が召喚獣の頭へとぶち当たった。
「瑞樹か! 助かった!」
どうやらカイトが捕まったのを見て、瑞樹がレイアによる<<竜の伊吹>>を放ってくれたらしい。更には魅衣によるブーストもあり、僅かながらにでも召喚獣を怯ませる効果があった。どうやら彼女らもマクシミリアン軍側を襲撃する異形の人形へと上空から攻撃を仕掛けていたらしい。
「おぉおおおお! ふんっ!」
「ふむ……うるさいコバエが多いな」
一瞬のひるんだ隙を利用して拘束から脱出したカイトに対して、召喚術師は瑞樹達を見て不快そうに顔を顰めていた。そうして、彼は再び僅かに杖を掲げる。
「やれ」
「やらせると思うか!」
口腔に再び魔力を溜めた召喚獣に対して、カイトは至近距離であることを利用して篭手を顕現。その横っ面をぶん殴って光条の軌道を変えさせる。そんな彼を見て、召喚術師が僅かに目を見開いた。
「む……幾ら対象外だからとこいつの反射神経を超えるか」
「おぉおおおお!」
召喚術師の驚きを尻目に、カイトは異形の召喚獣と拳打による殴り合いを演ずる。殴り合いは得意ではないが、仕方がない。この距離だと刀を振るうより拳打の方が早い。更には手数を重視して自身に注意を向けさせねば、軍用の飛空艇さえひとたまりもないだろう。
「ふむ……」
「お、おい……大丈夫なのか?」
「あぁ、それは問題はない。なにせあれはまだ幾つもの封印を仕掛けている。高々第一の封印を解いた程度で勝ったつもりになられてもな」
カイトの猛攻に耐えるだけに見える召喚獣を見て、不安になったらしい。盗賊の一人が問いかければ、召喚術師は特に不安な様子も無く平然と答えた。実際問題として、現在あの召喚獣はまだ目は閉ざされているし、下半身は未だ魔法陣の中だ。召喚術師が余裕を見せていても不思議はない。
「にしても、解せん。あの少年……本当にランクAか?」
明らかに戦い慣れしている。エネフィアに転移して十数ヶ月しか経過していない、というにはあまりに可怪しい戦闘に対する適性だ。確かに今までカイトが経験してきた戦いを鑑みれば可怪しいではないが、それでも召喚術師にはあまりに戦い慣れし過ぎている様に思えた。
「ふむ……」
ここら、召喚術師はやはり腕利きと言ってよかった。殺すには惜しい、更には殺す為に費やす戦力を鑑みれば放逐が一番良いとされても不思議はない腕前だった。それ故、彼はカイトが明らかに可怪しい事を把握すると即座に念を入れる事にした。
「っ!」
拳打の応酬を続ける最中。カイトは思わず目を見開いた。唐突に異形の召喚獣の目を覆っていた覆いが解けたのだ。そうして、片側の窪んだ眼窩と濁った瞳が現れる。
「ぐっ、あぁあああああ! ごふっ!」
『ぎゃぁあ゛あ゛あ゛あ゛!』
異形の召喚獣の視線とカイトの視線が交差した瞬間。彼が唐突に悲鳴を上げ、その瞬間を見定めて異形の召喚獣が彼を殴り飛ばす。が、その直後。異形の召喚獣も苦悶に近い悲鳴に似た声を上げた。
「カイト!?」
「大……丈夫だ! ぐっ!」
ユリィの魔糸で絡め取られ地面への激突を防いだカイトであるが、彼はユリィへと無事を示しながらも苦悶の表情で右目を抑えていた。そんな彼に驚いたのは、召喚術師だ。
「ほぉ……まさか先天性の魔眼持ちだったとは。しかもよほど高位と見える。幸運と言うべきか不運と言うべきか……」
「なん……ってことしやがる!」
右目を押さえながら、カイトが召喚術師へと悪態をつく。それに、召喚術師は事もなげに笑っていた。
「そこまで怒らないでも良いだろう。本来は一時的に魔眼を与えてやるだけなのだがね……おっと。目を封印しておかねばな。しばらくこれは使えんではないか」
「……それだけじゃないだろう。魔眼を暴走させる力も付与される……ぐっ!」
「ははは。ただでくれてやるほど、世の中甘くはないのだよ」
やられた。カイトは苦悶の表情を浮かべる自身を上機嫌に笑う召喚術師に対して、暴走しそうになる右目を抑え込み忌々しげに舌打ちする。
異形の召喚獣という事で注意はしていた。が、それでも不可避のタイミングはある。打ち合いの最中のゼロ距離で封印が解け、それを認識した瞬間にはアウトなぞ幾ら彼でも回避不能だ。
唯一ティナが即座にキャンセルしてみせる――そもそもゼロ距離にはならないだろうが――だろうが、彼女ぐらいしか今のは対処しようがない。
「カイト、行ける?」
「問題はねぇよ。この程度で負ける程、オレは雑魚じゃねぇな。後でリーシャに怒られる方が問題だ」
魔眼を一時的に抑制する力を持つ布をカイトの右目に巻きつけるユリィの問いかけに、カイトは僅かに忌々しげに肩をすくめる。魔眼の暴走については後ほど考えるだけだ。今はとりあえず、この敵を何とかする必要があった。
「さて、どうする……?」
片目だけでカイトは敵を見据える。これでまだ本気ではないというのだ。中々に厄介と言って良い。とはいえ、状況等を考えればカイトには笑みしか浮かばなかった。
「ユリィ。一つ頼めるか?」
「りょーかい。サポートに入るね」
「頼む。たまには、遊ぶかね」
「あまりはしゃぎすぎないでねー」
苦戦していたはずなのに余裕を見せたカイトに、ユリィもまた何時もの笑みを浮かべる。この程度苦戦とも呼べない。単にちょっと油断してかすり傷を貰っただけだ。
「……ふむ」
唐突に漂ったあからさまな異変に、召喚術師は一気に警戒と訝しみを露わにする。間違いなくカイトはランクSの冒険者にも匹敵、もしくは遥かに上回る力を放ち始めたのだ。
「……第三封印まで一気に解除しろ」
これは油断してはならない。召喚術師はそう判断すると、迷いなく最後の一歩手前までの封印を解除する。これ以降先になると、暴走の危険が大きすぎて彼もやりたくない。正真正銘、彼の本気と言って過言ではなかった。そうして、両者本気になった事で第二幕が幕を開けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1559話『地球からのメッセージ』




