第1557話 閑話 地球からのメッセージ ――事態の真相――
少しだけ、話は横道に逸れる。カイト達が盗まれた物資。それは楓がマクシミリアン領のある商家と交渉して、なんとか手に入れてもらった物だ。
そこで、一つの疑問が出る。商家ならエネフィア一の大都市と言われるマクスウェルにも居る。なのに何故隣の領土であるマクシミリアン領の商家に頼んだのか、という事だ。勿論、その理由はきちんとあった。それは今から一週間前の事だ。
「わかりました。では高純度の六属性複合の魔石ですね」
「ええ」
商人の確認に楓は頷く。重要なのは確かに『時空石』だが、この通信機の作製にあたり他に幾つもの特殊な素材を使っている。その中の一つに、これがあった。
幾つもの属性の力を内包する特殊な魔石。これは滅多な事では産出されず、おまけに決まった産地があるわけでもない。魔石が取れる鉱脈に極稀に存在している物だった。
それが六属性にもなると、その希少価値は物凄い物になる。今回、それを入手出来たのがこの商人だったというわけだ。幸いカイトが懇意にしている商人の一人で、それ故に欲しいと言った時、彼も快諾を示して――背後に皇国が居た事も大きかった――くれたのである。
「まぁ、本来もなら色々とお値段が張る品なのですが……アマネさんにはお世話になっている。今回はお勉強させて頂きましょう」
「ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず……ただ、現在この魔石を使ったネックレスはハイゼンベルグ領にあります。色々と他にも一緒に仕入れまして……その積荷の中に。輸送は陸路で、更には色々な梱包が必要になるのでおよそ一週間程掛かると思いますが……大丈夫でしょうか?」
ビジネス向けの笑顔で頭を下げた楓に、商人が改めて問いかける。これに、楓が頷いた。そもそもこの時点でカイト達の作業が一週間以上掛かるかも、と言われていたのだ。輸送で一週間なら十分に許容範囲だった。
「ええ、大丈夫です。確か古美術品を扱っている、のでしたね?」
「ええ……今回は運良くハイゼンベルグ領で開かれているオークションで色々と買う事が出来まして。お求めの魔石もそこで、と」
古美術品を扱っている。そう問われた商人は笑顔で頷いた。どうやら良い買い物が出来たらしい。
そうして幾つかの話し合いの後、楓は商談を締結させると少しの雑談を行う事になった。
「そういえば……今回は他にどのような物を手に入れられたのですか?」
「ああ、オークションですね。今回は先のネックレスを筆頭に、少々特殊な物を手に入れる事が出来まして」
「特殊な物?」
「ええ……そうだ。これはもしかすると、ギルドマスターさんもお気に召すかもしれません。彼は今確か、皇帝陛下よりの命により出掛けているのでしたね?」
「ええ。それ故、私が代理として」
カイトが出ている事は隠す必要が無い、と彼より言われていた。故に嬉しそうに問いかけた商人に対して、楓ははっきりと頷いた。そんな彼女を見て、商人が口を開く。
「では、お帰りになられたのなら是非、当店……本店へとお越しを、とお伝えください」
「それほどの物を?」
「ええ……そうですね。よろしければ貴方もご来店ください。歓迎しましょう」
どうやらよほどの物を手に入れられたらしい。自信満々の商人の顔で楓はそれを理解する。しかも興味を見せた楓の表情を見てもなお、どういう物か教えるつもりはないらしい。そういった事を見て、楓はこの商人が何を考えているかを理解した。
(ウチじゃ買えないだろうけど、その目を頼みに称賛が欲しい、という所ね)
現在、カイトの社交界における評判は実はすこぶる良い。それもこの古美術商の様に、美術系の商人や貴族からの評判が特に高い。少なくとも芸術関連においてマクダウェル近郊で無視出来ない程ではある。
この間の二つ名の授与式の後の夜会での貴族達の会話や、アマデウスと懇意にしていた事が評価されたそうだ。更には彼の私室に入った事のある商人達や貴族達も彼の部屋の内装の良さを評価している。そういった事があり、何らかの目玉への彼の称賛が欲しいと言う事なのだろう。
「……分かりました。お伝えさせて頂きます」
「ありがとうございます。入荷したらこちらからもお伝えさせていただきましょう」
どうやらこの目玉とやらに相当に入れ込んでいるようだ。楓はそう理解すると、笑顔で快諾する。そしてここら、カイトも無碍にはしない。彼は商人達の強さを知っている。故に報告の義務があるだろう、と考えていた。そうして、楓はそういった事を考えながら帰還するのだった。
それから、一週間。瑞樹に増援要請が入る一日前。楓はこの商人より荷物が今日か明日には到着する、という連絡を受けて商人の所へとやってきていた。そうして彼の店へとやってきて見たのは、大慌てで何かの作業をする従業員達だ。
「これは……」
「おぉ、これは桜田さん」
「あ、こんにちは」
どうやら商人自らが陣頭指揮を取っていたらしい。楓に対して頭を下げたのを受けて、楓もまた頭を下げる。そうして少しの挨拶の後、楓が本題に入った。
「で、ご用件はご依頼の品で?」
「はい。確か先週のお話では今日か明日には到着する、というお話でしたので……」
「ええ。確か今日明日には到着する筈です。と言っても、まだ連絡が来ていないので詳細はわからないのですが……」
商人の言葉に楓は少し気が急いたか、と考える事にする。やはりこの世界だ。どうしても一日二日は遅れる事はある。一応開店から少しして来たが、まだ少し早かったという事なのだろう。
「いつ頃、お分かりでしょうか」
「そうですな……昼過ぎには確実にわかっているでしょう」
「わかりました。では、その時にまた」
どうにせよ今回の依頼の品が無いとにっちもさっちも行かないのだ。なので楓はそれまでの間時間を潰す事にする。そうして時間を潰して昼過ぎに店に行くと、どうやら商人が言い含めてくれていたらしい。すぐに彼の所へと通された。
「おまたせしました。実は貴方が帰られてすぐに連絡が来ましてな。どうやら到着は明日になりそうです」
「明日ですか?」
「ええ……どうやらフランクール領の関所前で急な雨に打たれたらしいのです。それで立ち往生して、丁度関所に入れたのが先ごろとの事。今から申請して、出発は明日の朝になるだろうと」
「そうですか」
ここらは先にも言っていたが、この世界ではよくある事だ。それに今回はかなり高価な品を積んでいる。関所での検査も厳しくなっており、時間が掛かってしまうそうだ。この時間が掛かる要因には当然、天桜が仕入れた魔石もある。故に楓としても仕方がないと諦める事にした。そうして、彼女は桜に連絡を入れて、翌日に取りに行く事にする。そんな彼女へと連絡が来たのは、その翌日の早朝だった。
『サクラダさん。私です、シビーユです』
「?」
基本的に楓は朝は早い。であるが、それでも起き抜けに扉を叩かれて困惑を浮かべる。明らかに客が来るには早い時間帯だった。というわけで、彼女は暴漢が扮している等の可能性を考慮して使い魔を外に出して確認する事にした。
『はい、どうしました?』
「へ……あ、早朝、失礼しました。ブームソン商会と名乗る者から急ぎお会いしたい、と」
ブームソン。それは楓というか天桜学園が魔石を購入した商人が経営する商家の名前だ。そうして彼女がまた別の使い魔をホテルのラウンジに飛ばしてみると、確かにそこには商人が小間使いとして使っている少年が立っていた。その顔にはかなりの焦りが浮かんでおり、ただごとではない事を露わにしていた。
『わかりました。すぐ支度しますので、しばらくお待ち頂いてください』
「かしこまりました」
楓の返答を受けて、シビーユというらしい宿屋の従業員が足早に戻っていく。その足音を聞きながら楓は手早く着替える事にする。
「……カイトが使っているというあの着替え用の魔術……私も覚えたいわね……」
やはり男気の無いと言われる楓でも、女の子は女の子だ。身だしなみには気を使う。勿論、相手が急ぎとわかっているので化粧等はしていられない。が、それでも時間が掛かる事だけは仕方がない。なにせ冒険者だ。誰かに恨まれる可能性の高い職業である以上、ホーム以外では気を抜けない。というわけで、彼女はイヤリングに偽装させた杖をきちんと確認して万が一に備えると、外に出た。
「おまたせ」
「ああ、サクラダさん!」
どうやらよほど焦っているらしい。楓の言葉を遮って、小間使いの少年が口を開く。そんな少年を取り敢えず落ち着かせて、楓は本題を聞く事にした。
「……襲われた?」
「はい……結界を出た所を突然、と」
楓が聞いたのは天桜学園が仕入れた荷物を載せたキャラバンが盗賊に襲われたという話。それで急いで商店まで来て欲しい、という事だった。そうして、彼女はブームソン商店に向かうことにする。
「おぉ、サクラダさん。」
「お話は窺いました。詳しくお聞かせ願えますか?」
「勿論です」
ブームソン商会の店主は真っ青な顔ながら、楓の言葉に頷いた。そうして聞かされた話に、楓は思わず顔を顰めた。
「出た所を襲われた?」
「ええ……関所の結界を出てすぐ。まるで襲撃のタイミングを狙っていたかの様に……」
「よくある事なのですか?」
「無い、とは言えません。あそこらは特に狙われる所で……軍も何度か掃討作戦を行っていますが、全てとは……」
やはり何でもキャパシティや限度が存在してしまう。なのでどうしても街道であっても盗賊に襲われる事はある。今回は商人も万全を期して護衛を何時も以上に雇ったそうだが、それでもほぼほぼ壊滅したらしい。そうして楓は更に話し合いを行い、ブームソン商会から物資の奪還を依頼される事となる。
「……わかりました。少々、上と掛け合ってみます」
「お願いします」
商人が深々と頭を下げる。ここで冒険部に依頼が出たのは、簡単だ。竜騎士部隊が居るからだ。これについてはカイトが冒険部の目玉の一つとして喧伝しており、その戦闘力と機動力は周辺のギルドよりはるかに上と言って良い。盗賊達がどこに逃げたかわからない以上、機動力の高い竜騎士を出したいのは当然の話だった。そうして、楓は即座にギルドホームへと連絡を入れて、瑞樹が来る事になるのだった。
まるで襲撃のタイミングを狙っていたかの様に。商人はそう述べたわけであるが、実のところその推測は正しかった。これは彼は語っていなかったが、事の発端はオークションでの事だ。
彼は今回目玉となる『何か』をオークションで競り落としたのであるが、その競りはかなり激しかった。そしてその競り合いの相手はなんと、この数日後にカイトが交戦する事となる召喚術師の男だった。勿論、身だしなみは整えた上、冒険者としての登録証を使って街に入り込んでの事だ。
「あった」
そんな召喚術師の男は所謂、過激な男と言ってよかった。盗賊団に入ったのも元いた所を追い出された結果だ。元々彼もあるギルドに所属していたのだが、犯罪スレスレと言える倫理的に頂けない行為を繰り返した為、街からの追放を受けたのである。
「おい、召喚術師さんよ。本当にそんなもんでなんとかなるのか?」
「当たり前だ。これを手に入れるのにどれだけ苦労した事か」
「苦労したのは俺達だぜ……ま、他にも色々と手に入ったから別に良いんだけどな!」
召喚術師の返答に盗賊団の頭はついでに手に入れたお宝に目を向けて喜色を浮かべる。そう。今回の襲撃は元々計画されていたものだ。が、護衛は必ず腕利きが就くと思い高く金で手に入るのなら金で手に入れるつもりだった、というだけだ。
が、終わってみれば召喚術師としてみれば、実に呆気なかった。腕利きと思っていたがそうでもなかった、というわけだ。無論、それは間違いでこの召喚術師の腕が素晴らしく、盗賊達も腕が良かったと言ってよかった。
「で、追撃は?」
「それは任しとけよ。きちんと対処してるぜ」
「そうか」
召喚術師は盗賊の頭の言葉に一つ頷いた。ここらの腕は彼は盗賊の頭を信頼していた。実際、長い間何度かの掃討作戦が組まれながらも逃げられている様に、この盗賊達の腕は悪くなかった。
今回も少しの伝手で他の盗賊団に襲撃の情報を流し、おこぼれに与ろうとした馬鹿な盗賊達に全ての罪を擦り付けた。勿論、何時かは自分達の犯行とバレるだろうが、それでも逃げられるだけの時間は稼げる。それで十分だ。
「ま、期待してるぜ。期待の新人さんよ」
「ああ……ふふ」
盗賊団の頭の上機嫌な言葉に、召喚術師はとある物質を見て光悦の笑みを浮かべる。彼が手に持っていたのは何の変哲も無いネックレスだ。中央には少し大きめの宝石が嵌っているだけで、装飾としてはまぁ悪くないかな、という程度でしかない。こんな物を、ブームソン商会も男も血眼で奪い合ったのだ。
「……どこかの世界の『魔界』という異界に存在する魔石……なんと美しい」
光悦の表情で魔石を見る男は、そう呟いた。そう。この魔石はこの世界の品ではなかった。それをどこかの好事家がネックレスに加工したのである。
きちんと鑑定書もあり、皇国も把握する地球以外の異世界の品だった。本来なら神殿都市の秘密倉庫に収められる品の一つ、と言っても良かっただろう。そうして、男はこの数日後。目的の物は手に入れられたと盗賊達を纏めて葬り去り、カイトとの戦いとなる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1558話『地球からのメッセージ』




