第1556話 地球からのメッセージ ――召喚術――
天桜学園の物資を強奪した盗賊団の討伐作戦の最中。唐突にこちらを迎え撃つ姿勢を見せた盗賊団に訝しみを得ていたカイトとフランクール軍であるが、マクシミリアン軍の援軍もある事でそのままの作戦進行を決定する。そうして相手の策を警戒してカイトが一人先行する事を決定し、幾つかの状況を整えた後。彼は一気に盗賊達へ向けて駆け出した。
「ユリィ」
「うん。いつでも行けるよ」
「よし」
カイトは地面を駆けながら、ユリィと一度だけ頷きあう。何かを仕掛けている事は確実だ。であれば、それを警戒する必要はあるだろう。そして、それは正解だった。彼が一気に駆け出したのを見るや、盗賊達は一斉に矢を放ったのだ。
「今だ!」
「あいさ! <<風の壁>>!」
「「「っ!」」」
カイトの要請を受けたユリィは胸ポケットから飛び出すや、即座にカイトの前面に風による壁を展開して射掛けられる無数の矢を吹き飛ばす。
「よし!」
盗賊達はカイトの胸ポケットに隠れたユリィに気が付いていなかった。故に単騎で突撃してきた剣士にこれで大丈夫と思っていたのだろう。唐突に現れたユリィに驚き、浮足立っていた。
そしてその隙を見逃すカイトではない。一気に速度を上げて敵陣へと切り込むべく、力強く地面を蹴った。それに、盗賊たちは更に浮足立ち、あちらこちらで声が上がった。
「おい、まだか!」
「このままじゃ乗り込まれる!」
「えぇい! 一発目使え!」
「りょうかーい!」
案の定、罠を幾つも仕掛けていたらしい。苦々しい様子の声――おそらく幹部だろう――が響いて、即座に動き出した。そして、直後。カイトの眼前で爆発が起きた。
「っ!」
眼の前で起きた爆発に対して、カイトは急停止してバックステップで回避する。どうやら地面の中に魔石を仕込んで即席の地雷にしていたらしい。あのまま揃って進軍していたら少なくない兵士が餌食になっていただろう。彼が先行したのは正しい判断と言えた。
「っ! あのタイミングで避けただと!?」
「冒険者か! それとも崩れか!?」
空中に逃げたカイトを見て、盗賊達が更に浮足立つ。どうやら彼程の腕利きが来ている事は想定していなかったらしい。そんな盗賊達に対して、カイトは容赦はするつもりはなかった。故に彼は落下しながら弓を取り出して、魔力で矢を編む。
「っ! 全員、隠れろ!」
「……隠れた所で無駄だ」
盗賊の頭らしい男の号令が響いて、盗賊達が荷物の影に隠れる。が、カイトはこのまま撃つつもりはない。やろうとすれば積荷ごと吹き飛ばせるが、それでは本末転倒だ。
盗賊の命なぞどうでも良いが、家族と連絡が取れなくなるのは非常に困る。故に、彼は着地すると同時にしっかりと地面を踏みしめると、上に向けて矢を放った。
「っ!? 近接じゃないのか!?」
遠くでカイトの行動を見ていたロヘルが思わず声を上げる。カイトが使ったのは、無数の矢を敵の上空に降らせる<<矢の雨>>と呼ばれる弓系技の上位技。<<狙撃の雨>>と呼ばれる物だ。
これは敵のみを的確に狙撃してしまうもので、弓兵でもかなりの腕前でなければ出来ないものだった。精度はもとより、分裂させる数を減らした事で威力も段違いに高まっている。間違いなく、盗賊相手にはかなり過ぎた代物だった。
「「「ぎゃぁあああ!」」」
カイトによる無慈悲な狙撃を受けて、盗賊達が悲鳴を上げる。一応、やりすぎない様に脳天に直撃は避けている。が、盗賊相手だ。故にカイトは容赦なく矢にはとある神の加護を仕込んでいた。
「アンラ・マンユの呪いだ……この世の地獄を味わうと良い」
アンラ・マンユ。またの名をアーリマン。地球においてゾロアスター教と呼ばれる宗教の神様だ。彼が司る物はこの世全ての悪。その権能は世界の半分と言っても過言ではなく、果ては病魔や冬等人類に害をなすとされた物全てを司っていた。その彼とカイトは数年来の付き合いで、幾つか彼の権能を借り受ける事が出来たのだ。その力を込めていたのである。
「し、死ぬより酷くない?」
「知らんな」
倒れ伏してガタガタと震える盗賊達に、流石にユリィが頬を引きつらせる。それに対するカイトはけんもほろろ、冷酷なものだ。
今カイトの矢を受けた盗賊達には吐き気や高熱、身体の各所の痛み等を筆頭にありとあらゆる病魔による症状が現れている。まともに意識さえ保てていないだろう。伊達に最高神の力ではない、という所だった。
「よし! 一角が崩れた! 一気に攻め込むぞ!」
カイトの矢によりもはや立ち上がる事さえ出来ない盗賊団の陣営を見て、ロヘルが号令を掛けて一気に駆け出した。何が起きているかは分からずとも、一角が崩れたのなら後は突っ込んで内部から崩壊させれば良いだけだ。
意地汚い盗賊達が自爆しない事は彼もよく知っている。彼らは仲間を裏切ってでも自分だけは助かろうとするのだ。陣形の内側に乗り込めればこちらの物。そう判断したのである。
そうして速度を上げたロヘル達を背に、カイトは更に敵陣深くへと切り込むべく武器を刀へと持ち替える。と、その瞬間だ。カイトが声を上げた。
「っ!? ロヘル少尉!」
「!? っ!? 全員、止まれ! 停止だ、停止!」
カイトの声掛けで異変に気付いたロヘルが強引な急制動を仕掛け、周囲の兵士達に指示を飛ばす。が、僅かに間に合わなかった。その瞬間、また別に仕掛けられていた地雷が爆発し、止まりきれなかった兵士達が大きく吹き飛ばされた。
「っ! 無事な奴は隊列を立て直せ! 一気に行くぞ!」
「違う! 一旦引け!」
「何!?」
カイトの怒声にロヘルが目を見開いた。カイトの注意は確かに地雷の為でもあったが、それだけではなかった。というより、あの程度の地雷なら曲がりなりにも正規軍の特殊部隊の誰も殺せない事は彼もわかっている。故に危惧したのは、盗賊団の陣形中央から迸る異質な力だ。そしてカイトがそれに気付いた事に、彼の声で盗賊達も理解した。
「気付いたか! おい、やっちまえ!」
「召喚と共に突っ込む準備だ! 無事な奴は一気に突っ込むぞ!」
どうやら召喚術師が居るというのは事実らしい。それ故にカイトもまた立ち止まっていた。どの程度の召喚術師かはわからないが、油断は出来ない。そうして、次の瞬間。盗賊団の中央で閃光が迸った。
「っ! ユリィ!」
「あいさ!」
カイトの要請を受けたユリィが即座に補佐に入り、彼自身は前面に盾を展開する。背後には咄嗟の事で対応出来ていないフランクール軍の兵士達が居る。避ける事は出来なかった。そうして、直後。盗賊団の陣形の中央から一直線にレーザ光にも似た光が疾走った。
「っ!」
強烈な衝撃に対して、カイトはしっかり足を踏みしめる。そうして理解したのは、明らかに冒険者崩れがなんとか出来る能力ではなく、それどころか前面で倒れた盗賊団も無事では済まないだろう威力だった。
「……これは……」
閃光と爆炎の後。一陣の風が吹いて舞い上がった土煙が晴れる。そうしてカイトが見たのは、大きな大地の亀裂だった。無論、盗賊団の内、前面に展開していた盗賊達は完全に消し飛んでいた。
兵士達の様に爆風で吹き飛ばされたのではなく、完全に消滅したと考えて良いだろう。彼が思わず呆気に取られる威力だった。そんな彼の横。同じく思わず唖然となったユリィが小さく呟いた。
「上級の召喚術師……?」
「……みたい、だな」
二人が呆気にとられたのは無理もない。盗賊団の陣形中央。そこに現れたのは、一つの生命体。エネフィアの生態系のどれとも合致しない上半身だけの異形の生命体だ。
下半身は地面に刻まれた魔法陣の中で、出現している上半身も魔法陣から伸びた鎖で拘束されている。召喚が完璧ではないのか、それともこれが正しい形なのか。それはカイトにもわからない。が、間違いなく正規軍でも勝てないような威圧感を放っていた。
「よっしゃ! 今だ、やっちまえ!」
「いけぇえええ!」
そんな呆気に取られたカイト達の前で、盗賊達が気勢を上げる。ここが攻め時だとでも思っているのだろう。が、カイトからしてみればこれは阿呆としか言い様がない。
故に、彼はバックステップで盗賊団の陣形から距離を取った。この期に及んで物資だ何だとは、言ってられない。このまま陣の周辺で戦えば末路は見えている。
「ロヘル少尉! マクシミリアン軍に即座に撤退を! 瑞樹! 聞こえるな! 竜騎士部隊に距離を取らせろ! こいつは拙い!」
「わかってる!」
『了解ですわ!』
この相手はヤバい。カイトの言われるまでもなく理解していたロヘルは、即座にマクシミリアン軍へと撤退の指示を送る。それに対して、盗賊達は現状がしっかりと認識出来ていないらしい。撤退の姿勢を見せたカイト達に対して更に気勢を上げていた。
そんな盗賊達を一切合切無視して、カイトは盗賊たちが放棄した陣を見る。召喚された異形の生命体は明らかに生半可な魔術師ではコントロール出来ない領域だ。遠くに離れてコントロール出来るとは思えない。であれば、必ず近くでコントロールしているはずだった。
「カイト! あの馬車の上!」
「あいつか!」
ユリィが指さした方向を見て、カイトもまた幌の無い馬車の上に立つ一人の魔術師を確認する。周囲には数人の盗賊が守っており、明らかに彼が術者なのだろう。
「っ」
先に召喚獣を一撃で殺す。このまま放置していられる相手ではない事を理解したカイトは即座に弓を取り出し、矢を生み出す。が、どうやらこの召喚術師もカイトの事を危険視していたらしい。
いやらしい笑みを浮かべながら、己の召喚獣へと視線を送る。そして、次の瞬間。召喚者の意を受けた召喚獣の口に嵌められていた拘束具が弾け飛び、口を大きく開いた。
「拙い! 跳ぶぞ!」
「あいさ!」
流石に攻撃の直前だ。カイトでも物理的に回避するのは困難だった。故に彼は矢をそのままに転移術を行使して、その場から転移する。そして、次の瞬間。こちらに向かっていた盗賊達をも巻き込んで、召喚獣の口から極光が迸った。
「……あ?」
「なんだ……こりゃ……」
光の束が通り過ぎた後。仲間達がごっそりと居なくなった事を理解して、なんとか生き残った極僅かな盗賊達が呆気に取られる。
「当たり前だ。あの力量の奴が盗賊程度に唯々諾々と従うわけがない」
利用していただけ。カイトは呆然となる盗賊達を冷酷に見下ろしながら、そう呟いた。明らかに今の攻撃も最初の攻撃も身内意識なぞ皆無だった。まだ初弾はあのタイミングで撃てと言われたから、という言い訳も出来る。が、二発目は明らかに巻き添えも理解した上だ。そして、安々と三発目が放たれた。
「っ!」
「はぁ!」
盗賊達をも巻き込んで放たれた三発目の狙いは、撤退するロヘル達とフランクール軍の飛空艇艦隊だ。そして如何に正規軍の特殊部隊だろうと、この召喚獣の一撃からは逃れられない。それほどの速度と威力だ。故に直後の死を理解したロヘルだったが、その前にカイトが立ちふさがって破壊の奔流を防ぎ切る。
「盗賊共は……全滅、かな」
「そのようだ。ゴミ掃除の手間が省けたが……ゴミの中に嫌な虫が紛れ込んでいたようだ」
戦闘向けの思考に切り替え冷酷に告げたユリィの言葉に、カイトもまた本気の戦闘に合わせた思考に切り替える。盗賊達の内、召喚術師の近くに居た数人を除いてこちらに出ていた全員が三度の光に飲まれて消えた。召喚術師の近くの盗賊達が一切疑問を抱いていない所を見ると彼に洗脳されたか、召喚術師側に着いたと見て良いだろう。
「カナン」
『はい』
「こちらで召喚獣を潰す。あれは中々に手に負えん。お前は術者を機を見計らって一気に仕留めろ。逐一言う必要も無いとは思うが……」
『わかってます。術者を先に潰すな、ですね』
「ああ……おそらく腕利きだ。力を解放して一気に消せ」
『了解です』
カイトの指示にカナンが頷いた。この召喚術師の男を野放しにしておくわけにはいかない。この男は犯罪行為を犯す事に躊躇いがない。この場で殺さねば後々面倒になる可能性は非常に高かった。そして彼女もまた、その危険性はよく理解出来ていた。殺す事に躊躇いなぞ無かった。
そうしてカイトはカナンに召喚術師の男の始末を頼むと、自身はどこの世界とも知れぬ世界より呼び出された召喚獣との戦いを開始する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1557話『地球からのメッセージ』




