第1552話 地球からのメッセージ ――トラブル――
『時空石』の解析を行う実験から明けて翌々日。ひとまずこれが『時空石』という確証を得たカイト達は、それを皇国へと提出していた。
『そうか……公らが探しても二つか』
「はい……と言っても、もしやすると鉱脈などがあるのかもしれませんが……」
『可能性は低いか』
「かと」
皇帝レオンハルトの言葉にカイトは一つ頷いた。今回カイトが地脈の近くで見付けた『時空石』もティナが『飛空石』の地層付近で見付けた『時空石』もどちらも周囲には『時空石』は見当たらなかった。本当に地中にぽつん、と存在していただけだ。
『そうか……とりあえず、一旦はこちらで預かろう』
「は」
皇帝レオンハルトの言葉を受けて、カイトは頭を下げる。実のところ、今回の通信機は二台作る予定になっていた。一台は天桜学園の会議室に設置される予定で、もう一つは皇城に新たに設置される通信室に設置される予定だ。これについては元々決定していた事で、『時空石』が一つしか見付からなかった場合は皇城の方が優先される事になっていた。これについては検閲などの問題がある為、と考えれば良い。
『時空石』についても皇都の中央研究所が興味を示しており、そちらでも厳重な管理体制を敷いた上で調査を行う事になっているらしかった。更には物質の特性上、『時空石』は今後も全てが国の所有物となる予定だ。なので一度提出させ、改めて皇国が天桜学園に『時空石』を貸与する形を取る事になるのであった。そうして、そこらの話し合いを終えた所でカイトは椅子に深く腰掛けた。
「ふぅ……とりあえずこれでなんとか、か……」
これで後は素材さえ全部揃えば、実際の製作に移る事が出来る。カイトはこの一週間に思い馳せて僅かに笑みを浮かべる。幾ら地球との間で連絡を取り合えるからと言っても、家族と連絡を取った事は一度もない。妹と弟は兎も角、彼が裏世界の顔役の一人である事を両親は知らないのだ。なのでこれについては本当に周囲と同じ様に長い間別々で、楽しみではあったようだ。と、そんな所に椿がやってきた。
「御主人様。瑞樹様よりご連絡が」
「ん? ああ、わかった。どうせだ。このまま対応する」
「かしこまりました……はい。お願いします」
カイトの要請を受けて、椿がヘッドセットを使って公爵家従者に連絡を入れて通信を繋ぐ様に手配してもらう。幸いにして今皇帝レオンハルトとの間で会議を行うのは冒険部でも通達している。なので礼服で通信に出ても向こうも問題無いだろう、と判断したのだ。そうして、すぐにモニターが起動した。
『カイト……さん?』
「あはは。悪い。丁度たった今まで陛下と会議をしていてな。礼服から着替える暇が無かった」
『はぁ……』
瑞樹とてブラックボックスの中身が秘密にされている事は知っている。なので彼女もカイトが礼服である事には納得出来たようだ。とはいえ、やはり見慣れないからか不思議そうではあった。
「で、どうした?」
『っと、そうでしたわね。少々、こちらでトラブルが起きていて、ご連絡を』
「ふむ……」
カイトは瑞樹の言葉に一度、彼女の現状を思い出す。
「確か盗賊の討伐任務が今日だったな?」
『ええ……それで盗賊の討伐に向かったのですが……』
「まさか……失敗したのか? まさか正規軍を退けるほどの盗賊だとは聞いていなかったが……」
苦い顔の瑞樹に、カイトが顔を顰めてここ最近の報告を思い出す。が、どう思い返しても幾ら急場で組まれたとはいえ、正規軍を追い返せるほどの戦力を持っていたという報告はなかったはずだった。そしてそれに、瑞樹もまた頷いた。
『あ、いえ。討伐そのものには成功していますわ。盗賊団はほぼ壊滅。逃げた盗賊についても後はマクシミリアン家が追撃を、と』
「そうか。それならどうした?」
『それが……どうにも盗んだのは別の盗賊団だったらしいんですわ』
「はぁ?」
僅かに困惑する瑞樹の報告に、カイトは顔を顰めた。と言っても、これはあり得ない話ではない。カイト率いるマクダウェル家は盗賊達に対しては皇国で最も厳罰を以って対処している。その上、皇国で最も軍事力の高い貴族だ。犯罪者達は長居出来ない。
というわけで必然として、周辺の貴族の領地に集まる。そこで盗賊団を結成する事が多かった。幾つかの盗賊団が周辺の貴族にあっても不思議はなかったのだ。というわけで、それを知っているカイトは報告を促す事にした。
「まぁ、仕方がないか。それで、何かわかったか?」
『あ、はい。それについては幾つか。まず盗まれた場所。どうやら隣のフランクール領との境目との事ですわ。盗賊もそちらから、と』
「なるほど……」
盗まれたのはマクシミリアン領と隣の貴族の領土の境目だという事だ。そして盗賊達にとって領土というのは無意味な区分だ。隣の領土を拠点としている盗賊達が来ることはままあった。
「ふむ……厄介だな。フランクール領となると、流石にマクシミリアン家の艦隊が入るわけにもいかんだろうし……」
どうしたものか。と言っても考えられる事は多くはない。取り返さないというのはあり得ない。これだけは決定だ。であれば、次に考えるべきは人員だ。
「瑞樹。今そっちに連れて行っているのは?」
『竜騎士に加えて魅衣さん、カナンさん。後は元々こちらに来ていた楓さんが率いている積荷の護衛の為の遠征隊、という所ですわね。と言っても遠征隊の面子も乗せられるだけ、という所ですので……楓さんはマクシミリアンに残っておりますわ』
「ふむ……」
今回、マクシミリアン家も動くという事で人員は元々少数だった。そもそも領内で起きた強盗事件だ。主体となって解決するのは彼らであるべきだろう。
ということで荷物の確保と万が一に戦闘になった場合に備えた人員は出しておらず、主力はマクシミリアン軍となる筈だった。そして現に今回はそれで十分だった。が、流石にこうなっては十分とは言えないだろう。
「……わかった。増援をこちらから送る。が、知っての通り現状、色々と人員が散っている。即座に送る事は出来ん……椿」
「はい」
「地図を」
「かしこまりました」
カイトの指示を受けた椿がモニターに地図を表示する。そうして、カイトは自身の机にあるコンソールを使ってフランクール領とマクシミリアン領の境目を指し示した。
「ここにマクシミリアンとフランクールの両家が運営する街がある。陸路で両家を行き来する場合に使われる関所みたいなものだ。一旦、ここで待機してくれ。マクシミリアン家にはオレから依頼を出す。到着した頃には、宿泊施設も確保してくれているはずだ」
『わかりましたわ。次の連絡は何時頃に?』
「20時には入れる。到着は早くても明日の夕方ごろになるだろう。それまでは、一度ゆっくり休みを取ってくれ」
『わかりましたわ』
カイトからの指示を受け取って、瑞樹が早速指揮に入る。そうしてその一方でカイトもまた瑞樹達の支援を行うべく行動に入る事にするのだった。
さて、瑞樹からの連絡が入ってからおよそ半日。カイトはひとまず増援の人員を決定していた。と言っても、結局といえば結局な人選だった。
「オレとお前、それに一葉達とホタルと」
「人少ないもんねー」
今回、何より問題だったのは移動手段が限られた事だ。こういう場合に使える竜騎士部隊は出払っている。となると必然として飛空艇を使うしか無いが、冒険部が使える飛空艇は輸送艇で現在使用中だ。となると、カイトの個人所有の小型艇となる。必然として人数は数人が限度で、こうなるのが当然だった。
「まぁ、盗賊退治だし……下手に人員を連れて行っても面倒だ。オレが直々に動くのが一番良いだろう。アル達は一応、こっちだが……流石に他家主体の軍事行動で連れて行くわけにもな。更にはティナは現在ブラックボックスの作製中。動くに動けん」
「あー……あれ、ティナ以外に出来そうにないもんねー」
カイトの言葉にユリィは納得して、のんびりと寝そべった。すでにフランクール領には連絡を入れている。桜達に引き継ぎも行った。なので彼らも明日に備えて休むだけだった。と、そんなわけで彼女が現状を問いかける。
「で、フランクール家はなんて?」
「一応、軍は出してくれるらしい。曲がりなりにも、こちらは皇帝陛下からの指示で動いているからな」
「当然かー」
「そりゃな……とはいえ、今回は盗賊の討伐だ。そして相手も少し厄介そうなんでな。軍の用意を万端に整える必要があるから、明後日の出発になるらしい」
こればかりは相手あっての事だ。こちらは今回人員を出せない。なので無理を言うわけにもいかない事もまた事実だ。となると必然として予定は向こうに合わせるしかない。とはいえ、これでも皇帝陛下の名がある分急いでくれた方ではあるだろう。故にカイトも文句は無かった。
「さて……とりあえず今日は寝て、明日に備える事にするか」
兎にも角にも明日の朝一番には出立して、フランクール領にて担当者との話し合いがある。他にも色々と手配せねばならない事も多い。となると、今日はもう寝るのが最適だった。というわけで、カイトは明日に備えて今日は早めに眠りにつく事にするのだった。
明けて翌日の朝。カイトは再びティナの所へとやってきていた。これには幾つかの事情があって、その内の一つはこれだった。
「……はい。もうしません……」
「お前のもうしません、は信用ならん。都合何度目と思ってる。というわけで、灯里さん」
「なになにー?」
「このでかい猫に毎日21時に風呂入れてくれ。拒絶したら無理やりで構わん」
カイトは正座するティナを睨みながら、灯里に事後を頼む事にする。まぁ、改めて言うまでもないだろう。彼女はブラックボックスの作成作業に掛り切りで、一晩中設計図を引いていたらしかった。
昨日はカイトも朝が早いという事で手出ししなかったが、こうなるのはわかっていたので灯里を連れてきたのであった。
「おっしゃ。じゃあ、入れとくね」
「お願い……で、ティナ。説教が終わったんで、とりあえず進捗聞いとこう」
「む……うむ。昨夜スカサハより連絡が来てのう。お主が寝ておる様子なので余に来たらしい。どうやらリンクシステムの作成が終わった、との事じゃ。こちらに設計図と仕様書を送ってきおったぞ」
「で、今までやってたと」
「うむ」
カイトの問いにティナは一つはっきりと頷いた。なお、彼女の言い分であるが、休もうとは思ったがそこに連絡が入ったので少し手直しをしようと思って作業を再開したら、という事らしい。
「まぁ、良いわ。じゃあ、設計図の書き換えはお前に任せる。それについてはお前の一存で全てやって構わん」
「うむ。ま、これについては余の本業故な。最適な形に仕上げておこう」
「頼む……で、もう一個」
「む?」
今度のカイトの言葉にティナは首を傾げた。一葉達の装備についてはすでに昨夜の時点で支度をさせている。それについては彼女らに聞けば良いだけの話で、これで要件は終わった筈だ。が、どうしても一つやっておかねばならない理由があった。
「……悪いんだが……精神系の魔術頼む」
「む? なんでじゃ。今更お主がガチビビリするような相手なぞおらんじゃろ」
「いや、それは普通に居ますよ? 主にそこのとか」
「あー……」
「なんでよ」
カイトの指摘とティナの同意に灯里が不満げに口を尖らせる。二人にとって彼女とは最大の未確認生命体だ。何が起きても不思議はない、と考えているのが彼女である。と言っても、勿論ここでの話はそういう冗談ではない。
「いや、それはそれとして。灯里さんには何やっても突破しそうで怖い」
「うむ……で、それはそれとして何じゃ」
それはそれとして、って何よーと抗議の声を上げる灯里を横目に、二人は本題に入る事にする。そうして、カイトは灯里を宥めながら呆れ混じりに口を開いた。
「盗賊退治」
「あー……そうか。今回お主が出るんじゃったか」
「何? 瑞樹ちゃん達向けに持ってくの?」
今回、カイトの任務は盗賊退治だ。必然として人を殺す事はあり得る。となるとそれに対して準備をしておこう、としても不思議はない。とはいえ、これについては何時も持たせているので問題はないはずだった。それ故、カイトはため息混じりだった。
「いや、オレだ……」
「お主はのう……盗賊嫌いが極度な状態じゃからのう……構わんか?」
「まぁ、な」
ティナの問いかけに対して、カイトは苦い顔で頷いた。可能ならあまり言いたくないが、こればかりは説明しない事には駄目だろうと思ったようだ。それに、言わないでも灯里なら気付く。そこらの信頼はあった。
「こやつ、盗賊が本当に嫌いらしくてのう。見敵必殺を本当にやりおる」
「問題なの? この世界じゃ盗賊相手は一切の容赦なく斬り捨て御免でしょ? それどころか謝礼金出るぐらいだし」
「いや、こやつの場合本当に一切容赦無しの皆殺しにしおる。法的には問題無いじゃろうが……」
「あー……地球の倫理的には大問題ねー」
ティナの言外の言葉に灯里も納得したようだ。この世界では盗賊相手であれば一方的な虐殺となっても罪には問われない。相手は複数の強盗を筆頭に殺人罪など重罪を犯している。地球でも死刑だろう。
今回は特に軍が出動する事態となっている上、皇帝レオンハルトに関わる物品を盗んでいるのだ。喩え皆殺しにした所で、一切の問題は無い。
が、だからといって天桜の生徒達の前で皆殺しは、指導者の行為として問題になる可能性は高かった。こちらの世界なのでリカバリは可能だが、リカバリせねばならないという事でもある。面倒が分かっているのなら、避けるべきだった。
「というわけで、だ」
「しゃーないのう。生半可な腕じゃお主の出力に対応出来んからのう……」
流石にこればかりはなんとかしておかねばならないだろう。カイトの意見に同意したティナは立ち上がり、異空間に収納しておいた杖を取り出した。そうして、カイトはティナに精神を制御する魔術を仕掛けてもらい、瑞樹達と合流するべく出発する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1553話『地球からのメッセージ』




