第1551話 地球からのメッセージ ――時空石――
『時空石』を入手して道中で瞬率いる遠征隊の支援を行いながらもマクスウェルの街へと帰還したカイト。彼は帰還してひとまず魔導学園に向かうというユリィと別れると、自身も冒険部ギルドホームにて現状を確認して様々な手配を行っていた。
そうして一通りの手配を終わらせた彼は入手した『時空石』を手に、公爵邸へと入っていた。と言っても、即座にティナの待つ地下には向かわない。盗賊に盗まれた天桜学園の物資の回収に赴いた瑞樹の支援の手配が必要だからだ。
「というわけで、アウラ。悪いがマクシミリアン家に動く様に依頼を頼む」
「おー」
「……おー、って言ったら動いてくれよ……」
「? 動いてる」
「……もう何も言うまい」
自身の背中にへばりついたままのアウラに呆れたカイトであったが、魔術で通信機を耳に当てて指示を飛ばす彼女の姿に色々と諦める事にしたらしい。いっそ仕事さえしてくれるのなら問題はない。というわけで、彼は道中でアウラを青筋を立てたクズハに引き渡すと、そのまま地下の研究施設へと直行する。
「戻ったぞー」
「お、帰ってきおったな。待っとったぞ」
「おう。で、これがオレの方で入手した『時空石』」
カイトは軽い感じで机の上に袋に入った『時空石』を置いた。それに、ティナがため息を吐いた。
「お主な……そんな軽く置くでないわ……」
「魔力通さなけりゃ普通の魔石だ。単にこれは敢えて言えば時属性の力を持つってだけに過ぎん」
「はぁ……まぁ、お主故なのかもしれんのう……」
さして『時空石』を危険視している様子のないカイトに、ティナがため息を吐いた。ここらはやはり時乃よりも祝福を授けられているカイトだから、という所なのだろう。特に怯える様子は見受けられなかった。それに壊れる様な不注意な扱いはしていない。普通の魔石と同じ扱いをしていた、というにすぎない。
「で、それは良いとして。状況は?」
「うむ。もう準備は出来ておるよ」
カイトの問いかけを受けて、ティナは各種の封印装置を兼ね備えた実験設備へと彼を案内していく。そうして、地下最下層に新たに造られた特殊実験室へとたどり着いた。
「まーた、なんか作ってくれちゃって……」
「前々からこういった施設は作っておるよ。予算もきちんと計上しておる」
「そうなのか?」
「うむ。お主、また地下室の増設なので精査不要だろ、と思っておったな……?」
「おう」
ジト目のティナに対して、カイトははっきりと真顔で頷いた。彼女が嘘や不要な施設の増設に関する予算申請を行うとは思っていない。なので地下の増設とあった場合には何か必要なのだろう、と判断して特に精査せず通していたのであった。
なお、特に精査しないのは不要な施設の増設に関する予算申請であって、不要な開発予算に関してはよく申請されているのできちんと精査の上で却下している。そして現に今回の申請はこの解析を鑑みても必要な物と見て間違いなかっただろう。
「はぁ……お主、いや、余にとっては嬉しい事なんで文句を言うのは筋違いなんじゃろうが……」
「そこらはオレはお前を信じてるよ……で、早速試験か?」
「いや、実は昨日の段階でリル殿に支援を申し出ておってのう」
「あら、それならもうここに居るわ」
噂をすれば影がさす。ティナの言葉に合わせるかの様に、どこからともなくリルが現れる。隠れていたのではなく、転移術で現れた様子だった。が、この転移術もエネフィアの技術体系とは少し異なっていた。彼女独自の改良が施された物と考えて良いだろう。
「リルさん。ありがとうございます」
「リル殿」
「二人共、こんにちは。さて、私としても興味深いお話だから、細かい挨拶は抜きにして早速試験に取り掛かりましょうか」
頭を下げたカイトとティナに対して、リルは早速と作業に取り掛かる様に指示を出す。流石にティナとしても今回は実際に実物を見た事がある彼女に解析を任せる事にしたらしい。その代り、彼女自身はカイトに不測の出ない様に適時助言を与える事になっていた。
今回は『時空石』の情報を秘匿する必要性、未知の物質である事から、この三人だけが今回の解析に関わる事になっていた。もし更にまた何らかの幸運を得て試料が手に入れば、次回以降には情報の秘匿が可能な研究者達を招いて研究する事になるとの事だった。
「わかりました。カイト。お主は中に入り、万が一の対処を頼む」
「あいよ」
ここら何時も通りおかしな話と言わざるを得ないが、カイトが一番危険な場所に立つ事になっていた。が、その危険な場所に立つ彼には時乃の守護がある。何かがあって万が一の暴走が起きた場合にも対処が出来る。一番安全な配置と言えた。
というわけで、カイトは解析用のコンソールに腰掛けた二人を横目に実験室の更に奥にある部屋へと入り、自らが持ち帰った試料を魔力を遮断する特殊な袋から取り出した。
『それが……』
ガラス越しとはいえ、ティナは直に『時空石』を見るのは初めてだ。故に僅かに息を呑んでいた彼女のつぶやきを聞きながら、カイトもまた取り出した『時空石』をしっかりと確認する。
見た目としては、水晶に近い。ただ大気中の微量な魔力を取り入れているからか、虹色の淡い光を放っている様子だった。が、この程度では時を歪める力はないのか、目立った結果は出ていない様子だった。
「で、これをどこに置けば良い?」
『うむ。とりあえずそれを中央の台座に置け』
「ああ」
カイトはティナの指示に従って、実験室中央に設置された台座へと向かう。台座の材質は緋緋色金。魔術的な防御を施す為か刻印が刻まれ、僅かに赤色に光り輝いていた。これならよほどの事が無い限りは破壊されないだろう。
(……周囲の壁はオリハルか。が、この厚さだと……最新鋭の核爆発にも耐えられるだろうな。ジャックにでも紹介してやるか?)
慎重に台座にあった凹みに『時空石』をセットしながら、カイトはそんな益体もない事を考える。この台座は吸魔石で出来ており、凹みの一部から突起が伸びていた。この突起にのみ魔力が流れる仕組みになっているそうだ。
万が一何かが起きた場合には突起が収納されて、『時空石』はそのまま落下して吸魔石と接触する事となり、『時空石』の反応は終わるだろうと考えられていた。勿論、これは現在までに考えられる魔石の性質から推測された事だ。それでもどうにもならない場合には、時乃が介入する事になっていた。
「サンプルセット完了」
『サンプルセット確認……プロープ接触良好……』
カイトの報告を受けて、ティナが幾つものチェック機構に問題が無い事を読み上げていく。ここでの実験については全ての安全装置が正常に起動している事を確認出来なければ出来ないらしい。というわけで、およそ五分程様々な安全装置が正常に起動している事の確認が続いた後、ティナが一つ頷いた。
『……全安全装置起動確認。リル殿。いけます』
『ええ……こちらも解析用の魔道具に不具合は出ていないわ。調整も完璧、と請け負っておきましょう』
ティナの言葉を受けて、リルが最後の準備が整った事を明言する。そうして、僅かな緊張が場を満たす。
『実験、スタート』
僅かな緊張を滲ませてリルが『時空石』へと魔力を通す。と言っても、これはエネフィア史上で初となる試験。流す魔力は本当に微量だ。エネフィアでもこの実験室以外では出来ない程の微少量だと言えるだろう。そうして大気中の魔力より少しだけ濃い濃度の魔力を与えてやると、どこかでしきい値を超えたらしい。超高位の魔術師にはわかる程度にだが空間の歪みが生じた。
『空間の歪みを観測……電子時計の同期、コンマゼロゼロサン秒遅延を確認……』
『出力増加……10……15……20……』
『同期のズレ、及び空間の歪み更に増大……同期のズレはコンマゼロイチ秒に到達。空間の歪み、試験台周辺から台座に僅かに侵食』
やはり極微量にしか魔力を流していないからだろう。反応も本当に僅かな物だ。が、それでもリルは慎重に出力を増大させていく。そうして本当にゆっくりと魔力を増大させていき、十数分後。遅延がしっかり目視出来る程になった。
『時間遅延、毎秒一秒に到達』
ティナが実験室内にセットした時計との同期のズレを報告する。現在、実験室の中にある台座付近は完全に時空間が歪んでいて、実空間の半分の時間経過になっていた。そうして目視出来る程になった段階で、リルは出力の増大を停止させる。
『すごいわね……光が歪んでいない。どういう原理なのかしら……』
一秒だけゆっくりになっている台座付近に設置された電子時計を見ながら、リルが感動した様に呟いた。あの周辺は今、遅延の方向で時間が歪んでいる。となると本来ならブラックホールと同じ様に周辺では光子の移動はゆっくりとなり明るくなる筈なのであるが、それが一切観測されなかったのだ。
つまり、光子は『時空石』による時空間の歪みに左右されず進んでいるという事だ。言い換えれば、『時空石』による時間歪曲の影響には選択性がある、と言ってよかった。そんな空間の歪みを見て感動していたリルであったが、一転気を取り直した。
『ティナちゃん。魔力の流入量と時空間の歪みのグラフ化は?』
『……っと、失礼しました。少し時間を』
『魔力の流入量と時間の歪みのグラフ化はこちらでやるわ。そっちで空間の歪みの拡大のグラフ化を』
『はい。横軸は流入量で?』
『そうして頂戴。合わせた方が見やすいでしょう』
リルに言われ気を取り直したティナ――彼女もまた物理現象に支配されない現象に感動して我を忘れていた――は、彼女の指示に従って早速魔力の注入量に対する空間の歪みの肥大化のグラフ化を開始する。
ここら普通の科学実験と同じ様に試験結果をグラフ化するのは、魔術による実験でも一緒だ。結局、魔術師も科学者も世界の法則を解き明かすという一面においては一緒なのだ。故にグラフ化も同じ様になっていた。
「……ふむ」
背後のコントロールルームにてティナとリルが実験結果の解析を大急ぎで進める一方、実験室内のカイトは『時空石』を眺めていた。とはいえ、何もやる事が無いからボケッとしているわけではない。右目の魔眼を起動させて『時空石』に過負荷が掛かっていないか確認していたのである。
(なんとか……過負荷は掛かっていないか)
幾ら必要な試験であるとはいえ、一番困るのはせっかく手に入れた『時空石』が破損して使えなくなってしまう事だ。ティナが引き続き地中を探索してくれているが、どれだけ時間が掛かるかは未知数だ。
更には物質の性質上、悪用を避ける為に人海戦術での捜索も不可能だ。一年やっても手に入らない可能性だってある。なので過負荷が掛からない様にしっかり管理する必要はあった。
(可能なら、耐久試験もしておきたい所ではあるんだが……)
学者ではないカイトであるが、これを使う以上はどの程度で壊れてしまうかは確認しておきたいというのが正直な所だ。そうなると数が必要になる。が、そもそも数が手に入れられない以上、どうする事も出来なかった。とはいえ、それで諦めるのか、というとそうではない。
『ミコト』
『……』
カイトの呼び出しを受けて、ミコトがカイトにのみ見える様に顕現する。まぁ、相変わらず眠そうというかベッドに顔を埋めていたが、何時もの事なのでカイトは気にしない。
『こいつの物理的特性と魔力に対する許容量を知りたい。破壊されるのは非常に困る。が、数を手に入れる事は無理だ。どうにかしておきたい』
『……はい』
うだー、とベッドに寝転がりながら、僅かに顔を上げたミコトがカイトへと一つのSDカードを提出する。そうして彼女は顕現を解除した。どうやら、この中に情報が入っているという事なのだろう。
『サンキュ。じゃ、おやすみ』
『……新しく部屋作って良い? 眠い……』
『はいはい、お好きになさってくださいな』
まぁ、カイトの精神世界では常に大精霊達が騒ぎ回っているのだ。大精霊一面倒くさがり屋のミコトがあまり近寄らないのも無理はない。というわけで、カイトの精神世界に別室を作って引きこもる事にしたようだ。というわけで、カイトはミコトが消えたのを受けて、彼女から受け取ったSDカードを自分のウェアラブルデバイスへと接続する。
「さて……って、おいおい……」
モニターに表示される情報を見て、カイトが思わず苦笑する。どうやら情報の選別が面倒だったらしい。ミコトが寄越したデータには、例えば電気特性や落下耐性など『時空石』に関わるほぼ全ての情報が入っていた。
(まぁ、この世全ての物質を司るんだから当然っちゃあ当然なんだが……流石大精霊一のチートキャラ)
この情報をまともに入手しようとすれば一体どれだけの時間が必要なのだろうな。カイトは『時空石』の入手難易度を思い出しながら、そう思う。が、物質を司るという彼女にかかればこんなものだった。
実際、実は『時空石』だろうと彼女と時乃、空亜の力を合わせれば普通に創れる。それどころかミコトの場合、他の大精霊と組み合わせればどんな物だって自由自在に創造が出来る。
それこそ星、いや、宇宙を創る事だって簡単だ。最もデウス・エクス・マキナに近い存在。それが、物質を司る大精霊ミコトだった。
「……」
ミコトの提供してくれたデータを見ながら、カイトは通信機の出力の上限を考える。鑑みるべきは地球側の通信機に使われている『時空石』の大きさとこちらで使う『時空石』の大きさ。それによって魔力に対する耐久力は変わってくる。
(大きさはおよそ10センチ程度……地球側は確か……)
先にスカサハが来た時、彼女は地球側の『時空石』もそれぐらいだと言っていた事をカイトは思い出す。であれば、向こう側も上限値は一緒として良いだろう。
(上限値としては……五倍ぐらいか。設定三倍で上限値を設定しておいた方が良い……だろうな)
情報によると、この大きさで時空間の調律が出来るのはおおよそ五倍程度らしかった。となると、安全マージンを含めると大体これぐらいだろう。幾ら時乃の調整によりエネフィアと地球間での経時変化にある程度の同期が取られていると言っても、あくまでも平均してという程度だ。
エネフィアの一年が地球の二年。その程度の同期になるというだけで、こちらの一時間があちらの数秒という事は起こり得る。それには対応は出来なかった。
「ふむ……」
兎にも角にも色々と情報は必要だろう。そうして、カイトはティナらに渡す情報を少しの間精査する事にして、時間は経過していくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1552話『地球からのメッセージ』




