第1550話 地球からのメッセージ ――帰還――
『時空石』を手にマクスウェルへと戻る途中。オーアから連絡が入ったという報告を受けたカイトは荷馬車が壊れたという瞬率いる遠征隊の支援をするべく彼らと合流していた。そうして完全に壊れ果てていた荷馬車の修繕を開始したカイトと瞬率いる遠征隊であったが、それは作業の最中でどういうわけかカイトが抜ける事になっていた。
「おーい、ユリィー。そっちの火加減どうなってるー?」
「んー……結構良い塩梅ー」
「おっしゃ。じゃあ、そっちの煮込みは引き続き頼むー」
「はーい」
抜けたカイトが何をしていたか、というと夕食の仕込みである。作業の最中にオーアが夕食の支度を頼んだのであった。まぁ、人手不足を理由に調理班にも駆り出され、あまつさえ評判の良い彼と、ほかは料理が出来なくないという面子だ。
どちらが作った料理を食べたいか、というとそれは自明の理だろう。それこそ工作は苦手と断言したルーファウスが手伝うので夕食の支度をしてくれと率先して頼む程だった。どうやら戦闘力重視でメンバー構成を決めた結果、料理側についてはおざなりになってしまったらしい。
「で、そっちはどうなってる?」
「んー。まぁ、瞬と兼続がわりかし手先が器用だったのが幸いだった、って所かな」
カイトの問いかけに板を十枚程纏めて担いでいたオーアが答える。やはり部の練習で昔から色々と整備をしていたからだろう。必然にかられて手先が器用になったとの事であった。
というわけで、不器用とはいえ軍の訓練の一環で工作機器は使えるルーファウス、手先が器用なこの二人を中心として作業をしているらしかった。幸い、工作用の魔道具は工具箱として非常用の荷物の中に含められている。何とかなった。
「そういや、車軸の修繕どうなってる?」
「ああ、それなら大将が来るまでの間にやっちまったよ。そっちは本職だからね。問題はないよ」
「なら、良いか。タイヤは?」
「そっちは幸い、って所」
どうやら真下から現れたというのは本当に真下からだったらしい。丁度荷馬車のど真ん中に現れたとの事で、それ故にタイヤは無事だったらしい。落下の衝撃で破損したホイール類に関しては金属なのでオーアが何とか出来て、カイトが来るまでに作業は終わっていた様子だった。
「で、状況は?」
「ま、そっちは問題無し。元々釘とかの金属系はこっちの得意分野だしね」
「そか」
確かにそれはそうだ。カイトは愚問だった、と一つ頷いて火に向き直る。焼いているのは道中で狩猟した魔物の肉だ。あの収穫祭でウィルに言われてより、可能なら調理を試してみる様にしていたらしい。
今回はどういう味か分からない事もあり、豪快に火炙りにしている様子だった。後で塩コショウで味を調え、臭みが気になれば香草も用意しているとの事であった。
食べてみないと味が分からないので、本格的な調理はそれからにするつもりとの事だった。なお、系統としては蛇系の魔物で、肉質もそれに似ていたそうだ。が、魔物なので味が蛇と一緒かは分からない。まぁ、それを確認する為の料理だ。
「で、そっちは?」
「後20分もすれば出来る。飯ごう炊飯がそもそも、だからな」
「よっしゃ。じゃあ、こっちはこっちで手早く釘打ち終わらせちまわないとね」
カイトより教えられた夕飯の見込みに、オーアが気合を入れ直す。豪快な料理はドワーフ達の好む所だ。故にか今日の夕食はかなり楽しみらしかった。そうして、再び気合を入れ直した彼女を筆頭にして遠征隊は何とか翌日の昼には再出発が出来る様になるのだった。
さて、瞬率いる遠征隊の荷馬車の修繕を横目に見ながら朝一番に出立したカイトとユリィであるが、少し早めに出た事で何とか当初の予定通りの時間にマクスウェルの街に帰還する事が出来ていた。
遠征隊と別れたのは、やはり彼の方には予定が詰まっているからだ。多少の遅れは許容出来てもそれはあくまでもこの日一杯が限度だ。それに瞬らが返ってきた時には他の素材についても何とかしておきたい。陣頭指揮を取る為にも、先んじて帰る方が良いと判断したのである。
「ああ、天音さん。おかえりなさい」
「ふぅ……ええ。戻りました」
「どうでした、今回の旅は。また変わった乗り物で出たんですね」
「あっははは。ええ。何時も通りテスターやれ、というめいれ……いえ、お願いがありまして」
「「「あははは」」」
街に帰り着いて入場の許可を受けるカイトは、もう馴染みとなった門番達と僅かな雑談を行う。流石に何百回と街の入退出を繰り返せば門番達とも馴染みになる。こういった街の門番達との間で馴染みになるのは、一つの場所に拠点を置いた冒険者ならではと言えた。そして馴染みだから、検査も簡単に終わる。
「はい、じゃあ何時もご苦労さまです」
「いえ、お疲れ様です」
カイトは提出した自身の冒険者登録証の返却を受けると、バイクを押してマクスウェルの街へと入る。そうして、彼は少し視線を上に上げた。
「どしたの?」
「あれ。使い魔」
「あ、ほんとだ。リルさんのかな?」
「だろうな。隠蔽に使われている魔術に見覚えがない。またどこかの異世界の魔術を試験的に運用してるんだろう」
カイトとユリィは空を見上げ、そこに浮かぶ簡易型の使い魔を見る。簡易型と言っても構造が簡易型というだけで、施されている隠蔽はおそらく並の冒険者では気付けないだろう領域だ。さすがは、と言って良いのだろう。と、そんな使い魔はカイトの姿を認め、そして自身の姿をカイトが見付けたのを確認したかの様に消えた。それを見て、カイトも再び歩き出す。
「っと、オレ達ものんびりしちゃいられないな」
「カイトは一度冒険部?」
「ああ。オレは一回そっちに顔出しして、すぐに……ってお前は?」
「私も一回学園に顔出そうって思ってるー。一週間あそこにいたから報告とか何も受けてないからさー」
「あー。悪いな、助かる」
「いいよ、本業がそもそも相棒だし」
カイトの改めての感謝に対して、ユリィが笑って頷いた。今回、カイトは冒険部の長半分マクダウェル公爵半分という立場で動いていた。なので秘密基地でも通信は確保出来ていたが、それもティナだけだ。冒険部との間では一切の報告は受けられていない。
その分艦隊を率いていたティナが受けていたのでそこを経由しておおよそは把握しているが、ユリィは殆ど受けられていなかった。ということで、一度魔導学園に顔を出す事にしたのだろう。
一応、基地の外に出てからは連絡を取ってきちんと問題が起きていない事を確認しているが、直に見て見える事もある。正しい判断だろう。というわけで、自らの肩の上から浮遊して魔導学園へと向かった相棒を見送って、カイトは冒険部のギルドホールに向かう事にする。
「お帰りなさいませ、御主人様」
「ああ、椿。今帰った。何か問題は?」
「いえ。瞬様より帰還が遅れるとの報告が入っている程度です」
「ああ、それについては道中で連絡を受け取って対処した。問題は無い」
「かしこまりました。お荷物の方は」
「頼む」
カイトは自らを出迎えた椿にこの旅の間で使用したカバンを手渡すと、そのまま洗濯に向かった彼女と別れて執務室に入る事にする。やはり現状が現状だからか上層部も殆ど出払っていて、残っていたのは全体の指揮を担っていた桜だけだった。
「ん? 桜だけか」
「あ、カイトくん。お帰りなさい」
「おう、ただいま」
カイトは桜の言葉に軽く片手を上げて応えると、そのまま彼女の横にある自席へと向かう。やはり一週間近くも空けていたら書類は溜まっている様子で、幾つか自身のサインが必要な書類が机の上に置かれていた。
「ふむ……ああ、そういえば瑞樹は? 外を見る限り天竜部隊として出てる様子だったが……」
「瑞樹ちゃんなら、応援要請が入ったので魅衣ちゃんと一緒に出ています。出たのが一時間前なので、もうしばらくは戻らないかと」
「どの部隊だ?」
「楓ちゃんの所です」
「ふむ……確か楓はマクシミリアン領の方で商談だったか?」
「ええ。ただ向こうの商家曰く商材を乗せたキャラバンに道中でトラブルが起きたらしくて、話し合って追加料金を払う事で合意。瑞樹ちゃん……というか天竜部隊が増援に、という感じです」
魔物が普通に闊歩する世界だ。なんだったら地域によっては盗賊だって普通に跋扈している。キャラバンでトラブルが出るのは仕方がない事だろう。なお、この時は盗賊に襲われ、荷物の一部が奪われたそうだ。その中に冒険部向けの資材が含まれていて、盗賊を討伐しなければならなくなったのであった。そこらの詳細を聞いて、カイトは少し考えた後に通信機を起動する。
「ふむ……盗賊か。瑞樹」
『あら、カイトさん。お帰りなさい』
「おう、ただいま。話は聞いた。盗賊の討伐だったな?」
『ええ……流石に資材を奪われては困りますもの』
冒険部としても増援を出さねば、となった最大の理由はやはりこれだったらしい。瑞樹も僅かに困り顔で明言していた。そしてこれについてはカイトも同意する所だ。
この資材は色々な商家を当たって貰って一週間掛けて輸入してもらったものだ。それを奪われてはたまったものではない。また一週間待つぐらいなら、討伐して回収した方が遥かに良かった。というわけで、彼は追加で指示を出す事にした。
「こちらから掛け合ってマクシミリアン家かウチから飛空艇を出させる。今回の一件には皇都より直々の通達がある。あまり遅れるのも良くなくてな」
『そうなんですの?』
「ああ。初回の通信では陛下が立ち会われる。なので起動も陛下の予定が優先される。下手に遅れるわけにもいかなくてな」
すでに皇帝レオンハルトが明言していたが、通信が取れる様になるという事は喩え会えなくても国と国同士で話し合いが出来るという事だ。国と国だ。もし何か誤解があれば外交問題に発展する。
そういった事を避ける為にも、皇国が日本への敵意が無い事を示しておきたい所だった。なので改めて天桜学園の保護を明言する為、彼が来る事になっていたのである。そうすれば、皇国がどれだけ天桜学園を大切に扱っているかわかるだろう。日本側としても無碍には扱えない。
そしてカイトには地球に残している使い魔の考えはわかる。確実にソラの父も向こうに居ると踏んでいた。お互いに色々な思惑があるが、世界初となる異世界のトップ同士の会談になる可能性が高かった。そこらを鑑みた際、マクシミリアン家も動かせると判断したのである。
『わかりましたわ。では、こちらは一旦楓さんと合流し、部隊の用意を整えながらマクシミリアン家の応対を待つ事にしますわ』
「頼む。マクシミリアン家としても討伐退治は軍の通常業務みたいなものだ。拒む事はないだろう」
瑞樹の応答に頷いたカイトは、そちらについては詳しい事は彼女に任せる事にする。現状帰ってすぐだ。魅衣が同行している事は聞いたものの、どういうパーティ構成で向かったのかはまだ詳しくわかっていない。
が、少なくとも彼女らが考えた上でなら信じられるとはわかっている。なら、下手に自分が詳しい指示を出して混乱させるよりそれが最大限動ける様にサポートした方が良かった。
「よし……桜、現状他に何か変わった事は?」
「そうですね……」
「ああ、そういえばアリスは?」
何かあったかな、と考える桜に向けて、カイトがそう言えばアリスが居ない事に気が付いて問いかける。彼女は基本的に桜の補佐を頼んでいる。その彼女もこの場に居なかったのだ。
「ああ、彼女なら手紙が届いたので一度部屋に戻っています……あ、そうだ。ソラくんからの手紙が届いてますから、机に一緒に置いてますよ」
「ああ、なるほど」
手紙というのはおそらく教国の実家からだろう。これについてはソラの手紙と同じく検閲が入っていた為、一緒に送られてきたのだと思われる。というわけで、カイトは書類の束を漁ってソラからの封筒を見つけ出した。
「ふむ……」
報告書に書かれていたのは、やはり流行り病の兆候が見受けられるという所だ。ブロンザイトとしてはこの機に一気に不正を行う執政官を逮捕するつもりであるが、まずは流行り病の流行を食い止める方が先だ。まだそこまでは至っていないのだろう。ソラの筆にはそこまでの剣呑さは無い様子だった。
「よし。わかった……ああ、桜。ティナの方に向かう必要があるから、オレはあちらに向かう。連絡は取れる様になってるから、何かあればそっちへ頼む」
「はい」
己の指示に頷いた桜を見て、カイトは立ち上がる。書類のサイン等については後でも良い。今報告を聞くべき事を聞いて対処したなら、次は『時空石』の実験に立ち会わねばならなかった。そうして、カイトはギルドホームを後にして公爵邸へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1551話『地球からのメッセージ』




