第1544話 地球からのメッセージ ――時空石――
地脈の流れの影響により、『時空石』の調査が出来なかったカイト。彼は地脈の推移を見守るべく一旦は途中にある休憩地点に戻る事にしていたが、そこで大精霊達に状況を問いかけていた。そうして四人の高位の大精霊の一人、物質を司る大精霊であるミコトにより地脈に異常が出ており、その対処に一日必要だという事を教えられる。というわけでその日は諦めて帰還したわけであるが、明けて翌日にはまた地脈にまでやって来ていた。
「今日は何とかなりそうか」
「なりそうだけど……カイト。何時も以上に気を付けてねー」
「りょーかい」
やはりいくら異常が解決したからと言っても、即座に元通りになるわけではない。なので昨日よりもマシではあったものの、地脈の流れは初日よりも遥かに速かった。飲まれればひとたまりもないだろう。とはいえ、やる事に変わりはない。初日と同じ様に鎖で天井に張り付いて移動するだけである。
「さてと。じゃあ、今日も今日とて行きますか」
カイトはそう言うと、鎖を天井へと放り投げる。ここら、この地脈の流れる洞穴のすごい所という所だろう。魔石とはいうなれば魔力の塊。高濃度の魔力の流れである地脈のそばでは頻繁に魔石が生まれる。そして同様に、ある意味魔石の塊と言える外壁に傷ついてもこんな場所なのですぐに再生するのであった。なのでカイトが初日に付けた傷はすでに完全に無くなっていた。
「よし」
天井に突き刺さった杭がしっかりと天井に食い込んでいる事を確認すると、カイトは一つ頷いて足場から飛び降りる。そうして僅かに振り子の様に揺られた後、勢いが十分に乗った所でまた逆の腰に取り付けられた杭を放り投げて天井に杭を突き刺した。
「よし。成功」
「とりあえず真ん中だっけ?」
「ああ。じゃあ、ここでこっちを……」
ユリィの問いかけに頷いた後、カイトは最初に突き刺した杭に繋がる鎖に魔力を通して、展開されていた返しを収納し、再び回収する。
そうして今度は二度目に投げた鎖を使って揺られ、それの勢いが十分に乗った所で再び右腰の杭を天井へと放り投げる。すでに調査が終わっている為、いちいち上に登る必要がないのだ。というわけで、カイトは500メートル程移動して地脈の中心付近へとたどり着いた。そこで、一度彼は立ち止まる。
「さて……確か上流だったな」
初日はこのまま流れに対して垂直に進んでいたわけであるが、すでにこのルートの調査は終わっている。なので次は流れに並行になる様にするだけだ。と、そんな最中、ユリィが問いかけた。
「そう言えばどのぐらい性能がアップしたの?」
「一応、ど真ん中からならこの程度の広さならおおよそをカバー出来るらしい。ってわけで、ここから少しは斜めに進む感じかな。非接触式には出来なかったらしいが」
大体性能としては10倍ぐらいになったらしい。それだけあれば十分だろう。というわけで、カイトは今度は地脈の流れに逆になる様に移動していく。そうして、適度に移動出来た所で今までと同じ様に天井へと登る。
「……ふぅ。この手間を何とかしたい所ではあるが……」
「難しいんじゃないかな。ここだとどうしてもねー」
「そこなんだよなー……」
そもそも非接触式に出来ない理由は、下手に魔術が地脈と干渉しない様にする為だ。一応、電気信号として結果を変換が出来るのならそれでも良いのだろうが、ティナ曰く大きさを考えた場合中々に難しい事になるらしい。
ここは地脈の上。なるべく持ち物は少なくする必要があるし、腰に吊り下げる事を考えれば大きさも限定される。なのでどうしても、搭載出来る機能も限定される。そういった結果、非接触式にするには技術が足りないとの事であった。というわけで、諦めるしかないらしい。
「よし……ここら一帯にも無し、と」
「何がよし、なのさ」
「確かにな」
どうやら検査結果としては反応無しという所だったのだろう。ユリィのツッコミにカイトも笑って検査機を腰に取り付けたホルスターへと入れる。と、その最中だ。唐突に魔力の突風が吹き荒んだ。
「っ!」
「まずっ!」
丁度ホルスターに入れて留め具を付ける所で、突風が吹いたらしい。どうしてもカイトでも身動きが取れず、しかも彼の身体も大きく揺れ動いた所為で検査機が落下してしまう。
が、その瞬間、ユリィが大型化してカイトに左手一つでしがみついて、アーム型の先端が取り付けられた鎖――カイトの救助用の鎖――を投げて検査機をキャッチする。
「「……ふぅ」」
左手一つでしがみついたユリィを抱き留めながら、カイトは彼女と一緒に安堵の吐息を漏らす。これが無くなると面倒だ。一応予備はありそちらも時乃により改良されているが、無くなって良いわけではない。というわけで、一息吐いた後、ユリィが鎖を手繰り寄せて検査機を回収する。
「サンキュ」
「うん……よいしょ」
カイトの礼に頷いたユリィは再び小型化すると、カイトのポケットの中へと戻る。そうして、カイトは一度その場で立ち止まって再び突風が吹く見込みが無いか確認する。
「紐、付けておきたい所なんだがね」
「それはそれで、面倒なんだよねー。紐状の魔石が出来かねないから」
「な」
何度目かになるが、ここは地脈の上。通常の常識は通用しない。そもそも彼らが鎖に吸魔石を混ぜ込んでいる物を使っている理由は、ここの特異性に起因する。
ここでは今の様な突風に限らず、常に高濃度の魔力を含んだ風が吹いている。ただ勢いが速いか遅いかでしかない。それに常に晒されると、必然としてどうしても周囲には魔力の塊が出来てしまう事があるのだ。吸魔石はその点、魔力の吸収率と排出率が非常に良い。故に内部と周囲に魔力が過剰に蓄積される事が無く、魔力が固着する事を防いでくれるのであった。無論、それでも限度はあるが、普通の物質よりも遥かに良い事は事実だ。
「帰ったら、吸魔石を練り込んだ糸の開発でもさせてみるか」
「意味無いというか、ここでしか使わない気がしない」
「それはそうなんだがね。まぁ、軍用品にでも転用出来る……かなぁ」
出来たら良いなー。カイトはそう思いながら、再度の突風の見込みが無いと判断して再び鎖を放り投げる。と、その右側の鎖であるが、どうやら抜けかかっていたらしい。何時もより軽く引っこ抜けた。
「あっぶね……今の衝撃で抜けかけてたか」
「今の突風は中々に凄かったからねー」
「まぁな。ここからも注意して行こう」
落ちるのが一番面倒なのだ。自分なので脱出は容易だと高を括るより、落ちない方が面倒でない。それを知るカイトは一つ気合を入れ直すと、再び移動していく。
そうしてそれを繰り返す事、十数度。気付けばあっという間に数時間が経過していた。というわけで、時計を見ていたユリィがそれを指摘する。
「カイトー。そろそろ休憩挟まないと拙い時間じゃないー?」
「ん?……もうこんな時間か。戻る時間も考えたら、そろそろ戻った方が良いか」
「でしょ?」
「ああ……戻るか」
一応、カイトはここでも十分に動けるだけの訓練を積んでいるという設定で来ている。が、それでもあまりに長い間平然と活動するとシーヴや何も知らない者に訝しまられる。適度な所で戻るべきだろう。
というわけで、カイトはその場で岩壁へと向かう事にする。やはり中央より壁際の方が動きやすいし、掴める物があったり、運が良ければ足場も確保出来る。一休みは出来る。
「お。あの当たりなら、何とか足場になりそうか」
岩壁付近まで移動したわけであるが、どうやら幸い足場になりそうな所が見付かったらしい。なのでカイトはそちらに向けて僅かに軌道修正して移動する。そうして、足場にしっかりと足を踏みしめる。
「よし……少し休憩するか。ユリィ。大丈夫か?」
「問題なーし。まぁ、慣れてるしねー」
「あっははは……慣れたくねぇな……はぁ……」
ユリィある所にカイトあり。そう言われる程に二人は一緒に旅をしていたのだ。であれば、彼がエネフィアで地脈に向かう時には常にと言って良い程に彼女も一緒だった。というわけで、カイトが慣れているのであれば、必然として彼女もまた慣れているらしかった。と、そんなユリィがカイトへと問いかける。
「ここからどうする?」
「とりあえず、靴使って移動しよう。鎖を使って移動するよりこっちの方が確実だからな」
とんとん、とカイトは靴を鳴らす。ここらの鏡面の様な足場は見た目通りよく滑るが、それでも天井に鎖を突き刺して移動するより遥かに安全だった。というわけで、彼は鎖と靴を併用して何とか入り口まで戻る事にするのだった。
さて、時乃により検査機が改良されて更に数日。その間も幾度か地脈の流れが高速化したり安全面への配慮――高濃度の魔力が満ちる空間に長時間居ると、魔力による中毒症状が懸念される――により調査が不可能になる困難に見舞われるも、ついに結果が出る事になった。
「あった!」
「どれ!?」
やはり今まで数日に渡って延々この危険地帯で調査をしていたのだ。やはり見付かったからか、二人共嬉しそうだった。そうして、カイトは検査機のモニターを見ながらその反応があった方角へと指さした。
「あっち。反応がある」
「これかー……少し遠そうだね」
「ああ」
方角としては流れに沿って見ると右手側。カイト達が入ってきた横穴とは逆の方向だ。現在位置からの距離としてはおよそ直線に200メートル先という所だろう。そこから更に僅かに来た方向に戻れば、目的地だった。
「とりあえず移動しよう。ユリィ。しっかり掴まってろよ」
「うん」
もうすでに目的地はわかっている。故に別にゆっくりする必要はない。というわけで、カイトはそちらに向けて少し急ぎ足で移動していく。そうして幾度かの検査を挟みながら場所を確認して、ついに目的地の真下へとたどり着いた。
「この上、か」
「みたいだね」
「見て分かれば良いんだが……ユリィ。今の時間は?」
「今は……11時だね」
「後一時間か……一度戻ろう。で、早めに昼食を食べて、午後の時間を多くしよう」
「それが良いんじゃない?」
カイトの意見にユリィもまた同意する。ここまでに移動や何度かの調査で時間は使っている。今から天井を掘って、としていれば確実に昼は超える。シーヴに目的の物が見付かった事等を報告し、時間をきちんと確保するべきだ、と判断したのであった。
そうして、二人はそこに目印を付ける事にする。と言っても単に旗を立てるだけだ。どうせ半日後、少なくとも明日には回収する。なので簡易なもので問題はなかった。
「よし……じゃあ、戻るか」
カイトは旗を天井に突き刺すと、抜けない事を確認して頷いた。そうして、再び休憩地点へと戻る事にするのだった。
さて、昼を食べて更に少し。カイトは旗を立てた場所へと戻ってきていた。と言っても、掘り進む場所はそこではない。僅かに横にずらしている。
真下から掘り進んでもし万が一衝撃で落下した場合、回収出来ないからだ。ここまで来て不注意でまた同じ事を繰り返すのはさすがのカイトもしたくない。なので、真横に移動して落下しても大丈夫な様にするつもりらしかった。
「で、ここから実際に採掘の作業なんですが……ユリィ。万が一には頼む」
「んー。横穴作っといてねー」
「わかってる」
カイトはユリィの言葉に頷くと、持ってきたつるはしを手にとって底に付けられていた紐に腕を通す。『時空石』は大体ここから3メートル程度上方という所らしい。
「さて……ここからが怖いんだが」
一応、自らを固定している杭は少し離れた所に突き刺している。命綱も勿論そうだ。が、やはり天井を掘り進むという事で、最悪は周囲が一気に剥がれ落ちて真っ逆さまだ。ここからが、ユリィの仕事は本番だった。
「さて……」
カイトはつるはしを構えると、天井に向けて勢いよく打ち付ける。ここは魔力の吹き荒ぶ地脈の上。魔力を通す必要もなかった。そしてさすがは緋緋色金製のつるはし、という所だろう。簡単に、それも深々と天井に突き刺さった。そうしてすぐに魔石の輝く層を打ち崩し、普通の岩石の地層へとたどり着く。
「よし……えっと……」
岩石の層までたどり着いたのを受けて、カイトは一度だけ手を天井に当てて感触を確かめる。特に不思議な感触はない。何か変わった素材というわけではないだろう。それについては一安心と言えた。
そうして、彼は更に岩盤を上へと突き崩していく。と、それがおよそ1メートル程度になった所で、彼は横に小さな穴を掘るべくつるはしを向けた。
「よし。出来た……じゃあ、任せる」
「うん」
掘った横穴は万が一カイトが落下した際、ユリィがそれに巻き込まれない様にする為だ。そうして彼女をそこに降ろすと、カイトは一人更に掘り進む。そして、掘り始めておよそ二時間。カイトは何とか目的の位置にたどり着いていた。
「ふむ……」
カイトは再確認の為、側面に向けて検査機を押し当てる。これで真正面にあれば、目的の『時空石』まで後少しと考えて良いだろう。そうして確認の結果は、確かにこの場所の正面僅かに下1メートル程の距離の所に反応があった。僅かに下なのは、ここから掘り進む際に自らの大きさを鑑みねばならない為だ。
「よし……ユリィー! 何とかたどり着いたー!」
「オッケー! 気を付けてねー!」
「おーう!」
カイトは下のユリィに声を掛けて頷くと、更に持ち込んだ杭――採掘用に持ってきた三つ目――を天井に突き刺して万が一に対処して、更に側面へと掘り進む。そうして、更に数時間後。
「……これ、か」
自らが掘った横穴の中で、カイトは明らかに自身が感じた事のない力を放つ魔石を手にしていた。可能な事ならこれが本当に『時空石』なのか調べたい所であるが、残念ながらここでは無理だ。
というわけで、カイトはこれがそうであるという可能性を信じてそれを腰に取り付けた小袋の中に入れてしっかりと口を閉じる。
「よし。帰ろう」
これで、目的は達成されたのだ。そうして、カイトはゆっくりと自らが掘った穴を下りて、ユリィと共に帰還する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1545話『地球からのメッセージ』




