第1540話 地球からのメッセージ ――小休止――
地球より送られてきた通信機の開発の為、カイトは『時空石』の確保を行うべくマクダウェル領内にあるとある山の中腹付近にある『第三番洞窟』と呼ばれる洞窟へと向かう事になっていた。そうして一日半掛けて移動した彼は、『第三番洞窟』を守るマクダウェル公爵軍の秘密基地へとたどり着いていた。
「こちらです」
案内の女性兵士は基地の司令室の前までカイトとユリィを案内すると、扉をノックした。
「司令。客人を連れてまいりました」
『入ってくれ』
「はい……では、どうぞ」
案内の女性兵士は扉を開くと、カイトを中へと通す。そうして、それを受けてカイトが中に入った。
「失礼します」
「うむ……シーブ君。ご苦労だった。少し彼と内密な話がある故、一旦外してくれ。話が終わったらまた呼ぶので、それまで待機しておいてくれ」
「はい」
どうやらシーヴというらしい女性兵士は基地司令の指示に一つ頷くと、敬礼の後部屋を後にした。そうして彼女が去った後、基地司令がカイトへと頭を下げた。
ここは彼の領内でも有数の重要拠点だ。クズハが信用の出来ると判断した軍の大佐が基地を率いており、彼女が信用しているのなら大丈夫だろう、と自身の正体を明かしていたのである。
「お待ちしておりました、閣下、フェリシア先生。オルヴァー・ドゥーケです」
「ああ」
「お久しぶりー」
オルヴァーというらしい基地司令の差し出した手を握り、カイトは彼に案内されてひとまず応接用の椅子へと案内される。なお、彼がユリィの事をフェリシア先生と言ったのは教え子の一人だから、らしい。もう何十年も前の事だそうだが、それ故に学園長ではなく先生なのだそうだ。そうして、椅子に腰掛けた所でカイトはシーヴが去っていった扉を見る。その顔には僅かな誇らしさが滲んでいた。
「良き兵士達だ。約十キロ先から、オレの接近に気付いていた。更には念話の隠密性も十分、良いと認めて良いだろう。接近も静かだった。これなら、基地を安心して任せられる」
「ありがとうございます」
カイトの称賛にオルヴァーが頭を下げる。無論、高地を押さえているという利点があった。そして来る事を教えられてもいる。が、何時来るか、というのは分からない。十キロ先の時点で気付けていれば十分だろう。
高位の冒険者であっても十キロの距離を一瞬で移動、というのは転移術を使わねば難しい。そしてこの基地には転移術を阻害する結界も展開されている。これだけの距離があれば十分だろう。というわけで、ひとしきりの社交辞令の後、オルヴァーが問いかけた。
「それで、閣下。地脈に入られるという事でしたが……一体如何なるご用事でしょう。地脈に入られる程の事ですので、よほどと思われますが……」
「あはは。正気か、と疑われるのはわかっている。が、どうにも師が取ってこいって事らしくてな」
「師……武蔵様か小次郎様ですか?」
「いや、地球の。ティナの呼び出し一発でさもこっちまで平然と来るんだから、ぶっ飛んでるよな」
あっはははは、と笑うカイトに対して、オルヴァーは思わず目を丸くする。が、カイトの師だから、と思えば納得出来たらしい。呆気に取られながらも頷いていた。とはいえ、そんな彼もその人物がカイトの土手っ腹に風穴を空けられる程の女傑と聞けば、おそらく困惑していただろう。
「は、はぁ……それで、今回は一体如何なる理由で?」
「ああ。実はその師がエネフィアではまだ未発見の素材を使って、とある魔道具を作る事を提言しててな。一応、リル殿やティナら一流の研究者いわく、エネフィアにも存在しているだろうという話でな」
「とある素材、ですか?」
「ああ。『時空石』と地球では呼ばれる素材だ」
「『時空石』……聞くからに厄介な名ですね」
どうやらオルヴァーも名前だけで厄介なのだろうと理解したらしい。まぁ、名は体を表すと言う。明らかに時空間に左右するだろう名前だと理解するのにさほど苦労はしない。それに、カイトも頷いた。
「ああ。時空間に作用する可能性があってな。情報の秘匿レベルは最上級。この基地でこれに関して語れるのは大佐ぐらいだと思ってくれ。すでに皇帝陛下よりも情報の封鎖について命令が出ている。追って、大陸間会議、大陸会議の両方からも同様の命令が飛ぶだろう」
「それほど……かしこまりました。本件については厳重に秘匿させて頂きます」
「頼む」
オルヴァーの明言にカイトは一つ頷く。基本的に地脈で何を回収し、というのは軍の記録として記録される。勿論、それに偽りがないかきちんと調査もされる。
持ち込む物一つについてもしっかり身体検査がされた上だ。ということで必然として『時空石』がもし回収出来たとしても一度は検査を受けねばならない。というわけで、彼に命じて情報の封鎖をさせたのであった。というわけで、一通り必要な事を問いかけたカイトは今度は逆に統治者として問いかけた。
「それで、大佐。ここらの守備に変わった事は?」
「いえ。こちらは特に問題は。強いて言えば近年の技術の発展に伴い、ギルドの保有する飛空艇の性能も上がっており……若干隊員達の巡回における隠密性に不安が、という所でしょうか」
「それについては現在、新型の結界展開装置が開発中だ。それまで負担を掛けるが、申し訳ないが頼む」
「いえ。基地の者達は皆、この基地の重要性を理解しております。ご安心ください」
カイトのねぎらいに対して、オルヴァーが首を振る。それに、カイトもまた頷いた。
「そうか……基地の修繕等に必要な所はあるか?」
「いえ。一昨年前の夏に改修を行っておりますので、現状問題は出ておりません」
「そうか。防寒具等、不足があればすぐに申し出ろ。この基地の重要性はオレも就任当時から理解している。特に現状だ。その重要性が上がる事こそあれ、低くなる事はない。わずかにでも兵士達の負担が減るのであれば、即座に対処する所存だ。忌憚なく申し出てくれ」
「ありがとうございます」
カイトの言葉にオルヴァーは再度頭を下げる。カイトのこの言葉は嘘ではなく、彼とてこの基地の重要性はしっかりと認識している。故にこの基地の負担の軽減については最優先で処理させていたし、この基地の隠密性を確保するべく結界の展開装置についても最優先で進めさせている。そうして更に彼は幾つかの現状を聞くと、一つ頷いた。
「そうか。ひとまず、地脈は安定しているか」
「はい。昨今何か問題が起きている、とは報告を受けておりません」
「ふむ……」
カイトが報告を受けていたのは、ここ数ヶ月における地脈の状況の検査結果だ。当然、地脈の側にある以上は地脈の状況も監視内容に含まれている。
それは定期的に纏めてマクスウェルの軍基地に送られて、異常があればカイトに報告される仕組みだ。が、やはり直に見ている者から話を聞く事でわかる事もあるかもしれない、と聞いていたのである。
これは今回の彼の活動に大きく関係してくるわけではない。これは邪神復活に関しての事だ。邪神やその眷属達は現在、地脈にて眠りに就いている。
であれば、必然として復活の際には地脈に異変が起きる事になっている。こればかりは地脈に居る以上、避けられない。それを検出出来れば、敵の来襲に備える事が出来るのだ。
「まだ復活が遠いのか、皇国ではないどこかで目覚めるのか……それは流石にわからんか……」
もしこの付近で復活の予兆があれば、確実に掴めるのだ。後者であれば仕方がないが、前者であれば今はまだ復活が遠いという事なのだろう。遺跡の調査に手を回したのは正解と判断して良かった。
「……よし。ひとまず、問題が出ていないのなら問題はない。が、もし地脈に異常が感じられた場合、即座に緊急通報システムを起動して報告を。また、もし必要であれば基地の放棄も認める。奴らを一秒でも食い止める、と考えるな。反攻作戦についてもすでに計画が進んでいる。いたずらに死ぬ必要はない。足止めが必要ならば、オレが引き受ける。今回の反攻作戦では、オレ以外にも多くの主力が参戦する。オレの消耗を気にする必要はない。一兵でも多く反攻作戦に参加させる事を肝とせよ」
「はっ」
カイトの命令にオルヴァーが了承を示す。すでに反攻作戦は立案され、承認も下りている。この負けが無い事は他の誰より、カイト自身が信じている。自身が居ないでも問題がない、と信じている。であれば、彼は必要とあらば自身が足止めとなるのも手として判断していた。
「よろしい。では、引き続き地脈の監視を頼む」
カイトはオルヴァーの了承に頷くと、一つ頷いた。そうして、必要な事を伝えたし聞いたのでそれで会談は終わりとして、再びシーヴに案内されて部屋へと向かう事になるのだった。
さて、オルヴァーとの会談から少し。カイトはしばらくの拠点となる部屋に戻ると、明日に備えて最後の準備を行っていた。
「そうか。そちらも出発したか」
『うむ。ゴーレムの調整も何とかなってのう。とりあえず、これでこちらは調査に移れる』
ティナはモニターに今回用意したゴーレムの映像を展開すると、それをカイトへと提示する。彼女が調査する事になる『飛空石』の地層だが、これは何十メートルにもなる巨大な『飛空石』があるわけではない。エネフィアという星の地層の一つに『飛空石』を多量に含んだ地層があり、それが星の中心で発生している重力を軽減しているとの事であった。
そしてこの地層であるが、カイト達がエネフィアを去っていた三百年の間に学術的な調査が進んでおおよその深度がわかっていたらしい。それによると、最低でも数十キロ以上地下という事だ。どうやら地殻とマントルの境目にあるのでは、というのが現在の通説らしかった。
「まぁ、流石に数十キロもボーリング調査なんぞできんからな」
『というより、マントル層までのボーリング調査なぞ地球でもやっておるかどうか』
「流石に出来ないんじゃないかね……まぁ、そりゃ良いか。それで、それと」
『うむ』
カイトの言葉に頷いたティナは改めてゴーレムの外観をカイトへと提示する。形状としては小型の車に似ている。が、ドリルが先端にあり、地下へと掘り進んでいける構造だ。
『先端のドリルは緋緋色金でコーティングしており、強度を確保。レガドより提供された小型魔導炉を搭載しておるので、燃料切れの心配も無い。ソナーの探査半径はおよそ1キロとそこまで広くはないが……まぁ、移動していけるので問題は無いじゃろう』
「地中の魔物には?」
『無論、対応済みじゃ。と言っても、単に隠形するだけじゃがのう。流石にこれに戦闘能力は持たせておらん。規模が規模じゃし、サンプルの回収の為のスペースも必要じゃしな』
「そうか……まぁ、そちらについてはお前に任せている。問題がないのならそれで良いよ」
ティナの解説にカイトは一つ頷いて、それについては彼女に引き続き任せる事にする。というより、そもそも自身ではどうにもならないからあちらを彼女に任せたのだ。そしてそれは彼女もわかっている。というわけで、カイトもまた簡単な報告を受けるだけに留めておく。
『うむ……で、そちらはどうじゃ?』
「こっちは明日からだ。さっき基地の司令との会談を終わらせた所でな」
『ふむ……何か変わりはあったか?』
「いや、とりあえず問題は起きていないらしい」
兎にも角にも今日一日は準備に当てるつもりでいた。基地に何か問題が起きているのならそれに対処するつもりだったし、昼以降の到着になるだろう、というのは最初からわかっていた。下手に移動で疲れた身体で洞窟に入って万が一があれば困るのだ。正しい判断だろう。というわけで、カイトは現状考えられる問題点等をティナと話し合い、明日に備える事にするのだった。
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