第1524話 オプロ遺跡 ――壮絶な遊び――
ティナとシャルロットの両名がそれぞれヴァールハイトの本体と人工知能の操る巨大ゴーレムとの戦いを行っていた頃。高空へと飛び出したカイトはというと、そのままカナタを追跡して飛翔を続けていた。が、それもある程度まで行った所で、決断を下さざるを得なかった。
「……ユリィ」
「ん……そだね」
「すまん……ホタル。こいつと共に地上の支援を頼む。どうやら、眠り姫はオレ単騎をお望みらしい」
「了解」
上昇を続けるカナタを追っていたわけであるが、流石にそれも成層圏も中頃となると止まらざるを得なかった。というのも、流石にこれ以上の高度になると戦闘が難しくなるからだ。
まず常に降り注ぐ各種の宇宙線に対応しつつ戦闘せねばならない。その対応にはどうしても学術的な知識が重要になってくる。カイトならまだしも、こちらの出身となるユリィにはなかなかに厳しい話だ。
そこらをティナによってインストールされているホタルはなんとかなるが、それでも宇宙空間に対応出来るかは未知数だ。その危ない橋を渡らせる事は出来なかった。というわけで、カイトは二人と別れるとこちらを待っていたカナタを再び見上げる。
「さて……」
こちらを見ていたカナタはカイトが自分を見た事を受けて、再び飛翔を再開する。そうして、成層圏を進み続ける事少し。ついに成層圏が終わるという所にまでたどり着いた。そこでカナタが停止する。
「もう追いかけっ子は満足か?」
「ええ。ここなら、誰も来ないでしょう?」
「まぁ、普通は生身でこの領域になぞ飛ばねぇからな」
カイトは首を鳴らしながら周囲を見る。幸か不幸かどうやら月明かりと星明りが周囲を照らしてくれているらしい。十分、戦える。更に言うとここはだだっ広い空間だ。思う存分戦えるだろう。
「それで? 何故この高さまでわざわざ?」
「いえ……飼い主にはきちんと全てを見せておくべきでしょう?」
「ん?」
にこり、と優雅に笑うカナタに、カイトが首を傾げる。そうして、彼女の背に今まで消えていた二対四枚の純白の翼が生えた。
「ふぅ……これがまずは、私の第二形態」
「かわいい天使だ事だ」
「ありがとう……それで、これが第三形態」
ぶんっ、と大気が鳴動する。カナタの身に現れたのは、複雑な紋様。それと共に神の力が彼女には宿っていた。しかし、まだ彼女は終わらない。
「来なさい」
カナタが何かへと呼びかける。すると、遠くの彼方から何かが飛来した。
「私専用の装備……<<堕天使の羽衣>>。貴方達の認識に当てはめると、魔導鎧という所かしら」
彼方から飛来したのは、何らかのカプセルだ。それはカナタの真後ろで停止すると、ぷしゅっ、という音を立てて中身が飛び出して彼女の身を包む。
「なるほど……でも何故こんな所に?」
「どこでも送れる様にする為。それと、これを使う時は地上ではまともには戦えない為よ」
カナタはそう言うと、三メートルほどもある超巨大な刀を一振りして大破壊を引き起こす。丁度彼らの姿を見て、高空に存在する巨大な鳥型の魔物が高速で飛来していたのだ。が、その魔物はカナタの一撃で完全に跡形も無くなっていた。
「ふふ……久方ぶりだけど、調子は悪くないわね」
「なーる……納得。こりゃ、地上じゃ使えねぇわ」
明らかにまともじゃない兵装を見て、カイトは思わず笑うしかなかった。彼女の身に纏う鎧には大きな篭手があり、魔導鎧というよりもどちらかというと一葉達の魔導殻の方に近かった。あれと魔導鎧の中間と言って良いだろう。しっかり運用出来る様に作られていた。
「にしても、武器は片手剣と思っていたがな。まさか刀か。しかもこれまた大きい」
「お母様の形見よ? これを使うのは、団長さんが初めて」
「それはそれは光栄の極み」
この大太刀を使っていたという母親とは一体どんな人物だったのだろうか。カイトは思わず苦笑する。この大太刀を女だてらに使いこなしたというのだ。生身か鎧ありかは分からないが、少なくとも途轍もない戦士だという事は事実だろう。と、そんなカイトに、カナタが何時もの妖艶な笑みを浮かべて問いかけた。
「あら……大きなのはお嫌い?」
「さて……大きいのも小さいのも良いが、自分にしっくり来るのが一番良い」
カナタの問いかけに対して、カイトは刀を取り出す。それに、カナタが舌なめずりした。
「あぁ、良いわ……さぁ、団長さん。始めましょう?」
「ああ、良いだろう。少々、じゃじゃ馬娘と遊んであげよう。どんな遊びが良い?」
「あら……エッチな遊びは嫌よ? 私、まだ未経験だもの。捧げるにはまだ出会って早すぎるわ。それよりもっともっと、熱くなれる遊びをしましょう?」
「あっちはあっちで熱くなれるが……ま、お姫様がそれをお望みなら仕方がない」
妖艶な中に獰猛な牙を見せるカナタへと、カイトも獰猛に牙を剥く。そうして、カナタが消える。
「じゃあ、始めましょう! 私達のダンスを!」
消えたカナタが現れたのはカイトの真正面。彼女は荒々しく笑いながら、カイトへと刀を振りかぶっていた。そうして両者の剣戟が交差して、閃光が迸った。
「あははははは!」
狂気に冒される様に笑いながら、閃光の中でカナタがカイトへと剣戟を繰り出す。その一撃は一撃一撃が数キロに渡る破壊を引き起こし、空間を引き裂いていく。が、その爆心地に居る筈のカイトは刀も抜かずただ回避するだけで、涼しげだった。
「ほぉ……良い威力だ。ま、まぁまぁとしておいてやろうか」
「あら! 余裕ね!」
「勿論。子供は好きなんでね。評価も甘々だ」
「あら……じゃあ、こんなのはどうかしら」
真正面から打ち込んでいたカナタが消えて、唐突にカイトの背後へと現れる。瞬間移動もかくやの神速。ここまで荒々しい力を振るいながらも、彼女は力に振り回されていなかった。が、そんな彼女に対して、カイトは更に上だった。
「ああ、良いな。子供が振るうにしては、良い回り込みだ。三段階評価で優をくれてやろう」
「!?」
まるで遊ばれる様に耳元で囁いたカイトの声に、カナタが目を見開いて前へと飛び出して半回転する。それに、カイトが笑う。
「あはははは。なかなかに良い反応速度だな。これも、優としておいてあげよう」
「レディの後ろに立つなんて……失礼ね」
「これは失礼……とはいえ、この程度か?」
「あら……もっと上へ行って良いのね」
努めて優雅な一礼を行ったカイトの問いかけにカナタが笑う。そうして、彼女は再度消える。が、次は真正面ではなく、カイトの背後だ。それに、カイトは軽く刀を背後に回すだけで防ぎ切る。そして、次の瞬間。斬撃の痕跡だけを残して再び彼女が消えた。
「見えているよ」
「っ!」
まるで遊ぶ様に楽しげな顔で自身の移動した先に視線を向けたカイトに、カナタが目を見開いた。これだけやって、彼はまだ遊んでいる。まだ底を見せていない。それが、カナタには嬉しくて仕方がなかった。故に、彼女もまたさらなる進化を見せる。
「ほぅ……」
消えては現れ。現れては消え。転移術と<<縮地>>による移動を繰り返しながら自らの周囲を跳び回るカナタに、カイトは僅かに片眉を上げる。
確かにこれはなかなかに良い腕と言える。しかも凄いのは、この転移の度に斬撃まで残している事だ。が、これに。カイトはあくまでも本気を見せる事はなかった。
「ふぅ……」
とはいえ、やはり遊んでなんとかなる領域とは言えない。なのでカイトは一度呼吸を整え、目を閉じて意識を研ぎ澄ませる。この連撃は一撃一撃が数キロを吹き飛ばす威力だ。にも関わらず、無数に飛んでくる。
おそらくまともに受ければ数秒も必要なく消し炭も残らないだろう。が、この攻撃は全て同時ではない。故に、対処法は幾つもあった。いや、同時であっても対処法はある。
(甘いなぁ……ここら、もしお前が熟練なら全部が同時に着弾する様に転移を重ねるってのに)
ま、更に言えばその上に至れば全てが同時に着弾する上に、共鳴して威力を高められる様にするんだがな。カイトは内心で笑いながら、全てを相殺させるべく一つ一つを神陰流を使い斬り裂いていく。そうして、それら全てを斬り裂いた後。カイトはようやく目を開いた。
「はぁあああああ!」
「ほいっと」
最後に突っ込んできたカナタに対して、カイトは転移術を行使して大きく距離を取る。そこに、先の斬撃の勢いを利用してカナタが再び斬撃を放った。
「ふんっ!」
放たれた斬撃に、カイトは刀を鞘から抜く事さえなくそのまま気合一つで防ぐ。そんな彼の背後に、今度はカナタが転移術で肉薄していた。が、そうしてカナタから放たれた斬撃が引き裂いたのは、彼の幻影だった。
「っ!?」
本物はどこに? カナタはかき消えたカイトの姿に周囲を見回す。それにカイトは再度後ろから声を掛けた。
「誰を探している?」
「!?」
「おっと……今度は離さないぜ?」
楽しげに、カイトが笑いながら<<縮地>>での離脱を測ったカナタの首根っこを掴む。が、それに対してカナタは転移術で消えた。
「!?」
「やほ」
「っ!」
転移に対しては転移で。転移術を繰り返しながら逃げるカナタに対して、カイトは常にその背後を取り続ける。そうして転移術合戦は己の敗北を悟ったカナタは、一つ気合を入れてこの千日手を終わらせる事にした。
「はぁああああ!」
「おぉ!」
ごぅ、と吹き荒んだ破壊の嵐に、カイトが楽しげに笑う。ここが宇宙空間の一歩手前である事を活かした、見境なしの一撃だ。それはカイトを大きく吹き飛ばしていく。そうして仕切り直したカナタは再度カイトへと追撃を仕掛けていた。それに、カイトは自由落下を行いながら楽しげに告げてやった。
「そろそろ、お兄さんの番だな」
「っ」
ぞわり。何かが変質するのを、カナタは知覚する。そうして、次の瞬間。今度はカイトの背に黒白の翼が現れる。
「……私の真似?」
「いいや? 恋人からの贈り物でね……これが凄い贈り物でね。君なら、わかるかな?」
「……何、今の……」
見えなかった、気付けなかったという領域ではない。眼の前に現れたカイトが行ったのは、明らかに可怪しい。転移術なら起こる筈の空間の歪みも、障壁の消失も一切が無かったのだ。
あまりにあり得ない出来事に、カナタが思わず愕然となる。数多の英雄と戦い、数多の追跡者達と戦った彼女をして見たことがない現象。そう言わざるを得なかった。そうして愕然となった彼女へとカイトはゆっくりと、それこそ花を触るかの様な優しさで首筋に手刀を叩き込む。
「はい、一度」
「っ……」
何が起きたのかが、分からない。自分より圧倒的な格上。それを、カナタはここで心底理解した。
「さぁ、まだ続けるんだろう?」
「っ……」
カナタはカイトの言葉に、悔しさと共に歓喜を得た。この男は自分より遥かに強い。それを心から理解出来たが故に嬉しく、そして同時に内心に潜む獣がこの男に勝てない事を悟ってしまっている事が悔しかった。
が、それ故にこそ。彼女はカイトが遊んでくれるのが嬉しかった。遊びには見えないかもしれない。だが、これは彼女にとっても遊びなのだ。
遊んでくれる相手の殆ど居なかった彼女にとって、自分の本気の遊びについて来れる、否、それをして決して及ばない相手が居てくれる事はこれ以上の無いほどに嬉しかった。
「さて……今度は片手無し。この状態で遊んでやろう」
「あら……本当に余裕ね」
「ああ、余裕だとも。子供がその領域でプロをやってる大人に勝てる道理なんて無いだろう?」
ああ、なんて当然。この男は間違いなく戦いのプロ。生粋とは言わなくとも間違いなく世界一の戦士だ。そんな相手に、カナタはもはや後先を考えずに向かっていく。もはや自身の技ではこの男には通用しない。であれば、やる事は唯一つ。
(そうだ、全力で来い。存分に遊んでやる……そして、遊び疲れたら寝ると良い)
先程より更に力を漲らせ、どこが上限値なのか分からないほどの進化を見せるカナタに、カイトはあくまでも大人として微笑みを送る。そうして、そんな戦いは夜を徹して行われる事となる。が、そんな遊びも朝日と共に終わりを迎える。
「はぁ……はぁ……」
「さて……一晩中遊んで、どうだった?」
息も絶え絶えのカナタに対して、カイトは戦闘前と変わらぬ様子だ。バカみたいな魔力保有量。それが意味する事は出力以外に、実はもう一つある。それはこの持久力だ。
全力さえ出さねば彼は一ヶ月戦った所で疲れる事はないのだ。こうなるのは、必然だった。圧倒的なカイトの余力を前に、カナタは負けを認める様に力の放出を解いた。
「あぁ……駄目ね……まだまだ遠いわ……これでも、並の神でさえ倒せるのだけど……」
「そりゃそうだ。オレは大人。そして最強だ。もっと色々と成長しないと、今の君じゃあ到底オレには届かない」
「……残念。ちょっとは興奮させられるかも、って思ってたのに」
「マセガキだな」
「ふふ」
何時もの妖艶で淫靡な笑みをカナタが浮かべる。が、そこには何時もの力は宿っておらず、そしてそれと共に身体からも力が失われた。そうして、彼女が目を閉じる。どうやらもう浮かんでいられる余力も無いらしい。ゆっくりと、彼女の身体が重力に従って落ちていく。
「おっと……もうおやすみか?」
「ええ。おやすみなさい、団長さん。次の時には、貴方を興奮させられる様に頑張るわ」
「ああ、頑張れ」
楽しげにカイトがカナタの言葉に応じ、落下する彼女の身体を抱きとめる。そうしてお姫様抱っこされる形となったカナタは深く息を吐いた。それに、カイトが微笑む。が、その次の瞬間。カナタがいきなり目を見開いた。
「ん!?」
「ふふ……この意味でも、興奮させて良い?」
「はぁ……マセガキが。10年早い」
カイトの唇を奪ったカナタは妖艶に淫靡に笑う。それに対して彼はため息と共に彼女の頭にデコピンを叩き込む。それに、カナタが不満げに口を尖らせた。
「あら……失礼ね。これでも貴方と同い年よ」
「残念……実はオレ、お前より年上なんだよ。おっさんじゃないけどな」
「……」
ここに来てようやく真の姿を晒したカイトに、カナタがぽかん、と目を丸くする。
「ふふ……本当に、遊ばれたわけね」
「ああ。こっちの時は遊ぶさ」
カナタが笑い、カイトもそれに笑う。そうしてカイトはカナタを抱っこしたまま緩やかに降下を始め、その最中に彼女は疲れたのか寝息を立て始めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1525話『オプロ遺跡』




