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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第71章 いにしえより遺る者編

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第1521話 オプロ遺跡 ――天使製造計画――

 カナタの意思によって始まった彼女とカイトの戦い。それは冒険者の上位層でさえ手を出せない領域での戦いだった。そうして超高空で行われる蒼き勇者と蒼銀の戦乙女の戦いの一方。ゴーレムの軍勢に攻め掛かられた調査隊の陣地でソラ達が奮戦していた一方で、オプロ遺跡の中央建屋はある程度の静寂を保っていた。

 が、そんな静寂の中を悠然と歩く者が二人。その片方のティナはもう一人となるシャルロットと別れ、第二所長室へと足を運んでいた。理由は勿論、そこにあるブラックボックスを破壊する為だ。


『おや……案外ここまで早く来れたものだ。もう少し足止めが出来ると思っていたのだがね』


 自らの前に姿を現したティナを見て、ヴァールハイトが楽しげに笑う。それに、ティナが問いかけた。


「ふむ……別に驚いてはおらん様子じゃのう」

『まぁ、なにせ君達と共に居たシャルロットちゃんがあの女神ムーンだというのだ。であれば、君もそれ相応の力を保有すると考えて良いだろう、と考えてね。君たちの飛空艇の速度を鑑みて、それが到着するのは明日の朝と考えて良い。君達の様な者がのんびりとしてくれるか、というとそうではないだろうと考えていたよ』

「つまり、転移術で余らがこちらに密かに来る事も想定内であった、と」

『まぁ、そういう所だね。にわか仕込みの独学だが、一応は軍略も学んでいてね。この状況なら君たちは外の増援より元凶たる私を倒す事にする、と考えたのさ』


 ティナの問いかけにヴァールハイトははっきりと頷いて、その上でその判断理由を語る。が、それならそれで彼女には理解出来ない事が幾つかあった。


「ふむ……なら何故あまり兵力をこちらに寄越さぬ」

『ふむ……良い質問だ。まずは一つ。ここで暴れると必要な……うむ。君達に必要なデータが失われる可能性があるから』

「ふむ……」

『二つ。流石に娘の私物がある部屋を破壊するわけにもいかなくてね。いや、まぁ、後で怒られるのが怖いから、というだけさ』

「ふむ……」


 ヴァールハイトの言葉にティナが呆れ混じりながらも先を更に促す。流石にこれだけとは到底思えなかった。どちらもあまりに些細過ぎるからだ。そしてその通りで、彼は最後の一つを明言した。


『それで、最後。この研究所にあるゴーレムでは君達の足止めが出来ないと判断しているから』

「ほぅ……余らが上と理解しておるか」

『勿論。それこそここに残った全ての兵力を動員したとて、君達……いや、カイトくん一人に勝てないだろう』

「む? えらくあれを買っておるのう」

『あはは。私ではなくカナタが気に入ったんだ。その判断を信じているだけだよ。あの子はこの研究所の全ての兵力……全盛期の戦力を倍にしたとて到底及ばないだけの戦闘力を持たせている。残念ながら、大戦の時にはある物が間に合わなかったので出ず仕舞いだったけどね。そのあの子が、カイトくんをひと目で気に入った。相当な……それこそ我々の時代に生きていれば趨勢が変えられただろうほどの力を持っていたと考えているよ』


 どうやらヴァールハイトは自身の判断ではなく、カナタがカイトを気に入ったという一点のみを判断基準としているらしい。まぁ、カナタの事を誰よりもよく理解しているのは彼だろう。そして彼女にあの力を授けたのも彼と考えて良い。であれば、彼にしか分からない事もあるのだろう。それについてはティナもそういう物、と納得する事にした。


「まぁ、それについては正しいと断言させて貰うとしようかのう。が、それなら何故この様な事を起こす?」

『ああ、それはまぁ、彼女にとって、ひいては私にとって必要な事なんだ』

「ふむ……? 妙なことを言うのう。こちらが圧倒的に上と認めておきながら、事を起こした。こちらの戦力を測るとも思えんのう」

『カイトくんの事をカナタが本当に気に入っているらしくてね。彼女は闘争欲求を満たせるとぶつかっているだけさ。敢えて言えば、ネコがじゃれているぐらいと思ってくれれば良いよ』

「随分と大きく、そして凄まじいネコじゃのう」

『あはは。ヒョウにせよライオンにせよ、ネコ科だ』


 ティナの軽口にヴァールハイトもまた軽口を返す。そうして、そんな彼は改めて話を本題に戻した。


『まぁ、君なら既に理解しているだろうけれど……カナタは生存欲求、闘争欲求等を一手に引き受けていてね。分かっていると思うが、欲求は解消されねばならない。そして彼女の欲求はかなり長い間蓄積され続けた』

「ふむ……よかろう。カナタとやらが此度の案件に加わった理由は理解した。そしてそこに瑕疵は無い。無論、これが全て真実であるのなら、という話じゃが」

『無論、真実だとも。私は鬼畜外道だと自認しているが、娘の為にならない嘘は言わないよ』


 ティナの答えにヴァールハイトは何時もの笑みを浮かべて断言する。勿論、彼とてこれを言ったとて信じられるかどうかはまた別だ、とも理解している。そんな彼にティナが改めて問いかけた。


「で……その上での問いかけじゃ。何故此度の事を起こした?」

『おや……』


 ティナの問いかけにヴァールハイトは目を見開いた。どうやら、真実を言っていない事に気が付かれていたらしい。が、これは違った。カマかけだ。ここら、同じく知を持つ者でも研究者と政治家の差が現れていた。


「ビンゴ、か。お主は研究者としては余も一流と認めよう。が、戦略家や軍略家としては二流以下と言わざるを得んのう」

『……はぁ。ああ、認めよう。これ以外にも勿論、理由があるよ』


 そもそも、今までの話を読み解けば今回の一件はカナタの欲求不満を解消する為に引き起こされたと見て間違いない。カイトと心ゆくまで戦いたいのなら、邪魔を牽制する必要がある。これだけでも十分に筋が通っていた。

 が、ティナは何というか軍師としての本能というべきか、直感で更に裏に何かがあると理解したらしい。カマをかけた、というわけである。


『さて……それを語る前に、カナタの身体についての話を続けておこうか。カイトくんは知らなかったが……君はモザイク症候群という病を知っているかね?』

「……申し訳ない。余も知らぬ」

『そうか……ほら、これがその病の特性を記した資料だ。君ならすぐに読めるだろう』

「ふむ……」


 ここで嘘を言う事はないだろうし、何よりサーバールームに向かっているシャルロットに聞けば一瞬でわかる事だ。ティナは嘘は無いと判断して斜め読みで資料を読み込んだ。そうして得たのは、似た症例について聞いた事がある、という所感だ。


「ふむ……名前は違うが、似た症例は聞いた事がある」

『ほう……まぁ、当然か。参考までに聞いても良いかな?』

「……因子複合性症候群。複数の因子が組み合わされ、身体に変調を来す先天性の病じゃ。正式な名は更に長ったらしいが、一般にはそれで呼ばれておるよ。正式な名は……確かなんたら併発症候群とか言うたかのう。医者で無いのですぐには出てこん」

『おそらく、それだろうね』


 名は体を表す。読んで字の如くのネーミングを聞いてヴァールハイトはおそらく同一の病だろう、と判断したようだ。納得した様に頷いていた。そんな彼に、ティナは肩を竦めた。


「まぁ、貴様の娘がその病であるというのは疑いはせんよ。まだ詳細な検査結果は出ておらんが、そう掛からず結果が出るじゃろうからのう。その検査をした事を知るお主が嘘を言う事はあるまい」


 検査結果が出ている事そのものはカイトが伝えていた。なら、その中にこの検査結果が含まれていたとヴァールハイトは判断していたとて不思議はない。というより、普通はそう判断する。

 それ故、ティナは彼がこの程度のバレる嘘を述べるリスクを避けると判断したようだ。そして実際、彼は嘘を言っていない。ここから先を話す為には、これがどうしても前提として存在してしまうからだ。


『うむ……さて、それでこのモザイク症候群。この時代で治療法は確立出来ているかね?』

「……残念ながら、根本的な治療については出来ておらん。対症療法的に因子の抑制を行う事で何とかしているだけじゃ」

『まぁ、そうだろう……私はその完璧な治療法を見つけ出してね』

「ほぅ……それは凄いのう。が、その為に数百人の子供に人体実験を施した、と」

『うむ。カイトくんにはハリティー、鬼子母神と例えられたよ。実際、私もそう思うしね』


 睨みつける様なティナの視線に、ヴァールハイトは苦笑しながら少し前の事を語る。ティナとしても得た感想はそれしかない。が、今は彼の罪を糾弾する場ではない。故に、彼は先に話を進める事にした。


『『天使の子供達エンジェリック・チルドレン』計画。君も名前は聞いたと思う。そしてこれは私の推測だが……『人造天使アーティフィカル・エンジェル』製造計画は君も聞いているだろう?』

「シャルから聞いたのう……人造で神使を作る計画、と」

『うむ。まぁ、私はこの計画に参加はしていない。とある筋から、この計画について情報提供を受けてね。それでその理論を私なりに改良したのさ。そうして出来上がったのが、『天使の子供達エンジェリック・チルドレン』計画というわけでね』


 ヴァールハイトは特に誇るでもなく、単なる事実を事実として語る。そんな彼はカナタに施した施術の結果を、ティナへと教えてくれた。


『まぁ、君も研究者だ。どうやったか等を話し始めれば長くなる事はわかるだろう。なので結果だけを話せば……複雑に絡まり合う因子を小規模の世界と見立てる事にしてね』

「!? なんじゃと!?」

『おぉ、これが意味する所を一瞬で理解するか。君はやはり相当に賢いらしいね。凡百の学者達がその真意を理解するのにどれだけ議論を重ねた事か。ここの所長がそう言っていたよ』


 自らの結論を聞いただけで全てを理解したティナに、ヴァールハイトは上機嫌に頷いた。が、それに対するティナは驚きを隠せないでいた。


「それはどうでも良いわ! お主が言った事……それが意味する事は人造に神を作るに等しい! もはやそれは天使(エンジェル)ではなく(ゴッド)! それも、世界(ワールド)を創るに等しい! それでは本末転倒じゃ! 敢えて本意に沿って名付ければ、『創世神(ジェネシス)』計画ではないか!」


 笑うヴァールハイトに対して、ティナは依然として声を荒げていた。これは彼女の言った通り、本来の目的とは逆転していた。いや、それどころか結果さえ逆転していたと言っても過言ではない。

 本来、『人造天使製造アーティフィカル・エンジェル計画』とは世界を神と見立て、その力を借り受ける神使を創るという計画だ。が、彼は逆にその神を創り上げてしまったのである。故に、ティナは『創世神(ジェネシス)』計画と言ったのだ。


『あははは。うむ、その通りでね。この結果については私も実に想定外と言わざるを得ないよ。が、最初には『天使の子供達エンジェリック・チルドレン計画』という名前で進めていたので、そのままにしていただけでね。計画が進む内に本来の意味から変質してしまった稀有な例という所かな』

「笑い事か!」


 笑いながら面白いだろう、とでも言わんばかりのヴァールハイトに対して、ティナは大いに声を荒げる。というのも、これは単に神を作るよりも更に上だったからだ。


「単に神を作る……神の因子を注ぎ込む程度なら誰しもが考えよう! が、お主は小規模とはいえカナタの体内に世界を創り上げた! 擬似的に、喩え小規模とはいえ世界を創造したに等しいのじゃぞ! 一体、どれだけの子らを犠牲にした!?」

『あはは。さて、どれだけだったかな。もう百から先は覚えてられないよ。非合法な人身売買組織にも手を借りたしね』


 数百で済んだ。その事実に、ティナは様々な意味で背筋が凍った。自身なら、数百では決して無理だ。数千か下手をすると数万は必要。そう判断した。

 それ故、彼女はヴァールハイトをこの分野なら間違いなく自身を数段、下手をするとその背さえ見えないほどに上回る天才。いや、天才という言葉では到底足りない大天才。そう判断していた。が、そんな彼女のもはや称賛にも似た言葉に対して、彼はわずかに苦笑を滲ませて笑うだけだった。

 そして、ティナは同時に内心で理解もした。それはこれだけの知性があれば、喩え大罪人であろうと外に出して研究させるだろう、と。自分の数十分の一の犠牲で達成してみせたのだ。喩え大罪人だったとて、当時の情勢であれば誰も文句は言わないだろう。

 もし彼女であっても、それこそカイトであってもその決断を下す可能性がある。彼はそれだけの、間違いなしの大天才だった。が、それ故にこそ現状はもはや彼女らが見通したより遥かに拙い状態だった。


「……っ!」


 拙い。ティナは信じられない情報を聞いて混乱し、焦る心を宥めて今為すべき事を考える。そうして下したのは、まずカイトとの合流だ。この際、この場に居ないヴァールハイトなぞどうでも良い。確かに彼の知性は無視出来ないが、戦闘においては役に立たない。が、カナタは拙い。あまりに危険過ぎる。


(この力にはまだ神の力は宿っておらん! カナタとやらはまだ試運転でしかない! これの全力は今の比ではない!)


 カイトがこの詳細を知っているとは思えない。故に彼は『天使の子供達エンジェリック・チルドレン計画』という名前から神使を相手にするつもりで戦っているだろう。

 だが、それでは拙いのだ。彼女を相手にするなら、それこそ神を超えた存在を相手にするつもりで戦わねばならなかった。故に、ティナはヴァールハイトを放置して即座の介入を決める。


「シャル! 聞こえておるな! こちらの破壊は取りやめじゃ!」

『もうこっちは外で戦ってるわ!』

「何!?」


 シャルロットから返ってきた答えに、ティナが目を見開いた。これはこの場でヴァールハイトから話を聞き出していた彼女には分からない事だったが、サーバールームにたどり着いたシャルロットもまたヴァールハイトとの会話を行っていた。

 そして同じ時代を生きた者だ。事前知識の共有等が殆ど必要無く、話はかなり早く終わったらしい。故に同じ結論に至った彼女は既に外での戦闘を開始していた。


『さて……では、先の質問に戻ろうか。何故、我々がこんな事を起こしたか。それは君が無いと否定した君達の戦力を測る為さ』

「どういう事じゃ!?」

『簡単な話さ。彼女は兵器。兵器には使い手が必要だ。カナタはそれをカイトくんとすると定めた。それについては私も同意しよう。彼なら、あの子を完璧に運用』

「……」


 ごぅ、とティナから業風が迸る。そうして、ヴァールハイトの言葉を遮って口を開いた。


「お主……自らの子を兵器と言ったか。今までは冗談と流したが……本気であれば容赦はせんぞ」

『あはは。君も怒るのはそこか。まぁ、これは私も断言せざるを得なくてね。確かのあの子は娘だが、同時に兵器だ。そう改造したのは他ならぬ私だ。研究者として、それを否定するわけにはいかないさ』

「認めよう。お主は間違いなく鬼畜外道の類じゃ。喩えあれだけの力と性質を持ってなお、あの子が普通の少女として生きれる道も示せたじゃろうに」

『最初に、そう言っただろう? 私は鬼畜外道の類だ、と。今更だね』


 ティナの断言にヴァールハイトは改めて言うまでもない、と肩を竦める。カナタの言う通り、間違いなく彼はどこかが狂っていた。親としての愛は確かに本物だ。それはティナもカイトも認める。にも関わらず、彼はどこかが根本的に狂っていた。


『さて……まぁ、君としても長々と外道の話を聞きたくはないだろう? 故にさっさと本題に入る事にしよう。確かに彼女は強大な兵器だが、相手は軍勢。彼女単独では勝ち目はない。それは君もわかるだろう? 最低でも当時の我々程度の力は必要だ。それを、示してもらわねばならない』

「……」


 その為にゴーレム達を暴走させているのか。ティナはヴァールハイトが真実を語っていると理解する。そして彼女はこれ以上聞く意味もない、と問答無用にその場を後にした。そうして残ったのは、ヴァールハイトの映像だけだ。


『まぁ、気付いているか』


 ヴァールハイトはブラックボックスを見て、苦笑する。そこには確かにブラックボックスがあったが、実のところそこに『彼』は存在していない。別の所にあった。カナタの思惑を理解した時点で、別の所に移したのだ。

 彼はこの場で何度もティナの怒りを買う言動を行った。彼女の怒りの度合いは人工知能となった彼にも魔力の高まりから分かっている。そしてそもそも、この話をすれば彼女の怒りを買う事はわかりきっていた。

 にも関わらず、ここまで通らせたのだ。つまり、こちらにはコアは無いという事だった。それをこの場に来た時点でティナは理解していた。そしてシャルロットも同様にサーバールームにも存在していないと判断した。無論、彼の研究室にも無い。全く別の所にあったのである。


『……さて……』


 誰もが去った後。ヴァールハイトは僅かな郷愁を得た。やはり彼としてもカイトやツィアートとの関わりは楽しかった。それが終わるのか、と思うと少しさみしかったらしい。が、そんな郷愁を一つ苦笑して振り払うと、彼は自身もまた舞台の上に上がるべく、中央建屋に存在するあるシステムの起動の準備を行う事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1522話『オプロ遺跡』

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