第1520話 オプロ遺跡 ――蒼銀の戦乙女――
コナタの体調不良をきっかけとして、ファルシュへと今までの情報で得ていた不信感を突きつけたカイト。そんな彼の詰問を受けたファルシュは、自身が偽名で本名がヴァールハイトである事を認めた。
そんな彼との話し合いの最中。兵器として娘を改良した事を認めた彼がコナタの別人格だというカナタへと声を掛ける。そうしてそれを受けてカナタが動き出し、少しのカイトとの話し合いの後に彼女は夜の空へと出ていた。
「あら……二千年とは聞いていたのだけれど。飛空艇も作れる様になったのね」
カナタは自らに砲口を向ける飛空艇の艦隊を見ながら、妖艶な笑みを浮かべる。カイトはいろいろな状況に対応するべく指示を出していたし、彼の助言を受けた皇国上層部は自分達の指示を偽ってカイトの指示を近衛兵団に与えていた。
故にこの展開――カナタではないが実験兵器が外に出て来る事――も想定しており、即座に砲撃が加えられる様になっていたのである。そうして、事態の流転を受けた近衛兵団の飛空艇艦隊が一斉に砲撃を開始した。
「……」
自身に放たれた無数の魔弾を前に、カナタはただ優雅で妖艶な笑みを浮かべたままだ。そうして、彼女が二対四枚の羽を羽ばたかせた瞬間。放たれた魔弾が全て書き消えた。
「駄目よ。貴方達では私の相手にはならないの。ごめんなさいね」
カナタは妖艶で優雅に笑いながら、一切の魔弾を無力化していく。そんな彼女の横に、ヴァールハイトが現れた。
『カナタ。それでどうするかね?』
「あら……お父様。意地の悪い質問はやめて頂戴。私が彼を気に入ったのは分かっているでしょう? ゴーレム達にもそれに沿った指示を与えて頂戴」
『うむ、良いとも。では、頑張って売り込んでくれ』
「ええ、お父様」
ヴァールハイトの言葉にカナタは彼女の特徴的な笑みを浮かべながら、自身が出て来た穴から飛来する深蒼の光を見る。それは自身の数メートル前で止まると、その姿を露わにした。
「ああ、来てくれたわね」
「……どうしても、戦うと?」
「当たり前ね。私は兵器。敵に勝つ為の存在……その存在意義は戦う事。私は戦う事でしか存在意義を見いだせない」
「君は単なる少女としても生きられるはずだ」
「……そうね。それは否定しないし、出来ないわ。でも、私は生きようとする力そのものよ。生きる事とは戦い。私は生まれてからずっと、それこそ赤子の時から戦う事を強いられていた。生まれてよりは、ただ生きるべく。長じてからは、私やお父様を狙う存在と。もはや、戦いと私は不可分。血が、ね。どうしても戦いを求めるの」
カイトの言葉に僅かな苦笑をカナタは浮かべる。どうやら自身でも難儀だとは思っているらしい。そんな彼女に、カイトは下を見て問いかける。
「……状況は整えた、と」
「ええ……こうすれば、貴方は戦ってくれるでしょう? ダメなの。戦え、って私自身が私自身を抑えられない。この血の疼きだけは、私は生きる為に抑えられないの」
カイトが見た先では、無数のゴーレム達が溢れかえっていた。カイトとカナタの戦いを邪魔されぬ様、ヴァールハイトが無数のゴーレムを操って近衛兵や冒険部の冒険者達を邪魔させていたのである。
「……わかった。だが、その前に聞かせてくれ」
「良いわ」
「……先程ヴァールハイトはコナタが後から生まれた、と言ったな?」
「ええ」
「一度は、普通の女の子として生きようとは思った……間違いは?」
「……そうね。思った事はあるわ。あんな外道なお父様でも、一度は私に普通の女の子として生きて欲しい、と悩んだ事はあるのよ。でも、私には無理。だから、あの子に預けた。普通の女の子を、ね」
少し苦笑混じりに、そしてどこか恥ずかしげにカナタはコナタの事を語る。それに、カイトは意を決した。この少女は確かに、自身と戦わねばならないだろう。生きる為にそうあるべし、となってしまったからだ。なら、カイトはそれを受け入れる事にした。
「……さぁ、始めましょう、団長さん。ずっと貴方と戦いたくて仕方がなかったの」
カイトの決意を受けたカナタは、右手に構えた剣を彼へと突きつける。その顔は相変わらず妖艶な笑みが浮かんでいて、まるで戦いに挑むとは思わせない。それに対して、カイトは彼女の今後全てを担う事を決めて、それ故にこそ敢えて告げた。
「良いだろう……君が眠った二千年の間に生まれた伝説。何者も決して届かぬ勇者の力。その真価を見せてやる」
ぶぅん。そんな音と共にカイトの周囲に無数の武器が現れる。『天使の子供達』計画が如何なるもので、そしてその完成体たる彼女がどれだけの力を保有しているかはカイトにも分からない。
が、そんな彼にも一つわかる事はある。それは彼女が現代の冒険者の基準で当て嵌めればランクS級、それも並以上という圧を放っているという事だ。間違いなく、旧文明の遺した兵器の中では最高傑作と断じて良い性能を持つだろう。それに相対する以上、カイトもそれ相応に本気でやる必要があった。
「ふふ」
そんなやる気を見せたカイトに、カナタが妖艶で優雅な、無邪気で無垢なコナタとは正反対の笑みを浮かべる。そうして、彼女が音の壁をぶち抜いて虚空を飛翔する。が、その次の瞬間。彼女目掛けて一直線にレーザ光が飛翔した。
「!?」
「ほぅ……今の一撃を避けたか。亜光速、ではあるんだがな」
「……狙撃……」
どこから。カナタは飛翔した方向を見て、そこに垂れ込める闇を見て既に狙撃手が移動している事を理解する。と、そうして動きを止めた彼女へ向けて、今度は明後日の方向からレーザ光が飛来した。
「……良いわ、団長さん。この子もすごく良い。おそらく途轍もない速度で動いているのに、狙いが正確無比よ……でも何より、貴方が良い。迷いが無い。自分で戦うと見せておきながら、狙撃。卑怯な手を使う事に迷いが無い」
どうやらカナタにはこの狙撃がどこから、そして誰によって行われているか感知出来ないらしい。が、攻撃そのものは感知出来ている。故に攻撃が発射された瞬間、彼女は左手に持ったバックラーで軌道を逸らす。が、やはり動けはしないらしい。その場に足止めされていた。
(『天使の子供達』計画の完成体……どういう存在かはわからんが、少なくとも数百人の命を使って作られたというだけはあるか)
当たり前であるが、カイトにはこの狙撃手が誰でどうやって姿を隠しているかは分かっている。そもそもやらせているのは彼だ。が、そんな彼も流石に亜光速で飛来する攻撃を見てから反応するという芸当には、思わず舌を巻くしかなかった。
『ホタル。これ以上の狙撃は停止。これ以上やっても無駄だし、最悪は先読みされる』
『了解』
おそらく何度攻撃しても無駄だろう。カイトは数十度の狙撃に対して足止めにしかならない現状からそう理解すると、ホタルに命じて攻撃を止めさせる。
実はカイトは決めに行くと決めた時、敢えてホタルは連れて行かなかった。カナタとの戦闘が起きるとは考えていなかったが、何らかの戦闘はあり得ると踏んでいたのだ。であれば、手の一つも打つだろう。
その一つに、彼女があった。彼女には以前のマリーシア王国での一戦でティナが作った次元潜行装置の携帯版の試作品を持たせ、その上で光学迷彩を装備させて敢えて科学的に存在を偽装させたのだ。
が、どうしても攻撃の瞬間にはずれている位相を修正する必要がある。こればかりはシステム上仕方がない。一方的に攻撃は出来ない。その瞬間だけは、ホタルの存在を気取られる可能性はあった。それ以外にも彼の言う通り、何度もやれば僅かな癖から移動を先読みされる可能性はあった。
「あら……もう終わり?」
「ああ……これは無駄だと判断した」
妖艶に、優雅に、それでいて獰猛に問いかけるカナタにカイトは頷いた。どうやら、一筋縄ではいかないらしい。まぁ、最初から分かっていた事ではある。が、楽に終わらせられるのであれば、楽に終わらせる腹積もりだった。そうして、今度こそ彼が虚空を蹴った。
「ふふ」
カイトが虚空を蹴ると同時。彼の行動を隠れ蓑にして、ユリィが転移術で跳躍する。そうして彼女が跳んだ先はカナタの背後。カイトへ向けて己も襲いかからんと前傾姿勢を取ったカナタの背後である。
が、そんな自身の転移を理解したカナタの顔に浮かんでいたのは、笑みだ。そうして、次の瞬間。ユリィが予め準備していた<<豪雷砲>>が発射される。
「っ! カイト!」
強い。自らが放った雷の光条の中に消えたカナタに対して、ユリィはそう一瞬で理解する。それ故、彼女は自らの想い人に対して声を掛ける。それに対して、カイトは言われるまでもなく理解していた。彼女は強い、と。
(オレが射線上に居るにも関わらず、ユリィが攻撃を発射した事に驚きさえしなかった。明らかに、この程度では自分も、そしてオレも傷付かないと理解していたか。吸収無効化の概念まで付与された雷だったんだがね)
高速化した意識の中。カイトは僅かな苦笑を浮かべる。彼の目にも、雷に消える瞬間のカナタが笑みを浮かべていたのが見えていた。
その笑みは決して攻撃に気付いていかなかったからではない。自分がこの程度では傷一つ付かないと理解していたからこその笑み。こちらの容赦の無さを喜ぶ、喜びの笑みだった。
「はぁああああ!」
「はっ!」
雄叫びを上げて襲いかかるカナタに対して、カイトもまた居合斬りを放って剣戟を交わす。案の定、雷から現れたカナタは傷一つ負っていない。それどころか彼女の特徴的なピッチリとした衣服にも傷一つ無かった。
「っ!」
ここまでとは。一撃を打ち合ってみて、カイトは思わず驚くしかなかった。確かに、彼は本気でやっていない。そもそもカナタの肉体は同時にコナタの肉体でもある。
それを殺す事は彼には出来ない。故にこの戦闘はコナタの為のものでもある。カナタを殺す事はすなわち、カイトからしてみればコナタを殺す事でもある。それは敗北に他ならない。
が、それでも相手の力量を考えてかなり力を込めた。敢えて比較対象を出せば、大陸間会議の前のバーンタイン級の一撃だった。にも関わらず、大きく吹き飛ばされていたのは彼だった。つまり、彼女は大陸間会議の時のバーンタイン、つまり大将軍級を上回っていたのである。
「あははははは! さぁ、行くわよ! 団長さん! この程度で音を上げないで頂戴ね!?」
「……」
大きく吹き飛ばされていくカイトに向けて、カナタが笑いながら飛翔する。その姿は、まさしく蒼銀の戦乙女。二対四枚の羽を羽ばたかせる神の使徒、『天使の子供』だった。
それに対してカイトは超音速で吹き飛ばされながら姿勢を制御して、虚空に刀を突き立てる。そして、その直後。再度カナタがカイトへと襲いかかった。
「はぁああああ!」
「……」
光悦の表情で笑いながら無数の斬撃を繰り出すカナタに対して、カイトは至って静かなものだった。確かに攻めあぐねている事は攻めあぐねている。
が、そもそも勝てないのは殺さない様に手加減してあげているから、というだけだ。ただ子供の頭を押さえて届かない様にしてやっているだけだ。猛る必要も吼える必要もありはしない。そして何より、彼は一人ではない。
『ユリィ。どうだ?』
『ごめん、駄目っぽい。この子、相当どころじゃない領域で強い。私の魔糸に全部気付いて、それで無視している。ううん。圧倒的な力で強引に振り払っている。気付かれない様にやってもその時は出力で押し切られるし、気付かれても良い、とやってもどっちにしろ強引に力で押し切られる』
『そうか。珍しい。お前以上と会うのは久しぶりか。何を隠しているかね、あの子は』
ユリィの報告にカイトは内心で僅かに苦笑する。勝てないのなら捕らえるしかない。そして捕らえるとなるとやはり魔糸だ。が、どうやら彼女は今のユリィよりも遥かに強いらしい。まだ何かを隠していると考えて良さそうだった。
本当に久しぶりに、少しは遊んでも良い相手だった。その一方、そんな冷静なカイトを見るカナタの内心は喜びで満ち溢れていた。
(あぁ……良いわ。その目、その顔……自分の方が圧倒的に格上だと理解している強者の顔……)
獰猛な笑みの裏。もし彼女の内心にも顔があったのなら、カナタの心の顔には蕩ける様な光悦の表情が浮かんでいただろう。彼女はカイトが自分より遥かに格上だと理解していたのだ。
それでも戦いを挑んでいるのは、彼女の言う通り彼女の本質が闘争にあるからだ。コナタが持つ生存本能、闘争心等を全て彼女が一手に引き受けている。故に、どうしても戦いを避けられない。
が、決してそれだけではない。彼女はヴァールハイトによる治療の中で、彼女は他者を殺す苦しみから目を背ける為に自己を一個の武器として認識している。故に、彼女は望んでいるのだ。
自分がカイトにより心の底から屈服させられる事を。自分こそが主人である。その四肢の、体毛の一本から血の一滴に至るまでを捧げさせる主である、とカイトに認識させられる事を望んでいるのである。
それこそもしカイトが戦闘の衝動で猛り、自らを犯そうというのならそれを甘んじて受け入れるつもりだ。いや、それどころかカナタは喜んで自らを捧げるだろう。主の証を自らの奥深くにまで刻み込まれるのだ、と言わんばかりに、だ。
(……さぁ、捕らえて頂戴。貴方が私の主人であると教えて頂戴)
カナタは顔で獣の笑みを浮かべ、心で光悦の笑みを浮かべる。そうして彼女の斬撃の勢いは更に加速して、彼女の放つ魔力はより妖艶で淫靡で、それでいて獰猛な色を帯びていく。
「……おぉおおおおお!」
速度を、力を増すカナタに対して、ここで初めてカイトが吼える。そうして、今までただ防ぐだけだった剣戟の力を一気に増大させた。
「っ!?」
圧倒的。そう肌身に沁みて感じられる圧を感じ、カナタが一瞬だけ怯んで停止する。が、彼女に迷いも淀みもない。故に停止の一瞬は刹那。常人であれば認識できない領域だった。
が、それでも停止は停止。常人ならざるカイトには、永遠にも等しかった。故にその刹那を以って強大な力を刀に宿した彼は、カナタにより振るわれる剣戟に一気に押し勝って彼女を大きく吹き飛ばす。
「はっ!」
力技でカナタを押し戻したカイトが虚空を蹴る。そうして、深蒼と蒼銀の戦いは夜空を斬り裂いて続いていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1521話『オプロ遺跡』




