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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第八章 学園襲撃編

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第140話 氷結のアル

 盗賊達が殲滅される少し前、魅衣、瑞樹、凛の三人は盗賊たちに取り囲まれていた。


「おいおい、その程度じゃ全然当たらねぇぜ?」


 そう言って悠々と魅衣の攻撃を避ける盗賊。彼女たちは運悪く、盗賊の集団でも一際腕の立つ集団と出会ってしまったのだ。強い者は冒険者のランクで言えば、ランクDの上位に位置しただろう。しかし、盗賊たちとて無傷ではなく、周囲には何人かの腕や脚が転がっていた。中には出血多量で倒れている者もいる。始めは自分と同じ人を傷つける事への忌避感から、なるべく当たらない様にしていた魅衣達だが、自分たちの貞操の危機と感じるや容赦なく切断していったのだ。


「はぁはぁ……あんたらこんなに強いなら真っ当に生活しなさいよ。」


 肩で息しながら、魅衣が震える声で告げる。魅衣もそうだが、三人共顔は真っ青であった。三人共、殺人のショックで今にも吐きそうなのだ。


「あぁ?んなかたっ苦しいことできっかよ。こっちの方が楽だし、好きなときに女も犯せるしな!」


 そう言って今度は盗賊が攻撃を仕掛ける。三人が並外れた美少女なのを見て取ると、後で三人を売り払うつもりなのかなるべく身体には傷つけないように攻撃していた。だが、これが出来る事こそが、三人と盗賊達の力量差を端的に表していた。


「きゃあ!」


 なんとか攻撃を避けた魅衣だが、その反動で服が破ける。今では服はボロボロになっていた。


「本当に下衆ですわね!」


 瑞樹の方もボロボロで、彼女は片手で胸を隠しながら応戦していた。そうして瑞樹が応戦したことで、彼女が隠していた豊満な胸が露出する。


「お!やっぱいい乳してんじゃねえか!」

「きゃ!」

「ちょっと!そこの変態!何見てるんですか!」


 男に見られたことで、瑞樹は真っ青だった顔を羞恥で真っ赤に染める。そんな初々しい反応が、男達を更に興奮へと引き立てた。そんな男達を隙と見て取った凛が、瑞樹の胸に魅了されていた男の一人へと蛇腹剣を伸ばす。


「おっと……危ない危ない。なんだぁ?そっちの嬢ちゃんも俺達と遊んで欲しいのかよ。仕方ないなぁ~。」


 そう言って、盗賊はいやらしい笑みを浮かべる。彼等は先ほどから挑発を繰り返すが、そうして挑発を繰り返すのには、理由があった。


「きゃ!」

「魅衣さん!」


 そうして更に挑発が繰り返されたある時、魅衣から悲鳴が上がり、次の瞬間、魅衣が崩れ落ちる。いきなりの事態に、残る二人が大慌てで駆け寄ろうと駆け出した。そうして慌てて駆け寄ろうとした瑞樹だが、首筋にチクリとした痛みを感じる。


「な!……なん……ですの?」


 魅衣と同じく崩れ落ちる瑞樹。動こうとするが動けない。身体がしびれて動けないのだ。


「先輩!先輩に近づくなぁ!」


 そんな二人を見て、凛は必死で倒れた二人へと近づこうとする盗賊へと蛇腹剣で牽制する。


「おっと……こっちの嬢ちゃんにもプレゼントしてやれ!」


 盗賊がそう言うや後ろから吹き矢が放たれ、凛の首筋に命中する。しかし、凛がしていたネックレスの鎖にあたって完全には刺さらなかった。だが、少し刺さったらしく、凛は身体を思うように動かすことができなくなる。


「何!?」


 凛は首筋の異変を感じ、ようやく後ろを見た。今まで気付かなかったが、吹き矢の筒を咥えた盗賊が潜んでいたのだ。彼らは三人を挑発することで後ろへの注意を疎かにさせて、毒矢で動きを封じるつもりだったのである。


「ちっ、運の良い……これで大人しくなれば優しくしてやったのによ。」

「頭ー、今ので吹き矢最後っす。こいつらちょこまか動くんで何発か外したんっすよ。」

「おいおい、お前ら何発外したんだよ……まあいい、動きは鈍ってやがる!さっさとふん縛ってづらかろうぜ!」

「おっしゃー!」


 そうして、盗賊達は包囲網を狭める。それをなんとか蛇腹剣を最大まで伸ばして牽制する凛だが、奮闘むなしく魅衣と瑞樹が連れ去られてしまう。もともと彼女も毒矢の影響で満足に動けないのだ。致し方がなかった。


「ああ!先輩!」

「おっと……嬢ちゃんもいい加減に諦めたらどうだぁ?大人しくしてればやさしくしてやんぜ?」

「くっ……誰があんた達みたいな変態に!」


 そう言って蛇腹剣を振り回して牽制を続ける凛だが、如何せん毒矢の影響が抜け切らない。素早く動く盗賊に遂に後ろに回りこまれ、背後から一撃を食らってしまう。


「きゃあ!」


 そうして、凛は倒れこむ。それを見た盗賊が一気にのしかかり、凛の動きを止める。万事休す、凛は半ば遠くから自分を眺める様に、そう思った。


「おっしゃ!これで終わりだな!」

「やめて!」


 凛にのしかかった盗賊が、凛の顔を舌で舐める。盗賊達はどうやら口を洗うなどど言う考えは無いらしい。凛の鼻には嫌な臭いがした。そうして、気丈に盗賊を睨む凛だが、目には涙が浮かんでいた。そして、次の瞬間、男の顔が更に近づいたかと思うと、男の目が見開く。


「大丈夫だよ。」


 ザシュ、という音がしたかと思うと、次の瞬間にはドサリ、という音とともに凛にのしかかった男が崩れ落ちる。その背中には深い傷が刻まれていたが、血が吹き出すことは無かった。

 アルが氷の魔術を操作して、切り裂いたと同時に傷口の血を凝固させたのであった。激怒している彼は、これ以上凛を薄汚い男の体液で汚したくなかったのである。


「ねえ、僕の可愛い弟子に何してくれてるのかな?」


 そう言って、アルがいつもの柔和な笑みを浮かべる。ただし、その眼は凍えるような冷徹な意思を秘めていた。お前達を絶対に逃がさない、そんな冷酷でいて、苛烈な意思が溢れていた。


「アル……さん?」

「ごめんね、遅れちゃって。でも、もう大丈夫だよ。」


 呆然と自身の名を呼んだ凛に、盗賊たちに向ける眼とはうってかわって、優しげな彼の眼を投げかける。そうして、彼は安心させるように、凛を抱き寄せた。その様子は、まさにか弱い少女を守る騎士と呼んで良かった。


「もう大丈夫だから。少しだけ、眼をつぶっていて?」


 アルは凛を引き寄せ、顔に付着した盗賊の唾液を高級な柔らかなハンカチで拭う。もはや万事休すと全てを諦めていた凛は、助かった事もあまり理解できず、されるがままに顔を拭われ、言われるがままに眼を瞑る。

 そうして、それを確認したアルは凛を片手で抱きとめたまま、盗賊達を睨む。そうして、睨まれた盗賊達は、そこに得体のしれない寒さを感じる。


「……氷結のアルフォンスだ……」


 盗賊の誰かが怯えて言う。彼等も公爵家正規軍において最強と呼ばれるアルの顔はいやというほど頭に叩きこんである。


「おい、今すぐ逃げるぞ……」

「なんでコイツがここに居るんだよ……確か演習で今は皇国の端っこだろ!あいつら嘘つきやがったのか!」


 アルの姿を見た盗賊たちは今までの余裕はどこえやら、一気に戦意を失って逃亡を開始しようとする。カイト達の影に隠れて凛や冒険部の面々には弱い印象を与えているアルだが、その実力は皇国で見ても最上位に位置するものであった。この襲撃において、アルの存在が襲撃の成功を左右する、伯爵達がそう考えるほどである。


「逃げる?それは遅すぎるよ。その前に、凛に手を出しておいて、生かして帰すと思ってる?」


 そう言って剣を鞘から抜き放つアル。一切の容赦が無く、殺すという意思が漲っていた。それに合わせて、彼の身体からも膨大な魔力が放出される。それに、盗賊達が身体を縫い付けられる。


「ちっ、さっきの女共を連れて来い!」


 この状況で逃げ切るなら、人質を使うしか無い、そう考えた盗賊の頭が大慌てで部下に命じる。だが、それが叶うことは無かった。


「させると思う?<<氷海(クリア・アイス)>>。」


 そう言って仲間を呼びに行こうとした部下を、アルは自らの相棒である<<氷海(クリア・アイス)>>で凍らせる。


「まあ、どっちにしてももう彼等も死んでいるよ。」


 そう言うやアルは身をブルリと震わせる。盗賊の頭が人質を呼び寄せようとしたと同時に、猛烈な殺気を感じたのだ。そうして、再度の強烈な殺意に、再びアルが身を震わせる。


「……なん……だ、今の……」


 さすがに今のは盗賊達にもわかったらしい。全員がいきなり発せられた圧倒的な殺意と魔力にさらされて、怯えていた。それはまるで、否、まさに死神を前にした罪人であった。


「ああ、やっぱりカイトも急いだんだ。彼にとっては唯一の誤算だからね。」


 自身も若干怯えながらだが、アルがどこか安心した様子で呟いた。一番大切な者が巻き込まれているのなら、カイトは全てを懸けてでも、救いに来るだろう。既に親友と呼べるだけの交流を交わしているアルは、この膨大な殺気を安心と受け取った。拐われた魅衣と瑞樹はこれで大丈夫だろう、それを、アルは確信した。


「さて、覚悟はできているね?凛に手を出した罰は、軽くないよ?<<氷海(クリア・アイス)>>。」


 アルはそう言って、再び<<氷海(クリア・アイス)>>を発動させる。今回彼は目の前の罪人達には、実験台になってもらうつもりだった。自身の大切な者に手を出した者に、人権も容赦も有り得る筈が無かった。最悪、戦場で使って阿鼻叫喚ともなり得る可能性があった―この時のアルは若干それを期待していたが―ので、彼らを相手に実験しておこうとしたのである。


「さて、この使い方は初めてのお目見えだから、どれだけ加減できるかわからないんだ……恨まないでね。」


 そうして、加減すると言いながら、一切の加減をするつもりのないアルは<<氷海(クリア・アイス)>>で創り出した氷を集め、生き物の形を創る。


「まあ、今の僕が出来る大きさはこのぐらいかな?」


 そう言って出来上がったのは、氷で出来た龍であった。大きさは全長30センチ程度の小さな龍である。それを見て、盗賊達があえて自分達を鼓舞する為、笑い声を上げた。


「くっくく・・あーはははっ、なんだよそのチンマイのは!氷結のアルフォンスとか大層な名前をしてっからもっとつええのかと思ったけど、そんなのしか出来ないんなら、大した事ねぇな!」

「どーせ、親の七光りってやつだろ?黙っておいてやるから、女おいてどっか行けよ!」

「……お行き。」


 盗賊達の嘲笑を他所に、アルは小さな龍へと指示する。指示を受けた龍はキィン、という澄んだ鳴き声らしい声を上げて一気に盗賊たちへと向かっていく。


「おお?なんだ?このちび、やる気か?ほれ!」


 そう言って盗賊の一人が手に持った槍で氷の龍を一突。すると、いとも簡単に龍は砕け散った。それに、今度は盗賊達は見掛け倒しだと思い、本心の笑い声を上げた。


「ぎゃーはっはは!なんだ、よええじゃねぇか!……あ?」


 始めは大笑いを上げていた盗賊達だが、砕けた筈の龍が再び姿を取り戻した事を見て、少しだけ驚く。そして龍を突き刺した槍についていた氷の残骸が、槍に張り付いている。


「あ?消えた?」


 突き刺した部分に残っていた氷の残骸が付着していた部分が跡形もなく消失する。それを見て、槍を持っていた盗賊が警戒感を露わにした。だが、この時、槍の残骸を手放さなかった事が、彼にとって不運だっただろう。いや、たとえ手放しても、数十秒だけ、長生き出来ただけなのだが。


「あ?なんだ、なんでおい、待てよ!止まれ!止まれって!おい、と……」


 そうして、槍を持っていた男の絶叫が響いて、だが、それはすぐに終わる。なぜなら、彼は槍から侵食していく消滅に槍を持っていた手から巻き込まれ、それが顔にまで達したからだ。そうして、血さえ流すことの無い遺体は、倒れ始める瞬間には全て消滅していた。


「何だ、コイツ……やべえぞ!」

「なにが……」


 それをただ呆然と見守っていた盗賊達の間に、絶望が蔓延する。攻撃も防御も許さない小さな氷龍のヤバさをようやく悟ったのだ。そうして、彼らはもはや形振り構わず逃げようとするが、遅かった。次の瞬間、再びキィンという澄んだ音がして、氷の龍が大きく息を吸い込む。


「急いで逃げろ!振り返んじゃねえ!」


 その言葉が、彼等が最後に言った言葉となった。盗賊達は必死で蜘蛛の子を散らすように必死で逃げるが、次の瞬間、龍から息が地面へと吐き出される。


「……甘いよ。」


 アルがそう言って凛を連れて立ち去る。後ろには凍りついた盗賊達と、氷で出来た龍が浮かんでいる。氷で出来た龍は主に遅れてはいけない、と慌てて飛んで行く。


「ご苦労様……ふう、さすがにティナちゃんの様には無理か……存在の熱量そのものを奪う術式を込められた氷龍。カイトから聞いた時は半信半疑だったけど……これはかなり難しいね。」


 主の言葉にキィンという音を出して応え、氷で出来た龍は砕け散る。それに合わせて盗賊たちの氷像が音もなく崩れ去り、砕け散った破片が地面に着くことは無かった。次の瞬間には何も残らず消滅したからだ。

 一見すると単なる氷龍であるが、実際には熱量を受け渡す異空間を創り出すなどの超高度な術式が併用されていた。今のアルでは武器の補助を必要とする、カイトとティナに教えられた新たなる切り札であった。


「始めから君たちに勝ち目は無かった。賊がここに……マクダウェル家の守るモノに手を出した時点で君たちの死は約束されてるんだよ。」


 アルはそう冷たく言い放つ。だが、次の瞬間には優しげに凛に語りかける。


「さて、凛ちゃん、もう大丈夫だよ。眼を開けて?あ、でも後ろは振り向かないでね?」

「え?……あ、はい。」


 凛はアルの言葉に従って、ゆっくりと眼を開けた。そこにあったのは、いつもと変わらぬ、だが、いつもよりも優しいアルの顔であった。


「ごめんね、遅れちゃって。」

「あ、いえ……あ!助けて貰ってありがとうございます!」

「うん。どういたしまして……あ。」


 凛は大慌てでアルから離れて、思い切り頭を下げる。それを受けてアルは少し嬉しそうに微笑んで、しかし、次の瞬間にはアルが凛から目線を離した。


「?どうしました?」


 凛は暗闇の所為でアルが少しだけ頬を染めている事に気付いていない。なので、彼女は訝しげにしている。そうして暫くしてアルの頬が赤らんでいるのに気付いて、始めは戦闘の興奮からなのか、とも思ったのだが、どれだけ待っても一向に振り向く気配がない。自分の何かが変なのか、そう考えて自分の身体を見渡し、今度は凛も顔を真っ赤に染める。


「アルさんの変態!」


 凛は自分の身体を抱きしめ、片手でアルの頬を平手打ちする。アルは避ける事も出来ず、いい音がした。


「ちょっと!僕は助けただけだよ!」

「それでも見たのは事実です!変態!というか、なんで騎士なのにマントとかしてないんですか!」


 そうして、二人は騒ぎ始める。凛はヒトを殺した罪悪感からの逃避、アルはそれを察知してあえて乗ったのだ。


「そんなの式典でもないと使わないよ!戦闘の邪魔だし!」

「じゃあ、持って来てくださいよ!」

「無理言わないでよ!」


 そう言って歩き始めた二人だが、ふと、凛が呟いた。


「ありがとう御座います。」

「……どういたしまして。」


 そうして二人は、近くで未だに吹き荒れる魔力の嵐の方角へと向かっていった。

 お読み頂き有難う御座いました。

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