第1515話 オプロ遺跡 ――遺跡の最奥へ――
シャルロット達がレインガルドへ発ってから数日。カイトは相変わらず調査を行っていたが、この日は最下層となる機密区画へと足を伸ばす事になっていた。
そろそろ全体的な作業も大詰めを向かえつつあり、今までの調査からそろそろ最下層に手を出しても良いだろうと判断されたのである。が、そんなカイト達にファルシュはどこか苦々しい顔だった。
『あまり、ここから先には入ってもらいたくはないのだがね……』
「何があるのですか?」
『最初に言った通り、最重要機密さ。君だって国が何時も綺麗事ばかりじゃない事は分かっているだろう?』
カイトの問いかけにファルシュはため息混じりに首を振る。これはカイトも同意するし、ある程度年を食えば敢えて言われるまでもない事だ。
『この先には、そんな研究があった……まぁ、当時の情勢上仕方がない事だがね』
「……生きていたりする事は?」
『……まぁ、幾つかは冷凍保存されている。これはこの研究所の魔導炉とは別に、大気中の魔素を吸収して動いているものだ。単に低温保存する為のものだからね。大した魔力は必要がないのさ』
カイトの問いかけにファルシュはため息混じりに首を振る。どうやら彼もカイトが気付いている事に気付いたのだろう。ここは、生物系の研究を行っていた。そしてここは兵器研究を行っていた。であれば、その最下層で研究されていただろうものとは。
「……生物兵器。それが、この先にあると」
『ああ。ここの最重要機密……私も単なる研究者という立場上、そして私はこの先の区画の話にはあまり関わっていない関係で詳しくは知らないが……時には負傷した民間人を密かに回収して、実験体として使っていた事もあるそうだよ。あくまでも、これは噂だがね』
「貴方でも分からないのですか?」
『所詮、私の権限では進める区画に限りがある。更に言えば、その先は統括システムからも隔離されている……言っておくけれど、私でもそこから先は進んだ事がない。興味もなかった事も大きいが……何より、統括システムとはシステムが別だった所為でその先の警備ゴーレムは操れないんだ。今もまだ現役のゴーレムが生きていても不思議はない』
カイトの問いかけに対して、ファルシュははっきりとそう明言する。これについては嘘は無かった。ホタルが統括システムを使ってこの扉を開こうとも試みたが、別個のシステムが構築されているとの事で一切分からなかったらしい。ティナも所長室のコンソールで確認したが、これは物理的に隔離されているのだろう、と判断されたそうである。
故に、カイトがここに来たのである。とはいえ、流石にここから先は皐月達を連れて行けない。なのでカイトはホタル、ユリィのみを連れた上で軍上層部より特殊部隊を借り受けて後詰として進むつもりだった。更に言えば、中央建屋の外には一葉達も常に戦闘態勢で控えさせている。出来る限りには備えていた。
『……一応、私の研究室にあった認識票は持っているね?』
「ええ」
『……流石に意味は無いだろうが……運が良ければ警告ぐらいは貰えるかもしれない。絶対に手放さない様にね』
「はい」
真剣な様子のファルシュの助言にカイトははっきりと頷いた。そうして、カイトは最下層へ続く扉を見据える。どうやら秘密区画の中でも更に秘密だというのは本当なのだろう。地下区画に入る際の重厚な大扉よりも更に重厚な扉があった。
「……ユリィ、万が一の場合の補佐は任せる」
「はいよ。何時もどーり」
「ああ……ホタル、万が一数が来た場合、掃射を行って敵を牽制してくれ」
「了解」
カイトからの指示を受け、ユリィが何時も通り彼の肩に腰掛けて少し離れた所にガトリング砲を構えたホタルが立つ。これで、万が一敵が襲いかかってきても大丈夫だろう。そうして、カイトは一度だけ深呼吸する。
「ふぅ……」
見定めるのは、この大扉の『呼吸』。魔力の流れだ。この大扉の材質が何かは分からないし、遺跡の統括システムにも記載が無い。更に言えばティナもいない。分からない。が、魔金属である事だけは事実だ。であれば、魔力の流れる道はある。その流れを読み取って、その隙間を斬り裂けば良いだけの話だ。
「はっ!」
故に、カイトは流れを見極めて大扉を一刀両断に斬り裂いた。そうして僅かな沈黙の後、小さなかこん、という音を立てて大扉が僅かにずれる。と、それと同時だ。鳴り響く様なアラート音が周囲に鳴り響いた。
「やはり、来るか」
今までは正規の手段による潜入だったが、これは明らかに破壊による不法侵入だ。故にカイトの行動を受けて警備システムが作動したらしい。そしてまるでそれをきっかけとしたかの様に、大音を立てて大扉が倒れた。
「……敵の反応を確認。急速にこちらに向かっております」
「あいよ」
ホタルの報告を受けて、カイトが首を鳴らす。彼の耳にも言われるまでもなくゴーレムが動く金属の音が聞こえており、接敵までもう僅かな時間も無さそうだった。
「マスター。集音マイクで確認した所、どうやら前方の扉の先にも扉がある模様。何度か扉の開閉を確認しております」
「りょーかい。ホタル、片手間で良いから記録は取っておけ。後でティナに渡して精査してもらう」
「了解」
「よろしい……では、姿が見え次第、攻撃を開始しろ」
「了解」
カイトの指示にホタルがガトリング砲をアイドリング状態へと持っていく。そうして数秒後。通路の先から金属のゴーレムが現れた。数は三体。見た目はレガドの最下層に居たゴーレム達と似ている。
というより、文明が同じである事を考えればあれと同じモデルだろう。単に任務内容等から細部が異なっているだけと思われる。と、そんなゴーレム達に向けてホタルは容赦なくガトリング砲による砲撃を開始した。
「ユリィ」
「うん」
そんな弾幕を背に、カイトはユリィと僅かに言葉を交わし合って一気に敵陣へと突撃する。そうしてホタルの砲撃により足を止めたゴーレム達の中央へと肉薄すると、真ん中の一体に向けて問答無用の一撃を放つ。そしてそれと同時に彼の肩に居たユリィが飛んで、右横の一体に右手を当てた。
「ほいよ!」
軽快な掛け声と共にユリィの右手から雷撃が迸り、ゴーレムの姿を飲み込んだ。そうして残る一体については、カイト達が二体討伐したと同時にガトリング砲から地球で入手した対物ライフルに特殊な改良と弾頭を仕込んだ物に持ち替えたホタルが一撃で魔導炉を貫いていた。
このゴーレムはレガドから情報提供がされている。なので動力炉の場所は分かっていて、狙撃は容易だった。今後ルナリア文明の遺跡に足を運ぶ事を考え、ルナリア文明のゴーレムの動力炉を狙撃出来る様に吸魔石を弾頭に使用したアンチマテリアルライフルの様な物を開発していたのであった。
吸魔石を使って魔導炉の暴走を防ぎつつ、強固な装甲を破壊する為の物らしい。弾丸には他にも幾つかの特殊な仕掛けがされているそうだ。それ故弾丸の製造が難しいので量産は出来ないが、ホタルが使う分には問題はないとの事だ。
「良し……まぁ、続々と来るんだろうが」
おそらくこの三体は敢えて言えば先遣隊の様なものだろう。まだまだ奥から聞こえてくる物音を聞きながら、カイトはそう推測する。とはいえ、別に問題はない。この程度の敵ならレガドで常に訓練していた。しかし、彼が楽だからと他が楽だとは限らない。
「こちら冒険部ギルドマスターです」
『なんでしょう』
「敵影、確認しました。武蔵先生より情報提供があったレインガルド地下遺跡のゴーレムと酷似。戦闘力は高いものと思われます。そちらはそこでゴーレム達が外に出ない様にしてもらうのが確かかと」
『了解です。そちらは進めますか?』
「ええ。何とか……一度に戦う敵は少ないでしょうし、レインガルドの事を考えてもそこまで数が居るとも思えません。何より、最後には持っていかれた筈ですからね。何とかなるでしょう」
特殊部隊の隊長の問いかけにカイトは推測を混じえながらそう嘯いておく。それに、特殊部隊の隊長も頷いた。
『わかりました。ご武運を』
「はい……さて。じゃあ、やるか」
特殊部隊の隊長との通信を終わらせると、カイトは改めて前を向き直す。既にゴーレムはこちらに来ており、襲いかかろうとしていた。単に特殊部隊の隊長に要らぬ心配を掛けない為の配慮に過ぎなかった。勿論、この程度では足止めにもならないという理由もある。
「ホタル。砲撃は必要ないだろう。お前も近接で数を減らせ」
「了解」
とりあえず一体一体確実に仕留めていくか。そう判断したカイトの指示を受けるやいなや、ホタルが彼の真横を一気に通り過ぎる。そうしてゴーレムの一体をナイフで串刺しにしていた。
「ユリィ。こちらも各個撃破で」
「あいよー」
「良し。じゃあ、オレもやりますかね」
どうせここに居る事はバレているのだ。であれば、ここから先に進むには敵を殲滅するしかないだろう。それが無理ではないだけのメンツは揃えてきている。そうして、カイトはゴーレム達を殲滅しながら先に進む事にするのだった。
さて、カイトが最下層だった秘密区画に足を踏み入れてからおよそ二十分。ひとまず、彼らに向けての襲撃は一段落していた。
「こんな所かね……ホタル。撃破数はどの程度だ? ああ、三人の合計数だ」
「二十五。レガドにあった軍用ゴーレムの数よりかなり少ない程度かと」
「そろそろ品切れかな」
ホタルからの報告にユリィが大凡の推測を口にする。レガドからの情報提供によれば、あの地下研究所最下層を守るゴーレムの数はおよそ百五十体らしい。
今回彼らが入っているオプロ遺跡はレインガルドよりかなり狭い。更に言えばここが建造されたのは神話大戦の時だ。物資は不足していた筈だろう。それを考えれば、そろそろ品切れになっても不思議はない。
「まぁ、実際動いている気配も無いしな……良し。もう先に進むか」
カイトは肌に感じる気配に動く物が無い事を理解すると、このまま先に進む事にする。今回の彼らの任務は確かに調査だが、流石に戦闘が考えられた最下層の秘密区画を調査しながら進むつもりはない。
なので今回の潜入ではひとまずの安全を確保する事がメインとされていた。というわけで、一通りの安全は確保出来たと判断した三人は更に先に進む事にする。
「……」
先に進んだ一同だが、やはり警備のゴーレム達は粗方片付けてしまっていたようだ。先に進んでも現れる事はなく、ただ先へと進めていた。
「ふむ……中々に長い通路だな。ホタル、現在位置は地上からどれぐらいの深さがありそうだ?」
「移動距離から推測すると、およそ地下五十メートルはあるかと」
「深いな……」
カイトは薄暗い通路の先を見ながら、そう呟いた。と、そんな話をしながら歩く事しばらく。一同は最後らしい扉の前にたどり着いた。
「ふむ……ホタル。この扉が何かわかるか?」
「……おそらくエレベーターの類かと思われます。内部構造に空洞が」
「なるほどね……ここから更に地下へどうぞ、と」
「カイト、これ多分スイッチじゃないかな?」
「カードキーの挿入口とかは……なさそうか」
いよいよこの遺跡の最深部か。カイトはユリィの見付けたスイッチを前に僅かに気を引き締める。どうやらこのエレベーターはカードキー等が必要な形ではないらしい。呼べば普通に来る様子だった。
「この様子だと、この更に下にボスが居るんだろうなぁ……」
ここまで来られたらもう後は一緒だろう。おそらくそう判断していたのだろうとカイトは推測する。故にここまで来た敵対者相手にはゴーレムを繰り出すのではなく、この更に下に出迎えてここで開発されていただろう戦闘兵器を繰り出すつもりだとカイトは読んでいた。
そしてそれはつまり、この軍用ゴーレム達より遥かに高い性能を持っていると自信を持って言えるという事だ。少し気を引き締める必要があるだろう。というわけで、カイトはエレベーターのスイッチを押して指示を出した。
「良し……ホタル。お前は後衛を頼む。ユリィ、お前は何時も通り補佐を」
「了解」
「ほいさ」
カイトの指示に二人が頷く。と、それと同時にエレベーターが音もなく到着して、扉を開いた。そうして、カイト達はこの遺跡の最深部へと下っていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1516話『オプロ遺跡』




