第1512話 オプロ遺跡 ――カナタ――
オプロ遺跡で見付かった少女コナタ。彼女の父親にして研究者のファルシュからの情報提供を受けたカイトは彼女を彼女の部屋へと案内する。そこで、彼女は鏡を見て違和感を覚えていた。
それについては現状詳細が分からないという事で一旦保留という事となり、拠点へと帰還していた。というわけでその後はコナタの為の部屋等を用意していたりすると、あっという間に夜になっていた。
「ああ、そうだ。そういう事で手配を頼む」
『かしこまりました。彼女の身分等についてはこちらで手配を行っている最中です。それに合わせて、素材についてもこちらで手に入れられるかやってみましょう』
「ああ、頼む」
クズハよりの返答にカイトは一つ頷いた。兎にも角にも衣服の確保に成功した事は今回の探索において唯一の朗報という所だろう。だろうが、やはり色々と困る事もある。まず彼女の持つ服の素材は現代の文明にとって未知の素材だ。修繕が難しい。大量生産は技術的に困難だろうが、今後の技術に活かす為にも試行ぐらいはしておきたい所だった。
「良し……こんな所かな」
とりあえず皇国上層部との折衝は必要となる部分以外はアウラとクズハの二人に任せる事にしている。カイトはこちらの調査が終わっていないし、未知の構造が見付かっている以上その調査は必須だ。
皇国の上層部としてもカイトが行ってくれた方が良いだろう。そこらも含めてカイトは今後のファルシュとの交渉を円滑にする為、コナタの身元をマクダウェル家で引き受けれないか手配をしている所だった。
「カイトー、ご飯だよー」
「おいよー……そういえばコナタちゃんはどうしていた?」
「彼女、あの身体で結構健啖家だったよ。一人で二人前をぺろりと食べちゃうぐらいだし」
「そうか。その様子だと食事についても問題は無さそうか」
ユリィからの報告にカイトは僅かに安堵したように胸をなでおろす。朝はパン、昼はサンドイッチと昔からあるパン食だ。なのでコナタとしても特に何か疑問を感じる事もなく食べていたが、夕食はその地方の料理が基本だ。冒険部となれば日本食が多い。彼女の口に合うかは微妙な所であったが、この様子だと合ったのだろう。
「良し。それならオレ達もご飯とするか」
「どうなりそう?」
「まぁ、何とかなりそうはなりそうかな」
ユリィの問いかけにカイトは大凡の見込みを告げる。基本的にコナタはやはり単なる当時の民間人だ。しかも記憶喪失ときている。遺跡のデータベースにあった身分証の写しと診断書も提出していたし、軍医にも診てもらっている。なのでそちらの方面からも記憶喪失は確証が取れており、皇国上層部としても彼女から情報が取れるとは思っていない。
なので上層部としても特に興味は抱いていないのか、彼女の保護についてはどちらかと言えば好きにすれば、というのが総意という所だった。それより彼女の父であるファルシュに恩を売っておく方が良いだろう、とカイト達での保護を現状は推奨しているとの事であった。
「診断についても今はまだ経過観察中だし、こっちは明日からまた調査を再開。そこで見付かるものもあるだろうさ」
「まー、この様子だと最初の目的だった邪神の痕跡とかは無さそうだねー」
「こればかりはな……まぁ、一人救助出来たので良しとしておこう」
どこか苦笑を浮かべたユリィの言葉にカイトもまた苦い笑いを浮かべる。こればかりは、想定外だったと言うしか無い。が、ここの調査を任された以上はこのまま調査を続行する事になった。ちょうど専門家達も居るのだ。皇国上層部としてもこれ幸い、と調査の続行を依頼していた。というわけで、カイトはそのままご飯を食べて眠りに就く事にするのだった。
それから、数時間。夜の帳が下りてカイトも眠りに就いた頃の事だ。どういうわけか眠った筈の彼はどこかの草原の中に立っていた。周囲には夜の帳が下りていて、月明かりが周囲を照らしていた。
「うん? これは……誰かが<<夢渡>>を使ったのか……」
カイトは確かに眠った事を記憶している。その上、周囲には一緒に寝た筈のティナらの姿も見受けられない。服についても寝巻き代わりに使っているTシャツとジーパンやジャージでもない何時もの普段着だ。夢だろうと考えられる土壌はあった。
「さて……オレに<<夢渡>>で接触してくるとなると……レヴィか?」
<<夢渡>>。それは夢を繋げて会話を行う特殊な魔術だ。眠りながら魔術を行使しなければならないので非常に困難で、しかも習得には適正も必要だ。
しかも、現代ではこんなメリットの薄い魔術を使うぐらいなら念話や通信機という便利な道具がある。なので使い手は限られた。というわけでカイトはレヴィだと当たりをつけると、彼女を呼んでみる事にした。
「おーい、レヴィ! レヴィア! 呼んだならさっさと出てきてくれー!」
カイトが声を張り上げて周囲を見回す。滅多な事ではレヴィも<<夢渡>>なぞ使わないが、何かの理由があったら使う。が、いくら呼んでもうんともすんとも言わない。というわけで、僅かに苛立ったカイトは更に声を張り上げた。
「レヴィ! おい、レヴィアたーん! あれ、もしかしてあいつじゃないのか?」
大抵カイトがレヴィアたん、と言って茶化すと出て来るのが彼女だ。そして<<夢渡>>を使ってカイトに接触した相手は確実にカイトの姿を捉えている。であれば、この言葉が聞こえていないとは思えない。ということでこの呼びかけに応じない所を見ると、どうやら別人だったらしい。
「ふむ……」
では誰だろうか。カイトはそう考えながら、一度周囲を見回してみる。空には満天の星空と、白銀の二つの月。地面には草原。周囲には小高い丘がある。と、そんな小高い丘の上に、一人の少女が立っている事に気が付いた。
「ふむ……何時もならシャルかとも思うが……あれは明らかにあいつじゃないな……」
どうやら、見ず知らずの人物らしい。カイトは青みがかる白銀の長い髪にそう判断する。とはいえ、よほど凄い使い手でもなければ一度に渡れる夢は一人だけだ。なので彼女が呼んだと考えて間違い無いだろう。というわけで、カイトは彼女の所にまで歩いていく。
「君が、オレを呼んだで間違いな……」
「あら……ごめんなさい。何時もの寝巻き、と想像して私の趣向に合わせたらこの格好になったようね」
振り向いた女の子を見るなり停止したカイトに対して、女の子は僅かに妖艶なれど少しうっかりとした様子で笑って謝罪する。そこに居たのはコナタだ。彼女がかなり薄手のネグリジェで立っていたのである。シースルーとまではいかないものの、かなり薄手でうっすらとだが素肌も見えていた程だ。
とはいえその笑みは何時ものどこかぽやん、とした不思議な笑みではない。無垢な彼女は決して浮かべない妖艶な笑みだった。更には口調も大きく異なっていた。とはいえ、彼女である事には間違いない。なのでカイトは気を取り直して問いかけた。
「あ、あー……君はとりあえずコナタちゃんで間違いないか?」
「そうねぇ……それで間違いない事は間違いないわ」
「ふむ……妙な言い方だが……それはかつてはその性格が元来だった、という事か?」
コナタの微妙な物言いにカイトは重ねて問いかける。間違いない事は間違いない。それはつまり、間違いではないが正解でもない、という事だ。
「それも、違うわ。そうね……私はカナタ。もう一人のコナタとでも言いましょう。はじめまして、団長さん」
カナタ。そう名乗ったコナタの姿の少女は妖艶に微笑みながら、カーテシーのようにネグリジェの裾を上げて一礼する。どうやら、カイトの事は知っているらしい。
確かに彼女が彼女の言う通りもう一人のコナタだというのなら、それも当然の事だろう。とはいえ、だからといって自己紹介が必要というのはまた別の問題だ。故にカイトは腰を折って頭を下げた。
「これはご丁寧にどうも。カイト・天音だ……それで、カナタちゃん」
「……カナタ。そっちでお願い」
「やれやれ……どうにもやり難い。が……オーライ、カナタ」
妖艶に笑いながら己の唇に人差し指を当てて告げたカナタに妙なやり難さを感じながらも、その提案を受け入れる。やり難いのはやはり見た目はコナタだからだ。が、かといってこの妖艶な表情が似合わないわけではなく、何故かこの妖艶な笑顔もあの不思議な笑顔もどちらも似合っていた。要は慣れの問題という所だろう。
「それで、君がここにオレを呼んだ理由はなんだ?」
「あら……最初から本題? 早い男は嫌われるわよ?」
「じゃあ、何だ? どんな話をする? 君はその様子だとかつてのコナタちゃんを知っていると思う。その話でもしてくれるか?」
妖艶に、されど楽しげに笑うカナタにカイトは椅子と机、ティーセットを創り出して問いかける。所詮ここは夢の中。大抵の事なら余裕で出来る。唯一出来ないのはカナタに関する事だけだ。それに、カナタも妖艶に笑いながら用意されていた椅子に腰掛けた。
「良いわね……でもどうせなら、私の事について知りたくない?」
「良いね。是非とも教えてくれ……君は何者だ? もう一人のコナタ、という事は二重人格という所か?」
少しだけ胸元を強調するようなカナタに対して、カイトはその問いかけを認めて先を促す。これに、カナタは頷いた。
「当たらずといえども遠からず。あの子と私は裏表。本当は、あの子も私を把握している。鏡で違和感を得ていたのは、何時もなら私が表に出て来るのに出てこないからね」
「なるほど……写し鏡の要領で裏に潜む自分と会話する方法か。彼女が君を思い出せていないから、違和感を感じているという事か」
「そういう所ね。本来なら私と会話出来るはずが、私の存在を忘れているが故に私と接続が出来ない。自分が映ってしまっている。それがあの子には違和感でならない」
カイトの問いかけにカナタは頷いた。あの後もファルシュに隠れてティナと共に密かに調べてみたのだが、やはり彼女の部屋には何も仕掛けはされていなかった。
そしてリーシャから報告を受けた所によると、鏡を見る度に違和感を感じていたという事であった。それの原因がこれだとするのなら、カイトにも納得できた。そしてこの場にカイトを呼び寄せた事にも納得が出来る。彼女にはこれぐらいしか打てる手が無いからだ。
「で? オレには君を思い出す手助けをして欲しい、という所かな?」
「そうねぇ……それでも良いわ。でもちょっと違う」
「ふむ?」
どうやらカナタは自分が動けるようになる事そのものについては特段の興味は無いらしい。後に聞けば確かに動けないのは困るらしいが、逆に彼女自身はコナタでもあるという認識なので自身で動けなくてもそこまでのストレスは感じないらしい。根っこが同じだから、らしい。これはカイトも似た様な存在を抱えればこそ、納得が出来る話ではあった。
とはいえ、そういう事になるのならどういう理由があって自身を呼び寄せたのか、とカイトとしては気になる。なので彼はカナタに話の先を促した。
「違う、というのなら何故オレをここに呼び出した? 無論、現状の君はここでしか話が出来ないから、というのはわかる」
「……お父様の話。私風に言えば父様ね」
「? ファルシュさんか。君は彼が人工知能化している事を?」
「知っているわ。あの子が肉体としての記憶を失っていても、私は魂としての記憶を保有している。なので人工知能についても覚えている。ああ、予め言っておけば、あのお父様は私が知る限りお父様本人と大差のない人格。一切そこらに嘘偽りは無いわね」
カイトの問いかけに頷いたカナタは改めてファルシュが本人と変わらない性格である事を明言する。まぁ、これについてはカイトとしてはどうでも良い話といえば、どうでも良い話だ。というわけで、話の先を促した。
「ふむ……それなら何故彼の話を?」
「ふふ……あの子が従順なら私は反抗的なの」
クスクスと妖艶に笑いながら、カナタははっきりとこれが父に対する反抗だと明言する。そうして、彼女は改めて明言した。
「言っておいてあげるわ。お父様は確かに私を愛してくださっている。けれど、あの人は正真正銘の鬼畜外道。ああ、言っておくけどそういう……性愛とかの対象として見られた事はないわ。私も私もそういう意味ではまっさらな身体。治療行為の一環でさえ、裸にされた事はないわ。下着姿が精一杯。親としての愛は本物よ。些か馬鹿だけどもね」
「ふむ……おかしな話を言うな。愛してくれていると断言しながら、彼を外道と罵るか」
「ええ……彼は本物の外道。貴方と繋がっている私だから、わかるわ。貴方、人としてまともに見えても性根としてどうしても外道の存在が居る事を知っているわね? 彼はそういう部類よ。人類への愛も本物だし、私への愛も本物。だけれども、どうしようもないぐらいに外道よ。別に彼を信じるな、とは言わないわ。彼が善人である事もまた事実だから。でも彼が全て本当の事を語っているとは、思わないで欲しいわね」
カイトの問いかけに対してカナタははっきりと、カイト達が見ているダメな父親であり研究者であるという側面が単なる表面的なものでしかない事を明言する。そんな事を言う彼女に、カイトが訝しんで問いかけた。
「ふむ……まぁ、それは良いだろう。だが、どうしてそれをオレに伝える?」
「そうね……私が貴方が気に入っているから、とでも言えば良いかしら」
「気に入られる事はしていないがね」
「うふふ……違うわ。貴方もとても歪。貴方程の歪な人、見たことがないぐらいに歪。聞いた事がないかしら? 女の子はどこか好きな人に父親に似た所を求めるって。お父様とは違う方向だけれど、貴方はとても歪。矛盾を抱えた存在。どうしようもないぐらいに、矛盾している」
「……お前、ここで何を見た?」
楽しげに、妖艶に告げたカナタに、カイトは目を細めて問いかける。ここは彼の夢の中。シャルロットが見たようにかつての夢を垣間見れたとて不思議はない。が、これにカナタは首を振った。
「何も。ただ私は私も歪故に、本能的に貴方に親近感を抱いている。あの子が本能なら私は理性。あの子が本能的に理解している事を私は理性的に把握しているだけ。ただそれだけの話よ」
「……そうか」
カナタの言葉に嘘は無かった。それ故、カイトは認めるしかなかった。どうしようもなく自身が歪んでいる、と。そしてそれ故、彼の顔には滅多に顕れない愉悦が浮かぶ。
「あぁ、そうさ。オレは歪だ。人類の善性を好むオレは同時に、人類の闇も深く愛している」
両手を広げ、カイトは愛おしげに大きく宣言する。その彼の顔にはどこか、狂気が滲んでいた。
「あぁ……例えば誰かに愛されたいと願い、叶えられなかった少女が居るとしよう。オレはその子が如何な罪を重ねようと、良しと言おう。喩え何百人殺そうと気にしまい。愛されたいと願う事は罪か? 居場所が欲しいと願う事は罪か? 否。罪にあらず。愛を求め、さまよい狂う。なんと人類らしい姿か。オレはそういう少女が何より好きだ」
愛されたい。愛して欲しい。愛は全てを狂わせる。いや、愛だけが全てを狂わせる事が出来る。それが、カイトの持論だ。故に、愛故に、愛を求めるが故に狂った少女はカイトにとってみれば何より愛おしい存在だった。と、そんな陶酔さえ滲ませた彼へと、カナタがため息を吐いた。
「はぁ……良い具合に陶酔している所、悪いのだけれど。良いかしら?」
「おっと……失礼した。少女を前に別の少女の事を語るのは、些か礼を失した行動だな」
「やれやれ……さて、その上で一つ教えておいてあげるわ」
「うん?」
どうやらここまでの話をした上で、本題に入るらしい。カイトが小首を傾げる。そうして、カナタはある単語を口にした。
「エンジェリック計画。私はその被験体にして完成体よ」
「なんなんだ、そのエンジェリック計画とは」
「あるプロジェクトの一つ。私は正確にはそのプロジェクトの一環となる『天使の子供達』計画の完成体とでも言うべきかしら。その指導者的地位にお父様はいらっしゃった。詳しくはあの女神様にでも聞いて頂戴」
「ふむ……」
良くは分からないが、少なくとも不思議はないといえば不思議はない。ファルシュは研究者。そしてカナタというかコナタは病弱だという。それに研究の成果を施していたとて、不思議はなかった。と、そこまで話した所で、急速にカナタの姿が薄れだす。
「あ、おい」
『お話はここまで。とりあえず伝えたい事は伝えたわ。兎にも角にも、お父様をあまり信用しない事ね。ああ、そう言えば……おそらくもう少しすると私が体調を崩す。本来は居るべき私が居ないものね。こればかりはお父様の手が必要』
「その時は、どうして欲しいんだ?」
『その時は……お父様に私を預けて頂戴。私が動けなくても私達にストレスは無いけど、やはり居るべき者が居ない事そのものがストレスには違いがない。だからその時また、今度はコナタではなく私として会いましょう?』
どうやら時間が来たという事なのだろう。カナタはそう言って妖艶に笑う。そうして、カイトの意識は急速に闇に包まれていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1513話『オプロ遺跡』




