第1509話 オプロ遺跡 ――生存者・2――
オプロ遺跡の元研究者にして現在は施設の中に人工知能として生存している元研究者のファルシュ。一週間程度の付き合いでお互いにそれなりに信頼関係が築けた事でカイトは彼より一つの依頼がなされる事となる。
それは、コナタという彼の娘を保護して欲しい、という依頼だった。そうして彼女が避難しているという所長室にたどり着いたカイトであったが、シェルターの解封を行うと中のコナタが倒れ伏しているのを発見する。そこで幾つかの話をファルシュから聞いたカイトは、病弱だというコナタの為に主治医二人を呼び出していた。
「そうですね……見た所、反応からは気を失っているだけと考えられます。情報が少なすぎるのでなんとも言えませんが、旧文明がそう判断しているのでしたらその可能性が高いのでしょう」
「こっちも、同意見ね。一応安眠の為にお香を焚いたけれど……あまり無理に動かすべきじゃないわ」
リーシャの言葉に同意したミースが一つ頷いて無理に起こすより安静にするべき、と提案する。そしてカイトとしても無理に動かすつもりはなかった。
「いや、無理に動かすつもりはない。目覚めるのなら何時ぐらいになりそうだ?」
「そう……ですね。基本的な感じとしては脳震盪に似ている、という所でしょう。急に時が流れたのでそれに身体が耐えられず、という所です。正確には魂が、という所かもしれませんが……」
「なるほど。脳ではなく魂が揺さぶられた、か」
ファルシュ曰く、彼女は長寿の種族らしい。であれば、肉体を構成する割合としては魔力の要素が強い。それ故、魂が揺さぶられると肉体側に変調が顕れてしまったという事なのだろう。こればかりはどうしても、長寿の種族のデメリットとでも言うべき話だった。
「とはいえ、とりあえず命に別状は無いと考えて良いんだな?」
「はい。それは二人の医師による結論として断言して良いかと思われます」
「わかった」
カイトはリーシャよりの返答を受け取ると、椅子から立ち上がる。昼一番にコナタを回収してリーシャ達を呼び寄せ、彼女らによる各種の診断を受けさせたわけであるが、そんな事をしていれば当然もう日はとっぷりと沈んでいた。
とはいえ、やはり親としては心配しているだろう事は容易に想像出来る。なので今から中央建屋に向かい、ファルシュに報せてやろうと思ったのである。というわけで中央建屋に向かったカイトであったが、扉の前、映像が投影出来るギリギリの所でファルシュは立っていた。
『ああ、来たか』
「ファルシュさん……ひとまず、診察が終わりました」
『そうか……どうだった?』
「はい……」
カイトは不安そうなファルシュの問いかけに、ひとまず二人の主治医達の診断結果を彼へと伝える。彼は確かに生物学の専門家ではあるが、やはり実体を持たないという難点がある。魔術による診察も使えない。自身が医者に近い事もあって尚更に心配だったのだろう。
とはいえ、専門家だからこそきちんとした診断結果を見せられて安心出来たらしい。カイトの報告と診断書を見て胸をなで下ろした。
『ふむ……これなら大凡あの子にとって正常な範囲内と言えるだろう。が、ふむ……』
「どうしました?」
『いや、今改めて数値を精査していたのだが、幾つかの数値が高くてね。投薬を行った直後の数値ともまた異なった数値を出している。そこが、気になってね』
「何か問題が?」
真剣な目で診断結果を精査するファルシュに対して、カイトが問いかける。乗りかかった船だ。必要とあらば手配が必要だろう。が、これにファルシュは首を振った。
『いや、今はまだ見受けられないが……もしかしたらシェルターも完全に時が停止したのではなく、本当にごくわずか。極限値を取った時には流れていると見做せる程度には流れているのかもしれない。ふむ……今はまだ要経過観察という所だが、一応薬について用意出来るか調べてみよう。彼女専用の医療ポッドもある。これは私の研究室なので、この私ですべて何とか出来てね。問題はない』
どうやらまだコナタは重篤な状態とは言えないらしいが、気にはなる領域らしい。少し不安そうではあるが気丈に笑ってみせたファルシュは一つ頷いて、早速調整に入る事にしたようだ。
そうして、カイトはそんな彼の邪魔にならない様にこの日は中央建屋を後にして、とりあえずはコナタとやらが目覚めるのを待つ事にするのだった。
ファルシュの娘、コナタを保護してから一夜明けて翌日の朝。カイトは朝一番に主治医二人より呼び出しを受けていた。
「ああ、来たわね」
「おう……で、急いで来いということはあの子が目覚めたという事か?」
「そうね……目覚める事は目覚めたわ。あ、でも今はリーシャが診察中だから行くのはもう少し待って。その間に彼女について話しておくわ」
カイトの問いかけに頷いたミースは腰を上げようとしたカイトを制止して、それを受けたカイトは再度腰を下ろす。そうして、彼は急に呼び出された理由を聞かされる事となった。
「……記憶喪失?」
「外因性、内因性?」
「それはまだ不明よ」
ユリィの問いかけにミースが首を振る。どうやらコナタという子は今日の朝一番の時点で目覚めたそうなのだが、自分の名前を聞いても首を傾げるだけだったらしい。
で、詳しく話を聞いてみると、どうやら記憶を失っているとの事であった。というわけで、今は詳細をリーシャが調べている間にカイトを呼び出した、という事らしい。
「……まぁ、兎にも角にも記憶喪失としか言い得ないわ。当然、父親の事も何も」
「厄介だな……」
どうするかな。カイトは記憶喪失らしいコナタについての対処を考える。まずファルシュに伝える必要はあるだろうが、そこからの対処は彼との相談という所になるだろう。と、そんな事を考えているとリーシャが女の子を連れて戻ってきた。
「あ、カイト様」
「ああ……おはよう。そして、はじめまして。カイト・天音だ」
「ユリィちゃんでぇす」
「何だよ、その言い方は……」
「……?」
ユリィの冗談めかした自己紹介に笑うカイトの差し出した手に、コナタがぽやん、とした感じで首を傾げる。どうやらこの子もこの子で独特な雰囲気とペースを持っていそうだった。と、そんな彼女が口を開いた。
「……これは?」
「握手、だけど……それも忘れているかな?」
「はぁ……」
独特な子だな。カイトは相変わらず無表情ながらも自分の手を握り返したコナタにそう思う。と、そう思うわけなのだが、コナタはしばらく経ってもそのまま動かない。
「……あの、コナタちゃん?」
「……はい」
「そのー……いつまでも握る必要は無いんだけど……」
「?」
カイトの指摘にコナタが首を傾げる。が、どうやら意味は理解してくれているらしい。言われるがままにカイトの手を離した。そんな彼女に、ユリィが頬を引き攣らせた。
「ど、独特な子だねー……」
何を考えているのだろう。ぽやん、とした様子で自分を見るコナタにユリィはそう思う。そんな彼女に対して、カイトは努めて柔和な顔でコナタへと問いかけた。
「改めてになるけど、一つ聞かせて欲しい。記憶を失っている、という事だったね」
「……らしい、です」
カイトの言葉に同意する様にコナタが頷いた。まぁ、幸いといえば幸いな事にこの様子なら記憶喪失だからと深刻になられる事はないだろう。この性格が素のものなのかそれとも記憶を失った事による弊害なのかは分からないが、少なくとも変に警戒されるよりは随分と有難かった。
「ら、らしい、か……ま、まぁ、君が何も思い出せないのなら、それは記憶喪失だろう」
「はぁ……」
「……だ、大丈夫かなぁ、この子……いや、大丈夫じゃないか」
そもそも記憶喪失に大丈夫も何もないだろう。故にカイトは一転気を取り直して、改めてコナタへと向き直る。
「目覚める前の事で、何か覚えている事は無いか? 自分の事、周囲の事……なんでも良い」
「……」
カイトの問いかけにコナタは不思議そうな顔で少しだけ考える。が、しばらくして首を傾げた。
「……特には、何も。ただ……何か妙だな、とは……」
「妙? どう妙なんだ?」
「周り……もう少し色々とごちゃごちゃしてたような」
「ふむ……」
なるほど。おぼろげではあるが、かつて自分が研究所で過ごしていた事は分かっているらしい。これについてはファルシュも人里離れた所に住んでいた頃も研究所に住んでいた、と明言している。
そしてあの性格だ。ろくに片付けをしていたとは思えない。妙に片付いている医務室に違和感を感じても可怪しくはないだろう。と、そんな考察を行ったカイトであったが、ふと腹の音が響き渡った。
「ん?」
「……」
「……」
腹の音に気付いて首を傾げたカイトに対して、同じ様にコナタが首を傾げる。それに、ユリィもまた首を傾げた。そうして三人が首を傾げたわけであるが、敢えて言うまでもなくこの出所はコナタである。というわけで小首を傾げて目を瞬かせたまま、カイトは問いかけた。
「……お腹、空いたかい?」
「……多分」
「お、おう……」
アウラとはまた別種の不思議系少女に、カイトはどうすれば良いか若干対応に困る。とはいえ、空腹ならご飯を用意すれば良いだけの話ではある。なので彼は即座に用意を整える事にした。
「まぁ、流石にまだ大勢の人の前に連れ出すのは問題だろう。オレが飯を持ってくる。三人はこのままこの子を頼む」
「はーい」
「あ、私は今の内に診断結果を書きますので、ミースに頼んでも良いですか?」
「あ、わかった。じゃあ、こっちで面倒は……」
カイトの指示に三人がコナタの着替えなどを手伝うべく行動を開始する。一応着替えなどの一通りの事は出来るそうなのであるが、やはり例えば現代と昔の衣服は異なっている所は多かった。
なので着替え方をレクチャーしたりする必要があるそうである。無論、それ以外にも色々と違う所がある。しばらくはフォローが必要だった。で、今は朝。着替えを手伝うのなら男は邪魔だろう。というわけでカイトはとりあえず彼女のフォローを任せる事にして朝食の用意を整える。そうして彼女が食べている間に書き上がった診断書を片手に中央建屋に向かい、ファルシュと合流する事にした。
『ふむ……記憶喪失か。やはり起こっていたか……』
「? 想定されていた事態なんですか?」
『ああ……昨日、彼女には幾つかの投薬治療を行っていると伝えたね』
カイトの疑問に対して、ファルシュははっきりと頷いた。そうして、彼はその推測の事情をカイトへと述べる。
『実は使っていた薬の一つに、記憶障害を引き起こす薬草が原料として含まれていてね。何時もならまた別の薬を使ってその薬効を抑えるんだが……』
「それは飲ませなかったんですか?」
『いや、食事の食い合わせの様に、時間をずらす必要があってね。食間食前食後という所かな。例えるのなら前者が食前、後者が食後の服用をする予定だった、というわけさ』
「食前の薬は飲んだものの、食後の薬を飲むまでの間に想定以上の時間が経過してしまった、と」
『そうなのだろうね。であれば一日ぐらいは時間が流れている可能性が考えられるか……しばらくすれば元に戻るはずなんだが……さて……』
カイトの総括にファルシュは頷いた。先にファルシュが推測していたが、シェルターは超長時間で見てみると完全に時が止まっていない可能性があった。その結果として、今回はその記憶障害を引き起こすだけの時間が経過してしまったという事なのだろう。
「ふむ……ではどうすれば良いでしょう」
『っと……そうだね。順当な所としては記憶障害を引き起こす薬効を打ち消す薬を飲ませるのが正しい所なのだろうが……まだどれが使えるか選別中なんだよね』
さて、どうするか。ファルシュは今ある薬品については保存状態の良くない物についてはすべて廃棄を決定する一方、どうするか悩みだす。それに、カイトが問いかけた。
「作り方と材料を教えていただければ、こちらで作りましょうか?」
『ふむ……確かにそれが一番現実的なのかもしれない。機材については幸い研究所にある物を使えるだろう。誰も居ないから許可を取る必要もない。製造そのものに問題は無いだろう。ただ……』
「材料があるかが分からない、ですか?」
『うむ。名前の変わった薬草や、もしかするともう絶滅してしまった薬草があるかもしれない。まぁ、魔女と天族という事でそこらは何とか出来るかもしれないが……ふぅむ……急ぐべきではないかもしれないね。先に私が使った薬の調合レシピを渡しておこう。その間に自然に治れば、それが一番良いしね。所長室……ああ、第二所長室にコピー機があるから、そこまで来てくれるかな? 君が来るまでに印刷をしてしまおう』
「わかりました」
カイトはファルシュの求めに従って、所長室へと向かう事にする。そうしてそこでコナタの為の薬の調合方法などを記した数枚の書類を受け取って、再びリーシャ達の所にまで帰還する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1510話『オプロ遺跡』




