第1507話 オプロ遺跡 ――思惑――
オプロ遺跡の動力復旧によって施設の各地で起きていた経年劣化などによる異常。一日が経過してわかる様になったそれら異常に対処するべく、冒険部は遺跡の各所で奔走していた。と、その中の一つであるかつて開発された軍用の巨大な――ファルシュ曰く中型らしいが――ゴーレムの討伐をソラは行っていた。
そうしてトリンの助力を得てほとんど苦戦する事もなく討伐されたゴーレムについてを、カイトはヘッドセットを介して報告されていた。
「そうか。問題なく倒せたか」
『おう。制御用の魔石を破壊した……あはは。やっぱまだお互いに知らない事多いわ』
「だろうな。今回はそれを知る為の仕事だ」
『あはは。おかげでお互いに知れる事は多そうだよ』
カイトの指摘にソラが笑いながら頷いた。とりあえず、これで何とか巨大なゴーレムは停止出来た。建屋が倒壊するという事はないだろう。と、そんなソラが問いかけた。
『で、お前の方はどうなんだ?』
「ああ。こっちは今絶賛外で土いじりだ」
『は?』
ソラの問いかけを受けたカイトは、目の前に積み上がった土の山を見て笑う。薬品庫で起きたガス漏れの対処をしている筈の彼はどういうわけか、外に居た。勿論、それはファルシュによる指示があっての事だった。
「どうにも排気系に異常が出てたらしくてな。センサーも同じく一部異常。近付いて異臭に気付いて、再度システムチェック。調べたらどうやら外に繋がる排気口が土で完全に埋もれてしまっているらしい。で、それを掘り出す為に外で土いじりってわけだ」
『なーる。時間経ってるもんな……で、それ何とかなりそうなのか?』
「なんとか、って所だ。外の部分は魔物か戦乱かどちらかは知らんが破損しちまって、無事な部分まで掘り出して簡易でも良いから修繕する必要がある。更にはフィルター類も交換が必要らしくてな。そっちは軍の工兵さんに頼んだ」
『それでお前は外で土いじり、と』
「そういうことだ。流石にオレもフィルターの交換は無理だ」
ソラの結論にカイトが笑いながら頷いた。一応安全面から空調系の排気口と薬品庫に繋がる排気口は別になっているので、地下での活動にそのものは問題はないらしい。
が、このままでは薬品庫の周辺が立ち入り出来ない。当然だが薬品庫の気密性も劣化している。ガスが漏れ出る可能性は高いだろう。そしてガスは目に見えない。カイトならまだしも他の面子は厳しいだろう。と、そんな話をしていると土の山の後ろから声が上がった。
「おーい、天音ー! 配管出て来たぞー!」
「わかった! こっちもソラ達に指示を出したら、すぐ行く!」
どうやら話している間に埋もれていた配管の一部が見付かったらしい。さほど手のかかる作業ではなかったが、やはり時間の経過により配管はかなり深くまで埋まってしまっていた。なのでそこそこ時間は掛かったようだ。
「ソラ、こっちは作業に戻る。そっちも一休み入れたら作業に戻ってくれ」
『おう。そっちも頑張れよ』
「ああ」
カイトは手短にソラに次の指示を与えると、通信を切断して穴の近くへと移動する。と、そこにたどり着くとギルドメンバーの一人が地面に埋まった配管の一部をカイトへと指し示した。
「ほら、配管」
「ああ……ファルシュさん。配管、見付かりましたよ」
『ああ、見付かったか。良し。予備の部品は?』
「それはもうここに」
ファルシュの問いかけにカイトはこの間に軍の兵士に持ってきてもらった配管のパーツを提示する。これを何とかしない事には、換気が出来ない。そしてどうやら外側についてはパーツの交換で何とかなるらしく、手が空いたカイト達がする事になったのである。というわけで、手早くカイトは部品の交換作業を終わらせる。これで、浄化された空気を外に出す事が可能になった。
「……これで大丈夫……かな」
『うむ。完璧な修理だろう……良し。システムも正常に稼働している。いやぁ、交換用の予備の部品が劣化していないで良かった良かった。あれが劣化していたらゼロから規格に合致する部品を作らないといけなかったからねぇ』
「そうならなくて幸いです……それで、換気作業はどれぐらいで終わりそうですか?」
『うーむ。まだ内部でフィルターの交換作業が続いているから、それが終わり次第始めたとして……そうだねぇ。内部のセンサーも一部破損しているから、正確な所は分からないが……確実なのは明日の朝だね。そこから清掃作業を開始して、と考えたら明日一日は潰れるかな』
カイトの問いかけを受けたファルシュが大凡の見込みを告げる。内部のセンサーが一部破損しているのは、経年劣化とそれに伴ってセンサーの内部にガスが入り込んだ所為だ。常に異常が検出されてしまっているらしい。
「ということは今日一日は動けない、と」
『そうでもないさ。ソラくんに聞けば君はギルドでも有数の実力を持つんだろう?』
「……まぁ、一応は」
『そんな君に朗報だ。さっきの巨大ゴーレムではないが、それに匹敵する厄介な試作機がまだまだ残っていてね。さぁ、頑張りたまえ』
「はいはい……全員、装備を整えて戦闘の準備。各建屋の増援に向かうぞ」
相変わらずいい加減というか独特なペースを持つファルシュに、カイトは肩を落とす。そうして、カイトは調査班を率いて各建屋で暴走する試験機や実験体の対処に赴く事になるのだった。
薬品庫の空調システムの部品交換を終えた翌日の朝。この日もこの日で何時も通りカイトは中央建屋に入っていた。
『やぁ、おはよう。今日も元気そうで何よりだよ』
「はい、ファルシュさん……まぁ、休暇前の最後の一日ですからね。気合い入れていきますよ」
『おや、明日は休暇かね。私はこの身体になってから休む意味が無いおかげで、色々と助かっているよ』
カイトの言葉にファルシュが笑いながらそう告げて、ひとまず少しの朝の会話を行う事となる。そうして一通りの朝の会話を終わらせた所で、ファルシュが昨日の作業の進捗を報告してくれた。
『さて、それで本題だ。昨日行った排気システムの件。あれについては無事なセンサーを総動員して、薬品庫の換気が完了した事を確認している。今なら清掃が出来るはずだ』
「わかりました。ありがとうございます」
『うむ。ああ、幾つかの部屋では私の映像投影用のレンズが破損しているから、もし何かあれば廊下に出て聞いてくれ。どうやらレンズに生じたひび割れからガスが入ってしまったらしくてね。内部がやられているのだろう』
ファルシュはそう言うと肩を竦め、昨日案内した薬品庫への案内を開始する。そうしてカイト達はそれに従って薬品庫へと向かう事となる。
「ふぅ……これでひとまず水で洗い流せたか。なんで学外でまでモップがけせにゃならんのやら」
「あとはこれを専用の排水口に流して、と……掃除は教師も率先してやるのです……とか真面目な時は言えるけどさー。流石にシラフの時はやってらんなーい」
ふわふわ浮かんでバケツを持って専用の排水口に汚水を流したユリィはそこで一息を吐いて、ついで手を洗いながらそう愚痴を言う。冒険者の仕事として調査任務を請け負って、清掃作業なぞするのは滅多にない。それ故にカイト達も面倒臭そうだった。
「シャルー。終わったぞー」
「あら……そう」
「女神様はのんきで良いですな」
「こういうのは下僕にやらせるものよ」
ジト目のカイトの指摘に、読書をしていたシャルロットは笑いながら使い魔を消した。彼女とてサボっていたわけではない。使い魔を使ってきちんと清掃していた。ただ自分ではやっていないだけだ。というわけで、カイトも半ば冗談だ。と、そんな彼は作業を使い魔にやらせながら何を読んでいたのか気になったらしい。見た所本ではなく、書類の束だった。
「何読んでるんだ?」
「当時の報告書よ。あのファルシュ……どこかで見たのだけど、それが思い出せないのがもどかしくて。提出されたリストの中に名前が無いか確認していたのよ。名前さえあれば功績がわかるし、それが分かれば記憶も戻せるもの」
カイトの問いかけを受けたシャルロットは分厚い資料の束をペラペラペラペラと捲って中を僅かに見せる。かなり古ぼけた紙だが、異空間の中で保存されていたからかまだ全文を確認出来るらしい。
「ふーん……で、成果はあったの?」
「無いわね。情報が少なすぎるわ。研究者の数も多いし……どうしても見ている間に思い出に浸る事も多くてダメね」
手洗いを終えたユリィの問いかけに、シャルロットが僅かに懐かしげに首を振る。どうやら色々と思い出す事があったらしい。この様子だとまだ少しは時間が掛かりそうだった。
「ま、そっちは頼む。どうやら少なくとも信頼しては良さそうだからな」
「そう……ね。少なくとも悪い人物では無さそう……かしら」
カイトの言葉にシャルロットも曖昧ながらも同意する。何か事を起こすのなら今までに何度もそのチャンスはあった。が、それをしていないのだから、彼に害意があるとは考えにくい。なら、安心だろう。そうして話し合いを終わらせた一同は掃除用具を持って廊下に出る。
『やぁ、お疲れ様。掃除は?』
「終わりました……これで次に移れます」
『そうか……ふむ。この様子なら時間的に後一つが限度かな』
ファルシュは時間を見て、現在までの進捗を考えてそう判断したようだ。やはり薬品という事で手荒に扱うわけにはいかなかったし、何より長年放置されていた事で部屋の各所に汚れがこびりついている。それに吸着された薬品をそのままにしておくわけにもいかない。なので思った以上に掃除に時間が掛かっていた。
「そう……ですね。ここから昼休憩ですし……逆に三時間ぐらいで終わったのが良かったという所でしょう」
『そうだろうね。まだここより大きな薬品庫も幾つかあるし……気を付けて作業しなければならないだろう。下手に薬瓶が割れて有毒ガスが、となると折角換気したのに意味がなくなってしまうからね』
「ええ……では、一度我々は外に戻ります。また一時間後には戻りますよ」
『そうか……ああ、そうだ。では戻ったら必ず私に声を掛けてくれ。一つ頼み事があってね』
「? はぁ、まぁ、構いませんが」
ファルシュの唐突な申し出にカイトは小首を傾げながらも二つ返事で了承を示す。少なくとも今までの彼の行動に悪意が無い事は確かだし、今まで何度と無く世話になっている。なら、その頼み事によっては聞き届けてもバチは当たらないだろう。
そうして、カイト達は一度外に出て昼休憩を取る事にする。その一方、ファルシュは疲れない身体を活かして一つの判断を下していた。
(さて……今までの行動を見る限り、少なくともあのカイトくんとユリィくんについては信用が出来るだろう。昨日見た限り、戦闘力としても申し分ない。あの子らの側に居るシャルロットくんについては些か厄介というか、まだ私を疑っている様子だが……まぁ、性格に問題は無さそうか)
これは当然の話であるが、カイトが言った通りファルシュはまだカイト達を完全に信頼したわけではない。なのでお互いがお互いにまだまだ幾つも明かしていない手札がある。
が、カイトがそう判断した様に、ファルシュもまたカイト達に悪意が無い事ぐらいはこの一週間近くの付き合いの中で把握している。なのでここらで手札の一枚を教えてやっても良いと判断したようだ。
(施設内で話し合われる彼の風聞を統合した結果、彼は人格者と言っても良い。あの子が本調子になるまで、守ってくれるだろう。若干、女誑しが玉に瑕で私としては頭が痛い問題ではあるが……あぁ、それだけは本当に心配だ。なにせあの子は本当に天使のようだからねぇ。悪い虫がつかない様に気を遣ってはいたんだけど……)
カイトを信頼すると判断したファルシュであるが、何かを思い出してため息を吐いたかと思えば一転してデレデレの顔を浮かべる。これが何かはわからないが、少なくともその何かを愛してはいる様子であった。
(うーむ。実に悩ましい。が、彼は間違いなくこの再戦において主力の一人となる。彼の側に置いておくのが、一番良いだろう)
ファルシュは悩ましげにしながらも、どうやらカイトに頼み事をする事は確定としたようだ。そうして、彼はカイト達が帰還するのを待つことにするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1508話『オプロ遺跡』




