第1505話 オプロ遺跡 ――一方その頃――
ファルシュとの出会いから翌日。サーバールームの復旧やそれに伴う施設の復旧など様々な事に対処する事になったカイト達は、その日はひとまず調査ではなく調査を楽にする為のトラブルシューティングを行う事として行動を開始する。と、そんな中、ソラはトリンからの連絡を受けて調査班を率いて翔の所へと移動していた。
「ということは、今はまだ何も起きてないけど、という所なのか」
『うん。そうらしい。エネルギー供給システムが停止していた事で、大半のゴーレムをコントロール下に置ける状態だったらしいんだ。でも、逆に彼の権限ではどうにも出来ない試作機はどうしようもない状態らしくてね。一応、彼の権限でも起動させたりターゲットの設定とかは出来るそうなんだけど……』
「肉体が無いからどうしようもない、と」
『そうらしい』
ソラの言葉にトリンははっきりと頷いた。先にファルシュが言っていたが、彼が死んだ理由は試作機を面白半分で動かして暴走してしまった所為だ。この様に試作機であっても専用のコンソールさえ動かせば動かせはするらしい。
が、その専用のコンソールは大半がネットワークから途絶しているか、彼の権限ではどうにもならない物だ。悲しいかな、彼曰く一般の研究員であるのでこの程度が限界との事だった。それでも現在はオンラインになっている研究者が彼だけなので、警備システムなどを統括出来るという事だ。
それにしたってもしネットワークに繋がれば――繋がる事は無いが――即座に一時停止を食らう程度の権限。あくまでも現状ではネットワークにも繋がらず、彼しか正規の所属研究員が居ないが故の一時的な措置というわけらしい。いつまでも安心というわけではなかった。
「で、カイトは薬品庫の対処に忙しいから俺にお鉢が回ってきたって事ね」
『そうなるね。今後の調査を考えると、薬品系はどうしても清浄な状態に戻るまでしばらくの時間が掛かる。当然、施設の運用にも影響は出るだろうし、なるべく早目の対処が望まれるのは当然の話だよ』
「まぁ、そうだよな……」
歩きながらソラはトリンの返答に頷いた。これについては彼としても納得の一言しかない。と、そんな彼であるが、ふと上空を浮かぶレイアを見付けて手を振った。それに、瑞樹の後ろに乗っていた由利が気が付いた。
「ソラー! どうしたのー! 北西じゃなかったっけー!?」
「おーう! ちょっと翔の所で増援欲しいって話だから、一旦準備に戻ってるー!」
由利の問いかけにソラは拠点に戻る理由を告げる。やはりはっきりと戦闘が考えられるとなると、しっかりとした準備は整えたいとなったらしい。更にはトリンも合流するという事になったので一度冒険部の拠点に戻ろう、となったらしかった。
今後どうあがいてもトリンも実戦は避けられないし、彼もそれは覚悟の上でずっとブロンザイトと一緒に居る。なのでソラとの連携を取る為にもなるべく簡単な実戦では彼も参加する事になっているそうだ。というわけで、ソラはトリンと合流する。
「え、えっと……トリンです。お願いします」
「えーっと、というわけでちょっとこいつも加わる……んだけど、戦闘力としては期待はできないから、基本は後ろに引っ込んで敵の解析とかを行ってもらう事になる」
合流したトリンをソラは一応紹介する。やはり慣れない相手だと人見知りするのか、トリンは相変わらずだった。とはいえ、そういう性格は人それぞれだ。なので誰もが大人しいというかおどおどとした奴だな、とは思いつつも気にする事はなかった。基本関わるのがソラだからだ。と、いうわけでトリンと合流したソラは翔の待つ北西の建屋へと向かう事にする。
「おーう、来たぞー。翔、どこだー?」
『ああ、悪い。今丁度、ラウンジの上に居てさ。こっちこっち』
「ん? ああ、そこか」
ソラは吹き抜けになっていたラウンジの二階部分から手を振った翔を見付け、手を振った。とはいえ、大声を上げないと声が届かない距離だ。なのでソラはそのまま通信機を使って会話する事にした。
「で、どんなもんよ、こっち。こっち地図にさえ隠し部屋無くてさー。本当に普通の再調査っぽくてな」
『あー……なんか地図によれば宿舎に近かったんだって?』
「そ。宿舎というかレクリエーション施設に近い。まぁ、実際に宿舎も兼ね備えてたから宿舎ってのが一番正解なんだろうけどな」
ソラは翔の問いかけに今まで自分達が探索していた建屋を思い出す。最初にカイトから説明があった通り、ここは一番平凡な状況だった。勿論それでも倒壊した所の瓦礫を撤去して、と色々していたので何も無かったとは言い得ないが、それでも四つの建屋の中で成果は上がっていなかった。
無論、それは最初から想定済みだし、それ故の割当だ。あまり下手に多くの成果が上がってしまうとトリンの負担になる。それを避ける事が目的だ。なのでソラも特には気にしていなかったし、割り当てられている人員もそういう所を特に気にしない者が多かった。
「まー、ベッドとかはまだ使えそうなのあったから、多分シーツとかさえしっかりすれば何とかなるんじゃね?」
『あっはははは。俺、それでも寝たくないけどな』
「あははは。俺もだ……まぁ、それでも何も無かったわけでもないんだけど」
ソラは探索の折りに見付かった情報を少しだけ思い出す。とある部屋での事なのだが、そこには血痕が飛び散った形跡があった。これについては当然だがツィアート達は承知していたのだが、改めて調べてみるとどうやら三百年前のものだったらしい。それをカイトに報告した時の事を、彼は思い出す。
『血痕?』
『ああ。えらく大量の血痕と包帯とかの医療用の道具があった、って。あ、いや、血痕はまだ残ってるけど』
『ふーん……旧文明の医療用品ねぇ……』
『いや、学生さん曰く三百年前の物だった、そうだぞ? 三十年ぐらい前に許可が出た調査隊が見付けて持ち帰って、三百年前の大戦期の物だって判明したって一時話題になってたって。なんでこんな所にこんなものが、ってまだ不明らしいけどな』
『『!』』
ソラからの報告にカイトとユリィが揃って目を見開く。三百年前にここに彼らが来た理由が何となくだがわかった気がしたのだ。
『ど、どした?』
『……そういうことか……おそらく、どこかの要人が匿われていたんだろうな』
『そういえばそんなニュースあったっけ。あの当時色々と忙しかったからスルーしてたけど……そっか。確かにじいちゃん医療系に優れてたし、治療用の薬品も作ってても不思議ないね』
今にしてわかった内容に、カイトもユリィも納得の一言しか得られなかった。改めて言うまでもない事であるが、ヘルメス翁は天族。アウラらと同じ種族だ。
彼らは種族として医療系に優れた薫陶を得ている。それは彼も変わらない。一般には皇国初代宰相だったり賢人と言われる事で注目されないが、実は彼の医療系の腕はかなりのものだった。
そもそもカイトの所属した第十七特務小隊における彼の立場は衛生兵だ。その優れた医療の知識を借りようと思っていても不思議はない。
『なんか知ってんのか?』
『ああ……』
己の問いかけにカイトは三百年前に自分がこの遺跡に来ていた事、そこで何があったかは知らなかったがソラの話を聞いて理解した事を語っていく。それを、ソラは思い出していた。と、そんな風に思い出して一瞬沈黙していたソラに、翔が訝しんで問いかける。
『ん? どした?』
「あ、わり。で、現状どうなってる?」
『おう。こっちなんとか通路見付けてそこに行ける様にした感じ』
「じゃあ、行けるな。合流しよう。どこが良い?」
翔からの報告にソラが改めてどこに行けば良いか問いかける。と、そこにファルシュが現れた。
『それは私が案内しよう』
「うおっ! え、誰?」
「ソラ、彼がファルシュって人だよ。カイトさんから説明あったでしょ?」
「あ、そ、そか……えっと……ソラ・天城です」
『あははは。驚かせてすまないね。ファルシュと呼んでくれ。君たちのギルドマスターくんから話は聞いているよ』
トリンからの耳打ちにファルシュの事を思い出したソラが気を取り直して自己紹介をしたのを受けて、ファルシュが笑いながら自己紹介を返す。
なお、既に翔と瞬、アルは会っていたがソラはやはりほとんど何も無い関係でまだ会っていなかったらしい。ファルシュの側も説明する意味が無いので、カイト達の手助けに力を割いていた事が大きかった。
『さて。ではソラくん。一応の確認だけど、この地下の一角でゴーレムが暴れつつある、というのは聞いているね?』
「はい。その討伐の為に合流する様指示を受けましたので……」
『うむうむ。一応聞いておくけど、戦えるね?』
「あ、はい。勿論です……こいつ以外は、ですけど」
「……どうも」
ソラの指摘を受けたトリンが小さく頭を下げる。それに、ファルシュが首を傾げた。
『ん? 彼は?』
「あ、あの……僕は軍師見習いで……今回はお師匠様の指示で彼らに協力する様に、と」
『なるほど。まぁ、それなら一応安全な所に離れていると良い。幸い、今回暴走している奴はまだ動力系が未完成で放置されてね。エネルギー供給用のケーブルに繋がれているからさほど遠くへは行けないのさ』
トリンの言葉を聞いたファルシュは一つ頷くと、ざっとであるがソラ達に今回暴走しているというゴーレムの映像を見せる。それを見て、ソラが思わず目を瞬かせた。
「……でかくないっすか?」
『まぁ、君たちよりは大きいかな』
「いや、どう見ても俺三人分はありそうっすけど!?」
これはヤバそうだ。およそ5メートル以上はありそうな巨大なゴーレムを見て声を荒げる。それに、ファルシュが大きく笑い声を上げた。
『あっははは! それぐらいはあるだろうねぇ! いやぁ、中型で良かったじゃないか!』
「ちゅ、中型……お、大型ならどんなになったんっすか?」
『うーん。そうだねぇ……君十人分ぐらいからかな? 大きいのだと君二十人分のとかあるよ? まぁ、流石にこの研究所でも流石に一度に一体しか開発できないから、もう無いけどね。一応は何体か試作品が敷地内の地下倉庫にあるけど、そっちはエネルギー供給がされていないから動く見込みは皆無さ』
「ほっ……」
ファルシュの発言にソラは安心した様にため息を吐いた。流石に大型魔導鎧もかくやというゴーレムとは戦いたくない。というより、戦えば死ぬ未来しか見えない。
これでもランクBまで到達しているソラであるが、流石にそんな巨体を相手にまだ勝てる事はない。なお、何故その大型機が無いかというと、これをファルシュが使ったからだ。故に今は存在していないのである。
『っと、それは良いね。じゃあ、話を元に戻そうか。とりあえずこの中型のゴーレムはさっきも言った通り、動力系がまだ未完成でね。ここの部分にエネルギー供給用のケーブルが取り付けられている』
気を取り直したファルシュは改めて映像のゴーレムに戻ると、丁度うなじの部分に取り付けられているケーブルを拡大する。やはりケーブルもゴーレムの大きさに見合ってかなり大きく、それ故にまだ無事だったのだろう。と、そんな映像を見てトリンが問いかけた。
「えっと……あの、このケーブルを切ればどうですか?」
『ああ、それはおすすめできないな。一応未完成ではあるが、僅かに蓄積は出来るだろう。切れば行動範囲が広がって、被害が拡大するだけだよ』
「ふむ……素材は?」
『一応、データベース上では魔法銀になっているね。流石にこの規模になるとアダマン系を使うと予算が馬鹿にならいらしくてねぇ。試験機は大半あれで作ってるのさ』
トリンの重ねての問いかけにファルシュがため息を吐いた。彼らは所詮は研究者。お国からお金を貰って研究をしている。いくら文明の存亡を掛けた戦いという事で青天井で資材と資金を投じれても、資材には限度があった。故にこういう風に試作機には安い素材を使って確認する事が多かったそうだ。
「ソラ。魔法銀は切り裂ける?」
「……まぁ、何とかかなぁ……」
やろうとすればできなくもない。トリンの問いかけに対して、ソラは苦い顔だ。と、そんな苦い顔を見てトリンが一つ頷いた。
「……なら、現場で僕が策を考えるよ。とりあえずソラは僕が解析に集中出来る様にしてくれれば良いよ」
「おう、頼む」
トリンの申し出をソラは有り難く受け入れる事にする。そうして、ひとまずの方針が決まったのを受けてファルシュがソラ達の案内を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1506話『オプロ遺跡』




