第1503話 オプロ遺跡 ――情報――
オプロ遺跡の動力を復旧させて一日。この日から本格的な調査を行う事となり、それに先駆けてひとまず動力炉の状況を確認するべく動力室へと向かったカイト率いる調査隊。そんな彼らは動力室で一日経過した後のシステムチェックを行わせたのだが、そこで統括システムが勝手に起動していた事を知る事となる。
と、そのタイミングで現れたのは、このオプロ遺跡の研究者の意識が移植された人工知能を名乗るファルシュという男だった。彼は自分が統括システムを起動させたと明言すると、カイト達との間で自己紹介と僅かながらの話し合いを持っていた。
『なるほど……また奴らが動き出しているのか』
カイトから数千年前の邪神達が再復活を果たしつつある事を聞かされて、ファルシュは僅かな憂いを浮かべる。やはり文明の総力を上げて戦い続けた敵が再び蘇るというのだ。苦い感情が無い筈がないのだろう。
『良し。わかった。そういう事なら、君達にこの施設に残っている情報全てを引き渡そう。と言っても、どれだけ残っているかはわからないがね』
「良いのですか?」
『当たり前だろう。この施設では奴らと戦うべく数々の物を開発していた。君が言っている内容に嘘はなかった。ニムバス研究所の統括システムの送ってきた情報とも合致している。現状、この研究所で生きている……で良いのかな。まぁ、生きている研究者は私だけ。責任者は私と言って良いだろう。なら、私が判断しても大丈夫だろう』
カイトの問いかけにファルシュははっきりと情報提供について快諾を示した。と、そう言ってから、一転彼は苦い顔で顎に手を当てた。
『とはいえ……まぁ先に君が推測していた通り、どうやらこの施設の通信施設は完全に消滅してしまっているようだ。通信関連についてはここでは取り扱っていなくてね。修理や予備への交換も無理……さて、どうするか……今取り付けて貰っている送信装置では流石に時間が掛りすぎるし……』
どうするか、と考え始めたファルシュであるが、そこにカイトがふとした疑問を呈する。通信施設が消えていた理由が分からなかったのだ。
「そういえば、貴方はどうしてお亡くなりに? 立ち去った、ではなく先程死んだ、と言われていましたが……通信施設が無くなったのもそれと関係が?」
『ああ、それか。まぁ、私は……この通り研究バカでね。他の人員が去っていく中、私はここの研究施設が手頃だった事もあって残ったのさ。幸い、ゴーレムもかなり残っていたからね。守りも人手も私一人が研究するぐらいなら問題はなかった。実際、飛空艇の数から持っていけないという事で多くの物資は残されたままだったから、その面でも私が研究するには困らなかったよ。煩わしい奴らも居なかったから、天国と言っても良かったかな』
カイトの問いかけを受けたファルシュは僅かな苦笑を浮かべながら語り始める。と、そんな苦味を浮かべていたファルシュであるが、一転大笑いした。
『が、これがねぇ……あっははは! いやぁ、結構強い魔物がこっちに近付いているという事だからゴーレムを出したまでは良かったんだけど……折角だから戦いの様子を観察してみるかー、って最上階に行ったら……』
「流れ弾で?」
『いやいや! 勝つには勝ったんだけど、ゴーレムが帰還する途中で魔導炉が暴走してどかーん! 自分が吹き飛ばされていく様子が映像に残っていたよ! 我ながら見事な吹き飛びっぷりだったよ! 折角だから残されてた試作機使ってやれ、って専門外の物を使うべきじゃないね! 魔導炉の縮退に巻き込まれてたから、多分痛みもなく完全消滅してたんじゃないかな?』
「「「……」」
良いのだろうか、それで。カイトの問いかけに楽しげに答えるファルシュに全員が沈黙する。なお、後にティナが調べた所によると、彼の証言通り南に数百メートルの所に僅かなくぼみがあった形跡があったらしい。地質調査での大凡の年代は合致するという事なので、これがその現場という事なのだろう。と、そんな微妙な表情の一同を見て、ファルシュが小首を傾げた。
『ん? どうかしたかい?』
「い、いえ……」
『まぁ、そういうわけでアンテナは私と一緒に吸い込まれていったっぽくてね。いやー、ごめんごめん』
ファルシュは再度笑いながら、一切悪いと思っていない様子でカイト達へと謝罪する。アンテナは外に設置されていた上、ファルシュも専門外だし使わないし、と整備もしないままに数年単位で放置されてしまっていたらしい。更には大戦中には使えないので誰もが無用の長物、と気にもしなかった。そこに来てのこの事件で呆気なく吸い込まれたのだろう、との事だった。
「はぁ……まぁ、当時現在まで見通せ、というのは無理な話でしょうし……どうにしろ数度の戦乱がありましたので、生きているとも思えないので気にする必要はないと思いますよ」
『そう? じゃあ、そうさせて貰おうかな』
「え、ええ……」
どうにも調子が狂うな。あっけらかんと割り切ったファルシュにカイトは頬を引き攣らせる。どうも彼はマイペースらしい。それも自分の率いる技術班にも微妙に居ないタイプの存在だ。カイトとしても微妙にやりにくかった。
『まぁ、通信機については後で考えよう。最悪は君達の持つ物でも良いし、サーバールームからのサルベージでも良いからね』
「はぁ……あ、そう言えばブラックボックスが無くなっていたという話ですが、何かご存知ではありませんか?」
『ん? ああ、ブラックボックスか。あれについては施設の閉鎖時に持っていかれたよ。で、空いたスペースにこの人工知能を入れてね。君達が昨日ブラックボックスにアクセスした際、私の起動プログラムが起動したというわけさ。と言っても、流石に数千年ぶりの起動だから数時間は動けなかったので、君たちも気付かなかったのだろうね』
閉鎖するというのだ。であれば、ブラックボックスを回収していても不思議はなかった。確かに筋は通っていた。と、その話をした所で今度は逆にファルシュが問いかけた。それもシャルロットを見ながら、である。
『それで……こちらも一つ問いたいのだが、良いかな?』
「なんですか?」
『ニムバスの統括システムが君達に助力している事はわかった。だが、シャーロット・ニムバスのアカウントをどこで?』
「レガドで手に入れたものよ。アカウント情報なども彼女から」
『……そうか。嘘を言っている様子は無さそうだ。いやぁ、実は該当の研究者は女神様でね。会ったことはないが、流石にこんな無精髭だらけで会いたくはなくてね。君がそうじゃなくて良かったよ』
シャルロットの返答にファルシュは僅かに胸を撫で下ろす。やはり無精髭だらけ、髪も整えられていない見た目だ。彼の言う通り女神と会うのは憚られたようだ。
なお、シャルロットも嘘は言っていない。彼女の数千年前の記憶の大半はまだ眠っている。一応ゆっくりとなら思い出せるしきっかけがあれば取り戻せるが、こういった数百年使わなかった研究員としての情報は特に思い出せていなかった。
が、レガドには残されている。そしてレガドも彼女が女神である事は分かっている。なのでレガドが彼女の生体IDとでも言うものを使って認識し、当時登録した情報を教えたのである。
『ああ、ごめんごめん。とりあえず、サーバールームに案内するよ。色々と地震やらなんやらで所々ガタが来ているらしくて、サーバールームにも異常が起きていてね。何をするにしてもまずはあそこを何とかしない限りまともには動かないだろう』
シャルロットの返答に気を取り直したファルシュは改めて協力を明言する。というわけで、カイト達は彼の案内を受けながらサーバールームを目指す事となった。と、その道中での事だ。カイトへとシャルロットが念話で話しかけた。
『……下僕。聞こえて?』
『ん? どうした?』
『いえ……特に気になる事でも無いのだけど……あの男、どこかで見た事があるのよ』
やはり一時期はこの研究所に居たからだろう。シャルロットはファルシュにばれない様に密かに何度か彼を見て複雑な表情をしていた。が、これにカイトは僅かに首を傾げる。
『ん? だが彼は会ったことはない、と言っていなかったか?』
『そうなのよ……見かけただけ、なのかもしれないけれど……』
『何か妙に引っかかる、と?』
『……そんな所』
カイトの言葉をシャルロットは認めて小さく頷いた。それに、カイトはどうやら分野は違えど研究者同士という事で馬が合ったらしいツィアートと並んで歩くファルシュの半透明の背を見た。
『……特に悪意のある様子は感じられないが……』
『私も、そうなのよ……』
このファルシュは人格を移植したものだという。ここらは地球なら現代でも不可能な技術であるが、エネフィアでは使い魔の技術を応用すれば現代でも不可能ではなかった。
それが更に進んでいたルナリア文明であれば、時間さえあれば専門外――ファルシュの専門は大まかに言えば生物学系らしい――でも出来たとて不思議はなかった。
『ふむ……まぁ、お互いまだ信頼も信用もしていないという所ではあるが……』
カイトはそう呟く。ファルシュもそうだろうが、カイト達もまたまだ彼を完全に信用したわけではない。基地のほぼ全てのシステムを彼に押さえられた今、彼以外に情報が無いので従っているだけだ。
『とりあえず、お前は何とか思い出してくれ。レガドにも聞いたが、彼の情報は無いという話だ』
『面倒ね……』
『言ってくれるなよ……お前以外に頼りが無いんだから……』
嫌そうなシャルロットにカイトは肩を落とす。性質上レガドにあるサーバーには、ルナリアに所属している研究者の情報は全てサーバーに登録されている。が、どうやら神話大戦の勃発以降に登録された人物らしく、彼の情報は皆無だったらしい。
一応、彼から証明として彼自身の登録情報を提示されているが、彼自身が人工知能かつ基地のシステムをコントロールしている以上信じられるわけでもない。どうとだって偽造出来るからだ。
『まぁ、戦時徴用もあるしなぁ……民間で研究していた研究者って可能性は? で、マスコミで知ったとか』
『その可能性もあるわね……まぁ、気長に待って頂戴。一応顔は見ているから……半月ぐらいあれば思い出す……と思うわ』
『アイアイ。気長に待ってるよ』
どうにしろ待つしかカイトに出来る事はない。と、そんな事を話しながら移動していると、ふとファルシュが視線に気付いたらしい。
『ん? どうかしたかい?』
「ん、ああ、いえ。まぁ、そもそも会う事そのものが無いといえば無いんですが……貴方の様に死んだのにそうあっけらかんとしている方も珍しいな、と」
『ふむ……そこの所はどうなのだろうね。私としても私ぐらいしか実例が無いもので、これが普通なのか全く分からない』
カイトの問いかけにファルシュは楽しげに首を振る。そうしてしばらくはそんなこんなを話ながら歩けばあっという間にサーバールームにたどり着いた。が、当然そこは鍵が掛かっていた。いたが、施設をコントロール出来るファルシュには無意味だった。
『ああ、待ってくれ……良し。これで開いたぞ』
「ありがとうございます……ここは比較的無事……ですね」
『ああ。一応、ゴーレムで魔物を討伐はさせていたからね。更にここは別途で結界が展開される仕組みになっていたから、問題無かったのだろうね。と言っても、流石に経年劣化には負けた様子だけど』
カイトの言葉にファルシュが頷いた。カイト達がたどり着いたサーバールームの中は荒らされた様子は無かったものの、幾つかのサーバーが横倒しになっていた。どうやら施設が停止した後に起きた地震で一部の床に割れが生じており、留め具が外れてしまった様子だった。
更には地震で揺れ動いた事でコード類の接続が外れていたり、外れていないでも傾いた事で安全装置が働いていたりしているとの事だった。そうしてカイト達はファルシュの指示を受けながら、サーバーの可能な限りの復旧作業を行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1504話『オプロ遺跡』




