第1500話 オプロ遺跡 ――動力炉・復旧――
オプロ遺跡調査任務開始から三日。一日目に見付かった新たな領域へと足を踏み入れていたカイト達は先を進み続けて、およそ二時間後には動力室を見つけるに至っていた。そうしてその日は一日掛けて動力室の状況を確認していたわけであるが、カイトは帰還後手に入れられた情報を持ってシーラ、ツィアートとの会議を行っていた。
「なるほど……動力炉の保存状態は非常に良いと」
「おそらくほぼ密閉状態になっていたからだろう。若干の劣化は見受けられたが……動きに問題がある程度には見えなかった。写真も撮影しているので、皇都の専門家に見てもらうべきだろう」
「そうか、助かる。即座に皇都の専門家に確認してもらおう」
シーラはツィアートの提出した記録媒体を受け取ると、即座に側近に命じて皇都へデータを送信する様に指示を出す。そうしてそれが終わった所で彼女が再び会議を再開した。
「それで、カイトくん。君が見た限り、危険性についてはどうだった?」
「そうですね……やはり危険性はかなり低いものと考えられます」
「ふむ」
「おそらく考えるに、あの遺跡は神話大戦の終戦まで存在していたと思われます。が、その後何らかの要因があって破棄されたと考えるのが妥当。であれば、撤退や敵に奪取されたのではなく、閉鎖という形でこの研究所を後にしたと考えるべきでしょう」
シーラの促しを受けたカイトはシャルロットから聞いた話を推測という形を借りて話す。そうしてそれを告げた所で、改めて結論を述べた。
「もし閉鎖したのが大戦直後であれば、資材も足りていない可能性は非常に高い。警備ゴーレムの多くを持ち去った可能性は十分にあり得るでしょう」
「なるほど……確かにその可能性は高いな。魔物の形跡は見受けられたか?」
「いえ……確かこのオプロ遺跡には結界が展開されて久しいのでしたよね?」
「ああ。マルス帝国時代から結界は定期的に改修されているとの事だ。この遺跡は確かにかつては兵器開発を行っていたが、今では文化的価値が高いからな」
「なら、おそらくその結界が働いて魔物が生まれていなかったのだと」
シーラの返答を受けたカイトは推測という形で改めて己の考えを述べる。なお、これについては流石に彼も推測だ。が、結界は基本は球形に展開するのが一番効率が良い。上空にも地下にも同様に結界は展開されるのである。なので正確だろう、とは思っていた。
崩落から少しの間に生まれた可能性はあったが、シャルロット曰く開闢帝がここに来た折りにルナリア文明の遺産の一つである魔物を強制的に除去する結界を展開出来る魔道具を一度展開したという事だ。
それ以来マルス王国建国に伴って見付かった同じ魔道具――強力な代償として使い捨てらしい――が使用され、その後は常に魔物の発生を抑制する結界が展開されている。カイト達が居た階層にまで魔物の影響が観測されなくても不思議はなかった。
「ふむ……その可能性は高いな。魔物と言えどもよほど特殊な個体でもなければ魔力の補給も無しで生きてはいけん。流石に一千年以上も結界の中で生きていけるわけもないか……まぁ、一キロ以上地下にまで続いていると面倒だが……流石にそこまでの可能性は無いか」
カイトの推測を聞いたシーラはそれが正しい可能性が高いと判断。それについて報告書にまとめておく事にする。無論、これは可能性であって確定した情報ではない。なので本隊が調査に来る場合にも重武装の兵士を含める様に一言添えるつもりではあった。
「良し。それなら地下階上層部については比較的安全と考えても良いだろう。ツィアート。君は引き続き彼らに協力して地下に潜入してくれ」
「わかった」
「頼む。それでカイトくん。君の所はまた明後日から予定通りの行動を頼む。が、聞いているとは思うが、我々近衛兵団も人手を供出して、明後日以降の地下への潜入に助力するつもりだ」
「明後日ですか?」
確か昼前に聞いた話だと明日からだったような気が。カイトは記憶を辿りながらシーラへと問いかける。それに、彼女は一つ頷いた。
「ああ。動力炉発見の報を上層部に伝えると、より一層支援の拡充を向こう側が提案してきてね。あちらからより高性能な中継器などの融通が決まったんだ。更には動力炉の復旧についても軍の技術士官達は問題無いと言っているが、大学の方の専門家からもゴーサインを貰いたいという事でな。明日一日は全員休養に当てて、明後日からの探索に備えて欲しい、という事だ」
「なるほど……了解です。では、明日は全体的に休養に当てる事にします」
「そうしてくれ」
シーラの提案は妥当な判断ではあった。既にこちらに来てから五日近くが経過している。その間、移動だ拠点の設営だ調査だと色々と疲れも見える。幸い何も無い事が今の所確認されているので遺跡内部での戦闘そのものは起きていないが、腕を落とさない様に結界の外に出て戦闘も行っている。そういった事を考えると、そろそろ休みを入れても良い頃合いだった。
「ツィアート。そういうことなのでそちらも中央建屋には入ってくれるなよ。それ以外については今の所安全の確保が終了している所なら、近衛兵の同行を条件に」
「何時も通り、という事だろう? 分かっている。私としても少し他の建屋で見ておきたい事はあった。明日が休みなら、丁度よい」
「そうか。なら結構。が、無理をして明後日からの調査に差し支える事のないようにな……では、解散だ」
自らの言葉を遮ったツィアートの返答に一つ頷いた後、改めて釘を刺すだけ釘を刺しておいて話を終える。そうして、カイトは冒険部の拠点に帰還して、全体に明日の休養を通達すると共に己も休養を取る事にするのだった。
動力室の発見から明けて翌々日の朝。昨日の昼頃に到着した近衛兵団の追加部隊と共に、カイトは地下へと潜入していた。やってきた近衛兵団の兵士達はどうやらエース級と言われる面子らしく、今回の調査にあたって新規に創設された腕利きを集めた精鋭部隊だそうだ。
平均的にはランクC程度の冒険者達と共に戦っても足手まといにならないぐらいの腕前があるらしい。上にはランクBの元冒険者上がりの兵士も居るし、総隊長は原隊復帰した『無冠の部隊』の指導を受けた兵士だ。総隊長はカイトと出会った当時のアルレベルの戦闘力があるらしく、十分支援は可能だろう。
「ここが、食堂です。昨日我々が潜入した際、ここが安全である事を確認しております」
「わかりました」
どうやらカイト達が休みの間にも近衛兵団達は今までカイト達が見付けたエリアの探索を行ってくれていたらしい。ひとまず第二食堂とその横にあったロッカールームが安全である事を確認出来たとの事で、第二食堂を第二の中継基地として使う事にしたそうだ。
「また、階段の踊り場には中継器を設置します。それを使えば皆さんの通信機でも作戦司令室との間で通信が可能となる筈です。その作業が終わり次第、こちらからご連絡を入れさせて頂きます」
「わかりました。動力炉の作業が何事もなく終了し、更に地下に潜る場合は?」
「その場合は適時我々が皆さんが安全を確保した領域に中継基地を設営。一つ一つ下へ進行出来る様にする予定です。また、もし広場などが確認された場合、我々も掃討作戦に加わる予定です。皆さんだけで手に負えないと判断した場合、即座にご連絡を」
「わかりました。ありがとうございます」
カイトは総隊長の言葉に礼を述べると、調査班を率いて再び動力室を目指して移動する事にする。
「さて……」
とりあえず向かう場所は動力室だな。カイトは今の所問題がない状況に胸をなで下ろしつつ歩いていく。そうしてたどり着いた動力室であるが、やはり何もない。まぁ、結界は既に数百年以上も昔から展開されているのだ。危険性はさほど無いのだと考えられた。
というわけで、カイトはホタル、シャルロット、ユリィの三名と共にメインのコンソールの前に腰掛けると、他の冒険部の面々には周囲の警戒をさせる事にする。
「冒険部各員は魔導炉の起動に備え、周囲の警戒を開始しろ。ツィアートさん。そちらの東側にある魔導炉の前にあるコンソールの作業を頼めますか? 一番最初はそれにする様に指示が出ていますので、何か作業がある可能性もあります」
「わかった……扱い方は……うむ。なんとかなりそうだ」
コンソールに表示されていた幾つかの情報を見て一つ頷いたツィアートは手帳を見ながらなんとかなると判断した様子だ。それを横目に、カイトはシャルロットに一つ頷きかけた。
「シャル。頼む」
「ええ……カードキー挿入……認識」
三つの魔導炉の真ん中のコンソールに腰掛けたシャルロットがカード・スロットに己のカードキーを認識させる。すると、それだけで三つの魔導炉の内カイト達の眼の前にあった魔導炉がゆっくりと起動を開始した。それを見て、カイトはやはり、と頷いた。
「やはり一番魔導炉が起動したか。想定内だな」
魔導炉の上部には数字が刻まれていて、カイト達の座る中央のコンソールの眼の前にある魔導炉が一番。ツィアートの座るカイト達から見て右側の魔導炉が二番、左側はかすれていて読めなかったが、残るは三番だろう。
専門家の話によると二番魔導炉が一番パイプなどの劣化が見受けられなかった為、これを起動させる様に助言があった。が、やはりゼロからの起動であれば一番が一番最初に動く事になっていたようだ。
一番劣化がひどいと言われていたのは三番で、一番はもし二番が起動しなかった場合の予備として予定されていた。
「シャル。作業を引き続き行ってくれ。ホタル、その支援を。オレは作戦司令室に状況を適時報告する」
「ええ」
「了解」
ホタルとシャルロットの返答を聞きながら、カイトは中継器を通して作戦司令室へと現状を報告していく。そうしてその間にもシャルロットは魔導炉のコントロールを開始していた。
「一番魔導炉の出力。安定状態へと意向。システムチェック開始」
「システムチェック確認。合わせてマザーへとデータの送信を開始」
シャルロットの操作によってシステムチェックが行われ、それに合わせてホタルが彼女の使う通信機でティナとレガドへとシステムの状態を送信していく。やはり曲がりなりにも元研究者という所なのだろう。シャルロットの手の運びに迷いはなかった。
「……魔導炉のシステムチェック終了。一番魔導炉、異常数件検出……内容を表示なさい」
どうやら音声認識システムも搭載しているらしい。シャルロットが別の作業をしている一方、彼女の声に合わせて幾つかの映像がどこからともなく投影されて現れていた。
「上層階に関する断線に関しては無視。手が足りないから、音声認識システムを起動させるわ。全員、ヘッドセットで会話して……予備の統括システムを起動。ニムバス研究所所属シャーロット・ニムバス。階級はクラスワン研究員」
『認識コード確認……おはようございます、シャーロット様。ご用命をどうぞ』
シャルロットの操作を受けて、予備の統括システムが起動する。そうしてそれを受けてシャルロットは手を動かしながら口で指示を出す。
「ブラックボックスにアクセス。研究所の閉鎖に際して、何があったか可能な限り知りたいの」
『アクセスを開始……ブラックボックスへのアクセスが停止しました』
「? 再アクセスしなさい」
『……アクセス停止。考えられる要因としては、施設の停止に際してブラックボックスが持ち去られている可能性があります。確認を推奨』
小首を傾げたシャルロットの要請を受けた予備の統括システムが再度の接続を行い、失敗した事を明言する。
「……カイト。どうやらブラックボックスがどうなっているか確認した方が良さそうね」
「了解。明日以降の行動予定に加えておこう……シャル。地図は?」
「やらせるわ……マップデータのダウンロードを。端末は第二コンソールに接続されている物へ」
『了解……第二コンソールに外部端末を確認。データのダウンロードを開始します』
シャルロットの指示を受けた予備の統括システムがホタルの持つ端末へと地図データがダウンロードされていく。これがあれば各施設の状況を確認出来る。もし他の建屋に未知の部屋や階層が残っていたとて探せるだろう。と、そのデータを更に送信されていたティナが嬉しそうに映像化させていた。
『おぉ、来た来た。やはり研究者がもう一人おると違うのう』
「すいませんね、バカ筆頭で」
『お主も悪くはないんじゃがのう……やはり手慣れておるなぁ、と』
「あいよ……で、データに欠損は?」
『無い。それどころか反応が見受けられんエリアには色分けされておる。文句なしじゃ』
どうやら、予備の統括システムは現状で確認できている異常についても一緒にダウンロードしてくれていたらしい。これだけで一気に危険性が確認しやすくなる。カイト達としても嬉しい誤算だった。と、そんな話をしている間にもシャルロットは作業を進めていて、一通りの異常の確認が出来たらしい。
「良し……カイト。一通り異常のチェックが終わったわ。何とか他の施設へも電力を送れるわ。と言っても一番と二番だけだから、完全復旧は無理だけども」
「わかった。オペレーター。電力復旧の目処が立った。各員に注意喚起を」
『了解……各員への注意喚起、作業の停止などを考えて30分後の復旧が指示されました。問題は?』
「……いや、無い。では三十分こちらは待機する」
『お願いします』
シャルロットが頷いた事を受けて、カイトはオペレーターへと指示に従う事を明言する。そうして、彼らは各所の準備が整うのを待つ為、しばらくの間その場で待機する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1501話『オプロ遺跡』




