第1499話 オプロ遺跡 ――動力室――
シャルロットの持っていたレガドことニムバス研究所の鍵を使ってオプロ遺跡の更に奥へと進む事が可能になったカイト率いる調査班。そんな彼らはひとまず大扉を何らかの衝撃で閉まらない様にしておく事にしていた。
「良し。とりあえずこれで自然には閉まらないだろう……作戦司令室。こちら中央建屋第一班」
『どうしました?』
「先程報告した大扉への対処が終了した。これより先に進む」
『了解です。ああ、そうだ。こちらで近衛兵団による中継基地建設が立案され、軍上層部の承認が下りました。明日以降、地下階の探索で人手や増援の必要があれば、彼らに協力を求めてください』
「わかりました」
やはりここから先、どれだけの広さになっているか分からない。更に言えばこの先には敵が居るかもしれない。退路の確保と万が一にカイト達を救援する為の手はずは整える必要があるだろう。
が、かといって他の所の調査も怠れない。特に何かが見付かっているわけでもないが、ここで未知の構造が見付かっている以上は新しく見つかる可能性はある。調査をしないわけにもいかないのだ。
「良し……これで先に進めるな。最悪は蹴っ飛ばすだけで大丈夫だし」
カイトは地面にストッパーとして持ってきた少し大きめの瓦礫を見て、一つ頷いた。幸いだったのはこの大扉が上下に動くタイプではなく、押し引きで開くタイプだったことだろう。あくまでも防護壁などではなく、普通の扉らしかった。そのおかげで、この程度で閉まらない様に細工出来た。
「全員、先に進むぞ」
カイトは退路の確保を完了させると、改めて先に進む事にする。が、そうして改めてしっかりと通路の先を見て、少しだけ明るい事に気が付いた。
「少し……明るい?」
「大扉の開閉に合わせて、非常用のランプが点いたのよ」
「あれか……動力は」
「レガドに聞いて頂戴」
カイトの言葉にシャルロットが投げ捨てる。つまり知らないらしい。なお、後にレガドに聞いた所によると、極微量の大気中の魔素を活用しているらしい。が、広さを考えた際に出来たのは真っ暗闇になるのを防げる程度で、最低限の常夜灯よりも更に低いぐらいの光源にしかならい様子だった。
「あいよ……とはいえ、これなら少なくとも懐中電灯を使って進む必要は無さそうだな。両手が空くのはありがたい」
今までは全員が片手に懐中電灯を持っていたり、光源を焚いたりして進んでいた。そうなるとどうしても何人かの手は塞がってしまっていた。全員の手が空くのは戦闘を考えればありがたかった。
「全員、今日は調査は考えていない。安全がどれだけ確保されているかの調査だ。懐中電灯は吊り下げておけ。そのかわり、何時でも戦闘に移れる様に……ツィアートさん。申し訳ないが、貴方は可能な限り懐中電灯はそのままでお願いします」
「「「了解」」」
「わかった」
カイトの指示を受けた全員が懐中電灯などの光源を各々吊り下げられる所に吊り下げて、ツィアートはそのまま懐中電灯を片手に進む事にする。そうして少し進むと、妙にこの階層の部屋数が少ない事に気が付いた。
「妙に部屋数が少ないな……シャル。まだここまでは来ていたか?」
「ええ……あっちは第二食堂とロッカー。ロッカーは外にもあるけど……何故かこちらにも作ったらしいわね。で、広さが必要だしどちらも別に重要でもないからこの階層にあるわけ」
「なるほど。どちらもわざわざ外に作ると面倒だし、か」
「そういうことね」
昼食にどこかに食べに行くのならまだしも、この施設が増設されてからというもの外に出られる状況でも無いだろう。であれば、わざわざあの大扉を通って外に行く必要もない。守衛達にしても管理が面倒だろう。内部に食堂でも作ってしまった方が遥かに効率的だった。そんな益体もない話をしているとあっという間に階段の前にたどり着いた。
「で、ここが階段と」
「そうね……この下がこの研究所の心臓」
「動力炉は?」
「中央よ。他に融通する事もあるから、施設の最上階と二階層ぶち抜きで部屋があるわ。一直線に真ん中まで行けばすぐに見つかるわ」
「りょーかい」
カイトはシャルロットの解説に一つ頷くと、一つ気合を入れ直す。今の所ここまで動くゴーレムに出会った事はないが、ここから先は重要な施設だという。もしかしたら、動いているゴーレムがまだ巡回している可能性はあった。そうしてゆっくりと階段を下っていくと、今までとは少し違う構造が見えてきた。
「ふむ……円錐状、という所か。ここは端の様子だが……」
ツィアートが周囲を照らしながらそう呟いた。構造としてはシャルロットが言った通り円錐状。どうやらその最上層の外周部にこの出入り口はあるらしい。左右と前には通路があり、どちらにも行ける構造だった。中心部には扉が見受けられ、更に部屋がある様子だ。これが、件の動力室という事なのだろう。
「とりあえず直進しよう……司令部。応答を……ダメか」
どうやらソナーを妨害する土壌が通信用の交信も妨害してしまっているらしい。カイトの求めに対して、オペレーターから応答が返ってくる事はなかった。
「ホタル、お前の通信機はどうだ?」
「マザー。応答を」
『……こちらは大丈夫じゃな。途中に中継器を設置させたのが功を奏した様子じゃ……うむ。が、かなりノイズ混じりじゃのう。おそらくそこより下の階層に進めば繋がる事は無いじゃろう。ま、今回は動力室までで良いので問題はあるまい』
カイトの求めを受けたホタルが確認をした所、どうやら階段の途中に中継器を設置したおかげで繋がったらしい。階段は影響を受けていないからだろう。そうしてカイトはホタルの通信機と己の通信機をリンクさせると、ティナとの相談を行う。
「そうか……ティナ。そちらから予備の中継器と追加で中継器を持ち込む様に手配してくれ」
『わかった。こちらで手配しておこう』
「良し……進むぞ」
カイトはティナに明日からの作業の手配を行ってもらう事にして、更に進む事にする。ホタルだけ別回線なのは、各種の検査データを入手する必要があるからだ。情報量や暗号化などの観点から別回線を個別に使う必要があるだろう、と判断されて別途に中継器などを設置していたのである。で、ティナの指示で階段の途中にも小型の中継器を設置した結果、繋がったというわけである。
「ここが中央か……ん? ツィアートさん。この金属板を照らしてもらえますか?」
「ああ、わかった」
ひとまずたどり着いた動力室の前で立ち止まったカイトであるが、扉の横にあったプレートに気が付いてツィアートに照らしてもらう様に依頼する。そうしてその依頼を受けたツィアートがプレートを照らし出すと、埃で汚れてはいたものの何とか文字が読めた。
「これは……動力室?」
カイトが記載されていた文字を読み上げる。どうやらシャルロットの言った通り、この先に動力炉があるのだろう。なお、更に左右には階段があり、後に調べた所ここから地下全ての階層に繋がっているとの事である。そしてカイトの要請を受けて文字を照らしていたツィアートがカイトへと問いかける。
「ふむ……どうするね? 左右に階段が見えるが……」
「……とりあえず動力室を確認だけしておきましょう。この様子だと動力炉が生きている可能性もある。幸いさっきと同じ制御端末がすぐ横にある。開けられるでしょう」
「そうかね。わかった」
カイトの判断をどうやらツィアートは尊重する事にしたようだ。未知の構造では冒険者側が専門家だ。それはツィアートも分かっている様子だった。そうして、カイトはシャルロットに一つ頷いた。
「シャル、頼む」
「ええ……開くわね」
「ああ」
腰に吊り下げた刀を掴んだカイトを見て、シャルロットは動力室真横の制御端末に自身のカードキーを認識させる。どうやらこれも上の階層にあった大扉と同じで外部電源により再起動したらしく、使える様子だった。そうしてガコン、という音と共に中央の円形部分が回って鍵が開いた。
「……動きは無し。暦、扉を。開けたらすぐに自分の姿を扉の影に隠せ。皐月は万が一は即座に暦を回収出来る様に横の通路に移動」
「はい」
「りょーかい」
続くカイトの指示を受けて、暦と皐月がそれぞれの持ち場へと移動する。そうして用意が整ったのを受けて暦が一つ頷いて、カイトがそれに頷きを返した。
「開きます」
暦はそう宣言すると勢いよく扉を引いて己の姿を隠す。そうしてそれに合わせてカイトも警戒を最大にするが、幸いな事に中に何かが居る事はなく、奇襲を食らう事はなかった。動力室はこちらもシャルロットの情報通りこの階層の床をぶち抜いているらしく、ここから全貌が見えるような段差があった。
「暦。もう良い。中に敵は居ない」
「ふぅ……あ、皐月さん。ありがとうございます」
「何もしてないわよ」
「皐月、お前も隊列に戻ってくれ。で、全員中に入るぞ」
カイトは皐月と暦の二人を隊列に戻すと、全員で揃って動力室の中に入る事にする。そうして入った動力室であるが、やはり単に退去しただけだからか動力炉はほとんど完全な状態で遺されていた。そんな光景を見て、ツィアートが思わず感嘆の声を上げた。
「これは……凄いな。ここまで保存状態の良い動力炉は見たことがない。下手をするとレインガルドの地下遺跡の魔導炉以上かもしれない」
「動きそうですか?」
「専門家ではないのではっきりとした事は言えないが……ここまで完璧な状態だとおそらく動くだろう」
カイトの問いかけを受けたツィアートは動力炉を見ながら、僅かに興奮気味にそう明言する。そんな彼はここが安全だと思ったらしく、興味深げにメモを取り出して周囲をしきりに観察していた。そしてカイトもまた同じ様に安全と判断したので、ひとまず彼については好きにさせる事にする。
「全員、周囲の探索に取り掛かってくれ。ただし、常にツーマンセルを心がけろ。また、全員が必ず全員を視界に入れられる様に気をつける事。それに加え、この場から確認出来なくなった場合は即座に連絡を入れるので引き返せ。ホタル、お前は一度外に状況の報告を。護衛にはオレとシャルが就く」
「「「了解」」」
カイトの指示を受けた調査班の各員がそれぞれ四方八方へと散っていく。やはり動力室という事でかなりの広さがあり、一塊になって探索をしていてはあまりに非効率的だった。と、そうしてホタルの報告を待つ間にカイトは懐中電灯を取り出して改めて動力室の内部を観察する。
「とりあえず……危険は無さそうか。動力炉は……三つ。この大きさだと出力はかなり高そうだが……」
「この半径一キロの敷地の全ての電力をこれだけで賄っているのよ。このぐらいは必要だわ」
「それはそうか……」
動力室にあった動力炉は大凡高さ10メートル程で、卵型だ。太いパイプに似た導線が上部と下部のどちらにも装着されており、これで生み出したエネルギーを各施設に融通しているのだろう。と、魔導炉を見ていたカイトの一方、彼の肩のユリィは前を見ていた。
「ねぇ、シャルー。あの柱、何?」
「中央の柱……ああ、非常用のエレベーターね。万が一にはあれを使って上層部まで脱出する事になる……らしいわ。どこに、どうやって出るのかは知らないわ」
「へー……」
「ふむ……ここから真上だとどの辺りかね……」
シャルロットの言葉にカイト――当然だが聞こえている――とユリィは一度上を見上げ、天井付近を見る。エレベーターシャフトは天井も貫いて上に伸びており、上層階にまで続いている様子だった。
なお、この数年後に組まれた調査隊が調べた所によると、丁度この中央建屋の僅かに外側に地面に埋まる形でシャフトが繋がっていたらしい。非常時にはシャフト上部が吹き飛ばされ、脱出路を確保する事になっていたらしかった。と、そんな事を考えていると、皐月から通信が入った。
『カイト。聞こえる?』
「どした?」
『こっち。コンソールがあったわ。とりあえず使えそう……に見えるわね』
「……そこか。わかった。報告が終わり次第そちらに向かう」
カイトは懐中電灯を頼りに皐月達の姿を見つけ出すと、更にホタルの報告を待つ事にする。そうしてホタルの報告が終わったのを受けて、一同は皐月と暦の所へと歩いていく。
「で、これがコンソールか」
「ええ……どうする?」
「流石に起動は上層部の指示を仰ぐさ。まぁ、今日報告しても起動は明日だろうな」
皐月の問いかけに対して、カイトははっきりと上層部の指示を仰ぐ事を明言する。元々動力室が見つかる可能性については高いと判断され、そして軍上層部も見つかる可能性を考慮に入れて動いている。なので動かす事は確定している。
が、それまでの状況がどうなっているかは入るまで予測は困難だ。なので実際に動かすにしても許可や準備は必要なので、どれだけ早くとも明日になるのであった。と、そうしてコンソールの状態を確認していると、また通信が入ってきた。
『天音。聞こえるか?』
「なんだ?」
『後ろだ』
「ん?」
班に所属しているギルドメンバーの問いかけにカイトが振り向くと、そこに二人のギルドメンバーが手を振っていた。どうやら彼らが呼んだという事なのだろう。
『扉、見えるか?』
「ああ……おそらく地下三階部分に繋がる扉だろう。開きそうか?」
『……いや、ダメだ。動きそうにない。多分、カードキーが無いと駄目なんだろ』
「そうか。なら、そこには一応目印として光源を置いておいてくれ。荷物の中に入っていたな?」
『わかった。作業するから、人を寄越してくれ』
「わかった」
カイトはギルドメンバーからの要請を受けて、作業の間周囲の警戒を行う為の人員を向こうに向かわせる事にする。そうして、一度は数時間掛けて外との連絡を適時取りながら、動力室の状況を確認してその日は引き上げる事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1500話『オプロ遺跡』




