第1498話 オプロ遺跡 ――地下通路――
皇国の依頼によって行われていたオプロ遺跡調査任務。その内中央建屋に入っていたカイト率いる調査班はシャルロットの助言と地球より持ち込んだセンサーの活躍により、壁に偽装されていた隠し通路を発見する事に成功する。その後二日を経て皇国上層部の指示により隠し通路の先に進む事になった中央建屋調査班は、隠し通路の先に進んでいた。
「……ごほっごほっ! 分かっちゃいたが……」
「ほこりっぽいね、やっぱり」
これまで数千年の間、この研究所は閉鎖されていたのだ。しかも地下という事で本来なら稼働しているだろう換気システムなども停止していた様子だ。かなりほこりっぽく、歩くだけで土埃が舞い上がっていた。
「こちら中央建屋調査隊第一班。内部に誰かが侵入した形跡は見受けられず。間違いなく数千年の間、誰も入っては来なかった様子だな……調査の本隊が入る時には、是非とも掃除屋を同行させる事をオススメする」
カイトはヘッドセットを介して作戦司令室へと状況を報告する。ここまでホコリまみれなのだ。誰かが入ったとは思えなかった。
『了解です。参考意見として記載しておきます』
「あはは……内部に入ってセンサーの類が反応した、という事も無い。おそらく全電源喪失により、生命維持装置を含めてほぼ全てが停止していると思われる。空調や換気システムも動いていた形跡がない」
『了解……こちらでも現在位置などの把握が出来ています。が、土壌の関係でしばらくすれば観測ができなくなる可能性があります。十分、お気をつけて』
「了解」
カイトはオペレーターの注意喚起を聞きながら、一同に頷いて歩き始める。一応、今の所は危険は見受けられない。見受けられないが、これからもずっとそうだとは言い切れない。まだ生きている警備ゴーレムが居る可能性もある。なるべく静かに、かつ注意して向かうべきだろう。
「ツィアートさん。貴方は少し後ろ目の隊列の中央に。他の面子はその周囲を守る様に隊列を組め。先頭はオレ、シャルの二人で組む。ホタル、暦の両名は最後尾で警戒を……ホタル、暦の支援をしてやってくれ。暦もホタルがセンサーで検査している間には警戒を」
「頼む。私も流石に引っ込もう」
「「「了解」」」
一人一人でしか入れない事を受けて崩れていた隊列を改めて組み直し、カイトは先へと進んでいく。シャルロットに先陣のバディを任せたのは実力もあるが、彼女がここに来た事があったからだ。
その知識は借りれるのなら借りたい所だった。それに何より、ここなら小声で話をしても聞こえる。ツィアートに要らぬ事を聞かれる心配がない。
「シャル……動力炉は?」
「ここから下に二つ降りた所よ。ただ……」
「どうした?」
「確か地下の研究施設に立ち入るには、アダマン……チウム……いえ、タイトの方だったかしら……どちらかで作った扉を通らないとダメだった筈なの。外部電源で動くから、生きていれば面倒ね」
「なるほどな……確かにそれが生きていると面倒は面倒か……」
いくら強固な魔金属だろうと、魔力がなければ単なる金属と変わらない。なので全電源喪失状態の施設では単なる強固な――それでも普通は魔力を使って破壊するので問題ないが――金属となってしまう。
なので実は純粋な科学で作られたレーザなどでは破壊出来るが、逆に動力が生きていれば純粋な科学で作られた産物ではどうやっても破壊出来ないぐらい強固な防御力を有する。
「とりあえずこのまま進みましょう。全ては、行ってみて考えないとダメね」
「あいさー」
兎にも角にもまずは扉が発見出来てからだろう。それ故、カイトはシャルロットの意見に従って通路を歩いていく。途中幾つかの部屋があったが、それについては今回の潜入では調査しない事になっている。
今回はとりあえず奥に進み、可能ならば動力室を見つける事が主目的だ。何より動力の復旧に伴って通信が復旧すれば、レガドの支援が貰える。彼女の支援はルナリアの遺跡では非常に強力な力となってくれる。可能な限りまずは彼女の支援が受けられる様にするべき、という判断だった。というわけでしばらく脇目も振らずに先に進み続けると、シャルロットが言っていた大扉へと到着する。
「これは……全員、一時停止。オレとシャル、ユリィの三人で確認する。他は周囲の警戒に当たれ」
「「「了解」」」
カイトの指示に従って、扉から少し離れた所で三人を除いた第一班の面々が警戒を維持したまま待機する。それを背に、三人は扉へと近付いていく。
「まーた分厚いの持ってきたねー」
「……ダメね。外部電源で動くセンサーに反応して息を吹き返しているわ」
眼の前に立ち塞がった金属製の扉をペシペシと叩くユリィの横。シャルロットは手を当てて状況を確認していた。が、やはり芳しくないらしい。彼女の顔には苦虫を噛み潰したような色が浮かんでいた。
「そのセンサー、どこか覚えてたりは?」
「私の記憶はお休み中よ。それに多分、覚えてないわ。聞いてもいない可能性も高いわね」
「だろな……さて……」
おそらくカイトとしては後者――聞いていない――だろうと思いながら、この扉をどうするか考える。外部電源で動いているという事は、どこかに動かす為の端末があるという事だ。そして流石にカイトも生きている魔鉱石だか魔鋼鉄だかの扉を切り裂きたくはない。
出来なくないが、おそらくかなりの出力を出す事になる。現状でそこまでするべきか、と言われると上の判断を仰ぎたい所だった。
「横の制御基板は……当然沈黙、と。ユリィ、ピッキングは」
「出来ないと思うよー、これは。ピッキングは死んでる奴には有効だけど、生きてると逆に通用しないからねー」
「だよなー……ということは、どこかに非常用の制御基板があるはずだ、と」
「……何よ」
「知ってたりは?」
「……」
むっすー、とシャルロットが口を尖らせる。どうやら知らないらしい。まぁ、ここの所属でない彼女が非常用の制御基板まで知っているとはカイトも思っていない。ということで、カイトはその非常用の制御基板を探す事にした。
「ホタル。確か壁の中にある配線類を確認出来る装置、無かったか?」
『米軍から供与されたというあれですか?』
「ああ、それだ。それを使って配線を確認出来ないか? 魔金属とはいえ金属。配線を確認するのと同じ原理で確認出来るはずだ」
『了解。スキャンを実行します』
確かに魔力の流れは基本的に刻印を刻んでいるが、非常時には有線の方が良い事は良い。単に刻印を刻むよりも、伝導率なら魔金属で作った導線の方が遥かに良いからだ。
が、その一方で費用は桁違いに上がってしまう。単に元からある構造材に専用の刻印を刻むだけより、魔金属の加工やらが必要になる分高くなるのは当然だろう。なので非常時の機能のみ有線、通常の導線は刻印で行うというのは十分に考えられた。そうして少し待つと、どうやら反応があったらしい。
『……マスター。発見しました』
「良し。上出来だ……どこだ?」
『となりの部屋に通じている模様』
「良し……シャル。こっちの部屋は?」
「……守衛室よ」
「なるほど、道理だな」
守衛室に非常用の制御基板がある、というのは正しい判断だろう。と、そんな風に考えたカイトは少しだけ苦笑して、女神様のご機嫌を取る事にした。
「シャル、拗ねないでくれよ。別に気にしてるわけでもないんだから」
「役立たずで申し訳なかったわね」
「おいおい……さぁ、行くぞ。全員、とりあえず装置を探すぞ。全てはそれから考えよう」
カイトは拗ねるシャルロットのご機嫌を取りながら、守衛室へと向かう事にする。守衛室はどうやら数人の守衛が出入りを監視出来る様になっているらしく、監視カメラ用のモニターらしき残骸や机の残骸などが見て取れた。そんな物を見ながら、カイトはふと呟いた。
「数千年が経過したにしちゃ、ちょっときれいだな……」
「施設全体に劣化を抑える為の刻印が刻まれているからよ。この施設は戦乱で焼かれなかったから、まだ若干の効力を有している様子ね」
「なるほどね」
シャルロットの解説にカイトはなるほど、と納得して周囲の探索に戻る事にする。流石に二千年以上も手入れされない状態が続いていたのでもう効力を失って久しい様子だが、それでも二千年以上も昔の物にしてはかなり原型を留めていた。それはこういう理由だったのだろう。そうして再度の探索に戻ったカイトへと、同じ様に探索していたユリィが声を上げる。
「カイトー。これ光ってるよー」
「ん?」
「ここここ。ふー」
「げほっ!」
「ごほっ!」
「あ、ごめん」
わかりやすくするつもりだったらしいユリィが息を吹いて埃を飛ばしたのであるが、それに合わせて周囲の埃が舞い散ってカイトとシャルロットに掛かったらしい。
ジト目をされていたが、意図的ではなかったのでそれだけだった。とはいえ、彼女が吹いて埃を飛ばしたおかげで、二人にも僅かに灯るランプが見て取れた。どうやら、ギリギリまだ生きているという所なのだろう。先に言及された劣化を抑える刻印のおかげと考えられた。
「さて……これがわかったからどうなんだ、という所ではあるが……」
「そうだねー……ホタルー。ハッキングとか出来るー?」
「規格が合わないので厳しいとは思いますが……試してみます」
結局、この扉の制御端末を見付けた所で鍵が無い事には扉は開かない。そして何時もやっているピッキングは生きている鍵には使えない。勿論、制御端末を動かす事も出来ない。と、そんな話を聞いていたからだろう。別の所で調査をしていたツィアートが口を開いた。
「ああ、それならこれを試してみると良い」
「それは?」
「この遺跡で見付かった鍵……らしい。マルス帝国の保管庫から見付かったものらしいのだが、まだ教国との関係が良好だった時代に研究資料として皇国に送られたらしい。今回の調査に際して国が貸与を認めてくれてな。持ってきていたのだ」
「なるほど……お借りします」
カイトはツィアートから受け取った半透明の板状のカードキーを制御端末にかざす。そしてどうやら情報は正しかったらしい。僅かに読み込むような反応があり、しかしブザーが鳴り響いた。
「ダメですね……ん? 文字……?」
「ふむ……」
ブザー音と共に端末の投影装置から浮かび上がった文字を見て、カイトとツィアートがそれを観察する。
「一般研究員では非常時の解錠は出来ません。上級研究員以上の鍵を使用する様に、か」
浮かび上がった文字をツィアートが読み上げる。確かに電源が喪失している状態だ。上の方の役職の許可が必要になるのは当然といえば当然だっただろう。そんな文字を読んだツィアートが苦笑した。
「まぁ、都合よく上級職員の鍵ならとは思ったが……そう都合よく行くわけもないか」
「流石に……そう何人も都合よく退去時に鍵を忘れていく事も無いでしょう」
「そうだろう」
笑ってカードキーを返却したカイトの言葉に、ツィアートも僅かに笑みを零す。と、そんな二人の横でシャルロットが自らの異空間の中に手を突っ込んで何かを探していた。
「何やってるの?」
「えっと……あった」
ユリィの問いかけに対して、シャルロットは丁度何かを見つけ出したらしい。彼女が取り出したのは奇妙な半透明の板状の何かだ。一見すると先にツィアートが取り出したカードキーに似ていたが、表面に描かれている模様がかなり違っていた。
が、彼女はそれを迷いなく制御端末にかざす。すると、何かが動いたような音が響いた。この状況だ。何が起きたかは誰でも理解出来る。それ故、唐突な事態に思わずツィアートが目を丸くしていた。
「……は?」
「レガドのカードキーは全部の研究所で通用するわ」
「いや、それは良いんだけど、なんでお前がそれを持ってんの?」
ぽかん、と口を空けたツィアートの横。同じ様に目を丸くしていたカイトがシャルロットへと問いかける。それに、彼女は僅かに得意げに教えてくれた。
「あら……下僕ともあろうものが、私の来歴を忘れたかしら。レガドから聞いた事があった筈なのだけど……」
「あ、あー! あー! あー! お前、レインガルド居たっけ!」
言われて、カイトも思い出した。シャルロットはかつて、隠形系の魔術の部長としてレガドことニムバス研究所に入っていた事がある。神話大戦の事も考えれば、最後まで彼女の登録は抹消されなかったのだろう。
「使わないと思ってたからどこに仕舞ったか完全に忘れてたわ」
「なるほどね……」
「いや、少し待ってくれ。何故レインガルドの鍵がここで通用する?」
なるほど、と納得したカイトに対して、ツィアートが当然の事を問いかける。とはいえ、これについては隠す必要はなかったので、カイトはレガドから聞いた話を彼にも語る事にする。勿論、多少の脚色や嘘は混じえたが。
「なるほど……移動研究所故に、か。そう言えば今回の調査でもあの研究所の頭脳がオブザーバーとして参加しているのだったか……」
「ええ。ウチは武蔵さんとも懇意にしていますので、比較的あそこと話をする事が多く……調査任務にも関わりましたからね」
「わかった。そういう事なら、それを使って先に進もう」
カイトの説明に納得したツィアートは良い幸運だったと気にしない事にした。あの遺跡が全ての発端で研究員達が逃げる暇が無かった事は研究者なら常識として知っている。更には常に飛んでいる事で盗掘などの被害にも遭っていない。なので上級職員の鍵が残っていても不思議はないと思ったようだ。そうして、カイトらはシャルロットの鍵を使って遺跡を更に奥へと進んでいく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1499話『オプロ遺跡』




