第1492話 オプロ遺跡
皇帝レオンハルトの提起を受けて行われる事になったエネシア大陸全土での旧文明の遺跡の再調査。それにカイト達も何度となく邪神の尖兵と戦い、カイトその人が女神の神使である事を受けて参加する事となっていた。そんな彼らが割り当てられた行き先は、皇都の東にある皇国でも有数の巨大遺跡。通称オプロ遺跡と呼ばれる巨大な兵器開発研究所跡地だった。
そこへ近衛兵団の飛空艇団の案内を受けて移動した冒険部一同は、野営地を設営していた近衛兵団の指示を受けて、野営地外れの一角に飛空艇を着陸させていた。
「桜。既に近衛兵団が野営地の設営準備をしている様子だ。とりあえずこちらもそれに協力する方向で頼む。こちらは先に挨拶に向かう」
『わかりました。可能ならば平行してソラくんと一緒に冒険部側の野営地も設営を』
「頼む」
通信機を通じて桜にひとまずの指示を出しておくと、飛空艇をアイドリング状態にして立ち上がる。そうして更にヘッドセットのチャンネルを近衛兵団側にリンクさせる――予め手順等については先方より連絡があった――と、改めて指示を問いかける。
「オペレーター。こちらの飛空艇、着陸完了しました。野営地の設営に協力します」
『お願いします。貴方は先程の指示通り、司令室にお越し下さい』
「わかりました」
近衛兵団のオペレーターの指示を受けて、カイトは一旦今回の調査隊が司令室として使用しているという点とへと向かう事にする。そこは野営地の中心にあるらしく、ひとまずは周囲を観察しながら向かう事にした。
「ふむ……あの校章は皇都の皇国立第一学校の校章か」
「今回の調査の学術面の統率はあっちが取るんだっけ?」
「まぁ、所詮ウチは冒険者だし、何より皇都東にあるから基本的な学術的な研究は向こうが専門的に行っているからな。あちらの持つ情報が必要だろうという判断だ」
ユリィの問いかけにカイトがこの依頼の裏を語る。そういうことで今回はカイト達冒険部と専門家達との合同部隊による調査になるらしい。
「というよりも……裏事情としては皇都第一大学校の教授が議会に掛け合ったらしくてなぁ……陛下も議会の圧力に押し切られたそうだ」
「議会? あ、普通の議会の方か」
「そういうこと。あっちの議会には第一学校の方は議会に強い影響力があるからなぁ……」
カイトはユリィの言葉にため息混じりに首を振る。今回、やはり危険性のある仕事となっている。なにせ場所が場所だ。兵器研究所である。もし以前と同じ様に何かがあった場合、碌でもない事になるのは間違いないだろう。
カイトとしてはできれば断りたい所だったらしいのだが、彼の言う通り政治的な軋轢により拒めないらしい。珍しく困り顔の皇帝レオンハルトに依頼され、カイトも首を縦に振るしかなかったとの事だ。
「この結果如何では遺跡周辺に関するご意見でそこの所を留意した発言をさせる、と言っているらしくてな。どうやら相当上の方の教授に繋がる誰かがこの遺跡に興味を持っているらしいんだ。で、冒険者集団が入るのに順番待ちしている自分達が入れないのはどういう事か、と言い出したらしい」
「学閥とか色々とあるからねー、皇都の方の大学には」
「らしいな」
どの立場でも学閥などに関係のないカイトは詳しくは知らないが、どうやら皇都の第一大学に進学するというのはかなりのステータスらしい。まぁ、高校進学さえ稀なエネフィアだ。その中で大学にまで進学出来たというステータスがどれほどのものかは、考えるまでもないだろう。
間違いなく官僚としては高位高官の道が開けているし、どの企業でも優遇されるだろう。引く手数多と考えて良い。その出身者達による派閥だ。横の繋がりもあるものと考えて良い。影響力は間違いなく、バカに出来なかった。カイトとしても滅多なことで事を構えたくはない。
「まぁ、それはさておいても。やっぱり知恵のあるやつは色々と考えつくもんで……」
「遺跡だと専門家が必要だろう、とか理屈をこね回したってわけね」
「イエス・オフコース」
呆れ顔でカイトはユリィの言葉に同意しながら、指をくるくると回して二重丸を作る。実際としてはカイトとしては資料さえあればなんとかなる。
なにせこちらには専門家どころか当時の出身者であるシャルロットが居るのだ。別に同行してもらう必要はないどころか、同行されると邪魔でしかなかった。が、明かせない以上は仕方がない。
「やれやれ……面倒なんだがね」
「ま、そこらはお仕事お仕事」
「わーってますよ……さて、じゃあお仕事の時間だ」
カイトは司令室として使っているらしいテントの前にまでやってくると、一度今までの顔を一転させて首を鳴らす。ここからは仕事だ。というわけで、仕事向けの顔で彼は中へと入った。
「失礼します」
「ああ、来たね」
司令室の中に居たのは二人の椅子に座った男女と、忙しなく動いて作業を行う数人の軍人だ。そのうちカイトを見て声を掛けたのは中央に設置された椅子に腰掛けていた女性だった。
年の頃合いとしては二十代半ばから後半という所だった。が、中央に腰掛けているからには彼女が一番えらいのだろう。そんな彼女の横に設置された机には五十代中頃の男性が腰掛けていたが、こちらは軍人ではなく学者だろう服装だった。
「はじめまして。今回の調査隊の総指揮を任されているシーラ・ディーン。階級は中佐。所属は皇都の中央研究所だ。よろしく頼むよ」
「はじめまして。カイト・天音。冒険者です」
シーラと名乗った女性中佐はカイトへと気軽げに笑いかけて手を差し出した。耳が尖っていたが、同時に肌に妙な紋様があった。おそらく魔族とエルフのハーフという所なのだろう。
見た目はかなり若い様子だが、これを考えれば階級が高いのも納得が出来るだろう。中央研究所を統括するヴァスティーユの補佐の一人らしい。が、生まれた時代が違うらしくティナの事は知らないそうだ。
「ああ……まぁ、とりあえず腰掛けてくれ」
「はい」
シーラの促しを受けて、カイトは一つだけ空いていた端の椅子に腰掛ける。おそらく今後はここに腰掛けるのが通例となるのだろう。
「さて……これで全員かな、少尉?」
「……はい、中佐。これで今回のオプロ遺跡調査任務を請け負った全員が揃った筈です」
シーラの問いかけを受けた彼女の横に立っていた三十代中頃の男性は一つリストを確認して頷いた。どうやらカイトが最後だったのだろう。とはいえ、今回はカイト達が一番遠くから来ている。なのでそれも致し方がないという所だろう。
「良し……ああ、とりあえず君には彼を紹介しておくべきだろう。彼は今回のオプロ遺跡調査任務において、君達とともに遺跡内部に入る調査部隊を学術的な側面から支援してくれる皇都の大学校の教授だ」
「ツィアート・ティフィコだ」
どうやらツィアートは気難しい類の性格らしい。その視線にはカイトを値踏みする様な色だけでなく、不満げな感情がにじみ出ていた。そうして自己紹介を終わらせた彼はカイトが口を開く寸前、訝しげにシーラへと問いかけた。
「随分と若い様子だが……大丈夫なのか?」
「遺跡の保存作業に関しては、皇帝陛下からのお墨付きだ。少なくとも下手な冒険者を入れるよりも良い」
「……それはそうなのだが……」
ツィアートはむすっとした様子だ。彼としてもこういった依頼に際して盗掘を行おうとする様な冒険者が居る事は知っている。その点については彼独自の調査――と言っても情報屋から仕入れただけだが――でも問題が無い事はわかっている。なのでこの程度で済んでいた、とは後に彼が離れた後のシーラの言葉だった。
「まぁ、良い。早速、話を進めてくれ。あまり時間は無駄に出来ん」
「……はぁ。わかった」
シーラはカイトの浮かべた苦笑とその肩の上のユリィが軽く肩を竦めたのを見て、話を始める事にしたようだ。幸いカイトの事も知っているし、彼自身も自己紹介はしていた。実務面で問題があるわけではないだろう。そうして彼女は一つ気を取り直して話を始める事にした。
「さて……今回の調査任務だが、これは皇帝陛下からの勅令となっている。二人共その事は胸に刻んでおいて欲しい。それで今回の任務内容であるが、これについては危険度の再調査となる」
「やれやれ。危険は無いと何度言えば……この遺跡にはもう建国以来七百年もの間何人もの学者達が、幾つもの調査隊が入って何も無い事を確認している。最後にこの遺跡で武器が見つかったのは烈武帝陛下の御代だ。もうここに残っているのは学術的な物しかない。試作品の部品どころか、ゴーレムの修繕用の部品も残っていない」
「そうは言うがね、ツィアート。先に彼らが得た一件もある。再調査を、という陛下のお考えは軍人として正しいものだ」
ツィアートの愚痴にシーラが肩を竦める。ここらはやはり軍と学者の考え方の差という所だろう。ツィアートも言っていたが既に数百年に渡ってそれこそ三桁に届く程の調査隊がこのオプロ遺跡には入っている。
実際、カイトが来た時もヘルメス翁がもう何も残っていないと明言していたぐらいだ。そこに来て再調査しよう、というのだからツィアートが愚痴を言いたくなるのも無理はなかったのかもしれない。
が、シーラの言う通り今だから見付かるという可能性は無いではない。更に言うと技術も日進月歩。今だから見付けられる、というのも無いわけではないのだ。そしてそれがあるからこそ、ツィアートも調査をしているわけだ。彼が不満なのはあくまでも冒険者が主体となる事だろう。
「先の一件、ね。聞いてはいるがね……エルフ達はあまり森を荒らす事を避ける。調査ぐらいはするべきだろうに」
「まぁ……それについては私も同意するがね。とはいえ、事態が進行した事によってわかる事もある。実際、あの一件とて異変がわかったのは今になってだ。これについては神王陛下も同意見というのは知っているだろう?」
「確かに、それについては同意するがね。流石に七百年……いや、マルス帝国時代から考えればもう千年以上調査されているんだ。それで誰も何も見付けられない、というのも不思議な話だろう」
己の意見に反論したシーラに対して、ツィアートは更に反論を重ねる。これに、シーラも頷いた。
「わかっているよ。だが、ここにもし敵の尖兵が潜んでいた場合、皇都が危険になる。万が一も防ぎたいというのが陛下のお考えだ。こちらも軍である以上、陛下が危惧されているのであれば調べないわけにもいかないのだよ」
「むぅ……」
わかってはいるのだろう。が、やはりツィアートの顔には不満が見え隠れしていた。そうしてとりあえずの合意は得られたと見て、シーラは話を進める事にした。
なお、後に彼女の愚痴をカイトが聞いた所によると、この話はカイトが来る前にもされていたらしい。それがカイトが来た事で中断、一からやり直しになったそうだ。
「さて……すまないね。それで危険性だが基本的には我々も無いものとして判断している。なので基本、君たちにしてもらう事は万が一、何か未知の領域が見つかったり不測の事態に陥った場合に彼らを護衛して撤退する事だ。何分、こういった不測の事態では我々より冒険者の方が優れているからね。個としての戦闘能力としても常に実戦続きの君たちの方がどうしても高いものでね。我々が広域を封鎖して、君たちが中に入るのが一番確実なんだ」
「承知しました」
シーラの改めての説明にカイトは頷いて了承を示す。これについてはカイトも勿論知っているし、シーラもまたカイトが把握しているだろう事は知っている。なのでこれについてはそれで終わりだった。というわけでこれについては手早く終わらせてシーラは早速と本題に入った。
「さて……実際の部隊の内訳についてはマクダウェル家を介して転送されているが、何か変更は?」
「いえ、そのまま進めています」
「そうか……ではツィアート。君は彼と共に一緒に行ってもらう事になる」
「わかった。期待させて貰おう……まぁ、何かする事は無いと思うがね」
「一言多いなぁ……」
シーラから話を振られたツィアートの言葉にユリィがため息を吐いた。こういう事なら、カイトはしばらくの間彼と一緒に中央の建屋に向かう事になるという事なのだろう。
しばらく、なのは学者達の班分けは彼らがやっている事で、戦闘を行わない彼らは自由自在に組分けを変えられる。なので彼が別の所に行くと言えば、それまでだった。
「やれやれ……まぁ、確かに我々としても君の出番が無い方が好ましいか。とりあえず君たちはその班分けに沿って行動してくれ。地図については用意してある。後で君たちの拠点に届けさせよう」
「ありがとうございます」
「では、それ以外の細々とした所について話し合う事にしよう」
カイトの返答に頷いたシーラは更に続けて、この調査任務の間のシフトなどを話し合う事にする。そうして、カイトはしばらくの間司令室にて近衛兵団を統率するシーラ、学者達を統率するツィアートとの間で話し合いを行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1493話『オプロ遺跡』




