第1491話 巨大遺跡へ
エンテシア皇国は天領にあるという巨大研究所跡地。この調査を皇国からの依頼で請け負う事になったカイト率いる冒険部一同。彼らはひとまず準備を整えながら、正式な依頼書が到着するのを待っていた。そうして、収穫祭からおよそ一週間。大凡の用意が整った頃だ。
「マスター、お客様です! 皇都からの役人さんです!」
執務室にやってきたシロエが客の来訪を告げる。これについては既に受付にも通達しており、皇都から役人か使者が来たらすぐに自身に取り次ぐ様にカイトが指示を出していた。
「ああ、わかった。通してくれ」
「かっしこまりー!」
カイトの指示を受けて、シロエが壁に消える。その一方でカイトはカイトで立ち上がり、椿に一つ頷いて彼女と共に移動を開始する。
「椿、現状の用意について纏めた資料は?」
「こちらに」
「ああ、助かる」
カイトは椿から今回の依頼で必要となる物資の手配やそれに掛かった費用等を纏めた資料を受け取っておく。ここら、使者はカイトの正体は知らなくとも皇帝レオンハルトから内々に話が通っている事は聞いている。なので向こうもこちらが手配を進めている体で話を進めるだろう。
支度金等の話をするにしてもこういった資料があればやりやすいのだ。というわけで二人が応接室に行って少し待つと、皇都の職員がやってきた。若くはないが、年老いてもいない。三十代後半ぐらいの男性だった。
「ああ、おまたせしました。ヨハネス・ミュンツァーです」
「カイト・天音です。こちらは私の秘書の椿。補佐を頼んでいます」
「わかりました」
カイトはヨハネスと名乗った男性と僅かばかりの挨拶を交わし合うと、改めて椅子に腰掛ける。そうしてお互いに腰掛けた所でヨハネスが口を開いた。
「えー……確か皇帝陛下より伺いました所によると、既に今回のお話について伺っているという話でしたが……」
「はい。お伺いしております」
「そうですか。話が早くて助かります……」
カイトの返答にヨハネスが笑みを浮かべると、彼は持ってきていたカバンから一通の封筒を取り出してカイトへと差し出した。その分厚さはかなりのもので、依頼書以外にも幾つかの書類が入っている様子だった。
「こちらが今回の一件に関する依頼書と、その他の資料となります」
「ありがとうございます。依頼書についてはこの場で確認しても?」
「ええ、お願いします。一番上に入っているはずです」
ヨハネスの返答を受けて、カイトは封を開いて中身を確認する。やはり中身についてはユニオンが定める紙を使った依頼書が一枚、資料が幾つかという所だった。というわけで、カイトはその一番上にあった依頼書を抜き取って確認する。
まぁ、ここらは根回しがされていた事だ。なので逐一確認する程の事でもないし、皇帝レオンハルトとの話し合いから変わったといえば依頼人が皇国ではなく大陸各国によって結成される大陸会議によるものになっていたというぐらいだろう。
「……はい、確かに確認いたしました」
「何か不備はありましたか?」
「いえ、問題はありません」
費用についてもきちんとこういった依頼において拠出される拠出金から出る事になっているという話で、支払いに不備が出る事もない。やはりエネフィアではこういった大陸全土を巻き込んだ事件は十年に一度ぐらいのペースで巻き起こる。
それが天災か魔物によるものかはまた話が別になるが、起こる事だけは事実だ。なのでそれに備えて各国が拠出金を持ち寄って万が一に備えた費用をプールしており、今回の一件ではそれを使うべきだろう、となったそうだ。実際に使う事も多い費用なので、地球の国連とは違い結成されて今まで災害等の特別な事情が無い限り費用の滞納等は無かったそうだ。保険金とでも考えれば良い。
とはいえ、やはりどれだけ使うかはその事件に応ずる。ここ三百年は平和だった事もあってかなりの金額がプールされているらしく、今回の一件で大陸全土の遺跡を調査しても金銭面に問題は無いらしい。
「そうですか。それで、お話を伺っているとの事でしたが……そちらの支度についてはどの程度の進行状況ですか?」
「はい。こちらの準備の進行ですが……」
カイトはヨハネスの問いかけを受けて椿に用意してもらっていた資料を提示しながら、現状の支度の進捗を話していく。そうして一通りの説明が終わった所でヨハネスが頷いた。
「ふむ……既に食料については納品を確保済み。現在は収穫祭で減った荷馬車等が通常に戻るのを待ちつつ、他の手配を行っているという所ですか」
「そうですね……どうしてもマクダウェル領では収穫祭の前後には全ての物流があちらに移行してしまいますので……一二週間はどうしても大量の納品には時間が生じてしまう」
「そうですね……その分空輸は動きますが……どうしても量の確保は難しいですか」
これについてカイトが何か可怪しい事を言っているわけではなかった為、ヨハネスもここらの遅れについては仕方がない事だと納得して頷いていた。これは曲がりなりにも皇国で事務方の仕事をしていれば、普通に知っていなければならない話だった。とはいえ、それ故に遅れが生ずる事もまた事実。なのでヨハネスは改めて先に話を進めるべく問いかけた。
「とはいえ、先のお話では既に依頼そのものはされているというお話。その納品等に見込みは?」
「ええ。それについては既に先方から大凡この日程で、と」
カイトはヨハネスの問いかけを受けて持ってきていた手帳を開いてカレンダーを提示する。この手帳は冒険部全体に関わる納品等に関連する予定を記したもので、彼の私物ではない。別に見られて困る物ではないので提示したらしい。
「ふむ……最短で二日後ですか。わかりました。では、それに合わせて動ける様にこちらも手配を行いましょう」
「ありがとうございます」
兎にも角にも物資が届くのが二日後という事だ。それに合わせて色々と動かした方が良いだろう。今回は向かう場所の兼ね合いから大掛かりな戦闘は考えられないものと判断されているが、今回の調査は本当に異常が無いのか、という再調査が目的だ。
大規模な戦闘があるかもしれない、未知の構造が見つかるかもしれない、という想定で動くべきだろう。なので物資についても普通の探索と同じ物資を整えていた。そういった探索用の専用物資を整えていると普通に一週間や二週間は経過するのであった。そうしてそんな話し合いを終わらせてヨハネスを見送って、カイトは再び執務室の自室の机に戻っていた。
「良し。これでひとまずか」
依頼については受諾の処理も完了したし、それ以外にも必要だった各種の話し合いも終わった。支度金についてはまた別途振り込まれる事になるが、それについてはきっちりと見積書や納品書等の各種書類を用意していた。なのでヨハネスとしてもそのコピーを持って即座に戻って手配を整えてくれるとの事だった。
「良し。皆、ひとまず先の研究所跡地への調査任務は確定した。実際の出発は今週末を予定している。それに合わせて各自用意を整える様に」
「「「はい」」」
カイトの指示を受けて、冒険部上層部各員がそれに向けて動き出す。そうして、更に数日の時間を冒険部は依頼の支度に向けて行う事となるのだった。
さて、ヨハネスが来てから数日。カイト達は大凡の支度を終えて天領へと向かう飛空艇に乗り込んでいた。とはいえ、今回は依頼が依頼なので天桜学園の保有する輸送艇に加えて、道案内と護衛に近衛兵団が運用する飛空艇数隻が同行していた。天桜の飛空艇は飛空艇とはいえ輸送艇だ。そこを鑑みて、近衛兵団の飛空艇はマクスウェル近郊まで迎えに来てくれていた。
「さて……」
近衛兵団の飛空艇とコントロールを同期させ、カイトは輸送艇の椅子に深く腰掛ける。これで後は向こうにお任せだ。と、そんな彼の肩の上で寝そべっていたユリィがふと呟いた。
「あの遺跡かぁ……行くの、本当に三百年ぶりかも」
「あれ、か」
ユリィの言葉を聞いて、カイトもまた今回向かう遺跡の事を思い出す。実のところ、二人は数度今回の遺跡に行った事があったらしい。
後に聞けば皇帝レオンハルトもそこらを見込んで、カイトにここを依頼したとの事であった。彼としてもそれを皇帝レオンハルトが知っていたとは驚きだったそうだ。そしてそれはつまり、こういうことだった。
「大昔、爺さんに連れてかれたんだったなぁ……懐かしい。なんで行かないとダメだったのか、ってのはついぞ謎のままだったな」
「ねー」
爺さん。それが指し示す所は一つしかない。老賢人ヘルメスだ。皇都を後にした彼ら第十七特務小隊は基本遊撃隊として動いていたわけだが、時として皇国上層部からの依頼で色々と動いていたらしい。その中の一つにこの今回カイト達が向かう遺跡の調査を命ぜられた事があったのだ。
当時はまだ邪神の復活さえも臭っておらず、それどころかシャムロック達さえ蘇っていない頃だ。当時の皇国上層部が邪神関連を知っていたとは思えなかった。ではまた何か理由があったのだろう。
「とはいえ……兵器開発研究所跡か」
「かなり大きかったし、色々と兵器の跡っぽいのも残ってたしね」
「まぁな……と言っても流石にマルス帝国がほとんどを回収した後ちゃあ後だったが……」
ユリィの言葉にカイトもまた、その遺跡の内部の事を思い出す。今回向かう遺跡はどうやらマルス帝国時代に見つかっていたものらしく、皇国も建国当時からその存在を把握していた。
が、彼が述べた様に見つかっていた以上マルス帝国側で利用価値のある物については既に回収されており、今ではガラクタに等しい物ぐらいしか残っていなかった。無論、ガラクタに等しいというのは兵器としてという意味であって、歴史的な資料としては非常に価値のあるものだろう。
とはいえ、場所としても軍事的な価値は一切無いが故に先代魔王軍も狙わず、そのままだった。なので武器が一切残っていない状況にカイトもユリィも何故こんな所に来たのだろうか、と疑問だったのである。
「ま、そこらは行ってから考えるか。そこで見えるものもあるでしょ」
「行ってからっていっても私達の場合二度目なんだけど」
「なんだけどな」
ユリィのツッコミにカイトは笑って頷いた。一度行って何も無い事を確認している。なのに今更行って何が目的だったのか分かる事もないだろう。
まぁ、運が良ければ何か見つかるかも、程度で考えるべきだった。それに何より、今回の目的は当時来た意味を探るではなく、異常が無いか調べる為だ。意味もない。
と、そんな風な話し合いをしたり近衛兵団のオペレーター達と各種のやり取りを交わしていると、あっという間に数時間が経過して一つの大きな遺跡が見えてきた。
「見えてきたな……」
ようやく見え始めた巨大な研究所跡に、カイトは僅かに身を乗り出して艦橋の外を観察する。既にどうやら皇都の調査隊が来ているらしく、野営地の設営作業を行っている様子だった。そんな彼に釣られ身を乗り出したユリィが懐かしげにその概略を口にする。
「皇都東の研究所跡。通称オプロ遺跡……単独の施設としては皇国でも有数の遺跡の一つだね。東西におよそ一キロ、南北同じく一キロの超巨大な範囲にまたがって建設されている超巨大遺跡。まぁ、実際には敷地面積って所で推測なんだけど」
「オプロ。確か発見者の名前だという事だったか」
「知らないよ。マルス帝国時代からそう言われてるっていう話だし」
カイトの言葉にユリィは肩を竦めつつ答えをぶん投げる。ここらは当然シャムロック達も知らない。そもそも彼らは正式名称を知っているわけで、自分達が眠った後に名付けられた名前を知る由もない。と、そんな事をしていると近衛兵団のオペレーター――野営地側のオペレーター――から着陸の指示があった。
「良し。ユリィ、着陸させる」
「はーい……あー、あー……皆様皆様。こちら搭乗員のユリィちゃんでございます」
カイトはユリィの艦内アナウンスを聞きながら、飛空艇をゆっくりと降下させていく。そうして彼らは皇都東にある超巨大遺跡、通称オプロ遺跡へと到着する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1492話『オプロ遺跡』




