第1490話 次に備える為に
収穫祭の終了から明けて翌々日。翌日を収穫祭の撤収作業に費やしたカイト達天桜学園の一同は久方ぶり――と言ってもカイトは何度か戻っていたが―――にマクスウェルの街に戻っていた。
「ふぅ……この椅子に座るのも久しぶりだなー」
執務室の自席に腰掛けたソラがどこか懐かしげにもたれ掛かる。なお、ソラは収穫祭の一ヶ月の間に一度もマクスウェルには戻っていない。なので本当に一ヶ月ぶりの帰還だった。
とはいえ、そんなのんびりともしていられない。既に皇帝レオンハルトから依頼を受けて内諾をしているし、それに向けた予定の組み立てと準備を行う必要があった。というわけで、カイトは既に動いていた。
「ああ。それについては皇帝陛下より既に依頼が来ている。こちらを重点的に動く……ああ。それについてはそのまま進める方向で頼む」
内線を使って第二執務室との間で準備の指示を行うカイトはやはり手慣れている様子だ。幾つかの書類を魔糸で広げながら会話をしている様子だった。しかも凄いのは、更にまた別の魔糸を使って複数のペンを操って複数の書類に一気に記載を行っている所だろう。そんなカイトの様子を見て、ソラが思わず頬を引き攣らせる。
「……あいつ、マジで何」
「あ、あははは……」
「ん? って、トリンか。あ、椅子とか用意出来たのか?」
「あ、うん。一応全部整ったっていうからこっちに」
ソラの問いかけを受けたトリンが頷いて、カイトを見る。ここらの手配はカイトが進めていた事で、あちらの会話が終わらない事には次に進めないだろう。と、そんなカイトは手早く指示を終わらせると、ソラ達の方を向いた。
「ああ、トリン。悪いな……椿。説明を頼む。オレは次は公爵家との間で相談がある」
「かしこまりました。トリン様、こちらがトリン様が使う机の鍵となっております。機密性の高いと思われる書類に関しては左側一番下の棚にお入れください。もしそこまで大きな棚に入れる必要がないのでしたら、右側の棚をお使いください。なお、これを無くされますと解錠が面倒ですのでご注意を。最低一日は使えないとお考えください」
「あ、はい。わかりました」
トリンは椿から鍵を受け取ると、新たに用意されていた椅子に腰掛ける。一ヶ月はここを中心として彼には活動してもらう事になる。と言っても後半半月程は実際には天領に入って遺跡調査だ。半月で良いのはカイト達が向かう遺跡は既に構造も把握されている上に保全作業も完璧に終了しており、カイト達がそういった方面で行う事は一切無いからだ。
一応学術調査の側面から皇都の研究員達も来るが、保全作業も終わっているので特に難しい事にはならないはずだ、というのが大凡の推測だ。既に発見から数百年が経過している。なので結界が展開されていて魔物の駆除も終わっているのである。無論、それでも油断は出来ないので冒険部の出番と相成ったわけである。とまぁ、それはさておき。トリンは椅子に腰掛けるとまずはしっかりと状況を確認する事にする。
「……えっと……」
まずトリンが確認したのは先程椿から説明があった机に備え付けられている鍵付きの棚二つだ。鍵付きの机なのに鍵が合わないとその時点で問題だろう。後々問題が出るより、今の内に確認するのは当然だった。
「良し。他は……えっと……あ、えっと……椿、さん?」
「なんでしょう」
「この棚の中に入っている衝立は使っても……」
「そちらについては備品となりますので、ご自由にお使いくださいとの事です」
「あ、はい……えっと、じゃあこれをこっちに……」
椿の返答に小さく頭を下げたトリンは早速と自分の使いやすい形にカスタマイズする事にする。そうして少しの間彼が机のカスタマイズを行っている間に、どうやらカイトの側の作業が終わったらしい。
「ふぅ……ああ、全員一度聞いてくれ。先ごろ皇帝陛下より内々に話があった遺跡への調査任務。そちらについて正式に大陸軍として依頼が発令される事となった。ルーファウス、アリスの両名は教皇猊下より通達が来るだろうとの事だから、また何かがあればアユル卿の所に向かってくれ」
「そこまで大事になったのか」
カイトからの通達にルーファウスが驚いた様に目を見開いた。収穫祭は世界全土から人が来るわけだが、それは国としても変わらない。今年は和平が締結された事もあって教国からもアユルが来ていた。
そして各地の使者が来たのであれば、皇国としては一度パーティでも開こうと思うのは不思議の無い事だろう。そこで皇帝レオンハルトが掛け合ったそうだ。それを受けて各国で話し合いが持たれ、先ごろ返答が来たそうだ。それによると大半の国はまだ内諾という段階という所らしいが、ひとまず大陸全体で今回の調査を行って情報共有を行う事で確定したという事らしかった。
「ああ。流石に釈迦に説法だが……大陸軍は分かるよな?」
「流石にな……まさかアルフォンスが居ないのはそれ故か?」
「ああ。あちらにも命令が出る事になる。で、事の発端からして皇国が最初だったから、大陸軍が結成されないでも命令が出るらしくてな。今日受けて数日掛けて用意という所らしい」
らしい、と言いつつも実際にここらを動かしているのはカイトその人だ。なので実際にはその通りに動いているし、ここからもその通り動く。
とはいえ、そう言っても結局はアル・リィルら出向組と言われる面子は何時も通り冒険部との共同だ。が、軍として一律した命令が出るので基地に戻っていたのであった。
そして戻ったのなら支度の手伝いは必要だし、皇都の近衛兵団と共に動くにあたり色々としなければならない事もある。それ故、数日は基地にて仕事という事になっていたのであった。
「そうか……とはいえ、それならこちらも存分に参加させて貰おう」
「そうしてくれ。今回は正式な……いや、ウチへの出向も正式な仕事だろうが、今回は教国からの依頼でもある」
ルーファウスの明言にカイトは改めてはっきりと明言する。大陸軍は言ってしまえば大陸間同盟軍の下部組織とでも思えば良い。大陸全土で何か重大な事件が起きた場合に結成され、国や組織の垣根無く動く事の出来る軍だった。
基本的には厄災種の出現に合わせて結成される事になる――流石に厄災種相手に国境だ組織だと言っていられるわけがない――が、今回の事態はそれにも匹敵する事態だと判断したという事なのだろう。カイト達による注意喚起が功を奏したと考えてよかった。
「わかった。ではしばらくは連絡に注意しておこう」
「そうしてくれ……それで話をウチに戻すが、ウチはオレとソラが話を受けていた通り天領にある遺跡の調査を行う事になった。詳細についてはまた依頼書の到着次第通達する事になるが、これは確定として考えてくれ」
ルーファウスの返答に頷いたカイトは改めて一同に通達を出す。既にこれについては収穫祭の最中に皇帝レオンハルトからの根回しを受けた時点でルーファウスとアリスを含めて話を通していたが、決定した以上ははっきりとそれを明言しておく必要があった。そうしてその通達に全員が動き出したのを受けて、カイトは改めて手はずに入る事にする。
「さて……今回の遺跡はかなり大きなものになるわけだが……」
「私の出番というわけね」
「……流石にオレにもばれないで近づくのはやめねぇかね……いや、女神の特権だとは分かっちゃいるんだけど」
後ろから響いてきた声にカイトががっくりと肩を落とす。声の主はシャルロット。カイトの影からいきなり現れたのである。一応彼女は公的に冒険部の所属としてある。
いくらなんでも女神としてあまり大々的に動けるわけではない。なので相変わらず冒険者としての地位を使う事にしたようだ。しかも彼女の冒険者としての地位はカイト云々関係なく登録されている。登録した場所もマクスウェルではない。ルーファウス達にも彼女がカイトと別れていた事は一切疑問に思われなかった。
「そうね……月はありとあらゆる存在に寄り添うもの。その権化たる私は誰しもの側に居るの」
「太陽と月の神にのみ許された権能か」
カイトはシャルロットの言葉から、彼女とシャムロックのみが保有する権能を思い出す。いや、正確には二人だけではないが、太陽と月は常に寄り添う存在として描かれている。
それ故に太陽の神と月の神は神使や己に縁ある存在の側に縁を辿って転移出来るらしい。それを使ってカイトの側にまで自由自在に転移出来るらしい。この場合は神としての顕現となるらしく、転移術ではないそうだ。デメリットも一切無し。消費する魔力もごくわずかという高効率らしい。と、そんな事を思い出したカイトは一転首を振って先の問いかけに答えた。
「……まぁ、そうだな。流石に力は借りたい……おかしな話だが」
「おかしくは無いわ……なにせ、あれは私の敵。これは私の仕事でもあるの」
シャルロットは穏やかな様子で笑っておかしな話と言ったカイトに笑う。彼がおかしな話と言ったのは、神使の仕事に主たる女神が手伝う形になるからだ。とはいえ、彼女の言うことが正しいだろう。そもそもこれは神々の問題がこちら側にまで波及した形だ。本来は彼女ら神々が片付けるべき事とも考えられた。
「聞いておきたいんだが、あの遺跡……研究所について知っている事は?」
「詳しい事はほとんど知らないわ。だってあそこ、田舎だもの」
「田舎ねぇ……そう言えば実際の所、ルナリアの首都はどこにあったんだ?」
ルナリア。それはかつての旧文明の中でも一番大きな国家の名前だった。このルナリアに幾つかの保護国や同盟国があり、それらを総じてカイト達は旧文明と呼んでいたらしい。無論、その旧文明には名前はなかった。敢えて言うのであれば、正式にはその名を借りてルナリア文明とでも言うべきなのだろう。
これらの情報は、ティナが言っていたラエリアにあった旧文明の残した資料の中にそれが記されていたらしい。とはいえ、やはり他国の事で記載出来る情報に限りがあったからだろう。
エネシア大陸の旧文明については国家の名前と当時の国家元首の名前、ざっとした各国の略歴ぐらいしか書かれていなかった。が、それでもわかったのだから歴史的には大発見だとの事だった。
「ルナリアの首都はそうね……今で言う所のハイゼンベルグ領かしら。と言ってもどちらかと言えば西方、ブランシェット領にかなり近い所だけども……天津風の吹く草原の近く。晴れれば太陽と月がちょうどよい具合に照らし出す良い場所だったわ」
「あー……そういえばハイゼンベルグ領の西方にある平原はかなり広かったか……」
シャルロットの言葉にカイトは大凡の場所を理解する。ここら、やはり彼女と短くも濃い付き合いがあったからだろう。曖昧な言い方でも理解出来たようだ。
「そうね。そこらに、かつての中心はあったわ」
「なるほどな……確かに距離を考えればど田舎か」
かつて存在したというルナリアという国は今のエンテシア皇国を更に一回りほど大きくした巨大国家だったらしい。今でこそエンテシア皇国は巨大国家だが当初はここまで大きくはなかったし、巨大国家となった今でも皇都が皇国の端にあるのだってかつてイクスフォスが残した『導きの双玉』の施設を移転出来ないからだ。そういった側面を鑑みてもルナリアの首都が大陸中央付近にあったのは正しい事だろう。そこらを知るカイトは素直に頷いていた。
「とはいえ、ど田舎ほど大きな研究所を設置出来るのもまた事実。更には当時の文明は飛空艇技術もあった筈。そこらを考えれば、天領にでかい研究所跡があったのはまた道理か……何してたかは知らない……よな」
「興味無いもの」
「お前らしいよ」
シャルロットの返答にカイトは笑って気にしない事にする。彼女がそんな事を気にしないのは何時ものことだ。ダウナーで大抵の事に対してどうでも良いと切り捨てる女神様。それが、彼の愛する女神だ。何時も通りであって嬉しいこそあれ、そこを気にするつもりは一切無かった。
「さて……そうなると色々と装備は必要か」
「ワインもお願いね」
「イエス・マイ・ゴッデス。真紅の血より赤い赤ワインを用意しておきましょう」
言うだけ言って影に消えたシャルロットにカイトは肩をすくめつつ了承を示す。神に助力を依頼するのだ。貢物の一つや二つ用意しなければならないだろう。というわけでカイトは更に数日の間、各種の準備に勤しむ事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1491話『巨大遺跡へ』




