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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第70章 クッキング・フェスティバル編

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第1489話 収穫祭 ――そして何時もの日常へ――

 収穫祭最後の祭典となるクッキング・フェスティバルの終了の翌日。カイトは収穫祭の後夜祭に参加していた。とはいえ、そんな彼は後夜祭を楽しむのではなく、敢えて領主としての立場から楽しむ事にしていた。


「お兄様。今年の収穫祭もこれにて全て終わりです」

「そうか……」

「どうでしたか? あの頃とは違う収穫祭は」

「……そうだな。かつてとは遥かに違う。規模も、人の笑顔も……」


 三百年。この世界は色々と変わっていった。その中でもやはり自らが一番見知っている自分の街だからだろう。どんな地よりも、その違いがはっきりとわかったようだ。故に彼はクズハの問いかけに窓の外を見て少しだけ目を細める。


「……」


 カイトはそのまま目を閉じて、巨大な焚き火の前で舞い踊る世界中の人々の笑い声とアマデウス率いる楽団の奏でる大衆音楽に耳を澄ませる。アマデウスとて大衆向けの音楽を奏でられないわけではない。

 彼は音楽全てを愛している。なので古代に存在していただろう太古の音楽も、今の最先端の音楽も全てを網羅しているらしかった。それ故、彼の率いる楽団ではお硬いオーケストラから軽快なリズムの音楽まで全て奏でられるらしい。


「良い音色だ。世界が希望に満ちている」

「そうですね……何時聞いても、良いものです」


 クズハはもう三百年近くもこの音色を聞き続けていた。それでも、毎年毎年ここから見える光景が好きらしい。と、そんな所にティナがやってきた。


「おお、ここにおったか」

「ティナか。どうした?」

「いや、天桜の者たちが宴も酣なのに何をやっておるか、と気にしておったからのう。少し顔出しだけでもさせるか、と思うてな」


 まぁ、確かにカイトは天桜学園では学生側の総代表の一人とも言える。そして屋台の運営においては彼は間違いなく中心の一人となっていた。それを考えた時、確かに彼が行方をくらましたままというのはダメだろう。


「そうだな……少し行ってくる」

「はい。ではいってらっしゃいませ」


 カイトは椅子から立ち上がると、天桜学園の屋台の所まで歩いていく事にする。既に大半の屋台の営業は完全に終了しており、動いているのは身内に提供している所だけだ。まぁ、言えば悪いが余った食材を使い切ってしまおうという話だ。

 ということで、天桜学園の屋台も既に後片付けに入っていた。とはいえ、全てではない。居酒屋の屋台は営業時間が営業時間だったのでまだ撤収しておらず、明日の朝から撤収予定だ。今はこちらも身内への提供、内々での打ち上げを行っている感じだった。

 なので使った七輪――七輪は冒険部の備品で使えるので購入した――を居酒屋の屋台に持ち込んで焼き鳥を焼いたり、居酒屋の設備を使って軽い料理を行っていたりしていた。唐揚げを揚げたフライヤーは既に油を抜いている為、使えないらしい。


「お、来たな! おう、天音! 何食べる!」

「鳥ねぎまで。後、冷も」

「あいよ! ちょっと待ってな!」


 カイトが来たのを見た生徒の一人が余った肉を串に突き刺して、早速七輪で焼きに入る。そうして提供された冷酒を片手に、カイトは焼き鳥を頬張った。


「肉、どれぐらい余りました?」

「ほっとんど余りそうにねぇわ。ちょっと余ってたのは打ち上げで無くなりそうって感じだ」

「そうですか。なら、安心か……ああ、余った肉は無理に使う必要はないですよ。こっちでまた使いますから」


 焼き鳥を焼く生徒の楽しげな返答にカイトも一つ頷いて更に指示を出す。どうやら幸いな事に『ロック鳥』の肉は売れ行きが好調だったらしい。

 まぁ、美味いと知られている肉を安価で提供していたのだ。売れ行きが好調なのも頷ける。更には適時追加する方向で進めた為、在庫としてもさほど抱えなくて大丈夫だった事も大きかったようだ。


「そうか、わかった。ま、余るかどうかはわかんねぇけどな」

「あはは。それで十分ですよ。ふぅ……」


 楽しげに答えた生徒に、カイトもまた笑っていた。どうせ余れば儲けものとしてしか考えていない。なのでそんな彼は生徒の返答に一つ笑うと、冷酒をお猪口に入れて傾ける。と、そうしてふと気になったのでソラの姿を探す事にした。


「……ああ、居たか」

「おい、天音。ほら、次の串出来たぞ」

「あ、っと。どうも……ちょっと離れます」

「おう。また欲しくなったら言えよ。どんどん焼くからよ」

「はい」


 生徒の言葉に頷くと、カイトはカウンターを離れてソラの所へと歩いていく。そこにはトリンが一緒だった。基本、この祭りの期間中とその後のお試し期間では彼はソラと一緒に居る事になっている。そしてもう半月程は一緒に居たのだ。ここ長らくは色々とあったのでどんな感じか己の目で見ておくか、と思ったのだ。


「隣、大丈夫か?」

「お、カイトか。飲むか?」

「もう貰ってる」

「……あいっかわらず器用だよなぁ、お前……」


 酒瓶を掲げてみせたソラであるが、ふわふわと浮かぶ徳利を見てため息を吐いた。まぁ、これは魔術ではなくて魔糸で単に持ち上げているだけだ。が、ここまで多種多様な用途で魔糸を使うのは彼ぐらいなもので、それ故に器用だ、というわけである。一応桜を筆頭に冒険部にも魔糸を使いこなす面子が居ないでもないのだが、それでも彼クラスになると桜ぐらいなものだろう。

 とはいえ、彼女も彼女でここまで多用するわけではない。その発想が無いからだ。言われれば出来るが、咄嗟には出来ないのである。とまぁ、それはともかく。そんな魔糸を使って色々と持ち運ぶカイトは持ってきていた幾つかの食品を机に起きつつ、椅子に腰掛けた。


「あっはは。意外と便利だからな、こいつは……よいしょ」

「で、何か用事か?」

「いや、そろそろ半月だからな。何かあるか、と思ってな」

「あー……そういや、もう半月かぁ……トリン。何か今までで困った事、あったか?」

「え、あ……どうでしょう……」


 カイトの提起を受けたソラに問いかけられたトリンは一度慌てた様な感じを出すも、改めて今までの半月程を考える。とはいえ、何かあったかと言われても特に旅に出たわけでもないし、何より単に一応一緒に過ごして慣れを作っておくというのがこの収穫祭での目的だ。ということで少しトリンは何か無かったか考えてみるが、特に思いつかなかったらしい。首を振った。


「……特には……おじいちゃんからも何か指示があったわけではないですし……お祭りの間だけ、というのもあるんでしょうが……」

「そうか……それなら良かった」


 トリンの返答にカイトも一つ頷いた。ブロンザイトから指示が無かった、というのは間違いといえば間違いだ。というのも、折角の祭りなのだからしっかりと祭りに参加しろ。それが彼からの指示だった。

 なのでトリンとしてもおっかなびっくりという所ではあったが、祭りを見て回ったりもしていた。それ故かソラが口を開いた。


「そういえば、やっぱり頭脳派ってのは凄いのな。色々と見てる所が違うんだよ」

「あ、あはは……」

「ん? 何かあったのか?」

「ああ、ほら、この祭り中、色々と一緒に見て回ったんだけどさ。何見てるのかなー、って思ったら人見てるって」


 カイトの問いかけにソラがこの祭りの間であった事をカイトへと告げる。基本的に彼も恋人が居る以上は祭りの最中にデートはしていたが、同時にそれだけではなかった。それ以外にも色々と動く事があり、そこでトリンと一緒に動いたのだろう。と、そんなソラの言葉にトリンが恥ずかしげに口を開いた。


「く、癖というか……どうしても色々な裏に関わると人を見る癖が付いちゃって……どうしても人の動きを見てしまうんです……」

「職業病だな、それは」


 ウィルもそうだったなぁ。カイトはトリンの恥ずかしげな様子に、彼の見知った頭脳派もそうだったと思い出す。こういうのは人の顔色を伺う事の多い貴族としても癖になるらしいし、相手の腹を探り合う事になる軍略家や政治家としてもどうしても癖になってしまうそうだ。そしてそういった者たちは総じて頭脳派と呼ばれている。トリンもその癖が身に付いていると考えて良いのだろう。


「癖ねぇ……顔色を伺うってのは苦手なんだよなぁ、俺」

「まぁ、こればかりは経験とその人の生きてきた過去が直に響いてくるからな」

「悪かったな、元不良で」

「何も言ってねぇよ」


 どこか冗談めかしたソラの言葉にカイトもまた笑いながらそう告げる。実際、ソラとしても人の顔色を伺うのはあまり得意ではない。とはいえ、それでも出来ないというわけではないし、実際ソラとしても昔はしていた。根が真面目である事からも分かるように、彼は本来は素直かつ聞き分けの良い子なのだ。

 だがその性格故に人の顔色を伺って生きてきた弊害が結果としてグレる結果に繋がり、それがあってあまり人の顔色を伺うのが潜在的にトラウマとまではいかないまでも、気後れする状態にでもなっているのだろう。あまりやりたくないな、と思っているらしい。


「とはいえ、まぁそんな感じか。なら、オレとしちゃ安心か」

「そんな感じ。とりあえず基本的な事はこんな所じゃね、って所」

「はぁ……」


 カイトとソラの総括にトリンはおどおどとしながらも頷いた。とりあえず、今の所で何か問題は出ていないらしい。ひとまずはこの調子で来月からの調査に取り掛かれるだろう。それが終われば、再来月からソラは少しの旅だ。


「まぁ、とりあえず……トリン。ひとまず来月の遺跡調査の話は聞いているな?」

「あ、はい。おじいちゃんから……」

「そうか。なら、そっちは本部に控えるかソラと共に内部に侵入するかは、自分で決めておいてくれ。こちらはそれに合わせて部隊を考えておこう」

「あ、はい。ありがとうございます」


 カイトの言葉にトリンが頭を下げる。と、そうしてその次の予定に関する話が終わった頃合いでふとソラが問いかけた。


「そういや、カイト。お師匠さんは何やってるんだ? 最近見てないんだよな」

「ん? ああ、ブロンザイト殿か。彼ならラグナ連邦との間で少し折衝をしてるよ。流石にラグナ連邦の大使館はこっちには無いからなぁ……聞いてないのか?」

「いや、聞いてるよ。でも一週間もか?」

「おいおい。普通に考えてもみろよ。一週間で話し合いが終わるか? 色々と根回しだの何だのとして、更には向こうと話し合いだ。毎日出来るわけでもないだろ。その間は適時色々としたりしてれば、必然あっという間だ」


 半ば笑いながらブロンザイトの現状を語ってくれたカイトに、ソラもなるほど、と頷いた。トリンもソラもブロンザイトがマクスウェルの街に行くとは聞いていたが、それにしては妙に遅いな、と思っていたらしい。勿論適時連絡は貰っていたが、こんな長いのだろうかと疑問を得たそうだ。

 なお、ソラはブロンザイトの事をお師匠さんと呼ぶ事にしたらしい。お師匠様だと固いし、さんはまだしも殿は自身に合わないと思ったらしい。なのでこの呼び方だそうだ。そんなソラが口を開いた。


「あー……そりゃそうだわなぁ……なんか妙に長いんじゃなくて、実際はもっと長いのが普通なのか」

「実際、まだ本格的に交渉を開始して少しだ。元々ブロンザイト殿が下地は作ってくれていたが……それだけだからな。本格的な交渉は今やってる所なんだよ」

「実際に空輸したりするにしても、色々とあるんだよ。飛空艇なんて臨検しようにも空中だと乗り込むのも難しいでしょ? 実際、速度も速いからね。特に他国の品物を持ち込もうというのなら、色々と臨検も必要だけど……空輸だとそれが難しいからね。空港で検査はするけど、どうしてもね」

「それは……そうだよな。普通に何でも持ち込んじまえるから、悪意持たれたら終わりだよな」


 カイトの説明を引き継いだトリンの解説にソラはなるほど、と納得した様に頷いた。なお、トリンの口調は本来はこの口調らしい。カイトに対して丁寧なのはやはりカイトが勇者カイトである事と、まだそこまで親しまれていないという事なのだろう。


「そういうことだね」

「おう。サンキュ」


 トリンの返答にソラも笑顔で頷いて、カイトはしばらくの間ブロンザイトの現状について話を行う事にする。ここらはトリンも通信でしか聞いていない事も多く、彼としても興味があったようだ。

 と、そんな真面目な場だったが、やはり後夜祭は打ち上げも兼ねている。なのでしばらくで終わりを迎える事になる。というのも、唐突にカイトに肩を組んだ人物が居たからだ。


「おい、天音! お前、飲んでるか!」

「っと! なんだ?」

「いや、なーんか天城の奴が眉間にシワ作ってっからよ! 飲んでんのかなーって!」

「あはは。オレはな……まぁ、確かにこんな所で真面目な話してる方が可怪しいか。ソラ、ほらよ」

「っと! トリンも飲めよ」

「え、あ、はい」


 天桜の生徒の一人に肩を組まれたカイトに酒を注がれたソラがトリンに酒を注ぎ、トリンがおどおどとそれを受け取る。なにげに彼も飲めないというわけでもないらしい。

 なお、おどおどとしているのはほとんど見知らぬ相手がいきなり割って入ってきたからだ。そうして、彼らもまた後夜祭の中に戻っていく事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。長く続いた収穫祭編もこれにて終了です。

 次回予告:第1490話『次に備える為に』

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