第1488話 クッキング・フェスティバル終了
様々な伝手を凝らして作り上げられる事になったウォルドーの料理。それは蓋を開けてみればカイトにとっては馴染み深いハンバーグだった。が、それは同時にエネフィアには存在していなかった日本風のハンバーグでもあり、結果としてウォルドーの作り上げたハンバーグは未知のハンバーグとして提供される事となる。
とはいえ、見知った者、もしくはカイトを料理人として駆り出す奴らからすれば至って普通のカイトのハンバーグだ。なのでどんな料理が来るのかと楽しみにしていた『冥界の森』遠征隊一同――と言ってもバーンタインは同席していなかったが――は提供されたハンバーグを見て自分達の勘違いを笑いながら食事を食べる事にしていた。
「そう言われちゃうともうなんとも言えないわねー……あむ」
「ど、どうした?」
ハンバーグを一口食べるなり唐突に停止したクオンを見て、カイトが首を傾げる。そんな彼へと、クオンは目を見開いたままハンバーグを只々指さした。
「が、どうした?」
「……」
カイトの問いかけにクオンは無言で只々ハンバーグを指差すだけだ。これに、カイトは仕方がなく一口食べてみる事にした。
「!?」
一口食べて、カイトも理解する。口に広がったのは芳醇な肉の甘い香り。濃厚でありながらしつこくなく、脂っぽくもない。肉としてはかなりあっさりとした部類と言っても良いだろう。
と言っても先に『冥界の森』で食べた『原初の地竜』の肉よりも脂っぽくはあるが、その芳醇さはそれを遥かに補って余りある。
そうして、その場に居た一同はカイトの表情から我慢できなくなり一斉にかぶりついて、そのとんでもない濃厚な肉の味に仰天、只々無言で食べ続ける事となる。
「……ごちそうさまでした」
一つ深呼吸して、カイトは最後に手を合わせて食べ終わりを告げる。確かに、カイト達が食べたのは単なるハンバーグ。何の変哲もないと言ってしまえばそれまでだ。が、それでもこの『偉大なる獣』の肉をふんだんに使ったハンバーグは単なるハンバーグとは言い得ず、ただただ、最後まで余韻を楽しめる料理となっていた。
「ふぅ……なるほど……これは確かに非常に美味だった」
そんなカイトの横。同じ様に無言でハンバーグを食べていたウィルが口周りを使い捨てのナプキンで拭いながら感想を述べる。そしてその場に集まっていた全員が同じ様に一斉に食べ終えた。そうして彼は只々嘆息した。
「やはり所詮我々は素人というわけか。思い知らされた」
「確かにな……何度、あの『偉大なる獣』を狩って何度調べたのやら。これはこの脂身がある部位だからこそ、この旨味が出ている。もも肉等の他の部位ではダメだっただろう」
おそらく何年とカイトとバランタインが出会ったあの『冥界の森』付近の村に居て、何度と無くあの荒野から何らかのはずみで出て来る魔物を狩っていたはずだ。
無論、それが出来るのは村を拠点として、尚且それ故に乱戦という危険性が無いからだろう。奥へ入っていれば死ぬ事は明白だ。
だが、入り口の手前でもウォルドーには問題が無い。彼が知りたいのはどの部位がどの様な味なのか、という所だ。だから出来た事でもあるし、そんな事が出来る程に熱意を持っていたという事だ。カイト達は決して彼の事をバカとは思えなかった。と、そんな風にもはや満足以外の何者でも無いが故に動くつもりも起きないらしいカイトへと同じ様に食べ終えていたルクスが問いかける。
「ふぅ……でもカイトも一応解体は習ったし、どこを使ったかわかったんでしょ?」
「まぁな。なんだったら作り方も覚えた。再現は可能だ」
ウォルドーの調理風景は常に撮影されていたし、今こうやってカイト自身がハンバーグの実物を食べてもいる。レシピも公開済みだ。これを作れと言われれば、作れるだろう。
「なら、これからは作れそうだね」
「いくらオレでもこいつを常時狩りに行くってのはごめんしたいわ」
「あはは。それはね……でも、こうやって魔物のお肉を美味しく頂くのは重要だと思うよ」
「ふむ……魔物の肉を食料に使うか。確かにあの当時これを思い付けていればな」
ルクスの指摘を聞いて、ウィルがそれは確かに、と納得したように頷いた。あの食うに困った時代。もし魔物を食べる事が容易であれば、とは思わないでもない。無論、当時の情勢を考えれば簡単ではなかっただろうし、それを何とか出来る程の知識は蓄積されていなかった。が、それでも飢えて死ぬ者は一人は減らせたはずだ。
「オレは食った事もあったが……」
「基本、私のおかげと思って良し」
「だわな」
僅かに苦笑するカイトの言葉にユリィが胸を張り、カイトもまたそれに同意する。あの当時カイトが餓死しなくてすんだのは、間違いなく彼女の妖精としての特殊技能のおかげだろう。あれが無ければ毒物を見分ける事が出来ず、おそらくどこかで迂闊にも毒を持つ木の実を食べてのたれ死んだ事だろう。
それ以外にも自生する香辛料の類を見つけ出してくれたおかげで味に困る事もなかったし、果ては自生――というより近隣の村が滅んだ所為だが――する小麦や野菜等を回収する事も出来た。餓死だけではなく旅なら気をつけるべき栄養価が偏らなかったのは間違いなく、彼女が居たからだと断言してよかっただろう。というわけで、そんな過去を思い出していたカイトは一転、首を振った。
「ま、それはひとえにあそこまで輸送ルートがズタボロにされたからだ。現状、こちらの輸送ルートは飛空艇が量産されている事もあってかなり確保が可能になっている。いくら奴らだろうと邪神の尖兵達だろうと、一箇所に固まらない状態で飛空艇を全滅は無理だ。物資の輸送はなんとかなると思って大丈夫だろう」
「ふむ……つくづく空輸とは便利なものだ」
積載量こそ空輸は全ての運輸手段の中でも最低だが、如何なる地形にも邪魔されず、かつどの移動手段よりも遥かに高速での運送が可能なのだ。更には陸路なら必ずある地面状況の影響も海なら必ず存在する大時化による沈没も飛空艇なら無関係だ。この利点はどれほどかは、戦略家も兼ね備える彼らだからこそ誰よりも深く理解出来た。
「だが、無論それはこちらの輸送隊が脆弱である事でもある」
「輸送隊の脆弱性なぞ変わらねぇだろ、陸路も空路も」
「……それもそうか」
カイトの返答にウィルはふと思い直す。結局、輸送隊は重武装ではない。武器を搭載するだけ重量が増えるのだ。それは飛空艇だろうと変わらない。魔導砲というように砲塔はどうしても存在する。
とはいえ、ここは剣と魔法の世界。砲塔を無くして完全に内蔵する事も不可能ではないし、ティナは一部の飛空艇にそれを実装している。積載量を増やす為と、周囲への威圧を防ぐ為だ。
だが、その分どうしても内部構造が複雑化して、量産性が低下してしまうとの事だった。数を揃えたい軍にとっては痛し痒しという所だろう。ということで昔取った杵柄とそんな事を考えていたウィルであったが、首を振って話の軌道修正を行った。
「まぁ、それは良い」
「ん?」
「どうせなら一度ユニオンとの間で音頭を取ってはどうだ? 今、『ロック鳥』が美味だの何だのという情報はほぼほぼ口コミによる情報だろう?」
ウィルの指摘を受けて、カイトは僅かに考える。そもそも魔物を食べる、というのははっきり言ってしまえばゲテモノ料理、ゲテモノ食いの類だ。
それが見た目が牛や鳥に似ていたので普通に感じられ、更には美味だったので誰も疑問視しないわけであるが、実態はゲテモノと変わらない。相手は魔物である。誰が食べようと考えたのか、と疑問を呈するしかない事だった。故にカイトもそんな裏事情を思い出しながらはっきりと頷いた。
「まぁな。例えば誰もが『ロック鳥』が美味いというのは知っているが、それを誰が言い始めたか、ってのは全く知らん。オレも知らん」
「私達どこで聞いたっけ?」
「大方、シルウァだろ。あいつが基本、オレ達に森での生き方を教えてくれたし」
カイトが思い出したのは、彼が収穫祭の準備の折りに偶然発見したオカリナの元の持ち主の事だ。基本森での生き方、狩猟の仕方というのは彼女から聞いたらしい。カイトの狩猟への順応力が高いのは、彼女の指南を受けたからだ。他にも弓の扱いも彼女に習ったとの事であった。
「そういえばそうだっけ……じゃあ、彼女はと思うけど……」
「あいつ、ガチで精霊種だからなぁ……案外精霊達が言い出した可能性もあるな」
「ご飯食べるのかな、精霊って」
「さぁな」
楽しげなカイトは疑問を呈したユリィの問いかけに対して答えをぶん投げる。別にこれが知りたいわけではない。こんな事は調べた所で誰もわからない。なので気にする事でもない。
「まぁ、そりゃどうでも良いさ。確かに今後もし何かあった時に備えて、情報を蓄積する事は大切か」
「そういうことだ。今後、何が起きるかわからん。そうなれば特に食は重要だ。そのまま食べてまずいのなら、調理する。食べられないのなら食べられる部位を見分ける。そういった情報があればより一層、美味く食べられる」
「結局そこか」
「重要な事だ。飯の良し悪しは生き死にに直結する事はないものの、士気に左右する。美味い食事ほど、兵たちの士気はあがるものだ」
「結局お前が美味い飯食いたいだけじゃねぇか」
やれやれ、とカイトは肩を竦める。確かに彼自身も食事が兵士達の士気に影響してくる事は理解している。誰だって命がけで戦った後や明日死ぬかもしれないという戦いの前に不味い飯を食べたいわけがない。カイトだってそうだし、この場の全員がそうだ。それそのものについては誰も否定はしない。
が、彼の場合は単に本音と建前。美味い飯をどこでも食べたいというだけであった。そしてカイト達の前だ。故に、彼は一切隠すこともなくはっきりと頷いた。
「それは否定はせん」
「さよか」
ウィルが美味い飯を食べたいという事は、カイトとしてはどうでも良い事だ。なにせどうせ作らされるのは自身だし、彼自身もまたその我儘を聞くのだろうなと分かっている。なので気にした所で意味がなかった。と、そんな事をしていると、どうやら舞台上でもハンバーグの実食が終わっていたようだ。
『え、えー……失礼致しました。流石に私も今食べた料理に我を忘れてしまいました』
カイト達もハンバーグを食べていたので気付く事はなかったが、どうやら舞台上に居た皇帝レオンハルトら他の審査委員も同じ様に思わず我を忘れる程の美味しさだったらしい。誰もが思わずコメントを忘れる程の前代未聞の事態との事であった。というわけで、振る舞われた者の一人であるカルメも我を忘れていたという事であった。
『この美味しさ、おそらく言葉でお伝え出来ない事が真に残念でなりません。アナウンサー人生で初の事ですが……もはやそれを何よりの感想としたいと私は思います。コブさん。このハンバーグ……一体どういうものなのですか? 今までとは全く違う肉の旨味が閉じ込められたものだと思われますが……』
『はい。これはまぁ、私も可能ならコヴ風ハンバーグとでも言いたいのですが……』
カルメの問いかけを受けたウォルドーは改めてこの料理を開発するに至った経緯を語る。それは大凡、カイトが読んだ通りだった。どうやら幼少期、彼は少しの縁でマクスウェルに滞在し、その折りに西町の酒場でハンバーグを食べたらしい。が、その後は色々とあって遠方へと転居する事となり、どうしても忘れられないと料理人を志す事になったらしい。
その後は一度は西町の酒場に弟子入りを考えるも、あの酒場のレシピは門外不出。あの一族しか教えられないものだ。故に何度も足繁く通い、再現を試みたとの事であった。妻はその際に出会った人物で、そこで意気投合したとの事であった。
『なるほど……それで、これはいうなれば日本風ハンバーグと』
『はい。なんとか、かつて勇者様が残された味に近いのではないか、と……』
どこかやりきった様子でウォルドーは頷いた。カイトとしてもこの形で広まるのであれば、別に否定はしない。彼が否定していたのは安易に教える事だ。自分達の力で完成させられるのなら、問題はなかった。そうして更に皇帝レオンハルトらの感想が続いた後、カルメが遂に告げる。
『では、これにて本年のクッキング・フェスティバルの全行程が終了致しました! では、また来年お会いいたしましょう!』
「……終わったな」
これで正真正銘明日の後夜祭を終えてしまえば、今年の収穫祭は全て終わりという事になる。それをカイトは噛み締めつつ、他の観客達に混じって拍手を行って最後を見送る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1489話『収穫祭』




