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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第70章 クッキング・フェスティバル編

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第1487話 究極の料理を・2

 収穫祭最後のイベントとなるクックング・フェスティバル。カイト達の参加に始まり数々の参加者達が料理を振る舞ったエネフィア最大の料理の祭典ももう、残す所最後となるプロの料理人であるウォルドー・コブが料理を披露するのみとなっていた。

 そんな彼であるが、一通り己の紹介と今回のメインの食材となる『偉大なる獣(グラン・ビースト)』の肉の紹介を受けると、銅鑼の音と共に料理を開始していた。


「さぁ、やるぞ……」


 銅鑼の音と共に一礼したウォルドーは一度深呼吸をして気合を入れると、改めて己が用意した食材の数々をしっかりと確認する。


「……」


 食材を確認したウォルドーは一度頷き、目を閉じて頭の中に自分の作る料理の完成形を思い起こす。


(これだけ上質な肉の脂を捨てるのはもったいない。余す所なく、使う)


 最も重要視するべき所はそこ。ウォルドーはこの料理の肝要な所を改めて自分にしっかりと胸に刻み込ませる。そうして彼は『偉大なる獣(グラン・ビースト)』の肉を手に取ると、自分が冒険者時代から連れ添った特製の包丁を手に取った。

 この包丁の材質は魔鋼鉄(オリハルコニウム)。冒険者時代の馴染みの鍛冶師に一品物で作ってもらったもので、頼んだ時には大いに笑われた程の一品だ。代金としては自らがフルコースを振る舞った事と、素材を自らで取りに行く事で納得してもらった程の一品である。

 間違いなく一振りで――更には用途によって幾つも持っている――ランクB相当の冒険者の一か月分の稼ぎの品だろう。が、その分切れ味は抜群で、どれだけ強固な肉だろうと紙の様に切ってしまえる。無論、彼が選りすぐった『偉大なる獣(グラン・ビースト)』の肉にはそんな切れ味は一切必要はなかったが。


(『偉大なる獣(グラン・ビースト)』の肉の味は牛肉に似ている。ステーキとしても使っても良し。煮込みに使うのも良し。が、牛とは比較出来ない程に良質な脂とこの柔らかな肉質。並の肉であればあまりに濃厚な味に打ち負けてしまう。合挽き肉は出来ない。そしてこれほど柔らかな肉であれば、粗挽きで十分だ。鍋……カイツさんから見せて頂いた写真で場所は確認済み。火加減問題無し)


 ウォルドーは『偉大なる獣(グラン・ビースト)』の粗挽き肉を作りながら、横目で鍋の火加減をしっかりと確認しておく。中身はこの切り分けた肉以外の部位から取った『偉大なる獣(グラン・ビースト)』の骨や使えない部位、各種選りすぐりの野菜を一緒に煮込んだスープの素が入っていた。

 本当ならもう数日煮込んでベースを作りたかった、とは思ったものの『偉大なる獣(グラン・ビースト)』の肉が手に入ったのは間違いなくマクダウェル家が動いてくれたからだ。

 そのマクダウェル家から余興として使いたいと言われては、流石に納得するしかなかった。それに何より、そんな程度では問題にならないぐらいの正真正銘幻の食材だ。味をごまかす必要さえ無いと彼は判断した。敢えて言えば、満点が九十九点になるぐらいだ。プロなら腕で取り返せて当然と仕込みの段階で気合を入れていた。


(っ……相変わらずすごい匂いだ)


 おそらく、これを嗅いだ事のある者はこのエネフィア広し、冒険者多しと言えども両手の指で数える程だろう。ウォルドーはそう思いながらも、粗挽き肉にした事で僅かにこぼれ出た芳醇な肉の脂の香りに思わず光悦を懐きそうになる。が、それを鉄の意志とプロの料理人という沽券に掛けて押さえ込み、粗挽き肉を完成させる。


(これが二度目なら、この刺し身を提供したい所だが……残念だ。これ以上に無いぐらいに残念だ……)


 ウォルドーは出来上がった粗挽き肉を成形しながら、僅かな無念さを胸に抱く。『偉大なる獣(グラン・ビースト)』を解体した上に料理に使える以上、そして彼自身も明言していたが、彼はかつて『偉大なる獣(グラン・ビースト)』を討伐した実績がある。

 その時は妻と二人で討伐したわけであるが、やはりどう頑張ってもあんな巨体を全て持ち帰る事は困難だった。それでも料理の研究の為にと当時存在していた近隣の村を拠点として数年張り込んで狩っては食材を持ち帰り、調理して食しては研究しを繰り返した。そんな彼であるが当然その折りにはティナと同じく禁呪を使って――勿論免許は持っている――生で食べた事がある。

 その味の凄さは筆舌に尽くし難く、ぜひとも生でも食べてもらいたかったらしい。が、何よりそんな事をしてしまえば料理の味に想像が少しでも出来てしまう。それを避ける為にも、前菜としてカルパッチョの様な料理を提供する事は諦めたそうだ。


(叶うのなら、何時かまたこの『偉大なる獣(グラン・ビースト)』を使ってフルコースを振る舞いたいものだな)


 そう思えば、今の残念な気持ちにも希望が持てた。と、そんな事を考えながら料理をしていく彼であるが、そんな事を考えていたからだ。気付けば、楽しそうな顔になっていた。


(陸の支配者を使ったフルコース……そうだ。ならこれと対になる様な料理……海の支配者を使ったフルコースも考えよう。深海に居るという『黒き海の支配者(ディープ・ブリーム)』はどうだろう。あいつの粗を使った魚介ベースのお吸い物はきっと美味しいぞ)


 やはり旅をしていた時代とは違い、彼自身が様々な面で見識を積んだからだろう。更に言えばあの当時なぞ自分と妻の二人だけで料理の研究をしていただけで、客から見てどうなのか、という所は一切考えていなかった。ただ、自分が美味しいと思う料理を作ろう。それだけの為に動いていた。

 故に自分達の舌に合う物を美味しいと感じていたし、実際に美味しいという評判を受けていたが、同時に味の好みが人それぞれだったのだという視点を欠いていた。旨味が足りない、刺激が強い等様々な観点を得られた今だからこそ、もっと美味しく出来る可能性に気がつけた。


(いや、それだけじゃないぞ。空の支配者を使った料理……そうだ。この縁がある。天桜……だったか。それに敬意を表して『ロック鳥』の成体を使った料理はどうだろう。あれの骨を使った鶏ガラスープは格別な味わいだ。あれを使ってブイヨン作れば、きっと良い料理が出来るはずだ。ああ、コンソメスープも面白いかもしれない)


 これもまた、ある意味では冒険者の生き様といえるのだろう。冒険者という存在は基本、好きな事をやって生きている。そして自らの好奇心を満たす為に生きている者達も多い。というより、本来はそれが正しい生き方なのだろう。


「おぉっと! コブさんが笑っております! どうやら相当好調な模様です!」


 ここまで料理を楽しく出来るのか。そう思えるぐらいにウォルドーは楽しげな笑みを浮かべていた。無論、その内面でどんな事を考えているかは誰も知る由もないだろうが。


「良し」


 そんな事を考えながらもウォルドーの手は止まらない。それどころかよりよい料理が想像出来ているからか、今のこの料理さえより一層進化しているとさえ思えた。

 そうして、彼は更にこの料理の更に先。何時出来るかわからない様な、それどころか出来るかどうかさえわからない様な料理を作るべく考えを巡らせながら、料理を作り続ける事になるのだった。




 さて、ウォルドーの料理の開始からおよそ三十分。その頃には料理の大凡の形が誰しもに理解出来る様になっていた。


「ふむ……ハンバーグか……? 鍋だから……煮込みハンバーグかね」


 自席にてウォルドーの料理を見ていたカイトは大凡の料理を理解して一つ頷いた。彼もそうした様に、脂も旨味も全て余す所なく使いたければ一工夫する必要がある。

 そしてここでは流石に禁呪の類は使えない。皇帝レオンハルトも居るのに、ランクSの冒険者でもあった男がそんな魔術を使うわけにはいかないからだ。

 もしウォルドーに悪意があれば、いかに皇帝レオンハルトでもひとたまりもない。それを考えた時、狩猟から日数が経過している事を鑑みれば提供する為には火を通す事を考えねばならなかった。となると必然として肉汁は外に出る。それを余すことなく使うのなら、鍋系は良い判断だろう。


「あの肉汁を余す所なく使うと考えると、ソースはデミグラス……かな。肉汁を使った基本に忠実な料理だが……ふむ……」


 何を考えているのだろう。カイトは一見すると普通のハンバーグを作っているだけに見えるウォルドーの手付きを僅かに訝しむ。と、そんなカイトに対して気付けば周囲がかなりの驚きと訝しみを得ていた事に気が付いた。


「む?」


 別に至って普通にハンバーグを作っているだけに見えるのだが。カイトはそう思いながらも、少しではないざわめきを生む周囲の様子を訝しむ。というわけで、カイトは興味があった事もあって少しだけ聴力を上げてみた。


「玉ねぎ……? パン粉に卵……?」

「あんな事をして大丈夫なのか……?」


 何をこいつらはこんなに驚いているんだ。周囲の観客達の訝しみの声にカイトは首を傾げる。彼がハンバーグを作る時は当然だが、この手順を踏んで作っていた。なので訝しむ所は何も無いのだ。

 と、そんなカイトへとティナが教えてくれた。こればかりは、仕方がない事だったからだ。地球人だから、ではなく日本人だから、である。更に言えば、料理が出来るカイトだから、という問題もあった。


「くくく……こればかりは、お主がわからんのも仕方がないのう。なまじ自分で料理が出来よるから、より一層問題なんじゃろう」

「何がだ?」

「お主、どうせ何故普通に作ってここまで驚いているんだ、と思っておらんか?」

「……まぁな。至って普通のハンバーグじゃねぇか」


 ティナの問いかけにカイトは困った様に、しかしはっきりと頷いた。ここで彼も少し思い違いをしていた。というわけで、ティナが問いかける。


「一つ問う……と言いたい所なんじゃが。お主は国外……日本の外でハンバーグ食った事なかったか?」

「……あった、とは思うなぁ……流石に詳しくは覚えてねぇわ」

「まぁ、無いじゃろ。欧米では基本、ハンバーグよりミートローフが主流じゃ」

「あー……あー……そういや、イギリスでもフランスでもどこでもミートローフだった様な気が……あれ、ちょっと苦手なんだよなぁ……」


 ティナに言われてカイトも記憶を思い出し、そんな気がしたようなしたらしい。そしてそこを思い出させた彼女は更に指摘する。


「んで、欧米のハンバーグじゃが……基本はひき肉に調味料等を突っ込んで混ぜるのが基本じゃ。ハンバーグに卵やパン粉等を入れるハンバーグは実の所、日本が発祥と言っても過言ではないハンバーグじゃろう」

「あー……そういやなんかの折りにジャックの嫁さんから言われた気がするなぁ……確かタルタルステーキが源流にあって、そこから派生したのがハンバーグステーキだとか……あー……」


 そういえばそうだった。そもそもカイトというかマクダウェル家の料理は、基本はカイトのアイデア等が根幹にある。なのでカイトがハンバーグといえば、日本風ハンバーグを思い浮かべている事になる。

 が、いつぞやに言われていたが、彼は三百年前にはあまり過度な異文化交流はするべきではないと思っていた事があり、公爵家の料理は基本は門外不出だ。客には振る舞ったが、それだけだ。

 唯一外にあるとすればマクスウェル西町の酒場だけだが、そこでもカイトの意向を受けてやはり門外不出だ。ウォルドーが食べた事が無いわけではないだろうが、それでもレシピを知っているとは思えない。ということはつまり、これは彼が彼なりに日本風ハンバーグを再現しようと試みて出来た料理、という事なのだろう。


「なるほど……ってことはこれは彼が彼独自で開発した、日本風のハンバーグという所か。よく思い出せばにんにくが入ってなかったり、こっち特有の香草を使ってたりとアレンジされてる所もあったな……」

「そういうわけなのじゃろう。お主は期待しておった所、悪いかもしれんがの」

「いや、こりゃしょうがないさ」


 少し苦笑を混じえたティナに対して、カイトも若干苦笑いに近かったものの納得した様に笑いながら頷いた。一体どんなすごい料理が出て来るか、と思えばある意味では自分の見知ったハンバーグだ。

 が、その自分の見知ったハンバーグという料理を思い返せば、百年近くも前の日本の料理人達が四苦八苦して改良して出来たものだ。それが遂にエネフィアでも誕生したのだと思えば、納得も出来た。それ故、彼は楽しげに笑う。


「日本人、本当に食事にゃ命賭けてるな」

「どこの世界でも、いつの世でもそうじゃろう。食は全ての基本じゃからのう」


 カイトとティナは二人して笑い合い、そして同時に少しだけ照れ臭そうにしていた。自分達の知らないとんでもない料理が出てくる、と二人は考えていたわけであるが、文化風習の差や状況等の様々な影響を考慮していなかった。

 ここは地球でも日本でもない異世界なのだ。食文化が違っていて当然なのである。であれば、日本の料理こそが本来は異質で、それを真似て改良してみよう、という試みは起きて当然といえば当然だった。


「……うん。最後に良い勉強になったな」

「そう思うのが良かろう」


 カイトの言葉にティナが同意して、二人はもうしばらくの間ウォルドーが丹精込めて作り上げる日本風ハンバーグの完成を待つ事にする。こうして、クッキング・フェスティバル最後の品はある意味カイト達にとっては馴染み深い品で、エネフィアにとっては革命をもたらす料理となる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1488話『クッキング・フェスティバル終了』

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