第1484話 彼らにしか出来ない事・3
収穫祭の最後のイベントとなるクッキング・フェスティバル。それに参加していたカイトはテレビカメラや皇帝レオンハルト達審査委員の前で一風変わったエネフィアの家庭料理を作っていた。そんな彼であるが、今回協力したティナにはこちらも一風変わった日本料理を作ってもらっていた。そんな彼らは一時間の調理時間を使って料理をしていたわけであるが、それももう終わりを迎えようとしていた。
「カイトー! 小皿持ってきたよー!」
「あいよ、サンキュ! 良し。本当なら大皿にするべきなんだろうが……今回は仕方がないな」
カイトはメインディッシュとなる肉料理を小皿に盛り付けながら、今回はそれが目的ではないのだからと諦める。そもそも彼らの料理は品数が多い。なので一皿一皿は小盛りにするしかなく、そこについてはどうしても不満が残る結果となってしまっていた。
だが、仕方がない。これも全ては更に先を見据えての事だ。そうしてカイトは肉料理を盛り付けると、更に前菜のサラダの入った小皿を一緒にお盆に盛り付ける。
「良し!」
これで完成だな。カイトは盛り付けの終わった自らの料理を見ながら、一つ頷いた。基本的にエネフィアの晩ごはんの品数はメイン一品、サラダ一品、後は気分や時と場合に応じてスープという所だ。というわけで、カイトは埃等の異物混入防止の覆いを被せて一度手を洗って、ティナの方へと手伝いに入る事にする。
「そっちは?」
「む? おぉ、こっちか。こっちは後は煮浸しを盛り付けるだけじゃな」
「そうか……味噌汁は?」
「そっちについては後で味噌を溶かす……っと、そっちが終わったのなら、味噌出しておいてくれ」
「あいよ」
カイトはティナの要請を受けて、冷蔵庫から味噌を取り出した。これについてはやはり味噌汁用の味噌は用意されていなかった事があり、自分達で用意したものだ。そうして味噌を出してとしている内に人数分の煮浸しの盛り付けが終わったらしい。
「良し。では後は味噌汁と白米だけじゃな」
「白米炊けたよー!」
「うむ! さて、ここから蒸らしの時間となるんじゃが……」
「まぁ、時間はある。完成の合図を後にすれば良いだけだろ。何より、お隣に影響されてわざわざ早く終わらせる筋合いもない」
「そうするかのう」
土鍋でお米を炊いていたユリィの報告にティナは僅かに考えるも、カイトの意見を受けてそれを採用する事にする。やはり何事も焦りたくはなかったので時間には僅かな余裕を持たせている。なので現状タイム・リミットまで後十五分という所だ。蒸らす時間は十分にある。
ここらを計算して動いていたが、隣のチームはもう殆ど終わりかけだったらしい。少し早目に終わらせるべきか、と思った様だ。が、焦る必要はないし、待った方が美味しいのなら待つべきだろう。それに幸いな事に今回の郷土料理専門家は米にも精通している。カイト達が作業の手を止めたわけも解説してくれるだろう。
「時間が余ったな……些か自分達の料理速度を見誤ったか。ま、今の内に色々と後始末もしちまうか。立つ鳥跡を濁さず、とも言うしな」
「そうするかのう」
「おっかたづけー」
後は白米をお椀に注ぐだけだ。なので三人は空いた時間を利用して、後片付けに入る事にする。別にやらないでも後で大会の係員が大急ぎでやってくれるのだが、どうせ空いた時間だ。なら、これでも良いだろう。というわけで、軽く後片付けをしているとあっという間に時間が経過して、残り五分のアナウンスが入った。
「残り五分でーす! 天桜学園の皆さんはお早めの提出をお願い致します!」
「ティナ。そろそろ良いだろ」
「うむ。では、御開帳」
カルメのアナウンス――お米の炊き方に関する解説があったからか言葉に反して口調には急かす様な色は無かった――を聞いたカイトの促しを受けて、ティナは土鍋の蓋を開いた。中にはまさに銀シャリというのが相応しい米が炊かれており、思わず見ただけでお腹が空く様な出来栄えだった。
そうしてティナが土鍋の中のお米をよく切る様にしてほぐして、お椀に盛り付ける。後はこれを人数分行えば、終わりだ。というわけで三人で手早く白米を盛り付けお盆の上に乗せれば、クッキング・フェスティバルに提出する料理は全て完成である。
「これで人数分、と……うむ。良いぞ」
「良し。完成です!」
ティナの合図を受けてカイトが終了を宣言する。それを受けて、カルメが口を開いた。
「はい、天桜学園のお三方より完成の報告が入りました! これで、両者共に完成となります!」
ぶー、というブザー音がカルメの宣言と共に鳴り響き、カウントダウンを行っていた時計が停止する。これで後は実食を行い、採点を行って貰えればカイト達の出番は終わりだった。
「おつかれさまでした! 天桜学園のお三方はひとまず、待機スペースへとお下がりください!」
料理が出来上がれば、次は実食だ。そしてそれが終わってもしばらくは採点の為の時間が必要だ。なお、採点の結果については総合点のみが公表され、誰がどの様な点数を付けたのかは公表されない。
ここに皇帝レオンハルトが居る様に、時として皇族が来る事もあるのがこのクッキング・フェスティバルだ。安易に彼らが付けた点数を公表するともしあまりに他から離れていた場合は馬鹿舌という評が立ってしまう。それは流石に拙いだろう。
更には魔導学園の生徒会長は学生である事もある。下手に恨みを買う事の無い様に、という配慮もあった。この両者の名誉や身の安全を考えると、総合点のみの公表とするのが一番角が立たなかった。
「これで終わりか」
やりきった、という感は無いが、やはり一仕事終わらせたからだろう。控室に戻ったカイトは少しだけ疲れた様に頷いた。が、これにはどこか、哀愁もある様子だった。そんな彼の顔を見て、ティナが問いかける。
「何やら寂しそうじゃのう」
「まぁ……少しな。これでオレが主体的に動く祭りは全部終わりと言っても過言じゃない」
思い起こせば、何だかんだと色々とあった。これが例年の事とは思えないし思いたくもない。が、それでも色々とあって奔走した日々は楽しいものだった。だがしかし、それももう数える所あと僅かだ。僅かな寂しさを覚えても仕方がないのだろう。
「ははは。そのためのお主の力で、そして大精霊様方なんじゃろ?」
「そうだな……だが、こういうものはそういう気分なのさ」
ティナの言及にカイトは笑いながらも、少しだけ寂しさを滲ませた。もう彼にとって世界は垣根を無くしたものだ。であれば、何時か天桜学園が帰還する日が来たとて自由に参加出来るだろう。とはいえ、それも少しだけだ。彼は改めて今に視点を向けた。
「とりあえず一時間は待ちか」
「そうじゃのう。ま、長い様に思えるが実際は魔術で腹を整える必要があるというなんともまぁ、益体もない話じゃが」
「言うなよ」
ティナの指摘に対して、カイトは今度は苦笑を滲ませる。これは確かにそうらしい。まぁ、審査委員達はこの一日何十品もの料理を食べている。それは腹も膨れよう。
が、それでは審査に影響する。なので食べた料理を魔力に変換する魔術を使って空腹とまでは行かずとも平常ぐらいには戻せる様にしていたのである。その為の時間を含めて、一時間必要というわけなのであった。というわけで、カイト達は特に緊張もなく時間を潰す事にするのだった。
さて、調理の終了から一時間後。再び係員が控室にやってきた。
「おまたせ致しました。審査の程が終了致しましたので、ご案内致します」
「わかりました」
係員の案内を受けて、三人は再び大広場にある舞台袖へと向かう事にする。そこでは既に皇帝レオンハルトを筆頭にした参加者達が舞台上に揃っており、後は再開を待つだけになっていた。
「司会がお呼び致しますので、もうしばらくお待ち下さい」
案内した係員はそう言うと、カイト達に舞台袖での待機を頼んでその場を立ち去る。既に次の参加者に向けた準備が行われており、また忙しくなっている様子だった。
と、そうして少し舞台袖で待っていると彼らの横をカルメが通り過ぎていった。皇帝レオンハルトが既に壇上に上っているのに不思議に思えるが、審査結果を書いた紙を受け取りに行っていたらしい。
「さぁ、皆様おまたせ致しました! 審査委員による審査が終わりましたので、結果発表と参りましょう! では、二組の参加者は舞台にお上がりください!」
「……はい、どうぞ」
カルメのアナウンスと係員の促しを受けて、カイト達三人は舞台の上に登る。そしてそれと同時に、逆側の舞台袖からもう一組の参加者達が舞台上に現れた。それを確認して、カルメが再び口を開く。
「さて、では改めて審査についてご説明致します! 審査は一人十点を最高点として、各審査委員による合計点数を発表させて頂きます! 計十人で百点満点! 評価の基準は味はもとより、見た目、料理に掛かる手間等を総合的に鑑みた上での判断となります!」
審査結果の発表前だからか、カルメは改めてこのクッキング・フェスティバルにおける評価の基準等を説明する。長時間に渡る放送である事もあって、逐一この解説は入るそうだ。そうして一通りの説明を終えた所で、カルメは一度言葉を切った。
「さて……では、審査結果の発表を行います! まずは、天桜学園の参加者から!」
カルメの言葉を受けて、舞台の中央に設置されていたプロジェクター――流石に遠くからでは舞台上が見えないので設置されている――が暗転する。そうして、効果音が鳴り響いた。そしてそれを受けて、カルメが採点結果を記した紙を開いて声を上げた。
「では、発表致します……採点結果は七十五点! おぉっと! 意外と普通な結果となってしまいました!」
採点結果の書かれた紙を開いてカメラに映したカルメであるが、やはり些かの驚きを得ていたらしい。カイトが何かを企んでいる様子だったので、もっと高評価になるものと思っていたらしい。
実際、舞台に上がって評価をされる参加者は基本は腕に自信のある料理人だ。なのでその結果は八十点以上となる事が大半で、七十点台というのははっきりと言ってしまえば悪いとも言い得た。ただオブラートに包んだだけ、とも言って良いだろう。
と、そんなカルメであるが、どうやら耳に付けているヘッドセットでピエールから何かを聞いたらしい。紙を裏返して再度確認する。
「これは……? どういう事でしょうか。審査委員より特別言う事がある、との記載がされております」
紙に書かれていた特記事項を読んで、カルメ――無論他の客や視聴者達も――が首を傾げる。それに、皇帝レオンハルトが口を開いた。
「うむ。まぁ、何かを言う前に……カイト。君はこの結果をどう捉えるかね」
「期待通りかな、と」
「うむ」
普通の評価に終わった審査結果を受けて落ち込むではなく、それどころか良い結果だとさえ言い切ったカイトに僅かに会場が不思議そうな空気を醸し出す。これが強がり等ではないのは、彼の顔に浮かぶ笑みから誰もが理解出来た。そしてまた、皇帝レオンハルトもそれに同意していた。
「君がこの祭典に参加すると聞いた時、余は随分と訝しんだものであるが……なるほど。これを食べて納得した。なので敢えて余は余がした採点結果を告げよう。余はこの料理に七点を付けた」
これは異例の事であると言って良かった。皇帝レオンハルトが本来は明かす必要のない点数を明かしたのだ。故に場が僅かなざわめきを生む程であった。が、それに対して彼は気にする事なく、更に続けた。
「が……うむ。クラウディア陛下。貴殿も同じ考えであるな?」
「はい……私はこの料理に対して八点を付けましたが……敢えて、言いましょう。本来私達が王としての立場で評価を下すのであれば、この料理に私達が……いえ、私が下せる評価は満点しかありませんでした」
皇帝レオンハルトの言葉を引き継いだクラウディアもまた自らの下した点数を明らかにしながらも、改めてはっきりと別の立場であれば満点であった事を明言する。そうして、そんな彼女はその理由を告げた。
「この料理……もしこの場に勇者カイトが居たのであれば、彼もまた同じ評価を下したでしょう。貴方達にしか出来ない料理。これは、そう言って過言ではありません」
「うむ。故に本来、この料理に採点を行うのでなければ、余もクラウディア陛下も揃ってこの料理には満点を下したであろう。が、そうはしなかった。それは彼らの思惑を理解したからでもある。そしてだからこそ、余は敢えてこの言葉を述べよう。感謝しよう、異世界よりの客人よ」
クラウディアの言葉を引き継いだ皇帝レオンハルトははっきりと、感謝を示して小さくではあるが確かに頭を下げた。これに観客達は先程以上のざわめきを生み、そして同様に驚いていたカルメが思わず問いかけた。
「え、えーっと……陛下。それはどういう……」
「うむ。おそらく余とクラウディア陛下の採点の差は単にどこに重きを置いたかの差になろう。この料理は……うむ。未完成だ。違いあるまい?」
皇帝レオンハルトは笑いながら、プロジェクターに映し出されるカイト達の料理に対してはっきりと未完成である事を明言する。そうして問われたカイトは深々と頭を下げて、その事について詫びを述べた。
「ご明察です。そして未完成の料理を陛下に提供した事。真に申し訳ありません」
「良い。それ故の感謝でもある」
カイトの謝罪に対して、皇帝レオンハルトははっきりとそれを認めて良いと許した。そして、彼は改めてカイトの思惑を公表した。
「この料理は日本風マクダウェル料理と、エネフィア風日本料理。タイトルを付けるのであれば、そうなろう」
「はい。どちらの料理もなるべくそちらの住人の好む味付けをして、食材もなるべく現地で調達出来るものを選びました。どうしても手に入らない物については、中津国の物で代用。それでも無理な場合は、自作しましたが……」
「うむ……が、それ故にこそ、未完成なのよ」
カイトの返答に一つ頷いた皇帝レオンハルトはだからこそ、とはっきりと告げる。そうして、彼は改めて述べた。
「彼らは料理人ではない。ただ、世界を渡った旅人に過ぎぬ。故に、この料理は完成させられぬ。あの妖精の少女があそこに居るのは、決してかつての勇者になぞらえたからではない。この世界の味を知るのは、この三人の中では彼女だけよ。故に、彼女が必要だった。こちらの世界に合わせた日本料理の味付けをする為にな」
皇帝レオンハルトよりの解説を聞いて、それを聞く者全てが目を見開いた。当初は誰もがカルメが言った様に、この人選はかつての勇者カイトになぞらえたものだろうと判断した。
が、それが間違いである事を思い知らされたのだ。そしてこれにより、一度はもしかしてと思った者達さえその考えを捨てる事となった。そう思わせる事さえ作戦だったからだ。高度な隠蔽まで含んだ作戦だった。
「この天ぷら……であったか。これに使われている魚はエネフィア独自の魚と聞く。この煮浸しなる料理にしてもそうだ。大凡全ての食材が、エネフィアで一般的に使われている食材を使っている。無論、素人考え故、ウォルドーらによればより適した食材があるだろう、という事であった」
皇帝レオンハルトはどうやらカイト達の料理に触発されたらしいウォルドー達プロの料理人を流し見る。そこには普通なら浮かんでいるだろう笑みはなく、真剣に何かを考えている様子があった。
それが何より、この料理が国家として、エネフィアという世界として大きな出来事だったのかを如実に表していた。そうして水を向けられたからだろう。ウォルドーが口を開いた。
「……皇帝陛下の仰った通り、この料理にはあまりに改良の余地がある。申し訳ない。今ここで我々プロの料理人達が何かを言える事が無い程に、この料理は発展性に飛んでいる。このレシピを公表してくれた事を素直に私は感謝している。故に、味の評価としては低評価だがこの料理そのもの……いや、この料理の理念を含めて良いのであれば、この料理には満場一致で満点を下した」
ウォルドーの発言に会場全体がざわめいた。そうして、クラウディアが口を開いた。
「もしこの場に先代の陛下や勇者殿が居れば、この様な料理を提供した事でしょう。この料理は二つの世界が何時か交わる。その様な未来さえ想像させる。改めて、はっきりと断言致しましょう。この料理は不本意とはいえ二つの世界を渡った彼らにしか出来ない料理であり……そして我々への贈り物とさえ言える」
「うむ……故に、余ははっきりと言おう。いつの日か、この二つの料理を真に完成させられた者よ。どうか、その料理を持って改めてこの場に来て欲しい。その時こそ、この料理はこの祭り……かつて勇者カイトが主催したこの祭りに何より相応しい、二つの世界に誇れる料理となろう」
「「「おぉおおおお!」」」
皇帝レオンハルトの宣言に、観客達が一斉に万雷の喝采を送る。これこそが、カイトの意図。彼は二つの世界が交わった後に生まれるだろう料理の先鞭をつけたのである。そしてそれはつまり、彼はいつの日か二つの世界が平和に歩んでいく事を願っていた事でもあった。そうしてカイト達は自らの役割を完遂して、その喝采に対して深々と頭を下げるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1485話『何時かの未来へ』




