第1483話 彼らにしか出来ない事・2
マクダウェル領における春夏秋冬四大祭の一つ収穫祭。その最後の大イベントとなるクッキング・フェスティバル一日目。そこの最後から二つ目の時間帯にて、カイト達は料理を披露する事となっていた。
というわけで早速料理を開始したカイト達であるが、これが見世物である以上基本的には料理をしながらも会場では色々な事が起きていた。
「はい、ありがとうございます!」
カイト達の料理を待つ間に司会者の片割れであるカルメが場を回しているわけであるが、どうやら今は一般参加者達の料理側に言ったリポーター達から話を聞いていたらしい。そしてそれが終わった頃にカルメはその間に用意していた資料を持って改めてカイト達舞台上の参加者達の話をする事にした。
「さて、ではここで改めて舞台上の料理人についての話に参りましょう! まずはこちらから! 先程も紹介致しましたが、やはり現在一躍時の人! 冒険者としても名うてとなったもう一人の勇者様! 日本出身のギルド『冒険部』ギルドマスター・カイト・アマネ! その補佐にはこれは敢えての人選か、美少女ティナちゃんに妖精ユリィちゃんのお二人!」
カルメは改めて、カイト達の事を紹介する。とはいえ、これは先程も紹介した事だ。なのでざっとしたあらましだけと言えた。そうして、彼女は更に突っ込んだ所へと話を移す。
「さて……ではここで一度彼の来歴をご紹介致しましょう! まず最も有名な戦いはやはりこれ! およそ半年前、港町『ポートランド・エメリア』にて起きた『世を喰みし大蛇』討伐戦における単騎での迎撃!」
カルメはそういうと、かつての『ポートランド・エメリア』での一戦にて撮影されたらしい写真をモニターに展開する。どうやら丁度『世を喰みし大蛇』に殴りを入れている所だった。
「ランクB到達直後、ランクSモンスター『世を喰みし大蛇』を単騎で食い止めた冒険者は後にも先にも彼ただ一人でしょう! 他にも今回二つ名の授与に当たって鑑みられた武勲は数知れず! かのラエリア内紛においては単騎で先代女王シャーナ様護衛を完遂! 更にはその後の内紛におけるギルドを率いての大大老討伐と元老院の捕縛! マリーシア王国におけるタバコ・麻薬密造事件の摘発! 本当に彼はもう一人の勇者にでもなるのか、という程の偉業の数々!」
もう一人じゃなくて御本人なんだがね。カルメによる自らの紹介にカイトは僅かに苦笑を浮かべる。が、ここらやはりマスコミ、ひいてはその更に裏にある皇国の意向が滲んでいた。
現状やはり一人でも多くの『英雄』が欲しいのだろう。若干の誇張表現や誇大広告は彼のみならず、ソラを筆頭にして先の授与式で報奨された戦士全てに当てはまっていた。
「さて、そんな彼が今回この料理の祭典に戦場を移したわけですが……そんな彼の料理の腕前はかなりのものとの前評判! では、我々が独自に入手した彼の腕前についての評判をご紹介致しましょう!」
一体いつの間に。カルメの取り出したメモを横目で見て、カイトは思わずそちらを振り向く。
「えー、どれどれ……おぉう。こいつぁ……シスターズ怖いさんよりのお話! 握り飯で時折故郷の姉ちゃんとおふくろを思い出すんだが。後お小言が……あ、これは単なる愚痴か……失礼しました! お次は匿名希望さん! エルフ好みの味付けは大変美味しく頂いております! おぉ、あのエルフ達からも絶賛の声! はい、お次は……あ、あははは。お、お次は反料理男子同盟所属女子さんからの評判! 女以上に家事万能にならないでもらえませんか。料理以外にも万能だった模様! ……すげぇ」
どうやら万能だったカイトの評判にカルメは思わず素が出たらしい。頬を引き攣らせてカイトを見ていた。なお、後にカイトが会った所によると、かなり気の強い女性らしい。が、同時にズボラだというのは、一緒に居たピエールから聞いた事だ。その一方、カイトは魔糸を使って手の形を作ってカルメの前に持っていっていた。
「……え、何これ?」
「すいません、ちょーっとその紙貸してください」
「え、あ、これ?」
「はい」
カイトはカルメの問いかけに笑顔で頷いた。中々に厄介な立場の者達からの言葉が混じっていた事に彼が気付かないはずがなかった。というわけで、有無を言わさずカイトは自身の評判が書かれたらしい紙を回収する。
「……おーし。ちょっとすいません……ふむふむ……うん」
自身へのアンケートを確認したカイトは、いくつかの意見の中に自身に馴染みの馬鹿共からのメッセージがある事を確認して、一つ頷いた。
「……後でお説教だな」
「な、何かあった模様……というか、あれでわかるんだ」
どうやら馴染みらしいやり取りを見て、カルメは目を丸くしていた。そんなこんなで後で言うべきお説教を考えるカイトは視線で該当のバカを睨みつけ牽制する傍ら、再び料理に戻る。その一方、カルメも気を取り直して仕事に取り掛かった。
「え、えーっと……どうやら応援の方々も来てくださっているご様子ですが! 引き続き紹介を続けましょう! 家事が得意な彼はどうやら家庭料理が得意な模様! さて、では補佐のお二人! まずはティナちゃん! こちらはどうにもカイトくんのご家庭に滞在中の留学生との事! 日本料理をしている所は見たことがないという事ですが、この手際の良さから料理の腕は確かなものと思われます!」
一応、ティナはアメリカ人という事で登録されている。勿論、皇国でもそう申請している。おそらくカルメが持つざっとしたティナの来歴にもそれは記されている――黒髪の中に金髪外国美少女が居れば特記事項になるだろう――と思われるが、流石にここでアメリカと言った所で誰もわからない。なので言及はしなかったらしい。
「さて、更にここにおまけの様に一緒にくっついてきたユリィちゃん! ギルドのマスコット係兼実はかなーり古株の冒険者という噂もあり! 何時、どこで出会ったのかは一切不明! 気付けばギルドマスターと一緒というまさしく正体不明の妖精ちゃん!」
相も変わらずユリィの正体は不明のままだ。というわけで、彼女の来歴については冒険部でも把握していないというのが公式見解であり、そして冒険者のマナーとして来歴は語られない限り聞かないが冒険者のマナーだ。なのでカイトは知っているが、公にはされていないとなっていた。
「で、その二人の料理の評判ですが……おぉ、こちらもこちらで中々のものだという評判。お二人にはマクスウェル孤児院の子供達よりカレー美味しかったです、という可愛らしいお便りがいくつも届いております。ギルド・冒険部はマクスウェルの地元密着型という事で地域における活動も盛んだとか。少し前に公爵家と共に星を観るキャンプを実施したそうです」
やはりティナにはカイト程不思議なお便りは無かったらしい。何時も通りのアンケートという所だったらしく、特に驚いた様子はなかった。というわけでカイトら三人の紹介を終わらせると、カルメは審査委員に意見を求める事となった。
「と言う感じで、お二人も冒険者としては中々に料理が上手いというお話。さて冒険者で料理人といえば、やはりこの方。かつてギルド<<未知を求める者達>>に所属し、かの『冥界の森』への潜入実績を保有する伝説の料理人の一人。戦う調理人の名を持つウォルドー・コブさんにお話を伺ってみましょう」
カルメはそう言うと、カイト達の近くの調理スペースからウォルドーへと話を向ける。どうやらマクスウェルに居るので知らなかっただけで、後に聞いてみるとウォルドーはかなり有名な料理人だったらしい。今でも時折自分で魔物を狩りに行ったり、危険な地域に貴重な食材があると聞くと自分で出向いたりしていたそうだ。
「コブさん。コブさんから見て三人の料理の手付き等はどうご覧になられますでしょうか」
「そう……ですね。やはり料理をしていたというのは事実なのでしょう。包丁さばきには慣れが見えます。一介の冒険者が実地で覚えるより遥かに手慣れた手付き。少なくとも十年近くは料理をしていると見て間違いないでしょう」
「それは期待が出来ますね」
「はい……とはいえ、それだけではなく、やはりこちらに来てから覚えたのだろう技術もしっかりと取り入れている様子です」
「そうなんですか?」
ウォルドーの指摘にカルメが驚いた様子で問いかける。それに、ウォルドーがはっきりと頷いた。
「はい……例えば、今のティナさんのこの揚げ物のシーン。よーく、ご覧頂けますか?」
「はぁ……あ、油が……」
「はい。油が跳ねて手に当たる瞬間、魔術によって手が保護されています。こういった事は冒険者がよくやる芸当です」
跳ねた油がティナの手に当たる直前、そこで停止して近くのキッチンペーパーへ向かった様子を見ながらウォルドーが今の一幕についてを解説する。やはり油の跳ねはエネフィアでも変わらず頭を悩ませる事らしく、世の中の奥様方も困っているそうだ。
一応この世界は剣と魔法の世界なので専用の鍋を使えばある程度の跳ねは防止出来るそうだが、それでも油に投入する瞬間等はどうしても跳ね返りがある。それをティナは自分の魔術を使って対処していたのであった。と、そんな話を聞いてカルメが驚いた様子を見せた。
「おー……専用の鍋要らずですか」
「そうですね。と言っても、専用の鍋は後のお掃除が楽になるのでご家庭では使えるのなら使った方が良いでしょう」
「手は防げても台所の油汚れは防げないわけですね」
「はい」
カルメの意見にウォルドーが笑顔で頷いた。なお、専用の鍋は鍋そのものに魔術的な刻印が刻まれているもので、鍋そのものも普通の鍋よりも高価かつ消費する魔力も若干上がるものの、こういった事情から揚げ物の後の台所掃除が楽と売れ行きはかなり好調らしい。
やはりどの世界でも世の中の奥様にとって台所掃除は頭を悩ませる問題なのだろう。と、そんな話をしたカルメであるが、ピエールから視線でそろそろ次にという指摘を受けて話をここで終わらせる事にしたらしい。
「さて! そんな感じでどうやら日本からの学生料理人達の腕前について期待が持てる様子ですが……対するエネフィアの学生料理人達も負けていない! 次はこちら! ハイゼンベルグ領から……」
カルメはそう言いながら、今度はハイゼンベルグ領の学生達の方へと歩いていく。とはいえ、ここらやはりカイト達はカイト達という所だろう。あちらの学生達はかなりの緊張が見て取れていた。そしてその一方、カイトは一度時計を見て残り時間を確認する。
「さて……」
ありがたい事なのは、やはりこの世界が剣と魔法の世界だという所だろう。通常なら提供直前にしたい天ぷらについてはカラッとした状態で置いておける専用の保存容器がある。
大昔にカイトが天ぷらを揚げた時にウィルが揚げたての状態で持ち運びたいと言い出して、ティナが作った物が量産されたらしい。その中に入れておけば何時揚げても――無論限度はあるが――べちょっとならない。
「後二十分。盛り付けも考えたら、そろそろ肉を焼かないとな」
どうやらそろそろメインディッシュに取り掛かっても良いだろうという頃合いだったらしい。と言っても、彼が選んだメインディッシュは言ってしまえばエネフィアで馴染みの香辛料を使った肉を焼いた料理という所だ。なので大した時間は掛からない。
というわけで、そんな彼が取り出したのはクッキング・フェスティバル側で用意されていた普通の牛肉だ。味付けは醤油をベースとして、どこか日本風にアレンジを加えていた。
「さて……エネフィアの料理は日本人には少し重い。香辛料等のベースはこちら。味の方向性は日本風……ポン酢をベースにした特製タレを使って塩コショウで味を整え、と……」
カイトは野菜と一緒に肉を炒めて更にこれまた持ち込んだ彼特製のタレを使って味を整え、小松菜を一切れ味見する。
「うん、まぁ良し。これなら大丈夫かな」
欲を言えば色々と調整したかったかな。カイトは自身が料理人でない事を理解している為、内心でそう思うに留めた様だ。今回、彼がしたかった事は先鞭をつける事。決して満点をもらう為ではない。
それに、まだこの料理は試作品なのだ。何時か、誰かがこれを完成させてくれる事を期待して料理を公表するつもりだった。そうして、カイトは自分という素人が出せる限りの知恵を使った料理を更に仕上げていく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1484話『彼らにしか出来ない事』




